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第十六話 赤髪の少女、来襲
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レイマンとエリサベータの交流が始まって数ヶ月が過ぎた。夏の暑さも和らぎ、緑に生い茂っていた木々にも次第と黄色と赤色が混ざるようになってきた。
「エリサのヴィーティン領はナーゼルよりも北方だ。秋の訪れも早いのだろうな」
窓から見える秋の訪れを告げる景色にレイマンは嘆息した。
「どうかなさいましたか?」
物憂げな様子のレイマンにエリサベータは心配そうに声を掛けた。
「エリサがナーゼルに来てからの数ヶ月は本当に有意義で楽しかった」
「レイ様にその様に思って頂けたのでしたらとても嬉しいです」
「うん……本心から言っているよ。孤児院へ行ったことも、傷病者の慰問も、街の市場へのお忍びも、どれも興味深いものだった」
どれもこれもエリサベータが来なければ、レイマンが経験する事は無かったであろう。彼女との日々を振り返り、改めてそう思う。
「エリサに会えて本当に良かった」
これらは貴重な経験であり、大切なエリサベータとの思い出。このエリサベータと過ごした数ヶ月の記憶は全てがレイマンの宝物となった。
だから……
「もう直ぐエリサがヴィーティンに帰ってしまうかと思うと寂しくてね……」
「レイ様……」
彼が自分をこんなにも想ってくれている事に、エリサベータの胸の内で喜びが膨れ上がった。
「私もレイ様にお会いできて……一緒に過ごせて、とても素敵な時間だったと感じております。ですから、私もお会い出来なくなるのは寂しいです」
「エリサ……」
テーブルを挟んで二人はお互いに顔を見詰めて、何処か寂しげな笑顔を見せた。
「来年の春にまたナーゼルにお伺いしても宜しいでしょうか?」
「ああ……エリサが来るの楽しみにしているよ」
二人の醸し出す穏やかな雰囲気が、この部屋に居る全ての者に温かい気持ちを抱かせた。だからだろう、家人達はこの二人を微笑ましく見守った。
だが、この平穏な空気が突然破られた。何やら外が俄に騒がしくなってきたのだ。
「何だろう?」
レイマンが不思議に思い窓の方へ目を向けたが、特に原因が分かるわけもなく、彼は直ぐに視線をエリサベータに戻したのだが……
「エリサ?」
何故かエリサベータの顔色が悪かった。
「まさか……」
「どうかしたのかい?」
「あ、あの……いえ……」
歯切れの悪いエリサベータ。いつも泰然とした様相の彼女の珍しい姿にレイマンや家人達は訝った。心配したのかツェツィアが彼女の傍へ近寄って尋ねた。
「どうかなさったのですか?」
「ツェツィア……どうしましょう……今月のお手数を出していなかったわ」
「手紙……ま、まさか……ナターシャ様への?」
こくりとエリサベータが頷くとツェツィアはひぃっと小さい悲鳴を上げた。
「エ、エ、エリサベータ様!」
「だって……だって……ここのところ帰省の準備とか、孤児院や施療院への挨拶とか……と、とにかく忙しくて……」
普段は落ち着いた遣り取りをする主従が何やら動揺している。レイマンやナーゼルの家人達はヴィーティン家の主従の様子に首を傾げた。
「エリサ?いったいどうしたんだい?」
レイマンが心配して、落ち着かないエリサベータの側へ歩み寄って屈むと、彼女の手を安心させる為に自分の手で包み込んだ。
「僕で助けになるなら何でもするよ」
「レイ様……」
レイマンの優しい振る舞いに、エリサベータは潤んだ瞳で彼を見詰めた。その時、ばんっと扉を破る様にエリサベータの従者エトガルが部屋へ転がる様に入って来た。
「た、大変ですエリサベータ様!」
「エ、エトガル!?」
エトガルの慌てぶりにツェツィアが顔を青くする。
「き、来ちゃったの?ねえナターシャが来ちゃったの?」
エリサベータが尋ねるとエトガルは言葉に出来ず、何度も首を上下に振って肯定した。
「何?親友の私が来たら拙いの?」
エトガルが開け放った扉に背を預けて一人の少女が、手を取り合うエリサベータとレイマンを睨む様な目を向けた。
「ナターシャ!」
「久しぶりねエリサ」
燃える夕陽の様に真っ赤な髪、夏の新緑を思わせる鮮やかな碧の瞳、新雪の如く穢れのない真っ白な肌。エリサベータに挨拶を投げ掛けたのはそんな美少女だった。
だが、その眦はきつく吊り上げ、口角を僅かに上げて不敵に笑い、腕を組みながらレイマンとエリサベータを睥睨する態度を見て、レイマンは気が強そうな少女だと呑気に思っていた。
「君は?」
怯えるヴィーティン家の主従に変わり、レイマンはエリサベータを守るように、彼女と赤髪の少女の間に入って誰何した。
「そう言う貴方は誰なのかしら?」
「これは失礼しました。美しいご令嬢。僕はレイマン・ナーゼルと申します」
レイマンが胸に右手を当て軽くお辞儀をすると、赤髪の少女は目を細めた。
「ふーん」
その少女は不躾にレイマンを上から下までじろりと見ると、更に口角を吊り上げた。
「貴方がエリスの言っていた……」
レイマンの挨拶に対して、返礼をせずに不作法に値踏みしてくる赤髪の少女に、彼は自分が間違っていたことに気がついた。
