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第三章 秋
3の1 展示会と視線
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◆ ◆ ◆ ◆ ◆
秋が来た。
この頃は涼しくなって、朝晩は半袖だと肌寒い感じ。──でもここは違う。
「大宮さん、こっちは大丈夫?」
「あ、はい。準備は整ってます。物凄く緊張してますけど」
「あはは、それは毎回俺たちも同じだから」
「うん、展示会なんてそんなもんだよ。まあ、お互い頑張ろうね」
「はいっ」
今日から二日に渡って行われる、医療健康分野の展示会だ。その為に社内担当が一丸となって何日も前から準備してきたのである。
私の所属する部署も同じで。萩生課長を筆頭に、営業の猪子さん、内海さん。営業事務の沙廷さんと私で、何度も確認してきた。
はあぁ、緊張する。四回目だけど、当然だよね。
普段は電話対応以外のお客様接点がないから。コミュニケーション能力が足りない私に、このイベントはかなりの強敵。だからといって、基本的に内容説明とかは営業マンの仕事だ。
沙廷さんと私は殆ど裏方で、来客に渡す資料とか列の整頓などの細やかなサポート。飲み物は飲食コーナーに限られているから、こちらが提供する必要もない。──正直あれがあるとさらに負担が増えるから、個々の展示会社側に持ち場がなくて良かったよ本当に。
そんな感じで朝から夕方までみっちり。この時ばかりは、就業時間自体がこの展示会に合わせられる。さらには集合場所が展示会会場になるので、通勤も変わるのだ。
普段と思い切り違うけど、年に一回だけの特殊業務だと割り切ってしまえばそんなもの。
会社自体は前々からの連絡で、取引先に展示会出展の為に部署へ連絡が付かない事は周知してもらっている。つまりは電話が繋げられないとなっているので、この二日間は電話応対は代表電話の人が受けているのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「大宮さん。そろそろ休憩取ってきてね」
「はい。ありがとうございます、沙廷さん」
展示会参加中でも、勿論休憩時間はある訳で。先にとってもらった沙廷から、私へ休憩のバトンが回ってきた。
会場から大きく離れる訳にもいかないので、休憩中の札を首から下げて飲食コーナーにてくてく移動する。
自社が受け持つ展示コーナー以外を見られるタイミングも、この休憩時間。移動しながら様々な展示を見つつ、興味を散らしながら飲食コーナーに到着した私。
テーブルが幾つかあり、座っても食べられる。壁沿いには立って食べられるところもあって、人で混雑しすぎないように配慮されていた。
「ふぅ」
ささっと済ませられるように、私は立食用のテーブルで天ぷらうどんを置いて一息吐く。──本当はゆっくりと座りたいけど、腰を落ち着けちゃったらもう動けなくなるもん。
展示会中は基本的にずっと立ち仕事になるから、普段事務仕事の私には結構堪えた。
でも毎年の事だから分かってて、今回は足腰を鍛える努力もした。それは展示会時期が近くなると、地下鉄を使わないで徒歩で通勤するというもの。
毎日二回だとなかなかに疲れるけど、以前のように遅くまで残業したりしなくて良くなったから肉体的にも精神的にもまだ余裕がある。
ピロンと通知があり、開いてみると博嗣さんからの応援メッセージだった。
この一週間程は本当に忙しくて、先週末は博嗣さんに会ってもいない。──毎週末一緒にいるからか、会って話せないのは寂しい。
日に何度もメッセージのやり取りはしているけど、それとは違うと最近の私は実感していた。物足りない。はっきり言うならば博嗣さん不足。──何でそんな事を思うのかなぁ、私。
メッセージを送りつつ、昼食を食べていた私。──そこへ不意に感じる視線。
大袈裟にならないように、小さく周囲を確認する。けれども人が多すぎて、どれが不躾な視線を送ってくる存在か判断がつかなかった。
「はあ……」
隠しようがなく、どうしても溜め息が出てしまう。
美味しく食べていた筈のうどんが、味のないゴムを食べているようだ。
あの、湖デートの後から──賃貸下に不審者を発見してから、私はこうして見られている感覚を覚えるようになった。以前は間隔があいていたように思うけど、今では毎日のように気付く。
妙に私が神経質になっているだけとは思えない、明らかに見られている感覚。それはもう、自意識過剰とかでは誤魔化せない程だった。
博嗣さんと一緒にいる時は気付かない。
遠くにいるのか、もしくは本当にいないのか分からないけど。──だから博嗣さんには言えないでいる。
視線以外の実害がないのは本当だから。信じてもらえるかも分からないけど、変に心配を掛けたくない気持ちもある。
それと話は変わるけど、不定休だって言っていた筈の熱帯魚屋さん。
私と毎週末のように遊んでいるって事は、お店はお休みな訳で。お客さんも困ってるんじゃないかなと、少しだけ思ったりしている。だからといって、お仕事は良いのかと言えない私。──あぁ、自分勝手な私が怖い。変な視線も怖い。
