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第十二章 浮民の少女と黒き妖虎
十二の参.
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「それじゃ蘭華さんにちゃんと渡して下さいね」
「任せておけ」
翠蓮の執拗な念押しに刀夜は苦笑いした。
「むぅ、ホントは私が行って直接渡したかったのにぃ!」
「お前の気持ちも分かるが常夜の森には連れて行けぬからな」
刀夜はこれから蘭華に会い窮奇調伏の依頼と翠蓮から頼まれた物を渡しに行くところである。
翠蓮も付いて行きたがったが、さすがに刀夜でも安全を確約できるほど常夜の森は安全な場所ではない。
「渡された品は必ず蘭華に届ける」
ひらりと馬に跨がると刀夜は眼下の翠蓮に向いて柔らかく微笑した。
「お前達の想いと一緒にな」
そう言い残すと馬をめぐらせ夏琴と共に常夜の森へと向かって行った。
「むぅ、憎いくらい嫌味の無い男前ですぅ」
好漢の刀夜に翠蓮は危機感を覚えた。
「やっぱり刀夜様を蘭華さんに近づけるのは危険だわ」
翠蓮には二人がどうにも互いに惹かれ合っているように見える。
「幸い蘭華さんも刀夜様も自分の気持ちに鈍感みたいだけど……時間の問題よねぇ」
馬上の刀夜の背中を見送りながら翠蓮は独り言ちた。
「そりゃあ刀夜様だったら蘭華さんを任せられるんだけどぉ……」
蘭華には幸せになって欲しい翠蓮であったが、刀夜に掻っ攫われるのは許せないのが乙女心。
「刀夜様がもうちょっと嫌な男だったら心置きなく邪魔できるのにぃ」
翠蓮は次第に遠ざかる刀夜を忌々しそうに睨む。
「蘭華さんに偏見が無く、爽やかな美青年で、どう見ても貴族よねぇ」
地位も名誉も財産もあり、本人も顔よし性格良し。邑の男達とは大違いだ。どんなに難癖を付けたくても出来ない完全無欠の快男子なのだ。
「しかも常夜の森に潜れるんだから見かけによらず強いのよねぇ?」
美形で理知的で地位も財力も腕っぷしも頼りになる。蘭華の幸せを願うならこれ以上の相手はいない。
だから余計に腹が立つ。
今までは自分こそが蘭華を幸せにできるのだと自負していただけに、翠蓮は気が気ではない。
「でも、あの贈り物は高評価よね」
想いを込めた贈り物を受け取った蘭華の喜ぶ顔を想像して翠蓮はニンマリ笑う。
「だけど、夏琴様の馬にはちょっと悪い事したわね」
巨体の夏琴だけでなく大きな葛篭まで背負わされて翠蓮はちょっぴり憐れに思う。あの中に翠蓮の着物と朱明の組紐も入っている。
夏琴の馬も軍馬らしく大きく力強いのだが、いかんせん夏琴が大き過ぎた。そのせいで夏琴が跨がると大きな軍馬も驢馬なのではないかと錯覚してしまう。
それが長身だが細身の刀夜と並ぶとサイズ感がなんとも可笑しな具合だった。
「まあ、あれだけ反物を積み込めば大荷物だし、着物と組紐なんて大して負担にもならないかな?」
荷物を増やした罪悪感に適当な言い訳をしながら翠蓮は見送り、二人が視界から消えると踵を返した。
顔馴染みの門番達にひらひら手を振って横を通り抜ける。門番達は特に咎めるでもなく、寧ろ鼻の下を伸ばして翠蓮を見送った。
蘭華の絡みで何かと衝突している翠蓮だが、それでも資産家の孫娘で明るく美しい姑娘とあって邑の男達からの人気は高い。
もっとも翠蓮の方は蘭華を虐げる者達など眼中にない。言い寄る男達をつれなく袖にしているのが現状だ。
今も門番の男達が通り過ぎる翠蓮に誘い文句を掛けたが、全て愛想笑いで軽く流されあえなく撃沈していた。
(蘭華さんを魔女呼ばわりする莫迦共に私がちょっとでも靡く可能性なんてあるわけないでしょ)
顔は愛想よく笑顔だが翠蓮は心の中でベーっと舌を出して男達をやり過ごす。
だが、月門の邑で蘭華に好意的な男は少ない。表立って蘭華と友好関係にあるのは祖父の丹頼か医師の斉周くらいだ。
中には蘭華に同情的な者もいるのだろうが、同調圧力に負けて関わろうとしない。朱明の母がその良い例である。彼女は特段蘭華の迫害に加わっていないが、手助けして周囲から攻撃されるのを恐れて素知らぬ顔をしている。
