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第一章 春
1の6 ポスターと綾崎さん
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◆ ◆ ◆ ◆ ◆
アイスココアを飲みながら。いつの間にかクッキーが出てて、勧められるままに口にしてた。
綾崎さんもコーヒーを飲んでいるから、普通に二人で喫茶店でお茶してるみたいだった。
そういえば。この青いグラスってば凄いの。二重になってて、結露しにくいみたい。
ガラスのグラスって、綺麗だけど。冷たいものを入れると汗かいて、周囲がベタベタになるよね。机の上が濡れちゃって、コースターがないと後で拭かないとならなくなる。熱いの入れられないし。対応してても、熱くて持てない。
でもこのグラス。触れても濡れないばかりか、冷たくもないの。同じグラスに綾崎さんはホットコーヒーを入れているから、熱いのも大丈夫みたい。
凄いな。うちに欲しいかも。
「なるほど……。いわゆる、ブラック企業ですか」
「そうなりますよねぇ。まぁそんな感じで、毎日帰ったらバタンキューで。動けないくらいなんです。昨夜も……、あっ」
私の話を一通り聞き終わり。綾崎さんは口元にグーにした手を当てて、渋い顔になっている。考える人の銅像って、こんな感じだったと思う。
私の社会人ダイジェストは、漸く昨夜にまで来た。そしてここで思い出す。そういえば私、ここに来る要因となったきっかけさんを持ってきていたんだよ。
テーブルの下に木製の箱があって、そこに手荷物を入れてねってなってたんだけど。
思い出した私は、足元の箱に手を伸ばした。そして持ってきていた布製鞄の中から、昨夜拾ったポスターを取り出す。
「おや?」
「あ、あのっ。昨日の夜、ここのお店前で拾ったんですっ」
拡げたポスターを、テーブルの上。飲み物とかお菓子から少し離して、少しクシャっとなってるけど差し出した。
昨日も手で伸ばしたんだけど。やっぱり何度か踏まれちゃってたから、ボロッと感はやむを得ないよね。
綾崎さんは私の差し出したポスターを見て、僅かに目を見開く。
「地面に落ちてて、人に踏まれちゃってて……。あっ、すみません私も踏んじゃったんですけど」
「いいえ、問題ありません」
「これ、このお店のポスターですよね?」
「はい、そうです」
やっぱり、ここのポスターだった。
綾崎さんはポスターから目を逸らさない。でも、私は決めてここに来たんだもん。
「あの、このポスターを貰って良いですかっ」
「…………はい?」
「この青い魚の絵が欲しいんですとても気に入ったのですぅっ」
差し出したポスターから、いつまでも手を退けなかった私の。実はこれが本題だった。下心と言っても良いかもしれない。
落ちているからといって、勝手に持っていってはいけない──らしい。窃盗とかになるみたいだから、それはさすがに嫌だ。前科持ちとかになっちゃうじゃん。
でも持ち主が良いって言えば。譲渡に承諾を貰えれば、それは私の物にしても良いって事で。
このポスターの青い魚。スッゴク素敵なんだもん。
本当は動いている本物の方が素敵度数倍上だけどさ。私の今の生活じゃ、絶対に面倒を見きれない。病気になるかもだし、最悪死んじゃう。それはダメ。
だからポスター。これなら動かないけど、死なない。うん。お世話出来ない私の、最高の提案。
そう思って、勢い良く言った。──こういうのは、勢いが大事だからね。
でも、ちょっとだけ。断られたらどうしようとか思って、顔がキュッと中心に寄っちゃった。目も閉じちゃってたけど、やっぱり緊張とかいろいろで。誰でもそうなるよね?
綾崎さんは少し不思議そうな声、だったような気がする。一声だけ聞こえたけど──ぅむ?それ以上のリアクションがないような──。
私は少し、キュッとしたままお返事を待ってたんだけど。何で何も言われないのかな?
