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第十二章 浮民の少女と黒き妖虎
十二の肆.
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「何かしら?」
翠蓮は郭門を抜けて邑へと戻ると俄かに背後が騒がしくなった。先程通った門を振り向けば門番の男達が何やら喚いている。
好奇心旺盛な翠蓮はトントンと軽い足取りで元来た道を引き返す。
翠蓮が郭門に着く頃には他にも騒ぎを聞きつけた野次馬が集まっており、門番を囲むように人集りができていた。
「はいは~い、ごめんなさいね」
翠蓮は人と人の隙間を縫って最前列まで進み出る。
「……に……が……助け……」
「安……し……俺達が……」
どうやら余所者が必死の形相で何か訴えているようだ。
「ありゃ田単小邑の玄彗じゃねぇか」
「知り合い?」
翠蓮の右隣にいた商人風の男がこの男に見覚えがあるらしい。翠蓮が尋ねれば男は夭く美しい姑娘に鼻の下を伸ばした。
「ああ、あそこへは何度か行商へ行っているからな」
「ふーん」
もっとも翠蓮は男に興味なさそうに視線を戻す。見れば玄彗の横には息も絶え絶えな馬が倒れており、月門まで全力疾走させた事が窺える。恐らくもう助からないだろう。
貴重な財産である馬を潰す程なのだから、かなり危急な案件に違いない。
「何かあったのかしら?」
「例の虎の妖魔が出たんだと」
今度は左隣の男が聞いてもいないのに自分の見聞きした内容をべらべら喋り始めた。どうやらこの男も翠蓮の気を引こうとしているらしい。
まこと美人は得である。
「そんで小邑で黒い虎が現れて暴れているらしいぞ」
しかも、妖魔使いの姑娘は他に二体の妖獣を連れていたそうだ。それで玄彗は救援を求めて月門へと馬を飛ばしてきた。
「到着するなり馬が泡吹いちまったし、そうとう急いだみたいだな」
「そうみたいね」
馬はもう起き上がる力も無いようで、次第に弱っていく姿が痛々しい。
「お、お願いだ。小邑を助けてくれ!」
「くっ、また奴か!」
「早く助けに行った方が良いんじゃないか?」
玄彗の悲壮な訴えに門番達も同情的である。彼らはすぐに子雲に報せを送り、この場に戦える者達が集められた。
「この邑の守りもある。この場の半数程を田単へ送ろう」
子雲はすぐに決断した。
この判断は戦力の全てを割いて月門を無防備にはできないからだ。
「おい、たったそれだけで大丈夫か?」
「妖虎はかなり手強いと聞くぞ」
「他にも二体の妖魔がいるんだろ?」
「それだけで大丈夫なのか?」
だが、たかが地方の邑にいる自警団の戦力などたかが知れている。それを二分するのだから凶悪な妖魔と戦うには心許無い。
「だったら邑令長にお願いして兵を出して貰えばいいじゃない」
翠蓮が横槍を入れたが、その意見は正しい。
ところが、その意見に誰もが顔を渋くする。
「張耳様は我らの嘆願を無視なさるだろう」
「この一ヶ月ずっと訴えているのに重い腰を上げてくださらないもんな」
彼らの声には自分達を守る為に動いてくれない国に対する不満が見られる。もっとも、役人が恐くて直接的な発言はしないが。
「それじゃ導士に依頼したら?」
「あいつら妖虎を恐がって調伏を拒否してんだよ」
月門にいる導士の実力ではとても強大な妖魔に対抗できない。
「蘭華さんだったらパパッと解決してくれると思うけどね」
翠蓮の嫌味に邑の者はばつの悪そうな表情で視線を反らす。
「はん! あんな魔女の力なんて必要ねぇさ」
そこへ大きな声が割って入った。
翠蓮は郭門を抜けて邑へと戻ると俄かに背後が騒がしくなった。先程通った門を振り向けば門番の男達が何やら喚いている。
好奇心旺盛な翠蓮はトントンと軽い足取りで元来た道を引き返す。
翠蓮が郭門に着く頃には他にも騒ぎを聞きつけた野次馬が集まっており、門番を囲むように人集りができていた。
「はいは~い、ごめんなさいね」
翠蓮は人と人の隙間を縫って最前列まで進み出る。
「……に……が……助け……」
「安……し……俺達が……」
どうやら余所者が必死の形相で何か訴えているようだ。
「ありゃ田単小邑の玄彗じゃねぇか」
「知り合い?」
翠蓮の右隣にいた商人風の男がこの男に見覚えがあるらしい。翠蓮が尋ねれば男は夭く美しい姑娘に鼻の下を伸ばした。
「ああ、あそこへは何度か行商へ行っているからな」
「ふーん」
もっとも翠蓮は男に興味なさそうに視線を戻す。見れば玄彗の横には息も絶え絶えな馬が倒れており、月門まで全力疾走させた事が窺える。恐らくもう助からないだろう。
貴重な財産である馬を潰す程なのだから、かなり危急な案件に違いない。
「何かあったのかしら?」
「例の虎の妖魔が出たんだと」
今度は左隣の男が聞いてもいないのに自分の見聞きした内容をべらべら喋り始めた。どうやらこの男も翠蓮の気を引こうとしているらしい。
まこと美人は得である。
「そんで小邑で黒い虎が現れて暴れているらしいぞ」
しかも、妖魔使いの姑娘は他に二体の妖獣を連れていたそうだ。それで玄彗は救援を求めて月門へと馬を飛ばしてきた。
「到着するなり馬が泡吹いちまったし、そうとう急いだみたいだな」
「そうみたいね」
馬はもう起き上がる力も無いようで、次第に弱っていく姿が痛々しい。
「お、お願いだ。小邑を助けてくれ!」
「くっ、また奴か!」
「早く助けに行った方が良いんじゃないか?」
玄彗の悲壮な訴えに門番達も同情的である。彼らはすぐに子雲に報せを送り、この場に戦える者達が集められた。
「この邑の守りもある。この場の半数程を田単へ送ろう」
子雲はすぐに決断した。
この判断は戦力の全てを割いて月門を無防備にはできないからだ。
「おい、たったそれだけで大丈夫か?」
「妖虎はかなり手強いと聞くぞ」
「他にも二体の妖魔がいるんだろ?」
「それだけで大丈夫なのか?」
だが、たかが地方の邑にいる自警団の戦力などたかが知れている。それを二分するのだから凶悪な妖魔と戦うには心許無い。
「だったら邑令長にお願いして兵を出して貰えばいいじゃない」
翠蓮が横槍を入れたが、その意見は正しい。
ところが、その意見に誰もが顔を渋くする。
「張耳様は我らの嘆願を無視なさるだろう」
「この一ヶ月ずっと訴えているのに重い腰を上げてくださらないもんな」
彼らの声には自分達を守る為に動いてくれない国に対する不満が見られる。もっとも、役人が恐くて直接的な発言はしないが。
「それじゃ導士に依頼したら?」
「あいつら妖虎を恐がって調伏を拒否してんだよ」
月門にいる導士の実力ではとても強大な妖魔に対抗できない。
「蘭華さんだったらパパッと解決してくれると思うけどね」
翠蓮の嫌味に邑の者はばつの悪そうな表情で視線を反らす。
「はん! あんな魔女の力なんて必要ねぇさ」
そこへ大きな声が割って入った。
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