そんな状況で翠蓮のお眼鏡に適う男を見つけるのは不可能に近い。もっとも、翠蓮は誰とも結婚するつもりはなさそうだが。
「任せておけ」
翠蓮の執拗な念押しに刀夜は苦笑いした。
「むぅ、ホントは私が行って直接渡したかったのにぃ!」
「お前の気持ちも分かるが常夜の森には連れて行けぬからな」
刀夜はこれから蘭華に会い窮奇調伏の依頼と翠蓮から頼まれた物を渡しに行くところである。
翠蓮も付いて行きたがったが、さすがに刀夜でも安全を確約できるほど常夜の森は安全な場所ではない。
「渡された品は必ず蘭華に届ける」
ひらりと馬に跨がると刀夜は眼下の翠蓮に向いて柔らかく微笑した。
「お前達の想いと一緒にな」
そう言い残すと馬をめぐらせ夏琴と共に常夜の森へと向かって行った。
「むぅ、憎いくらい嫌味の無い男前ですぅ」
好漢の刀夜に翠蓮は危機感を覚えた。
「やっぱり刀夜様を蘭華さんに近づけるのは危険だわ」
翠蓮には二人がどうにも互いに惹かれ合っているように見える。
「幸い蘭華さんも刀夜様も自分の気持ちに鈍感みたいだけど……時間の問題よねぇ」
馬上の刀夜の背中を見送りながら翠蓮は独り言ちた。
「そりゃあ刀夜様だったら蘭華さんを任せられるんだけどぉ……」
蘭華には幸せになって欲しい翠蓮であったが、刀夜に掻っ攫われるのは許せないのが乙女心。
「刀夜様がもうちょっと嫌な男だったら心置きなく邪魔できるのにぃ」
翠蓮は次第に遠ざかる刀夜を忌々しそうに睨む。
「蘭華さんに偏見が無く、爽やかな美青年で、どう見ても貴族よねぇ」
地位も名誉も財産もあり、本人も顔よし性格良し。邑の男達とは大違いだ。どんなに難癖を付けたくても出来ない完全無欠の快男子なのだ。
「しかも常夜の森に潜れるんだから見かけによらず強いのよねぇ?」
美形で理知的で地位も財力も腕っぷしも頼りになる。蘭華の幸せを願うならこれ以上の相手はいない。
だから余計に腹が立つ。
今までは自分こそが蘭華を幸せにできるのだと自負していただけに、翠蓮は気が気ではない。
「でも、あの贈り物は高評価よね」
想いを込めた贈り物を受け取った蘭華の喜ぶ顔を想像して翠蓮はニンマリ笑う。
「だけど、夏琴様の馬にはちょっと悪い事したわね」
巨体の夏琴だけでなく大きな葛篭まで背負わされて翠蓮はちょっぴり憐れに思う。あの中に翠蓮の着物と朱明の組紐も入っている。
夏琴の馬も軍馬らしく大きく力強いのだが、いかんせん夏琴が大き過ぎた。そのせいで夏琴が跨がると大きな軍馬も驢馬なのではないかと錯覚してしまう。
それが長身だが細身の刀夜と並ぶとサイズ感がなんとも可笑しな具合だった。
「まあ、あれだけ反物を積み込めば大荷物だし、着物と組紐なんて大して負担にもならないかな?」
荷物を増やした罪悪感に適当な言い訳をしながら翠蓮は見送り、二人が視界から消えると踵を返した。
顔馴染みの門番達にひらひら手を振って横を通り抜ける。門番達は特に咎めるでもなく、寧ろ鼻の下を伸ばして翠蓮を見送った。
蘭華の絡みで何かと衝突している翠蓮だが、それでも資産家の孫娘で明るく美しい姑娘とあって邑の男達からの人気は高い。
もっとも翠蓮の方は蘭華を虐げる者達など眼中にない。言い寄る男達をつれなく袖にしているのが現状だ。
今も門番の男達が通り過ぎる翠蓮に誘い文句を掛けたが、全て愛想笑いで軽く流されあえなく撃沈していた。
(蘭華さんを魔女呼ばわりする莫迦共に私がちょっとでも靡く可能性なんてあるわけないでしょ)
顔は愛想よく笑顔だが翠蓮は心の中でベーっと舌を出して男達をやり過ごす。
だが、月門の邑で蘭華に好意的な男は少ない。表立って蘭華と友好関係にあるのは祖父の丹頼か医師の斉周くらいだ。
中には蘭華に同情的な者もいるのだろうが、同調圧力に負けて関わろうとしない。朱明の母がその良い例である。彼女は特段蘭華の迫害に加わっていないが、手助けして周囲から攻撃されるのを恐れて素知らぬ顔をしている。
そんな状況で翠蓮のお眼鏡に適う男を見つけるのは不可能に近い。もっとも、翠蓮は誰とも結婚するつもりはなさそうだが。
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