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第三章 秋
3の9 苦行……vs祖母
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◆ ◆ ◆ ◆ ◆
朝に賃貸を出発して。祖母宅に到着したのは、しっかり夕方だった。
毎回の事ながら、結構な大掛かりのイベント。
「お久し振りです」
「……あぁ。入りな」
ピンポンを鳴らして、出てきた祖母に一年ぶりに顔を合わせた。──ちなみにこの対応、毎回の事だから。
毎年毎年。私はこの反応を見る為に、祖母宅に訪問する。否、させられる。これ、強制イベントだから。
もう成人してるんだから、正直必要ないと思うんだけどなぁ。
今年も、今から苦行が始まるというゴングが脳内に鳴り響いていた。
そうして祖母とそれ以上の会話もなく、仏間に通された。
一年ぶりに対面する、宗教的なお仏壇。私は無宗教派だから、この宗派とか経典?とか知らない。知ろうともしなかった。
とりあえず子供の頃から、見よう見まねで行動していただけ。
その流れで、今も両掌を合わせる。とりあえず目を閉じて、今年も来たよと心の中で何となく言う。
でも実際、私はこの宗教的物体に何の価値も見出だしてはいない。飾りだ。本命はお墓。
あそこには遺骨があるから、霊魂的な物はあちらだろうと思っている。──宗教第一主義な方々には申し訳ないが、私はその辺りの信仰心とやらが搭載されていない。
そうして祖母宅で夕食──と、本来ならばなるのだろうけど。ここでは違う。
私は買ってきた惣菜パンをもそもそと食べ、コーヒー牛乳で流し込む。これで夕食完了。歯磨きだけ洗面所を借りて、トイレも済ませて再び仏間。
ちなみにお風呂は、こっちに到着してから温泉に行ってきた。それで仏間に用意してある布団を広げ、いつでも寝られるようにする。
こうして就寝の準備を整えてから、居間に向かう。
障子のきっちり閉められた居間。テレビの音が聞こえるから、たぶん祖母はここにいる。
「おやすみなさい」
「……あぁ」
障子越しにそれだけの言葉を交わして、仏間に戻る。
襖をしっかりと閉め──はあぁぁぁ、と声なき溜め息を吐きながら布団に寝転がった。
この流れ、本当に年に一回も必要かな?
この古民家──祖母宅は、祖父が建てた一戸建て。
お母さんもここで育ったらしいけど、私が生まれて暫くしてから出ていったようだ。
保育園に通える年齢になったからとか、田舎では割の良い仕事がないとか。そんな事を聞いた気もする。
お母さんの本心は分からないけど。年に一回のお墓参りで、ご近所さんが色々と悪口を言っていたのを子供ながらに知っていた。だから人との繋がりが希薄な都会に行ったのだろうと、今の私は思う。
私が物心つく前にはいなかった祖父。
十代で妊娠したお母さん。
狭い集落では、噂に尾ひれが付く事は当然なのだろう。だからお母さんは、私を連れて都会に移り住んだ──らしい。
そういう私も、中学二年の母他界後から。高校を卒業するまで、世話にはなっている。世話っていっても、この流れに食事が用意されていたくらいかな。掃除と洗濯は自分でしていたし。
そもそも未成年に拒否権の発動はない。──いっそのこと、施設預かりの方が良かったかも。
そんな事をぶつぶつ考えながら、博嗣さんにいつものおやすみメッセージを返し。今ここで私の癒しは、携帯だけだと思い至る。正確には、博嗣さんと繋がった携帯。
それまではブラック企業の疲れを引き摺っていたから、こんな空間でもこてんと寝られたんだよね。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
携帯を握り締めて寝ていた私。──はい、翌日の日曜日です。今日はお墓参りに行かなきゃだから、のんびりとしていられない。
布団を畳み、仏間に昨日忘れていたお供え物を置いた。こういう風習が嫌だと思っているから、手順とか段取りとかすぐに吹き飛んじゃう。
でも、お供え物は置いておかないと。祖母のぐちぐち攻撃が来るから、私の感情は後回しで用意してくる。
社会人一年目の時、一週間に渡って毎日ぐちぐち電話があったからね。さすがの私も学習しているのよ。
それから洗面所を借りて身支度。トイレも済ませてから、仏間の最終確認。お供え物よし、忘れ物なし。
それで荷物をまとめて持つと、閉められた居間の障子前へ移動して来た。
「では、お邪魔しました。お墓に行ってから帰ります」
「……あぁ、そうかい」
それから私が背を向けたタイミングで、祖母が居間から出てくる。
玄関までお見送りの形で、私がぺこりと外で頭を下げた途端にがちゃりと鍵をかけられた。──これもいつも通り。
本当に、何の為にここへ来る必要があるんだろう。
はあぁ、と溜め息。
祖母宅に来て。息を殺して、一泊していかないといけない強制イベント。──今年もお疲れ様でした、私。
さて、次はお墓参り。
お墓はここからバスで一時間。行って掃除してお参りして、こっちの駅まで帰ってくるのに三時間くらい。バスも一時間に一本くらいだから、段取り良く動かないと。
祖母宅から十分程歩くとバス停があり、前もって調べておいた待ち時間程度で到着する。
バスに乗って一息吐く。博嗣さんに、今からお墓参りだよとメッセージを送った。
離れているからか、私からメッセージを送る事が多い。いや、違うか。
たぶん、心が癒しを求めているんだろう。本当、私はこの地に全く良い思い出がないから。
朝に賃貸を出発して。祖母宅に到着したのは、しっかり夕方だった。
毎回の事ながら、結構な大掛かりのイベント。
「お久し振りです」
「……あぁ。入りな」
ピンポンを鳴らして、出てきた祖母に一年ぶりに顔を合わせた。──ちなみにこの対応、毎回の事だから。
毎年毎年。私はこの反応を見る為に、祖母宅に訪問する。否、させられる。これ、強制イベントだから。
もう成人してるんだから、正直必要ないと思うんだけどなぁ。
今年も、今から苦行が始まるというゴングが脳内に鳴り響いていた。
そうして祖母とそれ以上の会話もなく、仏間に通された。
一年ぶりに対面する、宗教的なお仏壇。私は無宗教派だから、この宗派とか経典?とか知らない。知ろうともしなかった。
とりあえず子供の頃から、見よう見まねで行動していただけ。
その流れで、今も両掌を合わせる。とりあえず目を閉じて、今年も来たよと心の中で何となく言う。
でも実際、私はこの宗教的物体に何の価値も見出だしてはいない。飾りだ。本命はお墓。
あそこには遺骨があるから、霊魂的な物はあちらだろうと思っている。──宗教第一主義な方々には申し訳ないが、私はその辺りの信仰心とやらが搭載されていない。
そうして祖母宅で夕食──と、本来ならばなるのだろうけど。ここでは違う。
私は買ってきた惣菜パンをもそもそと食べ、コーヒー牛乳で流し込む。これで夕食完了。歯磨きだけ洗面所を借りて、トイレも済ませて再び仏間。
ちなみにお風呂は、こっちに到着してから温泉に行ってきた。それで仏間に用意してある布団を広げ、いつでも寝られるようにする。
こうして就寝の準備を整えてから、居間に向かう。
障子のきっちり閉められた居間。テレビの音が聞こえるから、たぶん祖母はここにいる。
「おやすみなさい」
「……あぁ」
障子越しにそれだけの言葉を交わして、仏間に戻る。
襖をしっかりと閉め──はあぁぁぁ、と声なき溜め息を吐きながら布団に寝転がった。
この流れ、本当に年に一回も必要かな?
この古民家──祖母宅は、祖父が建てた一戸建て。
お母さんもここで育ったらしいけど、私が生まれて暫くしてから出ていったようだ。
保育園に通える年齢になったからとか、田舎では割の良い仕事がないとか。そんな事を聞いた気もする。
お母さんの本心は分からないけど。年に一回のお墓参りで、ご近所さんが色々と悪口を言っていたのを子供ながらに知っていた。だから人との繋がりが希薄な都会に行ったのだろうと、今の私は思う。
私が物心つく前にはいなかった祖父。
十代で妊娠したお母さん。
狭い集落では、噂に尾ひれが付く事は当然なのだろう。だからお母さんは、私を連れて都会に移り住んだ──らしい。
そういう私も、中学二年の母他界後から。高校を卒業するまで、世話にはなっている。世話っていっても、この流れに食事が用意されていたくらいかな。掃除と洗濯は自分でしていたし。
そもそも未成年に拒否権の発動はない。──いっそのこと、施設預かりの方が良かったかも。
そんな事をぶつぶつ考えながら、博嗣さんにいつものおやすみメッセージを返し。今ここで私の癒しは、携帯だけだと思い至る。正確には、博嗣さんと繋がった携帯。
それまではブラック企業の疲れを引き摺っていたから、こんな空間でもこてんと寝られたんだよね。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
携帯を握り締めて寝ていた私。──はい、翌日の日曜日です。今日はお墓参りに行かなきゃだから、のんびりとしていられない。
布団を畳み、仏間に昨日忘れていたお供え物を置いた。こういう風習が嫌だと思っているから、手順とか段取りとかすぐに吹き飛んじゃう。
でも、お供え物は置いておかないと。祖母のぐちぐち攻撃が来るから、私の感情は後回しで用意してくる。
社会人一年目の時、一週間に渡って毎日ぐちぐち電話があったからね。さすがの私も学習しているのよ。
それから洗面所を借りて身支度。トイレも済ませてから、仏間の最終確認。お供え物よし、忘れ物なし。
それで荷物をまとめて持つと、閉められた居間の障子前へ移動して来た。
「では、お邪魔しました。お墓に行ってから帰ります」
「……あぁ、そうかい」
それから私が背を向けたタイミングで、祖母が居間から出てくる。
玄関までお見送りの形で、私がぺこりと外で頭を下げた途端にがちゃりと鍵をかけられた。──これもいつも通り。
本当に、何の為にここへ来る必要があるんだろう。
はあぁ、と溜め息。
祖母宅に来て。息を殺して、一泊していかないといけない強制イベント。──今年もお疲れ様でした、私。
さて、次はお墓参り。
お墓はここからバスで一時間。行って掃除してお参りして、こっちの駅まで帰ってくるのに三時間くらい。バスも一時間に一本くらいだから、段取り良く動かないと。
祖母宅から十分程歩くとバス停があり、前もって調べておいた待ち時間程度で到着する。
バスに乗って一息吐く。博嗣さんに、今からお墓参りだよとメッセージを送った。
離れているからか、私からメッセージを送る事が多い。いや、違うか。
たぶん、心が癒しを求めているんだろう。本当、私はこの地に全く良い思い出がないから。
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