秋が来た。
この頃は涼しくなって、朝晩は半袖だと肌寒い感じ。──でもここは違う。
「大宮さん、こっちは大丈夫?」
「あ、はい。準備は整ってます。物凄く緊張してますけど」
「あはは、それは毎回俺たちも同じだから」
「うん、展示会なんてそんなもんだよ。まあ、お互い頑張ろうね」
「はいっ」
今日から二日に渡って行われる、医療健康分野の展示会だ。その為に社内担当が一丸となって何日も前から準備してきたのである。
私の所属する部署も同じで。萩生課長を筆頭に、営業の猪子さん、内海さん。営業事務の沙廷さんと私で、何度も確認してきた。
はあぁ、緊張する。四回目だけど、当然だよね。
普段は電話対応以外のお客様接点がないから。コミュニケーション能力が足りない私に、このイベントはかなりの強敵。だからといって、基本的に内容説明とかは営業マンの仕事だ。
沙廷さんと私は殆ど裏方で、来客に渡す資料とか列の整頓などの細やかなサポート。飲み物は飲食コーナーに限られているから、こちらが提供する必要もない。──正直あれがあるとさらに負担が増えるから、個々の展示会社側に持ち場がなくて良かったよ本当に。
そんな感じで朝から夕方までみっちり。この時ばかりは、就業時間自体がこの展示会に合わせられる。さらには集合場所が展示会会場になるので、通勤も変わるのだ。
普段と思い切り違うけど、年に一回だけの特殊業務だと割り切ってしまえばそんなもの。
会社自体は前々からの連絡で、取引先に展示会出展の為に部署へ連絡が付かない事は周知してもらっている。つまりは電話が繋げられないとなっているので、この二日間は電話応対は代表電話の人が受けているのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「大宮さん。そろそろ休憩取ってきてね」
「はい。ありがとうございます、沙廷さん」
展示会参加中でも、勿論休憩時間はある訳で。先にとってもらった沙廷から、私へ休憩のバトンが回ってきた。
会場から大きく離れる訳にもいかないので、休憩中の札を首から下げて飲食コーナーにてくてく移動する。
自社が受け持つ展示コーナー以外を見られるタイミングも、この休憩時間。移動しながら様々な展示を見つつ、興味を散らしながら飲食コーナーに到着した私。
テーブルが幾つかあり、座っても食べられる。壁沿いには立って食べられるところもあって、人で混雑しすぎないように配慮されていた。
「ふぅ」
ささっと済ませられるように、私は立食用のテーブルで天ぷらうどんを置いて一息吐く。──本当はゆっくりと座りたいけど、腰を落ち着けちゃったらもう動けなくなるもん。
展示会中は基本的にずっと立ち仕事になるから、普段事務仕事の私には結構堪えた。
でも毎年の事だから分かってて、今回は足腰を鍛える努力もした。それは展示会時期が近くなると、地下鉄を使わないで徒歩で通勤するというもの。
毎日二回だとなかなかに疲れるけど、以前のように遅くまで残業したりしなくて良くなったから肉体的にも精神的にもまだ余裕がある。
ピロンと通知があり、開いてみると博嗣さんからの応援メッセージだった。
この一週間程は本当に忙しくて、先週末は博嗣さんに会ってもいない。──毎週末一緒にいるからか、会って話せないのは寂しい。
日に何度もメッセージのやり取りはしているけど、それとは違うと最近の私は実感していた。物足りない。はっきり言うならば博嗣さん不足。──何でそんな事を思うのかなぁ、私。
メッセージを送りつつ、昼食を食べていた私。──そこへ不意に感じる視線。
大袈裟にならないように、小さく周囲を確認する。けれども人が多すぎて、どれが不躾な視線を送ってくる存在か判断がつかなかった。
「はあ……」
隠しようがなく、どうしても溜め息が出てしまう。
美味しく食べていた筈のうどんが、味のないゴムを食べているようだ。
あの、湖デートの後から──賃貸下に不審者を発見してから、私はこうして見られている感覚を覚えるようになった。以前は間隔があいていたように思うけど、今では毎日のように気付く。
妙に私が神経質になっているだけとは思えない、明らかに見られている感覚。それはもう、自意識過剰とかでは誤魔化せない程だった。
博嗣さんと一緒にいる時は気付かない。
遠くにいるのか、もしくは本当にいないのか分からないけど。──だから博嗣さんには言えないでいる。
視線以外の実害がないのは本当だから。信じてもらえるかも分からないけど、変に心配を掛けたくない気持ちもある。
それと話は変わるけど、不定休だって言っていた筈の熱帯魚屋さん。
私と毎週末のように遊んでいるって事は、お店はお休みな訳で。お客さんも困ってるんじゃないかなと、少しだけ思ったりしている。だからといって、お仕事は良いのかと言えない私。──あぁ、自分勝手な私が怖い。変な視線も怖い。
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