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第一章 春
1の3 熱帯魚とコーヒー
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◆ ◆ ◆ ◆ ◆
地下鉄一駅の距離、歩くこと十五分程。
やって来ました、青い魚の店。時間は十時、さすが時間に正確な私。
勿論、一緒に行くような人はいないのでお一人様だよ。
『poisson tropical bleu』と書いてある看板を見て。昨日は閉じられていたロールカーテンも、今はしっかりオープン。
明るい中で見て、建物はやっぱりポスターと同じ青色。ビューティフォー。
でもどんなお店か分からなくて、中が気になる。そわそわ。うろうろ。
んむむぅっ。えいっ。
暫く入り口付近で不審者してたけど、意を決して入店しちゃった。
カランカラン。大きな牛さんの首についていそうな、鐘のような鈴が鳴る。──おおぅ、こういうの良いよね。うちにも欲しいかも。
あ、でも木造建築は防音性能凄くないからね。カランカランいつも鳴ってたら、周囲の住人から苦情来ちゃうかも。それはダメ。今の賃貸気に入ってるから、追い出されたくないもん。
さて、そんなこんなで観察開始。
店内の照明は落ち着いた色で、天井と壁は青色。床は白っぽい石で、カッコいい。高そう。
広さはコンビニくらいかな。そして、壁側に物凄い数の水槽。
緊張もあって。私は肩に掛けた布製鞄を握り締めながら、一つ一つの水槽を見ていく。
淡水魚のバックスクリーンが水色で、海水魚は紺色になっているみたい。下からライトアップされるみたいに照らされているけど、その照明はとても優しい色だった。
泳ぐ魚の鱗がキラキラ、キラキラ。とっても素敵な見せ方。むふふぅん。嬉しくて楽しくて、顔が自然とにやけてきちゃう。生き物を見るのは好き。
あ──、いた。
あのポスターの青い魚。実物はとっても輝いていて、光る青色。濃いめの子も、薄いめの子もいる。
モスコーブルーグッピー。名前も素敵だなぁ。
グッピーって、卵胎生だった筈。つまりは卵で繁殖するんだけど、お腹の中で子供を孵してから生む。メダカよりも繁殖力が強い熱帯魚。
メスよりもオスの方がカラフルで、ゴージャス。メスの方は残念だけど、綺麗な色がついているのはヒレくらいだもん。
ふふんっ。私ってば、知識欲が好きなものに関する方へ片寄ってるんだよね。
「素晴らし~」
「ありがとうございます」
ビクゥッ。
独り言に後ろから返されて、思い切り肩を跳ねさせちゃった。こっわぁ、誰ですか。
視線を向ければ、何とも背の高い男の人。私の頭頂部がその人の肩くらい?
当然の事ながら知らない人なんだけど、物凄いにっこにこ。──っていうか、パーソナルスペース狭くない?
私はあまり他人とお近づきになりたくないんだけど。そもそも自分だけで生きるの精一杯なのに、他の人の面倒なんて見ていられない。
思わずって感じで、すすすっとその人から距離をとる私。相手の背が高過ぎて、近過ぎると思い切り見上げないとならないのも何だか嫌だな。
「あぁ……、失礼しました。ここ……poisson tropical bleuは、コーヒーをお召し上がりいただける熱帯魚専門店です」
ぽわ──そ?聞きなれない言葉に耳がついていかない。でも、コーヒーが飲めるってとこは聞きとれた。
じゃない。私はコーヒー、苦いから飲めないんだよね。
「あ……、う……その……」
急に話し掛けられて、喋るつもりじゃなかった事もあって戸惑う。
知らない人への会話って、急に成り立たなくない?私だけかな。
「あちらのカウンターで御注文頂ければ、お席で熱帯魚を観察出来ます」
促されるように視線を向ければ、そこには黒い長いテーブル。
奥が注文カウンターになっているようで、室内の至るところに同じ黒色のテーブルと椅子があった。
ほら私、魚しか見てなかったじゃん?全く気付かなかったよねぇ。
「メニュー表もございますので。どうぞ、こちらへいらして頂けませんか?」
「あ……、はい……」
にっこにこでそんな事いわれて、要らないですって断れなかった。
柔らかい言葉なのに。妙に圧が強いと感じるのは、私のコミュニケーション能力が乏しいからかな。
内心仕方なくなんだけど、私はその人に案内されるままカウンターに向かう。
そうしてテーブルを挟んで奥へやってきた男の人は、綺麗な青色のプラ板を差し出した。色が良い。
興味を引かれてじっと見れば、それはどうやらメニュー表のようで。コーヒーだけじゃなく、カフェオレやココア。お茶とソフトドリンクも数種類あった。──飲み物だけだけど。
「あ、アイスココアください」
「かしこまりました。お席にお持ちいたしますので、どうぞお好きな席でお待ちください」
「あ、えと。お会計は……」
見た感じ、喫茶店のように後で会計するタイプに思えない。
でも、その人。私の声が聞こえた筈なのに、にこにこにこにこ。ん?どういう感じ?
