常闇の魔女は森の中

古芭白あきら

文字の大きさ
上 下
2 / 81

第2話 森の中の魔女の家―常闇の魔女―

しおりを挟む

「んっ、ん~!」


 調剤台にうつ伏せていた上半身を起こし大きく伸びをする。すると、凝り固まった身体がぽきぽきと音が鳴りました。

「いけない……途中で眠ってしまったのね」

 どうやら片付けの前に一休みと思っていたら、うとうとして寝入ってしまったみたいです。

「あら?」

 ふと、目元に感じる違和感に拭ってみれば、それは夢と同じ雫の残滓ざんし

 調剤室でうたた寝してしまったせいなのでしょうか、夢に見たのは懐かしいお祖母様との想い出。

 大好きだったお祖母様も、五年前に他界してもういない。
 十五の時に、私は天涯孤独の身となってしまったのです。

 ですから、街の外にある魔獣の棲む、この森の中の家で暮らすのは私ただ一人……

「ふぅ」

 いけない……

 調剤台が乳鉢や乳棒などの調剤器具を放置したままでした。
 まったく、この状態は余り誉められたものではないですね。

「片付けなきゃ――あっ!?」

 気怠けだるげに調剤台に散逸する調剤器具を片付けようとした私の目に止まったのは小さく愛らしい青い花。

 ――ラシア。

 ラシアの軟膏を作ろうと採取したのだけれど、その中で気に入ったこの花を材料とはせずに一輪挿しに飾っておいたんでした。

「お祖母様……」

 この優しい青は、何となくお祖母様の穏やかな青い眼差しを連想させます。だから、先程の夢とも相俟あいまってとても物悲しい気分になってしまうのです。

「一人でいるのにはもう慣れたと思ったのに……」

 この森の家でお祖母様と過ごした記憶が蘇ると、胸の中に懐かしさときゅっと締め付けられる様なやるせなさに気分が沈んでしまいそうになってきます。

「落ち込んでいてもしょうがないわよね」

 私はむんっと気合を込めてから片付けを始める。

 薬品や生薬などを所定の薬品棚へ戻す。続いて薬匙、乳鉢、乳棒、ビーカーと次々に水洗いして水切り用の籠へ逆さに置く。後は天秤の皿を外して分銅を木箱に直す。

 これらの調剤器具は一般的なものではありません。ですから、希少で高価ですから手に入れるのがとても難しいのです。

 それに、私は街の人から忌み嫌われておりますから、取り引きをしてくれる店もあまりありません。それも専門器具の入手を困難にしている理由なのです。

 まあ、それでなくとも調剤器具はお祖母様の遺品でもありますから、とても大事なものなのです。

 最後に調剤台を拭き上げて終了です。

「うん、完璧ね」

 綺麗に片付いた調剤台を見て、私は腰に手を当てて満足気に頷く。

 と、その時――

 トントントン!

 ――突然のドアノッカーを打ち鳴らす音に、ビクンっと私の心臓が跳ねました。

「えっ、来客?」

 ここは魔獣も棲む森の中にある薬方やくほう店です。

 それに私はある理由・・・・から街の人達に忌み嫌われているから、私の薬を求める特定の患者以外にここを訪れる者は滅多にいないのだけれど……

「はーい、ただいま!」

 ノックに返事をすると、私は慌てて鏡を見て身嗜みだしなみを確認する。

 寝入ってそのままだったから、寝癖やよだれの跡でもあったら目も当てられません。

 鏡に映った自分の黒髪に癖はついてはなかったけれど、赤い目から流れた涙の形跡が僅かに見られたので、湿らせた布を当てて涙の跡を消しました。

 ――闇夜の如く黒い髪に血を滲ませた様な赤い瞳。

 鏡に映る自分の容姿に少し気持ちが沈む。

 鏡に映る顔立ちは、それなりに整っていると思います。

 ですが、この黒と赤の外見こそが街の人々から嫌悪の対象となっている原因なのです。

 トントントン!

 そんな沈んだ空気をドアノッカーの音が打ち破り、止まりかけた時が動き出す。

 いけない、いけない……

「お待たせしました」


 私は急ぎ玄関に駆け寄り扉を開けると――

「あなたが噂の魔女殿か?」

 ――白い鎧を纏い、腰に帯剣した精悍で整った顔の若い男性が一人。


 白銀しろの騎士様がそこに立っていたのです……
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

白衣の下 先生無茶振りはやめて‼️

アーキテクト
恋愛
弟の主治医と女子大生の恋模様

白衣の下 拝啓、先生お元気ですか?その後いかがお過ごしでしょうか?

アーキテクト
恋愛
その後の先生 相変わらずの破茶滅茶ぶり、そんな先生を慕う人々、先生を愛してやまない人々とのホッコリしたエピソードの数々‥‥‥ 先生無茶振りやめてください‼️

ふたりは片想い 〜騎士団長と司書の恋のゆくえ〜

長岡更紗
恋愛
王立図書館の司書として働いているミシェルが好きになったのは、騎士団長のスタンリー。 幼い頃に助けてもらった時から、スタンリーはミシェルのヒーローだった。 そんなずっと憧れていた人と、18歳で再会し、恋心を募らせながらミシェルはスタンリーと仲良くなっていく。 けれどお互いにお互いの気持ちを勘違いしまくりで……?! 元気いっぱいミシェルと、大人な魅力のスタンリー。そんな二人の恋の行方は。 他サイトにも投稿しています。

戦場の聖女と星の呪い〜魔女裁判で処刑寸前だったのに国の危機を救います〜

いぬがみとうま
ファンタジー
異世界に転生した研修医である主人公フィリアは、魔女裁判にかけられ断罪回避をしなければ命がない。 魔女の嫌疑を晴らすために意地悪な上官の下、奮闘する毎日。その結果、なぜか、フィリアは国を救う聖女へと成長いく。

不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。

猫宮乾
恋愛
 再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。

白い初夜

NIWA
恋愛
ある日、子爵令嬢のアリシアは婚約者であるファレン・セレ・キルシュタイン伯爵令息から『白い結婚』を告げられてしまう。 しかし話を聞いてみればどうやら話が込み入っているようで──

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

処理中です...