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第二章 夏
2の9 ほわほわからあわあわ
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「杏梨さんが気にならなかったんだったら、それはそれで良いんじゃないかな。そんなものに基準なんてないし、俺も気にした事ないから」
「博嗣さんも?私、おかしくない?」
「うん、全然。ってか、それがおかしいなら俺もだね。そもそも。別にそんなあれこれ人の事を聞かなくても、対人関係は普通に築けるからさ。……あ、でも。杏梨さんの事なら俺は聞きたいな」
「うん、うん。それは私も」
「ふふ。それなら同じだね」
「うん、同じ。……そっか。博嗣さんと同じ」
博嗣さんと話して、私の『人』に対する関心のなさが変じゃないと分かった。
確かに、色々聞きたがる人もいるだろうけど。そうでない人がいてもおかしくはないのだろう。本当に人それぞれなのだから。
単純なもので、私の懸念事項はそれだけで解決した。慌ててあれこれ聞かなくても良いのだと、妙な安心感をもらった感じ。
それからはまた、博嗣さんと湖周辺の散策を再開。緑多い自然の中の散歩は心を落ち着けてくれる。
独りだと普通にてくてくすたすたするだけだろうけど、ほんわかするのは博嗣さんとゆっくり歩くからかな。ぺちゃくちゃ喋らなくても、一緒が安心する。──不思議。
ため口でって言われた時には、どうなるものかと思ったけど。相変わらず、博嗣さんの距離の取り方は絶妙で。私も自然と口調を崩せる感じになってきた。──そもそも、いつも心の中で独り言を言ってるからかな。
でもため口、凄く要注意でもある。
何せ、自分を包み込む膜がない。本当に素の状態な訳で。つまりは、変な──人が聞いたらおかしいと思ってしまう事を、ぺろっと口にしてしまう危険があるという事だったりするのだ。
私ってば、自分では普通のつもりだけど。ある人からは変人認定されてしまうような、少しばかり万人の枠からは外れてしまっているらしい思考の持ち主のようなので。
つまりは何が問題かというと、博嗣さんから変人認定されてしまわないか。──たぶん、それが怖いのだろう。
自分じゃ普通のつもりだから、余計にその『ダメ部分』の線引きが出来ない。対人関係から距離を置いているのも、そういった面倒──難しさを避けたいって理由があったりなかったりする。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「それじゃ。おやすみ、杏梨さん」
「うん。おやすみ、博嗣さん。気を付けて帰ってね」
「そうだね。帰ったらメール入れる」
「うん」
賃貸の近くのコンビニ。時刻は既に二十時を回っていた。朝からずっと一緒にいた博嗣さんと私は、ここで健全なデート終わりの挨拶を交わしている。
夜ご飯まで食べて、ばいばい。あとは自宅で独り、お風呂に入って寝るだけだ。
てくてく歩いて、私がちゃんと屋内に入るまで確認する博嗣さん。これもいつも通り。
ばいばいして離れた後に誘拐される危険とか、そんな小説みたいな展開なんてないのにね。もしかして普通にこういう危機感って必要なのかな。家に帰るまでが遠足、みたいな?
自宅の扉を閉めて、鍵を掛ける。──これで完全に私は一人になった。
階段を上って、二階の自宅に到着。
朝からずっと履いていた靴には、シュシュッと消臭剤を吹き付ける。あ、もちろんだけど。臭くないけど、臭くならないように気を付けないとねって対応なんだから。
室内に入ってエアコンをつけて。あ、開けっ放しだったカーテンを閉めなきゃ──?
私は出掛け際にカーテンを開けて、帰宅したら閉めるって感じで生活してた。
それで今も。いつものようにカーテンを閉めようと窓際に立った時、不意に違和感を覚える。何だろう、変な感じ。
そしてその違和感が分かった途端、私は勢い良くカーテンを閉じた。
心臓がばくばく、ばくばく。
物凄い短距離ダッシュしたみたいな、口から出そうな心臓の音。
「ま……待って……っ」
足の力が抜けて、ペタリと床にしゃがみ込んだ。
震える両手を、必死に口元へ動かす。
心臓の動きもそうだけど、身体の動きも自分の思い通りにいかない混乱状態。
「き……気のせい、だか、ら」
必死に自分へ言い聞かせるように、まともに動かない口から言葉を紡いだ。
気のせい。気のせいだと、思いたい。
今、さっき。自分が見たものを、気のせいだと断じたかった。
カーテンを閉める前に見た、階下の人影。
電柱の影に隠れるようにして、明らかにこちらを見上げていた。
博嗣さんではない。雰囲気が違う。
道路の反対側の暗がりで、服装まで見えなかった。でも、何て言ったら良いのか。──黒い影を背負っている?覆われている?
一言で言い表すならば、気持ちが悪い。怖い。
何故だか。顔まで見えない筈なのに、こちらを──私を見ていた事が分かった。
未だばくばくが収まらない自分の身体を抱き締め、しゃがみ込んだままでがたがたと震える。
「ひうっ」
ちょうどその時、ピロンと鳴った携帯電話におかしな悲鳴が出た。びくぅっと震えた自分は、絶対一瞬跳び上がってる。
あわあわしながら携帯を見れば、博嗣さんからの帰宅報告だった。そしてそれを見ただけでほんわかする、即現実逃避の私。
「今日は、楽しかったです……と」
ほわほわしながら返信をして。にっこりから現実に戻って再びあわあわし始めた。
今、博嗣さんに助けを求めるべきだった?
いやでも、まだ何もないし。
何かあったらダメじゃん。
そうだけどでも。気のせいかもしれないじゃん?
気のせいじゃなかったらどうすんの?
