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第三章 秋
3の3 なんで
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◆ ◆ ◆ ◆ ◆
それからの毎日は、何だか気が抜けてしまったみたいだった。
博嗣さんから来るメッセージには返信するけど、以前のようなうきうきわくわく感がない。ただ内容を読んで、最適解だろうと思う文字を入力する。
何で博嗣さん、私と付き合ってるんだろう。
前の週に続き、金曜日と土曜日を展示会で私が忙しくしてて。日曜日は夕食を一緒したけど、月曜日がお見合いだったらしい。いやいや、本当にお見合いだったのかは知らないんだけど。
あの茶封筒の謎のお手紙。差出人は分からないけど、博嗣さんの事を知っている感じだった。そうでなければ、ゆるふわ茶髪おむね強調型肉食系女子の事を書いていないだろうから。
調べなければ良かったかな。でも調べなければ、ずっと気になって──。調べた後でも気になってるから、結局同じだよね。しゅぅん。
もやもやと暗い感情を抱えながら、ジムに向かう。身体を動かせば、心も晴れるかな。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
変わらなかった。余計に変な力を使って、疲れただけだったよ。ずうぅん。
気の乗らないまま、とぼとぼ歩いて賃貸に帰る。
途中、公園の横を通るんだけど。今日は何だか暗い。おかしいな、いつもちゃんと街灯がついてて道がはっきり見えるのに。
そう思って見渡せば、何故か一つの街灯が切れていた。ちょうど大きな木があるから、光が当たらない部分が大きく黒い感じがする。
私は怖くなったけど、早足で歩けばすぐに次の街灯の下につく筈。だから何だか変な感じがするけど、急いで行こうと気持ちを奮い立たせた。
「っ?」
それがダメだったみたい。
木の下を早歩きで通り過ぎようとした私は、急にがしっとお腹の辺りを捕まえられた。
大きい身体。──相手は男の人?
息を呑んでしまったけど、慌てて声を上げようと息を吸う。その途端、ばっと口を押さえられた。手のひら部分でがっしりと塞がれ、うもすも出ない。
腹部に回された腕。
強く押さえられた口。
背中に感じる何者かの体温。
気持ち悪い。怖い。怖い。怖い。
自然と身体が恐怖に震え始めた。その時、首に生温い湿った何かが触れる。──舐め、られた?
直後にひやりとした風が吹き、余計に濡れた感触がまざまざと分かってしまう。その瞬間、かくりと足の力が抜けた。腰が抜けるって、こういう事を言うのだろうか。
腹部に回った腕が放され、私はぺたりと地面に座ってしまった。
もう逃げる気力もなく、声を出す事も出来ない。
頭の中は怖いと気持ち悪いだけ。
その時、後ろからタタタッと走ってくる足音。私の背後にいた何者かは、それに気付いたのかザザザッと公園の中へ走っていった。
「あれ?お姉さん、どうしたんですか?」
走ってきたのは近くに住む中学生の男の子。
野球部らしく、ジムの帰り道にランニングしている彼と何度も会ったから知っている。
「だ、だぃじょぶ」
「えっ?全然大丈夫そうに見えないんですけど?」
助かったと思った安堵から、ぼろぼろと勝手に涙が溢れて来るままに答えた。
野球少年はおろおろとしながらも、泣き濡れる私の傍にいてくれる。ごめん、すぐに立てないの。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「大丈夫ですか?警察に行った方が良くないですか?」
「大丈夫、ありがとう。ごめんね、時間取らせちゃって」
「良いんですよ、僕の事は。でも絶対に彼氏さんか警察に連絡しておいてくださいね?」
「う、うん、分かったよ。送ってくれてありがとうね」
そうして暫くしてやっと立てるようになった私は、野球少年くんに送迎までしてもらった。
賃貸裏側に彼の家があるらしく、断りきる事も出来ずに送ってもらったの。なんて好青年なのかなっ。きっと将来もてもてのイケメンさんになるよ。
私は心の中で彼の将来に祈りを捧げる。輝かしいものになってほしい。
自室に戻って、ほっとした途端。先程の事を思い出してぞわわっと鳥肌が立つ。
そしてすぐにばたばたっとお風呂場に駆け込んだ。
ごしごし身体を擦る。
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
もう真っ赤になっているだろう事は、ぴりぴりとする痛みが伝えてきている。──でも、やめられなかった。
あの時、野球少年が来なかったら。
彼のいつものランニングコースじゃなかったら。
そもそもジムに行かなければ。
タラレバを言えばきりがない。助かったのは偶然。そして、助からなかったかもしれない世界線があるならば。
私はどうなっていたのだろうか。考え付く最低の可能性は──変態さんの慰み物になったあげく、冷たい地面の中。世の中で良くあるだろう、不幸な女性の行く末だ。
でもそれが自分ならば話は違う。当然ながら死にたくない。変態さんの慰み物になるなんて、言語道断なわけで。
良かった、助かって。良かった、何もなくて。気分的には、何もじゃないけど。
最近私の周囲に現れる視線は、あの変態さんなのかもしれない。というか、違う人物であるならば複数人いるという事だ。──嫌すぎる。何で私?
