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第二章 夏
2の1 感情を持った生き物
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◆ ◆ ◆ ◆ ◆
時は流れて──季節は夏。
梅雨も明け、日に日に暑さが増すこの頃。
「大宮さん、これは?」
「あ、それは入力終わってます。共有フォルダに入れてありますよ」
「ありがとう」
「大宮さん、このデータは何処にあったっけ?」
「はい、第二現場ファイルにあります」
「ありがとう、助かった!」
あれ程苦痛に満ちていた職場も、人員がかわった事でとても環境が良くなった。誰もぐちぐち言わないし、ねちねちもしていない。すっごく爽やかになったんだよね。
何より、やった事に対する言葉がある。──これダイジ。
仕事だからさ。やるよ、勿論。それが他の担当者の業務だろうが、出来る限りね。──でも。
やり方は考えてくれないとね。相手はロボットじゃない。感情を持った生き物だよ。
好き嫌いとか得意不得意とかあるのは当然で、それを上手く回していくのが会社の中の歯車である従業員だもん。上司は管轄する部署内が上手く回るように調整する為に、管理手当をもらっているのだろうから。恫喝や暴力で指図するだけなのは、当然だけどダメダメだよね。
それが出来なかったのが前回のメンバーなんだけど。沙廷さん以外、ね。
急に人事異動があって、今の人たちが入ってきた始めの頃。対人への不信感みたいなのがあって、私はなかなか距離感を掴めなかったんだ。でも沙廷さんが間に入ってくれて、やんわりと仲を取り持ってくれたよ。──その節はすみませんでした。大変助かりましたっ。
新上司の萩生さん。営業に二人、猪子さんと内海さん。
それぞれが入れ替りで、地方の支社から異動して来たんだけど。すっごく出来る方たちなの。こっちが本社だから、栄転って形らしい。
医療機器を販売してるんだけど。前のお三方が入り込めなかったような大手の病院にも、既に顔出し許可もらってしているって沙廷さんが言ってた。
売っているものが高額だから、すぐに契約まで辿り着く訳じゃないけど。話を聞いてくれなきゃ、スタートラインですらないもんね。
さらに外回りだけじゃなく、ちゃんと事務処理も出来て。地方支社には人員が余ってないから、一通りを一人でやれないとって。当たり前だって顔してたけど、それが出来ない人たちが貴方たちのいた支社に行ったのですっ。
私の責任じゃないけど、心の中であの人たちの再教育をお願いしておこう。ふむふむ。
「大宮さん。時間大丈夫?」
「ふえっ?……あっ」
「ほら、もうここは良いから。帰りなさいな?」
「あっ、ありがとうございますっ。では、お先に失礼しますっ」
沙廷さんから声を掛けられ、忘れてはならない約束の時間を思い出した私。
今日は平日ど真ん中なんだけど、綾崎さん──改め。博嗣さんと夕食を約束している。ちなみに呼び方は、交際しましょう宣言直後に訂正された。
『ではまず手初めに、お互いの呼び方を変えましょう。私たちは交際をしているカレカノ関係となりましたので、家族名を呼び合うのは他人行儀ですよね』
『は、あ……ですね?』
『という事は、ファーストネームかニックネームでしょうか』
『そ、う……ですね?』
『私は綾崎博嗣です。大宮さんのフルネームを教えてください』
『ぅえ……あ、はい。私は大宮杏梨です』
『では杏梨さん、と呼ばせて頂きます』
『ふあ、分かりました。私はひろつぐさんと呼びます』
『後々呼び方が変わる事もあるでしょうが、今は初日ですからね。一歩前進という感じで、少しずつ歩み寄って行きたいです。よろしくお願いします』
『は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします』
そうして互いに握手をした──という流れ。
思い返してみたけど、特におかしくなかったよね?私は博嗣さんとが初交際になるから、イマイチそういったルール的なものは分からないんだけど。
え、握手しない?だって、でも。あや──博嗣さんから手を差し出されたから、握手なのかと思ったんだもん。
「杏梨さん」
「あ、博嗣さん。お仕事お疲れさまです」
「杏梨さんも、お仕事お疲れさまでした。そして改めまして、お誕生日おめでとうございます」
「あ、う……ありがとう、ございます」
会社まで迎えに来てくれるって事で。博嗣さんの言葉に甘えて、私はギリギリまで仕事してました。
そして今日の名目は、何と私の誕生日を祝う事。
別に週末でも良いと言ったのだけど、博嗣さんはダメだと。食事だけでもしましょうとなり、現在集合したところです。
「では、行きましょうか」
「あ、はい」
「すみません、杏梨さん。本当は颯爽と車を横付けしたかったのですが。さすがに職場へお邪魔する事は杏梨さんのご迷惑になるでしょうから、今回は公共交通サービスを使わせて頂きます」
「ふぃやぁ……そ、それで良かったですぅ」
博嗣さんの言葉に頷きつつ、同じ方向へ向いたのだけど。寄り添うように急接近され、ビクゥってしちゃった。特別それ以上の接触はなかったんだけど、距離感が。未だに博嗣さんのパーソナルスペースの狭さに戸惑う。
さらに言えば、公共交通サービスっても地下鉄じゃないのだよ。
そうして横付けされたタクシーを見て、僅かに遠い目になる私だった。──マイカーじゃないだけで、大して変わらないのでは?