思わず小首を傾げちゃったけど、その人の態度は変わらない。
「あの……」
「本日お一人目なので、サービスです」
「…………」
「(にこにこにこにこ)」
「…………はぁ」
「どうぞ、お好きなお席へ」
物凄い笑顔に若干引いてしまった私だけど、にこにこされるだけでは話にならないので。
私が再度同じ問い掛けをしようと口を開けば、何故か被せるようにお金は要らないと返された。えぇ──。
口を閉ざし、男の人を見つめる。でも相手も無言で私を見てくる。勿論、にっこにこで。
ダメだ、会話にならないやつだこれ。
私は諦めを存分に含み、溜め息半分の承諾を返した。そうしたら、更なる笑顔で着席を勧められちゃった。──分かるこれ。逃げられないやつだよ。
地下鉄一駅の距離、歩くこと十五分程。
やって来ました、青い魚の店。時間は十時、さすが時間に正確な私。
勿論、一緒に行くような人はいないのでお一人様だよ。
『poisson tropical bleu』と書いてある看板を見て。昨日は閉じられていたロールカーテンも、今はしっかりオープン。
明るい中で見て、建物はやっぱりポスターと同じ青色。ビューティフォー。
でもどんなお店か分からなくて、中が気になる。そわそわ。うろうろ。
んむむぅっ。えいっ。
暫く入り口付近で不審者してたけど、意を決して入店しちゃった。
カランカラン。大きな牛さんの首についていそうな、鐘のような鈴が鳴る。──おおぅ、こういうの良いよね。うちにも欲しいかも。
あ、でも木造建築は防音性能凄くないからね。カランカランいつも鳴ってたら、周囲の住人から苦情来ちゃうかも。それはダメ。今の賃貸気に入ってるから、追い出されたくないもん。
さて、そんなこんなで観察開始。
店内の照明は落ち着いた色で、天井と壁は青色。床は白っぽい石で、カッコいい。高そう。
広さはコンビニくらいかな。そして、壁側に物凄い数の水槽。
緊張もあって。私は肩に掛けた布製鞄を握り締めながら、一つ一つの水槽を見ていく。
淡水魚のバックスクリーンが水色で、海水魚は紺色になっているみたい。下からライトアップされるみたいに照らされているけど、その照明はとても優しい色だった。
泳ぐ魚の鱗がキラキラ、キラキラ。とっても素敵な見せ方。むふふぅん。嬉しくて楽しくて、顔が自然とにやけてきちゃう。生き物を見るのは好き。
あ──、いた。
あのポスターの青い魚。実物はとっても輝いていて、光る青色。濃いめの子も、薄いめの子もいる。
モスコーブルーグッピー。名前も素敵だなぁ。
グッピーって、卵胎生だった筈。つまりは卵で繁殖するんだけど、お腹の中で子供を孵してから生む。メダカよりも繁殖力が強い熱帯魚。
メスよりもオスの方がカラフルで、ゴージャス。メスの方は残念だけど、綺麗な色がついているのはヒレくらいだもん。
ふふんっ。私ってば、知識欲が好きなものに関する方へ片寄ってるんだよね。
「素晴らし~」
「ありがとうございます」
ビクゥッ。
独り言に後ろから返されて、思い切り肩を跳ねさせちゃった。こっわぁ、誰ですか。
視線を向ければ、何とも背の高い男の人。私の頭頂部がその人の肩くらい?
当然の事ながら知らない人なんだけど、物凄いにっこにこ。──っていうか、パーソナルスペース狭くない?
私はあまり他人とお近づきになりたくないんだけど。そもそも自分だけで生きるの精一杯なのに、他の人の面倒なんて見ていられない。
思わずって感じで、すすすっとその人から距離をとる私。相手の背が高過ぎて、近過ぎると思い切り見上げないとならないのも何だか嫌だな。
「あぁ……、失礼しました。ここ……poisson tropical bleuは、コーヒーをお召し上がりいただける熱帯魚専門店です」
ぽわ──そ?聞きなれない言葉に耳がついていかない。でも、コーヒーが飲めるってとこは聞きとれた。
じゃない。私はコーヒー、苦いから飲めないんだよね。
「あ……、う……その……」
急に話し掛けられて、喋るつもりじゃなかった事もあって戸惑う。
知らない人への会話って、急に成り立たなくない?私だけかな。
「あちらのカウンターで御注文頂ければ、お席で熱帯魚を観察出来ます」
促されるように視線を向ければ、そこには黒い長いテーブル。
奥が注文カウンターになっているようで、室内の至るところに同じ黒色のテーブルと椅子があった。
ほら私、魚しか見てなかったじゃん?全く気付かなかったよねぇ。
「メニュー表もございますので。どうぞ、こちらへいらして頂けませんか?」
「あ……、はい……」
にっこにこでそんな事いわれて、要らないですって断れなかった。
柔らかい言葉なのに。妙に圧が強いと感じるのは、私のコミュニケーション能力が乏しいからかな。
内心仕方なくなんだけど、私はその人に案内されるままカウンターに向かう。
そうしてテーブルを挟んで奥へやってきた男の人は、綺麗な青色のプラ板を差し出した。色が良い。
興味を引かれてじっと見れば、それはどうやらメニュー表のようで。コーヒーだけじゃなく、カフェオレやココア。お茶とソフトドリンクも数種類あった。──飲み物だけだけど。
「あ、アイスココアください」
「かしこまりました。お席にお持ちいたしますので、どうぞお好きな席でお待ちください」
「あ、えと。お会計は……」
見た感じ、喫茶店のように後で会計するタイプに思えない。
でも、その人。私の声が聞こえた筈なのに、にこにこにこにこ。ん?どういう感じ?
思わず小首を傾げちゃったけど、その人の態度は変わらない。
「あの……」
「本日お一人目なので、サービスです」
「…………」
「(にこにこにこにこ)」
「…………はぁ」
「どうぞ、お好きなお席へ」
物凄い笑顔に若干引いてしまった私だけど、にこにこされるだけでは話にならないので。
私が再度同じ問い掛けをしようと口を開けば、何故か被せるようにお金は要らないと返された。えぇ──。
口を閉ざし、男の人を見つめる。でも相手も無言で私を見てくる。勿論、にっこにこで。
ダメだ、会話にならないやつだこれ。
私は諦めを存分に含み、溜め息半分の承諾を返した。そうしたら、更なる笑顔で着席を勧められちゃった。──分かるこれ。逃げられないやつだよ。
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