やはり警察に行くべきか。でも顔も見ていないし。どう伝えたら良いのかも分からない。あぁ、嫌すぎる。
それからの毎日は、何だか気が抜けてしまったみたいだった。
博嗣さんから来るメッセージには返信するけど、以前のようなうきうきわくわく感がない。ただ内容を読んで、最適解だろうと思う文字を入力する。
何で博嗣さん、私と付き合ってるんだろう。
前の週に続き、金曜日と土曜日を展示会で私が忙しくしてて。日曜日は夕食を一緒したけど、月曜日がお見合いだったらしい。いやいや、本当にお見合いだったのかは知らないんだけど。
あの茶封筒の謎のお手紙。差出人は分からないけど、博嗣さんの事を知っている感じだった。そうでなければ、ゆるふわ茶髪おむね強調型肉食系女子の事を書いていないだろうから。
調べなければ良かったかな。でも調べなければ、ずっと気になって──。調べた後でも気になってるから、結局同じだよね。しゅぅん。
もやもやと暗い感情を抱えながら、ジムに向かう。身体を動かせば、心も晴れるかな。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
変わらなかった。余計に変な力を使って、疲れただけだったよ。ずうぅん。
気の乗らないまま、とぼとぼ歩いて賃貸に帰る。
途中、公園の横を通るんだけど。今日は何だか暗い。おかしいな、いつもちゃんと街灯がついてて道がはっきり見えるのに。
そう思って見渡せば、何故か一つの街灯が切れていた。ちょうど大きな木があるから、光が当たらない部分が大きく黒い感じがする。
私は怖くなったけど、早足で歩けばすぐに次の街灯の下につく筈。だから何だか変な感じがするけど、急いで行こうと気持ちを奮い立たせた。
「っ?」
それがダメだったみたい。
木の下を早歩きで通り過ぎようとした私は、急にがしっとお腹の辺りを捕まえられた。
大きい身体。──相手は男の人?
息を呑んでしまったけど、慌てて声を上げようと息を吸う。その途端、ばっと口を押さえられた。手のひら部分でがっしりと塞がれ、うもすも出ない。
腹部に回された腕。
強く押さえられた口。
背中に感じる何者かの体温。
気持ち悪い。怖い。怖い。怖い。
自然と身体が恐怖に震え始めた。その時、首に生温い湿った何かが触れる。──舐め、られた?
直後にひやりとした風が吹き、余計に濡れた感触がまざまざと分かってしまう。その瞬間、かくりと足の力が抜けた。腰が抜けるって、こういう事を言うのだろうか。
腹部に回った腕が放され、私はぺたりと地面に座ってしまった。
もう逃げる気力もなく、声を出す事も出来ない。
頭の中は怖いと気持ち悪いだけ。
その時、後ろからタタタッと走ってくる足音。私の背後にいた何者かは、それに気付いたのかザザザッと公園の中へ走っていった。
「あれ?お姉さん、どうしたんですか?」
走ってきたのは近くに住む中学生の男の子。
野球部らしく、ジムの帰り道にランニングしている彼と何度も会ったから知っている。
「だ、だぃじょぶ」
「えっ?全然大丈夫そうに見えないんですけど?」
助かったと思った安堵から、ぼろぼろと勝手に涙が溢れて来るままに答えた。
野球少年はおろおろとしながらも、泣き濡れる私の傍にいてくれる。ごめん、すぐに立てないの。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「大丈夫ですか?警察に行った方が良くないですか?」
「大丈夫、ありがとう。ごめんね、時間取らせちゃって」
「良いんですよ、僕の事は。でも絶対に彼氏さんか警察に連絡しておいてくださいね?」
「う、うん、分かったよ。送ってくれてありがとうね」
そうして暫くしてやっと立てるようになった私は、野球少年くんに送迎までしてもらった。
賃貸裏側に彼の家があるらしく、断りきる事も出来ずに送ってもらったの。なんて好青年なのかなっ。きっと将来もてもてのイケメンさんになるよ。
私は心の中で彼の将来に祈りを捧げる。輝かしいものになってほしい。
自室に戻って、ほっとした途端。先程の事を思い出してぞわわっと鳥肌が立つ。
そしてすぐにばたばたっとお風呂場に駆け込んだ。
ごしごし身体を擦る。
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
もう真っ赤になっているだろう事は、ぴりぴりとする痛みが伝えてきている。──でも、やめられなかった。
あの時、野球少年が来なかったら。
彼のいつものランニングコースじゃなかったら。
そもそもジムに行かなければ。
タラレバを言えばきりがない。助かったのは偶然。そして、助からなかったかもしれない世界線があるならば。
私はどうなっていたのだろうか。考え付く最低の可能性は──変態さんの慰み物になったあげく、冷たい地面の中。世の中で良くあるだろう、不幸な女性の行く末だ。
でもそれが自分ならば話は違う。当然ながら死にたくない。変態さんの慰み物になるなんて、言語道断なわけで。
良かった、助かって。良かった、何もなくて。気分的には、何もじゃないけど。
最近私の周囲に現れる視線は、あの変態さんなのかもしれない。というか、違う人物であるならば複数人いるという事だ。──嫌すぎる。何で私?
やはり警察に行くべきか。でも顔も見ていないし。どう伝えたら良いのかも分からない。あぁ、嫌すぎる。
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