脳内独り会議で、あれやこれと言い合う。
でも実際、何も証拠とかない。気のせいかもしれない。──どう言えば良いのかも、分からない。
こういう時、どうするのが良いのだろう。
「博嗣さんも?私、おかしくない?」
「うん、全然。ってか、それがおかしいなら俺もだね。そもそも。別にそんなあれこれ人の事を聞かなくても、対人関係は普通に築けるからさ。……あ、でも。杏梨さんの事なら俺は聞きたいな」
「うん、うん。それは私も」
「ふふ。それなら同じだね」
「うん、同じ。……そっか。博嗣さんと同じ」
博嗣さんと話して、私の『人』に対する関心のなさが変じゃないと分かった。
確かに、色々聞きたがる人もいるだろうけど。そうでない人がいてもおかしくはないのだろう。本当に人それぞれなのだから。
単純なもので、私の懸念事項はそれだけで解決した。慌ててあれこれ聞かなくても良いのだと、妙な安心感をもらった感じ。
それからはまた、博嗣さんと湖周辺の散策を再開。緑多い自然の中の散歩は心を落ち着けてくれる。
独りだと普通にてくてくすたすたするだけだろうけど、ほんわかするのは博嗣さんとゆっくり歩くからかな。ぺちゃくちゃ喋らなくても、一緒が安心する。──不思議。
ため口でって言われた時には、どうなるものかと思ったけど。相変わらず、博嗣さんの距離の取り方は絶妙で。私も自然と口調を崩せる感じになってきた。──そもそも、いつも心の中で独り言を言ってるからかな。
でもため口、凄く要注意でもある。
何せ、自分を包み込む膜がない。本当に素の状態な訳で。つまりは、変な──人が聞いたらおかしいと思ってしまう事を、ぺろっと口にしてしまう危険があるという事だったりするのだ。
私ってば、自分では普通のつもりだけど。ある人からは変人認定されてしまうような、少しばかり万人の枠からは外れてしまっているらしい思考の持ち主のようなので。
つまりは何が問題かというと、博嗣さんから変人認定されてしまわないか。──たぶん、それが怖いのだろう。
自分じゃ普通のつもりだから、余計にその『ダメ部分』の線引きが出来ない。対人関係から距離を置いているのも、そういった面倒──難しさを避けたいって理由があったりなかったりする。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「それじゃ。おやすみ、杏梨さん」
「うん。おやすみ、博嗣さん。気を付けて帰ってね」
「そうだね。帰ったらメール入れる」
「うん」
賃貸の近くのコンビニ。時刻は既に二十時を回っていた。朝からずっと一緒にいた博嗣さんと私は、ここで健全なデート終わりの挨拶を交わしている。
夜ご飯まで食べて、ばいばい。あとは自宅で独り、お風呂に入って寝るだけだ。
てくてく歩いて、私がちゃんと屋内に入るまで確認する博嗣さん。これもいつも通り。
ばいばいして離れた後に誘拐される危険とか、そんな小説みたいな展開なんてないのにね。もしかして普通にこういう危機感って必要なのかな。家に帰るまでが遠足、みたいな?
自宅の扉を閉めて、鍵を掛ける。──これで完全に私は一人になった。
階段を上って、二階の自宅に到着。
朝からずっと履いていた靴には、シュシュッと消臭剤を吹き付ける。あ、もちろんだけど。臭くないけど、臭くならないように気を付けないとねって対応なんだから。
室内に入ってエアコンをつけて。あ、開けっ放しだったカーテンを閉めなきゃ──?
私は出掛け際にカーテンを開けて、帰宅したら閉めるって感じで生活してた。
それで今も。いつものようにカーテンを閉めようと窓際に立った時、不意に違和感を覚える。何だろう、変な感じ。
そしてその違和感が分かった途端、私は勢い良くカーテンを閉じた。
心臓がばくばく、ばくばく。
物凄い短距離ダッシュしたみたいな、口から出そうな心臓の音。
「ま……待って……っ」
足の力が抜けて、ペタリと床にしゃがみ込んだ。
震える両手を、必死に口元へ動かす。
心臓の動きもそうだけど、身体の動きも自分の思い通りにいかない混乱状態。
「き……気のせい、だか、ら」
必死に自分へ言い聞かせるように、まともに動かない口から言葉を紡いだ。
気のせい。気のせいだと、思いたい。
今、さっき。自分が見たものを、気のせいだと断じたかった。
カーテンを閉める前に見た、階下の人影。
電柱の影に隠れるようにして、明らかにこちらを見上げていた。
博嗣さんではない。雰囲気が違う。
道路の反対側の暗がりで、服装まで見えなかった。でも、何て言ったら良いのか。──黒い影を背負っている?覆われている?
一言で言い表すならば、気持ちが悪い。怖い。
何故だか。顔まで見えない筈なのに、こちらを──私を見ていた事が分かった。
未だばくばくが収まらない自分の身体を抱き締め、しゃがみ込んだままでがたがたと震える。
「ひうっ」
ちょうどその時、ピロンと鳴った携帯電話におかしな悲鳴が出た。びくぅっと震えた自分は、絶対一瞬跳び上がってる。
あわあわしながら携帯を見れば、博嗣さんからの帰宅報告だった。そしてそれを見ただけでほんわかする、即現実逃避の私。
「今日は、楽しかったです……と」
ほわほわしながら返信をして。にっこりから現実に戻って再びあわあわし始めた。
今、博嗣さんに助けを求めるべきだった?
いやでも、まだ何もないし。
何かあったらダメじゃん。
そうだけどでも。気のせいかもしれないじゃん?
気のせいじゃなかったらどうすんの?
脳内独り会議で、あれやこれと言い合う。
でも実際、何も証拠とかない。気のせいかもしれない。──どう言えば良いのかも、分からない。
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