そこで。そぉっと。薄く目を開いて、綾崎さんを確認してみる。怖い顔してたら、とか考えてびくびくしちゃったけど。
でも、そうじゃなかった。物凄くきょとんとしてる感じ。不思議だな、今まで物凄く大人対応だったのに。でもこういう顔は少し可愛いかも。
「あ」
「あ?」
思わずまじまじと見ちゃってたんだけど、私が見ている事に綾崎さんも気付いたようで。バチッと視線が合った。
そしたら急に片手で顔を隠しちゃった。──手、おっき。
男の人の手って、私と全然違うのね。筋張ってて。指とかも、太くて関節がはっきりしてる感じ──って思いながら観察してたら。
「びゃっ?」
「大宮さん」
急に、ポスターの上に置いていた私の手を押さえつけられた。
というか。私の手の上に、綾崎さんの手が乗った感じかな。突然別の体温が自分の手の上に乗ったから、物凄くびっくりしちゃった。──ん?そう言えば、名前を呼ばれたような気がする。
「新しいポスターを差し上げます」
「ふぁっ?え?あたら、しい?」
言われた言葉を頭の中で噛み砕き──。私は理解した。新しいポスターを貰える、らしい。
何故?
不思議に思ったまま小首を傾げる。
「はい。新しいポスターです」
「え……でも」
再度綾崎さんが繰り返してくれたので、聞き間違いではないのは確実だ。
でも私は、この青い魚が良いのですが──。
「この青い熱帯魚は、私が描いたのです」
「えっ、すごぉっ」
「ありがとうございます。そしてこの絵を気に入って下さったようなので、私としても大宮さんにとても感謝しています。綺麗に伸ばして下さったのですよね」
「え、まぁ……はい」
「それでしたら、新しいポスターを差し上げたいという私の気持ちにも納得いただけますよね?」
「ふわっ」
にっこにこの笑顔で覗き込まれ、私は仰け反るように身体を起こした。──けど私の手の上に綾崎さんの手があったので、大して動けなかったというやつ。
何かな。どうしたのかな。コミュニケーション不足過ぎてどぎまぎするから、急にそういう動きをされると、困るんだけどな。
アイスココアを飲みながら。いつの間にかクッキーが出てて、勧められるままに口にしてた。
綾崎さんもコーヒーを飲んでいるから、普通に二人で喫茶店でお茶してるみたいだった。
そういえば。この青いグラスってば凄いの。二重になってて、結露しにくいみたい。
ガラスのグラスって、綺麗だけど。冷たいものを入れると汗かいて、周囲がベタベタになるよね。机の上が濡れちゃって、コースターがないと後で拭かないとならなくなる。熱いの入れられないし。対応してても、熱くて持てない。
でもこのグラス。触れても濡れないばかりか、冷たくもないの。同じグラスに綾崎さんはホットコーヒーを入れているから、熱いのも大丈夫みたい。
凄いな。うちに欲しいかも。
「なるほど……。いわゆる、ブラック企業ですか」
「そうなりますよねぇ。まぁそんな感じで、毎日帰ったらバタンキューで。動けないくらいなんです。昨夜も……、あっ」
私の話を一通り聞き終わり。綾崎さんは口元にグーにした手を当てて、渋い顔になっている。考える人の銅像って、こんな感じだったと思う。
私の社会人ダイジェストは、漸く昨夜にまで来た。そしてここで思い出す。そういえば私、ここに来る要因となったきっかけさんを持ってきていたんだよ。
テーブルの下に木製の箱があって、そこに手荷物を入れてねってなってたんだけど。
思い出した私は、足元の箱に手を伸ばした。そして持ってきていた布製鞄の中から、昨夜拾ったポスターを取り出す。
「おや?」
「あ、あのっ。昨日の夜、ここのお店前で拾ったんですっ」
拡げたポスターを、テーブルの上。飲み物とかお菓子から少し離して、少しクシャっとなってるけど差し出した。
昨日も手で伸ばしたんだけど。やっぱり何度か踏まれちゃってたから、ボロッと感はやむを得ないよね。
綾崎さんは私の差し出したポスターを見て、僅かに目を見開く。
