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第十三話 ガーベラと謝辞

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「花だぁ?」
「そう!エリサベータ様が喜びそうな可愛いの!」

 カティナに屋敷の庭へ連れて来られたレイマンは狼狽していた。

「そんなもん勝手に持っていけばいいだろ」
「もう!ディノさん」

 カティナが親しげに話す初老の庭師ディノが、レイマンに対して冷淡な態度を取る気配が伝わってきたからだ。

 レイマンはカランツの養子だ。次期ナーゼル伯爵となる。つまりは、将来この屋敷の主になるのだ。配下の家人がしていい対応ではない。

「何が良いか分からないから相談しているんです!」
「自分で良いと思った花を選べばいいだろう」

 随分と偏屈な庭師のようだ。

「剪定はしてやる」

 もういいだろうと態度で示すディノにレイマンは困惑した。

「偏屈なお爺さんで申し訳ありませんレイマン様」

 カティナの謝罪にレイマンは首を振った。

「いや、自分がする贈り物なんだ。やはり自分で選ばないといけないんだろう」

 ディノの失礼な振る舞いにレイマンが怒った様子を見せなかったのでカティナはほっと安堵した。

──家人にも寛大だし、良い後継あとつぎ様じゃない。

 カティナのレイマンに対する評価は高くなり、彼の恋を応援しようと張り切った。

 レイマンはカティナと一緒に花を選び決めると、ディノがやはりぶっきらぼうな対応で剪定し無言で手渡した。彼の無礼にカティナは呆れ、渡された花の束を手にレイマンは困惑した。

 仕方なしにカティナがその花を包みブーケにし、それを手渡されたレイマンが嬉しそうに笑う姿にカティナは自分の仕事が完璧だったと頷いた。

 そんな二人の様子を離れた所からディノが睨む様に見詰めていた。

 早速レイマンはそのブーケを手にエリサベータの住む屋敷を訪れた。が、エリサベータにブーケを渡す段になって、本当に贈り物はこれで良かったのだろうかと不安になり始めた。

 目の前には既に意中の少女がいる。今更引き返せない。

 レイマンはガチガチに緊張しながらブーケをエリサベータに差し出した。

「エ、エ、エリサ!こ、これを!」
「まあ!とても可愛いガーベラ」

 ディノに剪定してもらい、カティナの手で綺麗にブーケにしてもらったピンクのガーベラ。それを手にしたエリサベータはとても嬉しそうな笑顔を見せた。

「レイ様、ありがとうございます」

 その美しくも愛らしい笑顔にレイマンの顔も自然と柔らかくなり、緊張もほぐれたようだ。

「エリサベータ様、そのお花を花瓶に生けましょうか?」
「お願いしますツェツィア」

 エリサベータは側のツェツィアと呼ばれた侍女にブーケを渡すと彼女は丁寧にガーベラを花瓶に生けて、レイマン達の座るテーブルに飾った。

「ありがとうツェツィア!とても綺麗よ」

 笑顔で礼を述べるエリサベータにツェツィアの顔も嬉しそうに綻ぶ。

 レイマンはエリサベータと侍女の遣り取りを黙って見ていた。エリサベータの笑顔に心を奪われてのことだったが、彼女が侍女へブーケを渡した辺りから緩んだ顔が少し引き締まったものに変わっていた。

 その微妙な変化に気付いたエリサベータは不思議そうに小首を傾げた。

「どうかなさいましたか?」
「いや、エリサが喜んでくれて嬉しいよ」
「ふふふ。だってとっても可愛いのですもの。レイ様ありがとうございます」

 レイマンはエリサベータの素直な感謝の言葉にはにかんだ。

「もうお礼の言葉は貰ったよ」
「謝意は何度示しても良いではないですか」
「そうだね……」

 レイマンはちらりとツェツィアを見た。

「エリサはその侍女と仲が良いみたいだね」
「ツェツィアと?」
「だって、お願いしたり、感謝したり……」
「特段ツェツィアだけではありませんが?」
「お嬢様は私ども全ての家中の者に対して同じように扱ってくださいます」
「そう……」

 少し考え込むレイマンの様子をエリサベータは不安そうに見詰めた。エリサベータが自然と口にしている家人達への謝意の言葉を掛ける行為はクロヴィス王国の貴族としては珍しい振る舞いである。中にはそうした所業を是としない貴族が多数いることもエリサベータは知っていた。

 だから、レイマンもまたエリサベータの振る舞いを忌まわしく思ったのかもしれないと彼女は危惧したのだ。だが、エリサベータの懸念とは違うことをレイマンは考えていた。

──エリサは家人の名前を把握している。

 自分はどうだっただろうと考えるまでもない。一年もあの屋敷で暮らしていながらカティナやディノの名前も出自も知らなかった。

──エリサは自然に謝意を口にするのだな。

 エリサベータにとっては当たり前の行為ということだ。家人達もエリサベータを本当に敬っているように見える。自分がファルネブルクの嫡子だった時は家人達にどう接していただろうかとレイマンは振り返った。

──僕は彼らの手の平返しに憤り、不信を抱いたけど。じゃあ僕はそれまで彼らに対してどれ程のことをしただろうか?

 傲慢な態度は取ったことがない。しかし、それだけではなかったか。自分はお互いに信に足りるように行動をしていただろうかと省みた。

──彼らが僕を裏切ったのではない。僕が最初から彼らの信を得ようとしていなかった。

 レイマンは気がついた。彼らは手の平を返したのではない。主を変えただけなのだと。

 その後、レイマンはエリサベータとお茶をしながら彼女を観察していた。

 お茶も終わり、レイマンが帰る時に見送りに来たエリサベータは彼に問いかけた。

「レイ様……何かご不快な事でもありましたでしょうか?」
「え?」
「なんだかお茶をしながら考え事をされていた様でしたので」
「いや違うんだ……エリサは凄いなと思ってね」
「凄い……ですか?」
「ああ、今日はありがとう。エリサと話せて本当に良かった。また来てもいいかな?」

 レイマンは不快な様子も見せず、むしろ暖かい笑顔を向けてきたのでエリサベータは安堵した。

「はい。いつでもお待ちしております」

 レイマンはエリサベータの屋敷を辞すと真っ直ぐ屋敷に戻ったが、直ぐには部屋へ戻らず、庭へと向かった。そこには彼の目的の人物が二人ともいた。

「カティナとディノ。ちょうど良かった」
「レイマン様!?」

 カティナは慌てて跪礼した。ディノは相変わらずの横柄な態度である。

「何か御用でしょうか?」
「うん。今日のことでね……色々取り計らってくれてありがとうカティナ」
「え!?レイマン様?」

 レイマンが感謝の言葉を述べてカティナは仰天した。貴族が家人の仕事に謝意を示す事はあり得ない事だ。

「ディノもありがとう。花を剪定してくれて助かった。それで……もし良ければ次回の花を選ぶ時に力を貸して貰えないだろうか?」
「まあ、頼まれれば選ぶのはやぶさかじゃありませんがね」
「ちょ、ちょっとディノさん!レイマン様がせっかく……」
「いいんだよカティナ」

 ディノに食って掛かったカティナをレイマンは制した。

──そうなのだな。僕は自分の口で頼んでいなかったのだな。

「ディノ……ありがとう」

 レイマンの謝辞に、ディノは僅かに目を見張った。

「俺は別に何もしちゃいないですぜ」
「いや、花の剪定をしてくれたし、それ以上にたくさんの事を教えてもらったよ」

──そしてエリサにも……

 レイマンはそう言うと二人に少年らしい満面の笑顔を見せた。
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