私が博嗣さんと交際を開始して、早数か月。毎日のLINEメッセージのやり取りは、基本的に博嗣さんから。私はちゃんとした用事がないと、送れずにまよまよしてふにゃりと心が折れる。──そして途中まで入力したメッセージを削除するという感じ。
物理的接触は手を繋ぐまで、だ。それすらどぎまぎして、変に手汗が出る気がする。人生における心拍数が決まっているなら、私は確実に寿命を削っていると思うな。
時は流れて──季節は夏。
梅雨も明け、日に日に暑さが増すこの頃。
「大宮さん、これは?」
「あ、それは入力終わってます。共有フォルダに入れてありますよ」
「ありがとう」
「大宮さん、このデータは何処にあったっけ?」
「はい、第二現場ファイルにあります」
「ありがとう、助かった!」
あれ程苦痛に満ちていた職場も、人員がかわった事でとても環境が良くなった。誰もぐちぐち言わないし、ねちねちもしていない。すっごく爽やかになったんだよね。
何より、やった事に対する言葉がある。──これダイジ。
仕事だからさ。やるよ、勿論。それが他の担当者の業務だろうが、出来る限りね。──でも。
やり方は考えてくれないとね。相手はロボットじゃない。感情を持った生き物だよ。
好き嫌いとか得意不得意とかあるのは当然で、それを上手く回していくのが会社の中の歯車である従業員だもん。上司は管轄する部署内が上手く回るように調整する為に、管理手当をもらっているのだろうから。恫喝や暴力で指図するだけなのは、当然だけどダメダメだよね。
それが出来なかったのが前回のメンバーなんだけど。沙廷さん以外、ね。
急に人事異動があって、今の人たちが入ってきた始めの頃。対人への不信感みたいなのがあって、私はなかなか距離感を掴めなかったんだ。でも沙廷さんが間に入ってくれて、やんわりと仲を取り持ってくれたよ。──その節はすみませんでした。大変助かりましたっ。
新上司の萩生さん。営業に二人、猪子さんと内海さん。
それぞれが入れ替りで、地方の支社から異動して来たんだけど。すっごく出来る方たちなの。こっちが本社だから、栄転って形らしい。
医療機器を販売してるんだけど。前のお三方が入り込めなかったような大手の病院にも、既に顔出し許可もらってしているって沙廷さんが言ってた。
売っているものが高額だから、すぐに契約まで辿り着く訳じゃないけど。話を聞いてくれなきゃ、スタートラインですらないもんね。
さらに外回りだけじゃなく、ちゃんと事務処理も出来て。地方支社には人員が余ってないから、一通りを一人でやれないとって。当たり前だって顔してたけど、それが出来ない人たちが貴方たちのいた支社に行ったのですっ。
私の責任じゃないけど、心の中であの人たちの再教育をお願いしておこう。ふむふむ。
「大宮さん。時間大丈夫?」
「ふえっ?……あっ」
「ほら、もうここは良いから。帰りなさいな?」
「あっ、ありがとうございますっ。では、お先に失礼しますっ」
沙廷さんから声を掛けられ、忘れてはならない約束の時間を思い出した私。
今日は平日ど真ん中なんだけど、綾崎さん──改め。博嗣さんと夕食を約束している。ちなみに呼び方は、交際しましょう宣言直後に訂正された。
『ではまず手初めに、お互いの呼び方を変えましょう。私たちは交際をしているカレカノ関係となりましたので、家族名を呼び合うのは他人行儀ですよね』
『は、あ……ですね?』
『という事は、ファーストネームかニックネームでしょうか』
『そ、う……ですね?』
『私は綾崎博嗣です。大宮さんのフルネームを教えてください』
『ぅえ……あ、はい。私は大宮杏梨です』
『では杏梨さん、と呼ばせて頂きます』
『ふあ、分かりました。私はひろつぐさんと呼びます』
『後々呼び方が変わる事もあるでしょうが、今は初日ですからね。一歩前進という感じで、少しずつ歩み寄って行きたいです。よろしくお願いします』
『は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします』
そうして互いに握手をした──という流れ。
思い返してみたけど、特におかしくなかったよね?私は博嗣さんとが初交際になるから、イマイチそういったルール的なものは分からないんだけど。
え、握手しない?だって、でも。あや──博嗣さんから手を差し出されたから、握手なのかと思ったんだもん。
「杏梨さん」
「あ、博嗣さん。お仕事お疲れさまです」
「杏梨さんも、お仕事お疲れさまでした。そして改めまして、お誕生日おめでとうございます」
「あ、う……ありがとう、ございます」
会社まで迎えに来てくれるって事で。博嗣さんの言葉に甘えて、私はギリギリまで仕事してました。
そして今日の名目は、何と私の誕生日を祝う事。
別に週末でも良いと言ったのだけど、博嗣さんはダメだと。食事だけでもしましょうとなり、現在集合したところです。
「では、行きましょうか」
「あ、はい」
「すみません、杏梨さん。本当は颯爽と車を横付けしたかったのですが。さすがに職場へお邪魔する事は杏梨さんのご迷惑になるでしょうから、今回は公共交通サービスを使わせて頂きます」
「ふぃやぁ……そ、それで良かったですぅ」
博嗣さんの言葉に頷きつつ、同じ方向へ向いたのだけど。寄り添うように急接近され、ビクゥってしちゃった。特別それ以上の接触はなかったんだけど、距離感が。未だに博嗣さんのパーソナルスペースの狭さに戸惑う。
さらに言えば、公共交通サービスっても地下鉄じゃないのだよ。
そうして横付けされたタクシーを見て、僅かに遠い目になる私だった。──マイカーじゃないだけで、大して変わらないのでは?
私が博嗣さんと交際を開始して、早数か月。毎日のLINEメッセージのやり取りは、基本的に博嗣さんから。私はちゃんとした用事がないと、送れずにまよまよしてふにゃりと心が折れる。──そして途中まで入力したメッセージを削除するという感じ。
物理的接触は手を繋ぐまで、だ。それすらどぎまぎして、変に手汗が出る気がする。人生における心拍数が決まっているなら、私は確実に寿命を削っていると思うな。
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