「地面に落ちてて、人に踏まれちゃってて……。あっ、すみません私も踏んじゃったんですけど」
「いいえ、問題ありません」
「これ、このお店のポスターですよね?」
「はい、そうです」
やっぱり、ここのポスターだった。
綾崎さんはポスターから目を逸らさない。でも、私は決めてここに来たんだもん。
「あの、このポスターを貰って良いですかっ」
「…………はい?」
「この青い魚の絵が欲しいんですとても気に入ったのですぅっ」
差し出したポスターから、いつまでも手を退けなかった私の。実はこれが本題だった。下心と言っても良いかもしれない。
落ちているからといって、勝手に持っていってはいけない──らしい。窃盗とかになるみたいだから、それはさすがに嫌だ。前科持ちとかになっちゃうじゃん。
でも持ち主が良いって言えば。譲渡に承諾を貰えれば、それは私の物にしても良いって事で。
このポスターの青い魚。スッゴク素敵なんだもん。
本当は動いている本物の方が素敵度数倍上だけどさ。私の今の生活じゃ、絶対に面倒を見きれない。病気になるかもだし、最悪死んじゃう。それはダメ。
だからポスター。これなら動かないけど、死なない。うん。お世話出来ない私の、最高の提案。
そう思って、勢い良く言った。──こういうのは、勢いが大事だからね。
でも、ちょっとだけ。断られたらどうしようとか思って、顔がキュッと中心に寄っちゃった。目も閉じちゃってたけど、やっぱり緊張とかいろいろで。誰でもそうなるよね?
綾崎さんは少し不思議そうな声、だったような気がする。一声だけ聞こえたけど──ぅむ?それ以上のリアクションがないような──。
私は少し、キュッとしたままお返事を待ってたんだけど。何で何も言われないのかな?
そこで。そぉっと。薄く目を開いて、綾崎さんを確認してみる。怖い顔してたら、とか考えてびくびくしちゃったけど。
でも、そうじゃなかった。物凄くきょとんとしてる感じ。不思議だな、今まで物凄く大人対応だったのに。でもこういう顔は少し可愛いかも。
「あ」
「あ?」
思わずまじまじと見ちゃってたんだけど、私が見ている事に綾崎さんも気付いたようで。バチッと視線が合った。
そしたら急に片手で顔を隠しちゃった。──手、おっき。
男の人の手って、私と全然違うのね。筋張ってて。指とかも、太くて関節がはっきりしてる感じ──って思いながら観察してたら。
「びゃっ?」
「大宮さん」
急に、ポスターの上に置いていた私の手を押さえつけられた。
というか。私の手の上に、綾崎さんの手が乗った感じかな。突然別の体温が自分の手の上に乗ったから、物凄くびっくりしちゃった。──ん?そう言えば、名前を呼ばれたような気がする。
「新しいポスターを差し上げます」
「ふぁっ?え?あたら、しい?」
言われた言葉を頭の中で噛み砕き──。私は理解した。新しいポスターを貰える、らしい。
何故?
不思議に思ったまま小首を傾げる。
「はい。新しいポスターです」
「え……でも」
再度綾崎さんが繰り返してくれたので、聞き間違いではないのは確実だ。
でも私は、この青い魚が良いのですが──。
「この青い熱帯魚は、私が描いたのです」
「えっ、すごぉっ」
「ありがとうございます。そしてこの絵を気に入って下さったようなので、私としても大宮さんにとても感謝しています。綺麗に伸ばして下さったのですよね」
「え、まぁ……はい」
「それでしたら、新しいポスターを差し上げたいという私の気持ちにも納得いただけますよね?」
「ふわっ」
にっこにこの笑顔で覗き込まれ、私は仰け反るように身体を起こした。──けど私の手の上に綾崎さんの手があったので、大して動けなかったというやつ。
何かな。どうしたのかな。コミュニケーション不足過ぎてどぎまぎするから、急にそういう動きをされると、困るんだけどな。
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