2 / 6
第2話 英雄アキレス・シビリカ男爵
しおりを挟む一人になった王女はみなの良い獲物らしい。
次々に貴族子女が私の元へと訪れた。
時に歓談を、時にダンスの誘いを受け無難に対応していく。
時間は過ぎていき、ほぼ重要な人物とは相対し終えたはず。
基本的にまず地位の高い者から順に、身分の低い者は後に回されるのが通例。
後半の疲れている時に誘いを断りたくても断れないような人物が来られると困るものね。
身分の低い者なら相手をしなくとも問題にはならないので、たいてい後半に声をかけてくる貴族子女はあしらうのが通常である。
もう疲れたし、これから近寄る者たちはよっぽどの相手でない限りはにっこり笑ってお帰りいただきましょう。
だから、これから誘いに乗らねばならない相手は地位の如何に問わず重要な相手であると周囲に示さねばならない人物とも言える。
「王女殿下」
「……シビリカ卿」
私を呼ぶ声に振り返れば、そこにいたのは優しく微笑む美青年。
アキレス・シビリカ男爵。
その燃えるが如く見事な赤髪が目に入ると、いつものように私の心臓はドキッと高鳴る。
私の動揺に気づいているのかいないのか、彼は私に歩み寄ると両足を揃え軽くお辞儀をした。
「俺……私と一曲踊っていただけませんか?」
「私で良ければ喜んで」
感情を隠す微笑みを崩さないように気をつけながら、軽く首を横に傾けて頷き了承する。
シビリカ卿は魔国において絶大な人気を誇る救国の英雄。
爵位こそ低いが『卿』と敬称を付けて呼んでいる事からも分かるように粗雑に扱えない人物である。
今から一年前、平和な魔国を卑劣な人間族が条約を破って侵攻してきた。
最初はうるさい蝿を追い払うようにあしらっていたが、人間どもが『勇者』などと名乗る野蛮な戦闘狂を投入してから事態は一変。
女神の加護を受けたと自称する勇者の力は凄まじく、魔国の名だたる将や猛者が討ち取られてしまった。
このままでは魔都パンデニウムまで攻め上られる。
そんな危機感を勇者は魔国の住人たちに抱かせた。
そこで登場したのが目の前にいるアキレス・シビリカ。
当時、ただの平民で無名だった彼は魔国を救うべく果敢に勇者に挑み見事これを撃退した。
その功績と魔国民からの絶賛を背景に魔王陛下より男爵位を賜ったのです。
「私のような卑賤の者の誘いを受けていただきありがとうございます」
シビリカ卿がスッと出した手の平に私はそっと手を乗せた。
「シビリカ卿の誘いを断っては国中の子女に高慢との誹りを受けてしまいますわ」
「まさか」
冗談めかして口にしたけど、これは真実だ。
救国の英雄かつ美男子の彼は女性たちの憧れの的。
魔国には多数のファンがいるのだ。
かく言う私もその一人……
その気持ちが露呈しないよう表情に気をつけなきゃ。
私たちは和やかに笑いながら手を繋いでホール中央まで進み僅かに離れて向かい合う。
前奏が始まりシビリカ卿の差し出す左手に手を添えると、彼の逞しい右腕が私の細い腰に回された。
想いを寄せる相手と密着する体勢に私の期待はどうしたって高まる。
それを見透かしているのかシビリカ卿がふっと眩しく笑った。
「卑しき出自ゆえ不作法はご寛恕ください」
よく言う。
彼の所作はそこらの下手な貴族よりよっぽど洗練されている。
叙爵された彼は蔑まれぬよう血の滲む努力をしたに違いない。
「あら、どこの貴公子かと思いましたわ」
「ご冗談を」
お互い言葉の牽制をしながらクルクルと踊る。
一年前まで平民であったなど信じられないくらいリードが上手。
既に幾人かと踊って疲れていた私をさりげなくフォローするところも憎い心遣いよね。
だけど、問題はそこではないわ。
ヤバい……さっきから心臓がバクバクとうるさく早鐘を打ってる。
シビリカ卿に聞こえてはいないかしら?
平静を装っているけど内心ではかなりテンパってる。
自分の想いを胸の奥に押し込めようと必死になりながら一曲なんとか踊り終えるのに成功した。
きっと私の恋心はバレていないはず……
1
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
【完結】もったいないですわ!乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢は、今日も生徒会活動に勤しむ~経済を回してる?それってただの無駄遣いですわ!~
鬼ヶ咲あちたん
恋愛
内容も知らない乙女ゲームの世界に転生してしまった悪役令嬢は、ヒロインや攻略対象者たちを放って今日も生徒会活動に勤しむ。もったいないおばけは日本人の心! まだ使える物を捨ててしまうなんて、もったいないですわ! 悪役令嬢が取り組む『もったいない革命』に、だんだん生徒会役員たちは巻き込まれていく。「このゲームのヒロインは私なのよ!?」荒れるヒロインから一方的に恨まれる悪役令嬢はどうなってしまうのか?
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
氷のメイドが辞職を伝えたらご主人様が何度も一緒にお出かけするようになりました
まさかの
恋愛
「結婚しようかと思います」
あまり表情に出ない氷のメイドとして噂されるサラサの一言が家族団欒としていた空気をぶち壊した。
ただそれは田舎に戻って結婚相手を探すというだけのことだった。
それに安心した伯爵の奥様が伯爵家の一人息子のオックスが成人するまでの一年間は残ってほしいという頼みを受け、いつものようにオックスのお世話をするサラサ。
するとどうしてかオックスは真面目に勉強を始め、社会勉強と評してサラサと一緒に何度もお出かけをするようになった。
好みの宝石を聞かれたり、ドレスを着せられたり、さらには何度も自分の好きな料理を食べさせてもらったりしながらも、あくまでも社会勉強と言い続けるオックス。
二人の甘酸っぱい日々と夫婦になるまでの物語。
婚約破棄されたので、契約不履行により、秘密を明かします
tartan321
恋愛
婚約はある種の口止めだった。
だが、その婚約が破棄されてしまった以上、効力はない。しかも、婚約者は、悪役令嬢のスーザンだったのだ。
「へへへ、全部話しちゃいますか!!!」
悪役令嬢っぷりを発揮します!!!
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
女嫌いな騎士団長が味わう、苦くて甘い恋の上書き
待鳥園子
恋愛
「では、言い出したお前が犠牲になれ」
「嫌ですぅ!」
惚れ薬の効果上書きで、女嫌いな騎士団長が一時的に好きになる対象になる事になったローラ。
薬の効果が切れるまで一ヶ月だし、すぐだろうと思っていたけれど、久しぶりに会ったルドルフ団長の様子がどうやらおかしいようで!?
※来栖もよりーぬ先生に「30ぐらいの女性苦手なヒーロー」と誕生日プレゼントリクエストされたので書きました。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる