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第二十話 廃公子の成人の儀

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 夜になるとレイマンは黒の燕尾服に身を包み、馬車に乗って王城内の宮殿の一つ真珠宮へと向かった。

 クロヴィス王国の貴族子女が参加する成人の儀やデビュタントは、過去には別々に開催されていたが、現在では同じ日の同じ場所で催されている。

 これは、元々の由来が貴族子女の成長を祝い大人の貴族の仲間入りをしたことを示す儀式であったものが、逸早いちはやく結婚相手を探す場へと変化したことによる。

──ならばアグネス・ハプスリンゲのお目当てが、今年の成人の儀に参加するという事だろうか?

 だが、レイマンの知己に彼女のお眼鏡に適う貴族子女は思いつかない。

 アグネス・ハプスリンゲは既に才色兼備として名高い。また、ハプスリンゲ公爵はこの一人娘を目に入れても痛くないほど可愛がっている事は有名である。余程の相手でなければ相手にならないだろう。

 実際に彼女は第三王子の婚約の打診を袖にしている。ハプスリンゲ公爵もアグネスも第三王子の人格や能力に懐疑的であったことから断りを入れていたのだ。

 本来なら王家の打診を断ることなどできないのだが、ハプスリンゲ公爵の威光を王家も無視できないことや、アグネスが一人娘で入り婿が条件であり、王家もあまりに強引に進めては公爵家乗っ取りを狙っているとも取られ兼ねない。実際には第三王子の一目惚れであったのだが。

──彼女とは数度の面識しかないが……

 アグネスと最後に会ったのは彼女が8歳の時。この時から既に彼女は貴族の中の貴族の様な高貴なたたずまいで、同年代の子息、令嬢達を圧倒していたことを記憶している。

 正に貴族の矜持を体現したような少女で、エリサベータとはまた違った方向で幼さを超越した神童であるとレイマンには思えた。

──王家の打診さえ断れるハプスリンゲ侯爵の令嬢の相手となると、一廉ひとかどの人物だと思われるが……

 レイマンが王都にいた時代、彼も全ての貴族子女と面識があったわけではない。もしかしたらレイマンが知らない傑人と会えるかもしれない。

 成人の儀に参加する事が目的ではあったが、正直レイマンはナーゼルでエリサベータと一緒に過ごす方がずっと有意義であった。ヴェルリッヒの件があったので厭わず王都に来たが、その目的も果たしたので王都での仕事も全て終わったような感覚になり、この夜会の参加に乗り気になれなかった。

──しかし、ハプスリンゲ嬢のお眼鏡に適う程の人物と知己を得られるならば悪くはないかもしれないな。

 レイマンは彼女の選んだ相手を思い描いて心が弾んだ。まるで興味の無かった夜会にレイマンは少しだけ意義を見出せたような気がした。

 城門を通され、ゆっくりと馬車は敷地内を進み、夕暮れ時には真珠宮へと到着した。

 馬車を降りたレイマンは王宮の侍従に案内され、伯爵の令息、令嬢達が入場を待つ部屋へと通された。当然そこには見知った顔も居る。

 彼らは遠巻きにレイマンをちらちらと窺いながらひそひそと何やら密談をしていた。無理もないかとレイマンは思う。

 自分は廃嫡されファルネブルクとは疎遠になった。五年前はその事で嘲笑の対象にもなった。通常ならこの場で相続競争に負けたレイマンなど相手にしない。

 ところがここに来て新たに嫡子となったゲオルクの素行に問題が見えてきた。その後ろ盾のシュタイマンも最近では精彩を欠いている。

 ゲオルクがすんなり侯爵を継げればいいのだが、どうにも彼の継承は難航しそうだ。この状況ではレイマンが返り咲いたり、ヴェルリッヒにお鉢が回って来ないとも限らない。

 五年前にレイマンを冷遇した貴族子女達は臍を噛んでいる事だろう。今更どの面下げてレイマンと交友を結べようか。逆に中道派やファルネブルク派閥以外の貴族子女達は好機とばかりに、どうにかレイマンと知己を得ようと機会を窺っているのだろう。

 そんな貴族子女達がお互いを牽制しあっている様子だ。

 最も渦中のレイマンは周囲のそんな気配を理解していても大して動揺もしなければ、彼らに興味も無かった。

 しかし、レイマンの方に彼らへの関心が無くとも、彼らはレイマンの歓心を買いたい。中道派の子弟が意を決して動き始めた。

──騒がしくなりそうだな。

 レイマンは徐々に近いて来る子弟を横目にげんなりした。

「レイ!此処に居たか」

 その時、突然やって来た親友の声に、レイマンは顔を明るくした。

「ギュンター!どうしたんだ?お前は成人の儀を済ませているだろ?」
「お前が騒がしくて困ってないか心配してな」

 ギュンターがぐるりと周囲に視線を送れば動向を盗み見ていた連中がさっと視線を逸らした。

「助かったよ。今から騒がしくなりそうだったからな」
「それは丁度良い時宜に到着したな。たっぷりと恩に着せそうだ」

 レイマンが頼もしげにギュンターを見上げると、彼はにやりと笑ってうそぶいた。

「ああ、全くだ。この借りは高くつきそうだ」

 レイマンがそうおどけると、二人は揃って笑った。

 やがて案内人がやって来ると、二人は肩を並べて先導されながら会場へ向かった。その途中でレイマンはアグネスにお目当てがいるのではないかと話してみた。

「ハプスリンゲ嬢にお目当てがいる……か」
「ああ。そう考えると彼女が今年の夜会に参加する事に説明がつく」
「ふむ。まあそうなんだが……」

 レイマンの説に一定の理解を示しながらもギュンターの返事は歯切れが悪い。

「何か問題があるのか?」
「うん、まあ、なんだ……今年の参加者で目ぼしい人物に心当たりが無くてな」

 レイマンは目に見えて意気消沈した。

「面白い人物に会えるかもしれないと期待したのだが……」
「まあ俺も全ての参加者を知っているわけじゃない。そう気を落とすな」
「そうだな。それに成人の儀の対象者以外にも夜会に来ている。その中の人物かもしれないしな」
「まあ彼女を観察していれば分かるさ」

 レイマンはその言葉に頷くと、ギュンターと共に煌びやかな会場の中へと足を踏み入れた。
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