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第三章 秋
3の7 未知の体験への
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俯く博嗣さんが目の前にいる。その姿は、教会なとで懺悔しているようにも見えた。
でも本当に彼は、何か悪い事をしたのだろうか。
『お見合い』じゃないと、博嗣さんは言った。周囲からそう見られたとしても──本人がそうと認識しているか否かでだいぶ違う、と思う。
「私、は……」
「俺は杏梨さんが好きだ」
「っ」
言い淀んだ私に、博嗣さんは真っ直ぐこちらを見て告げた。
その強い視線に、思わず息を呑んでしまうくらい。
「俺は杏梨さんと一緒にいたい。もっともっと、杏梨さんと……。でも、俺だけの気持ちじゃダメだよな」
「わた、私も……同じ事を思って、た」
「っ、それならっ」
博嗣さんの言っている言葉が、私には良く分かった。同じ気持ちだったんだと──嬉しくなる。
『二人での交際でしょ』と、脳内の沙廷さんが笑っている。
その時テーブルの上に、博嗣さんがつつっと手の甲を差し出してきた。自然と視線を引かれる。そうしてゆっくりと退けられた手の下から現れた、小さなビロードに包まれた小箱。
「結婚を前提として。杏梨さん、俺とお付き合いをしてください」
「っ、……は、い」
心臓がばくばくする。
あ、れ──。別れ話が出るとか、思ってなかったかな。思わず承諾しちゃったけど、それで良かったのかな?
「あの、でも……お互いの事、まだ知らないんじゃ」
「うん。でも放す気はないから」
「ふぇっ?」
「杏梨さんが好き。杏梨さんじゃなきゃ嫌だ」
「あ、う……そ、れは、嬉しい、けど」
「杏梨さんは俺と一緒にいたいって思わない?」
「おも、思う」
「俺も杏梨さんと一緒にいたい。ずうっと、杏梨さんといたいと思っている」
何だか、ぐいぐいが強くて。あ、れ?
「ずっ、と?」
「そう。ずうぅっと、一緒にいたい。了承してくれたよね?さっき」
「え、あ、う、うん」
「それなら。はい、婚約指輪」
圧しが強いまま。言葉と同時に開かれた小箱から、きらきらと光る指輪が現れた。
う、それって──ダイアモンド、とか?
「どっちの手が良い?左でも右でも、杏梨さんは同じサイズだからね。出来れば左手が良いけど」
「あ、う?サイズ、って」
「左だね?ふふ。あぁ、質問の答え。昨日、寝ている時に測らせてもらっちゃった。正式な婚約指輪はちゃんと作るけど、それまではこれで……ごめんね」
「え、えっ?」
「あぁ、やっぱり似合う。もう一つのと迷ったけど、こっちで正解だ。……杏梨さんの指に、俺との婚約指輪。良い……」
にっこにこが凄い博嗣さん。
私は何だか少しついていけてない。『左手を出して』と暗に言われたから、思考がついていけないままに身体が動いただけ。
そもそも婚約指輪って、何個ももらうものなの?ってか昨日寝ている時に測った、とか。
それに少し前までの、懺悔状態って。──え?ついていけてない私が鈍いだけ?
混乱する私の左手をとったまま、博嗣さんは何だか溶けそうな笑顔をしている。こ、こういうものなのかな。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
それからいつものように、賃貸まで送ってきてくれた。
そうして玄関前で、さよならの挨拶。
「本当は俺の家に連れて帰りたかったけど。まだ結婚を前提としてのお付き合い、だから。残念だけど、適宜という距離感が必要だって」
「あ、うん。私も明日から仕事だし……。というか、それは誰から……まさか、しろ、さん?」
「そう、しろが。あいつは煩い」
僅かに拗ねたような表情を博嗣さんが見せた。──可愛い。
なんだかんだと言いながらも、しろさんからアドバイスとか受けたりしているみたい。
でも、このまま同棲の流れにならなくて良かった。まだ私も、色々と考える事があるから。
それよりも──勢いで結婚を承諾してしまった。いや、違うか。結婚を前提での、お付き合い。
インターネットで調べる。えと──婚約とは、近しいものだけど違う。これからの交際期間を結婚相手として見極めていきましょうって事、か。
今ではこういった色々な事。手軽に自分で調べられるから、便利な世の中だなと思う。
図書館行って調べるとか、大変だろうから。検索エンジンでポチッと出てこないし、コピペとかも難しい。
そんな事を、私は左手の指輪を見ながらソファーに転がって考えていた。
そもそもこんな高級品、私がつけていたら絶対に壊しそう。
「絶対に取らないでね」
「え」
「手洗いも、お風呂も。傷とか気にしないで。俺としては、指輪を外されるのが嫌」
「でも」
「杏梨さん。俺との指輪、ずっとしているのが嫌?」
「え?そ、そんな事はなくて」
「それなら、ずうっとしてて。あ、外す時は俺に言って。俺が付け替えるから。約束」
「えぇ、そんな」
「指輪、外しちゃうの?」
「う……そうでは」
「それなら、約束。して?」
「あ、う……うん」
「外す時は」
「博嗣さんに言う」
「うん。約束、ね?」
「う、うん」
こんなやり取りまであったと、思い出す。
普段ある程度、私の意見は聞いてくれるんだよね。でも何というか──博嗣さんの強いこだわり?があると、もうすっごく圧しが強い。
ん──嫌、ではないのだけど。
あぁ、これか。未知の体験への恐怖。
でも本当に彼は、何か悪い事をしたのだろうか。
『お見合い』じゃないと、博嗣さんは言った。周囲からそう見られたとしても──本人がそうと認識しているか否かでだいぶ違う、と思う。
「私、は……」
「俺は杏梨さんが好きだ」
「っ」
言い淀んだ私に、博嗣さんは真っ直ぐこちらを見て告げた。
その強い視線に、思わず息を呑んでしまうくらい。
「俺は杏梨さんと一緒にいたい。もっともっと、杏梨さんと……。でも、俺だけの気持ちじゃダメだよな」
「わた、私も……同じ事を思って、た」
「っ、それならっ」
博嗣さんの言っている言葉が、私には良く分かった。同じ気持ちだったんだと──嬉しくなる。
『二人での交際でしょ』と、脳内の沙廷さんが笑っている。
その時テーブルの上に、博嗣さんがつつっと手の甲を差し出してきた。自然と視線を引かれる。そうしてゆっくりと退けられた手の下から現れた、小さなビロードに包まれた小箱。
「結婚を前提として。杏梨さん、俺とお付き合いをしてください」
「っ、……は、い」
心臓がばくばくする。
あ、れ──。別れ話が出るとか、思ってなかったかな。思わず承諾しちゃったけど、それで良かったのかな?