この少女は気が強そうなのではない。
随分と、かなり、相当に気が強い令嬢であると……
「エリサのヴィーティン領はナーゼルよりも北方だ。秋の訪れも早いのだろうな」
窓から見える秋の訪れを告げる景色にレイマンは嘆息した。
「どうかなさいましたか?」
物憂げな様子のレイマンにエリサベータは心配そうに声を掛けた。
「エリサがナーゼルに来てからの数ヶ月は本当に有意義で楽しかった」
「レイ様にその様に思って頂けたのでしたらとても嬉しいです」
「うん……本心から言っているよ。孤児院へ行ったことも、傷病者の慰問も、街の市場へのお忍びも、どれも興味深いものだった」
どれもこれもエリサベータが来なければ、レイマンが経験する事は無かったであろう。彼女との日々を振り返り、改めてそう思う。
「エリサに会えて本当に良かった」
これらは貴重な経験であり、大切なエリサベータとの思い出。このエリサベータと過ごした数ヶ月の記憶は全てがレイマンの宝物となった。
だから……
「もう直ぐエリサがヴィーティンに帰ってしまうかと思うと寂しくてね……」
「レイ様……」
彼が自分をこんなにも想ってくれている事に、エリサベータの胸の内で喜びが膨れ上がった。
「私もレイ様にお会いできて……一緒に過ごせて、とても素敵な時間だったと感じております。ですから、私もお会い出来なくなるのは寂しいです」
「エリサ……」
テーブルを挟んで二人はお互いに顔を見詰めて、何処か寂しげな笑顔を見せた。
「来年の春にまたナーゼルにお伺いしても宜しいでしょうか?」
「ああ……エリサが来るの楽しみにしているよ」
二人の醸し出す穏やかな雰囲気が、この部屋に居る全ての者に温かい気持ちを抱かせた。だからだろう、家人達はこの二人を微笑ましく見守った。
だが、この平穏な空気が突然破られた。何やら外が俄に騒がしくなってきたのだ。
「何だろう?」
レイマンが不思議に思い窓の方へ目を向けたが、特に原因が分かるわけもなく、彼は直ぐに視線をエリサベータに戻したのだが……
「エリサ?」
何故かエリサベータの顔色が悪かった。
「まさか……」
「どうかしたのかい?」
「あ、あの……いえ……」
歯切れの悪いエリサベータ。いつも泰然とした様相の彼女の珍しい姿にレイマンや家人達は訝った。心配したのかツェツィアが彼女の傍へ近寄って尋ねた。
「どうかなさったのですか?」
「ツェツィア……どうしましょう……今月のお手数を出していなかったわ」
「手紙……ま、まさか……ナターシャ様への?」
こくりとエリサベータが頷くとツェツィアはひぃっと小さい悲鳴を上げた。
「エ、エ、エリサベータ様!」
「だって……だって……ここのところ帰省の準備とか、孤児院や施療院への挨拶とか……と、とにかく忙しくて……」
普段は落ち着いた遣り取りをする主従が何やら動揺している。レイマンやナーゼルの家人達はヴィーティン家の主従の様子に首を傾げた。
「エリサ?いったいどうしたんだい?」
レイマンが心配して、落ち着かないエリサベータの側へ歩み寄って屈むと、彼女の手を安心させる為に自分の手で包み込んだ。
「僕で助けになるなら何でもするよ」
「レイ様……」
レイマンの優しい振る舞いに、エリサベータは潤んだ瞳で彼を見詰めた。その時、ばんっと扉を破る様にエリサベータの従者エトガルが部屋へ転がる様に入って来た。
「た、大変ですエリサベータ様!」
「エ、エトガル!?」
エトガルの慌てぶりにツェツィアが顔を青くする。
「き、来ちゃったの?ねえナターシャが来ちゃったの?」
エリサベータが尋ねるとエトガルは言葉に出来ず、何度も首を上下に振って肯定した。
「何?親友の私が来たら拙いの?」
エトガルが開け放った扉に背を預けて一人の少女が、手を取り合うエリサベータとレイマンを睨む様な目を向けた。
「ナターシャ!」
「久しぶりねエリサ」
燃える夕陽の様に真っ赤な髪、夏の新緑を思わせる鮮やかな碧の瞳、新雪の如く穢れのない真っ白な肌。エリサベータに挨拶を投げ掛けたのはそんな美少女だった。
だが、その眦はきつく吊り上げ、口角を僅かに上げて不敵に笑い、腕を組みながらレイマンとエリサベータを睥睨する態度を見て、レイマンは気が強そうな少女だと呑気に思っていた。
「君は?」
怯えるヴィーティン家の主従に変わり、レイマンはエリサベータを守るように、彼女と赤髪の少女の間に入って誰何した。
「そう言う貴方は誰なのかしら?」
「これは失礼しました。美しいご令嬢。僕はレイマン・ナーゼルと申します」
レイマンが胸に右手を当て軽くお辞儀をすると、赤髪の少女は目を細めた。
「ふーん」
その少女は不躾にレイマンを上から下までじろりと見ると、更に口角を吊り上げた。
「貴方がエリスの言っていた……」
レイマンの挨拶に対して、返礼をせずに不作法に値踏みしてくる赤髪の少女に、彼は自分が間違っていたことに気がついた。
この少女は気が強そうなのではない。
随分と、かなり、相当に気が強い令嬢であると……
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