蒼玉の瑕疵~それでも廃公子は呪われし令嬢に愛を告げる~【完結】

古芭白あきら

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第二十八話 蒼玉の誓い

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 レイマンはエリサベータを連れて領都の街中へとやってきていた。特に何かをするわけではないのだが、何となく二人は広場へと足を運んだ。

 広場には多数の露店が並び、人の活気と熱気で圧倒されそうだった。

 貴族はこのように街中に歩いてやってくることはありえないのだが、レイマンはエリサベータに連れられて、よく孤児院へと慰問していたこともあり、街へと繰り出すことに昔ほど抵抗を感じていなかった。

 こういうところにもエリサベータの影響があるのだなと改めてレイマンは思う。

 エリサベータとの付き合いも五年。

 この短い歳月でレイマンはエリサベータから多くの影響を受けてきた。それは、廃嫡され腐っていたレイマンを救ってくれたのは間違いない。

 エリサベータはレイマンを様々な所へ連れ出した。

 最初に孤児院へ行った。そこで、孤児達と話し、遊び、交わった。そこでエリサベータは彼らの笑顔の下にある苦しみ、悩み、将来の不安を教えてくれた。

 他にも傷病の者達も見舞った。彼らの傷病の原因は様々で、その中には街道の整備不良や公共工事の安全面の杜撰ずさんであったり、そういう為政の不備から傷を負った者もいた。

 更には今のように庶民と同じような恰好で街中にやってきては街の人々の生活を見聞した。そうしてレイマンは勉強しても得られなかった多くの生きた知識を得た。

 どれもこれも自分では思いもしないものばかり。そんなエリサベータとの日々はレイマンを大きく変えた。

 最初の訪問の時にその端麗な容姿に一目惚れしたが、今はエリサベータそのものに魅かれている自分をレイマンは認識していた。

「レイ様とこうやって二人で街へ来るのも久しぶりですね」

 にこやかに笑うエリサベータは確かに美しい。だがエリサベータの魅力は彼女の内側にある清廉な気質からくるものであるとレイマンは思う。エリサベータの本当の輝きを知らない貴族共に彼女を渡したくはない。だから急がねばならない。

──勇気を出せレイマン・ナーゼル!

 こうやっていつも自分を叱咤しったしながら何度もエリサベータに婚約を申し込む言葉が出てこない。

 余計なことを考えるからだと友人は言った。その通りだろう。

 勢いでやれとも言われた。なるほど言い回しなど不要だった。直球で申し込めばよいのだ。

「エ、エリサ!」
「きゃ!」

 思い切ってストレートに申し込もうと名を呼べば、エリサベータはちょうど人とぶつかり、よろめいたところであった。

 咄嗟とっさにエリサベータの腕を掴み、レイマンは己の胸の中に彼女を引き寄せた。レイマン自身も己の大胆な行動に驚いたが、想い人の匂いに包まれたエリサベータは顔を真っ赤に染め上げながらレイマンを見上げた。

「あ、ありがとうございます……」
「い、いや……」

 お互い次にどうしてよいか分からず抱き合ったままで固まっていると、二人に掛けられる周りからの冷やかしの声。エリサベータは羞恥に思わずレイマンを突き放そうともがいてしまった。

 それ程に強い力ではなかったが、レイマンアはエリサベータに拒絶されてしまったように思えて、彼女を腕の中から解放した。

──気まずい……

 一気に告白できればよかったのだが、タイミングを一度外すとどうにも勇気を振り絞ることは難しかった。

 再び二人は露店の間を黙々と並んで歩く。

 エリサベータはまだ顔を赤くし少し俯きながら、レイマンは何とか機会を計ろうとエリサベータをちらちら盗み見ていた。落ち着かない沈黙。

 何かきっかけはないかときょろきょろと辺りを見回すレイマンの目に青い光が飛び込んできた。

「あれは……」
「レイ様?」

 突然立ち止まったレイマンにエリサベータはきょとんとレイマンを見上げた。

 エリサベータはレイマンの視線の先を追うと彼が見ているのはどうやら宝石商の露店の様であると分かって小首を傾げた。

 貴族が露店で宝石を求めることは普通しないからだ。

「どうされたのですか?」
「いや、あの石なんだが……」

 レイマンが指示したのは美しい蒼玉サファイアだった。

「まあ、レイ様の瞳の色の様に綺麗ですね」
「そうかい?僕にはエリサの瞳に見えたよ」

 レイマンは深い青色だがエリサベータは輝くような青い瞳。エリサベータの方が澄んだ色だとレイマンは思っている。

 レイマンは屈んで露店に飾られているその蒼玉を観察した。瞳の形の玉は深い青。しかし、少し輝きがくすんで見えた。レイマンはその原因にすぐ気がついた。

「傷物のようだね」
「へい。なんでかなり格安なんですよ。勉強させて頂きますから恋人にお一つ如何ですか?」

 蒼玉の研磨は技術を必要とする。余程思い入れのある品でない限り、蒼玉の傷を研磨して修理するよりも買い直す方が一般的であった。その為、傷物の蒼玉は価格が下がる。

 だが傷の内にある蒼玉の輝きは本物だ。表面だけ見ていては気付かないこと。それはエリサベータと同じ。そしてそのことを教えてくれたのも他ならないエリサベータ。

 レイマンは蒼玉を強く握り決心した。

「そうだな色はとても気に入った……貰おう」
「レイ様!?」

 エリサベータは驚きで大きく目を見張った。レイマンは気にせずエリサベータの顔の横にその蒼玉を並べて微笑んだ。

「やはりエリサの瞳の様だ。傷のせいで輝きはエリサに劣るけどね」
「レイ様……」
「この蒼玉はとても品が良いよ。研磨さえきちんとすれば本来の輝きを取り戻す」
「はい」

 レイマンはその蒼玉をエリサベータに手渡した。エリサベータはその蒼玉を一瞥いちべつすると確かにそれには傷があった。この傷がこの蒼玉の本来の輝きをかげらせている。

「だけど瑕疵かしがあるというだけで、奥に眠る価値に人は気がつかない。研磨し輝きを取り戻せば人はその価値に気がつくだろう。しかし……」

 エリサベータにはこのレイマンの行動が、そして彼が何を言おうとしているのかが良く理解できなかった。

「その見出した価値さえ表面の輝きしか見ていないんだ。隠れている輝きを見ることはとても難しい。僕もそうだった……」

 レイマンはナーゼルの地に降り立ってからの己を振り返った。

「この地に来た頃は父への憎悪、王都の連中への猜疑心のせいで僕の目はとても曇っていた」
「そんな……私がお会いした時のレイ様は……」

 否定しようとしたエリサベータの口唇にレイマンは軽く指を添えて制した。そして、その手で蒼玉を持つエリサベータの手を包む。

「ナーゼルに来てからの僕は周りに関心を向けようとはしなかった。父や王都の連中への憎しみだけが僕の心の中に巣くっていた。昔の僕ならこの露店で、この蒼玉に出会うことはなかっただろう……いや出会っても絶対にその価値に気付くことはなかった」
「レイ様……」
「だけど僕は父や王都の連中へのわだかまりなんて些細なものなんてどうでもよくなった。もっと大切なものがあることを知ったから」

 蒼玉を持つ手を絡ませて二人は見詰めあう。広間の喧騒が全て止んだ二人だけの世界。

「君だよエリサ」

 蒼玉を握る手を二人の顔の間に持ち上げると一瞬それは輝きを放ったように見えた。

「この蒼玉と同じように君に出会えた。そのことに比べれば他のことなんてどうでもいい」

 レイマンは蒼玉を持つ手とは逆の手をエリサベータの頬を添えた。

「ずっと傍にいて欲しい……私の婚約者になってくれないか?」
「……レイ様」

 頬に添えられた手に自分の手を重ねて、エリサベータはじっとレイマンを見詰め返す。その真っ直ぐな蒼玉の瞳にレイマンは先程までの決意に怯みがでた。

「す、すぐに、こ、答えなくても……」
「ふふふ」

 凛々しく告白してきたレイマンが、初めて会ったころのように怯む姿が可笑しくて、エリサベータはくすくすと笑った。

「レイ様、私は……」
「エ、エリサ!い、今すぐでなくても……」

 今度はエリサベータがレイマンの口唇に軽く指を添えて制した。

「私はレイ様にお会いした時に予感がしたんです。レイ様とはずっと一緒にいることになりそうだなと……」

 今なら分かる。自分がレイマンに恋していたことを。

「私、レイ様をお慕い申しております。だから婚約の申し出をお受け致します」

 途端に周囲から喝采が湧いた。雄たけびの様な大きな歓声にどきりとして二人は周囲を見回した。

 どうやら広場の人々が固唾を呑んで二人の成り行きを見守っていたようだ。衆人から次々に祝福を受けレイマンとエリサベータは顔を見合わせてお互いにはにかむ様な笑みを浮かべた。

「この蒼玉は私が預かっておくよ。結婚を申し込む時までにはこの蒼玉の輝きを取り戻して君に送ろう」
「はい……その日を楽しみにしています」

 この街中での告白から二ヶ月後、二人の婚約が成立した。
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