「あの、でも……お互いの事、まだ知らないんじゃ」
「うん。でも放す気はないから」
「ふぇっ?」
「杏梨さんが好き。杏梨さんじゃなきゃ嫌だ」
「あ、う……そ、れは、嬉しい、けど」
「杏梨さんは俺と一緒にいたいって思わない?」
「おも、思う」
「俺も杏梨さんと一緒にいたい。ずうっと、杏梨さんといたいと思っている」
何だか、ぐいぐいが強くて。あ、れ?
「ずっ、と?」
「そう。ずうぅっと、一緒にいたい。了承してくれたよね?さっき」
「え、あ、う、うん」
「それなら。はい、婚約指輪」
圧しが強いまま。言葉と同時に開かれた小箱から、きらきらと光る指輪が現れた。
う、それって──ダイアモンド、とか?
「どっちの手が良い?左でも右でも、杏梨さんは同じサイズだからね。出来れば左手が良いけど」
「あ、う?サイズ、って」
「左だね?ふふ。あぁ、質問の答え。昨日、寝ている時に測らせてもらっちゃった。正式な婚約指輪はちゃんと作るけど、それまではこれで……ごめんね」
「え、えっ?」
「あぁ、やっぱり似合う。もう一つのと迷ったけど、こっちで正解だ。……杏梨さんの指に、俺との婚約指輪。良い……」
にっこにこが凄い博嗣さん。
私は何だか少しついていけてない。『左手を出して』と暗に言われたから、思考がついていけないままに身体が動いただけ。
そもそも婚約指輪って、何個ももらうものなの?ってか昨日寝ている時に測った、とか。
それに少し前までの、懺悔状態って。──え?ついていけてない私が鈍いだけ?
混乱する私の左手をとったまま、博嗣さんは何だか溶けそうな笑顔をしている。こ、こういうものなのかな。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
それからいつものように、賃貸まで送ってきてくれた。
そうして玄関前で、さよならの挨拶。
「本当は俺の家に連れて帰りたかったけど。まだ結婚を前提としてのお付き合い、だから。残念だけど、適宜という距離感が必要だって」
「あ、うん。私も明日から仕事だし……。というか、それは誰から……まさか、しろ、さん?」
「そう、しろが。あいつは煩い」
僅かに拗ねたような表情を博嗣さんが見せた。──可愛い。
なんだかんだと言いながらも、しろさんからアドバイスとか受けたりしているみたい。
でも、このまま同棲の流れにならなくて良かった。まだ私も、色々と考える事があるから。
それよりも──勢いで結婚を承諾してしまった。いや、違うか。結婚を前提での、お付き合い。
インターネットで調べる。えと──婚約とは、近しいものだけど違う。これからの交際期間を結婚相手として見極めていきましょうって事、か。
今ではこういった色々な事。手軽に自分で調べられるから、便利な世の中だなと思う。
図書館行って調べるとか、大変だろうから。検索エンジンでポチッと出てこないし、コピペとかも難しい。
そんな事を、私は左手の指輪を見ながらソファーに転がって考えていた。
そもそもこんな高級品、私がつけていたら絶対に壊しそう。
「絶対に取らないでね」
「え」
「手洗いも、お風呂も。傷とか気にしないで。俺としては、指輪を外されるのが嫌」
「でも」
「杏梨さん。俺との指輪、ずっとしているのが嫌?」
「え?そ、そんな事はなくて」
「それなら、ずうっとしてて。あ、外す時は俺に言って。俺が付け替えるから。約束」
「えぇ、そんな」
「指輪、外しちゃうの?」
「う……そうでは」
「それなら、約束。して?」
「あ、う……うん」
「外す時は」
「博嗣さんに言う」
「うん。約束、ね?」
「う、うん」
こんなやり取りまであったと、思い出す。
普段ある程度、私の意見は聞いてくれるんだよね。でも何というか──博嗣さんの強いこだわり?があると、もうすっごく圧しが強い。
ん──嫌、ではないのだけど。
あぁ、これか。未知の体験への恐怖。
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