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第十一章 常夜の魔女と赤い組紐

十一の捌.

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「お見苦しいところをお見せしました」

 居住まいを正し正面から刀夜を見据える蘭華の目が少し赤い。だが、泣き腫らした顔にはもう迷いは失せていた。

 蘭華は他者を慈しみ自分を律し、常に正しくあろうとする聖人の如き姑娘である。だが、まだ二十前後のわかさで自分を殺している蘭華は人としての危うさがあると刀夜には思えた。

 (それでも翠蓮や朱明、まちで蘭華を支える者達がいる限り大丈夫だろう)

 常夜の森で竹林の七賢などよりずっと浮世離れした暮らしをする蘭華に人らしさを取り戻す翠蓮達は精神的支柱となっている。

「俺も蘭華にとって翠蓮達のような存在となりたいものだ」
「刀夜様?」

 刀夜の言葉の意味が分からず、蘭華は不思議そうに小首を傾げた。

「いや、済まない。話を戻そう」
「窮奇の件でございますね」
「ああ、先も話したが十二獣である窮奇の前身は妖魔あやかし、それも四凶の一に数えられる大妖だ」
「心得ております」

 十二獣は国を守護する聖獣だけあって強大な力を持つ。ましてや窮奇は建国以前この森で西方の主となっていた最悪の妖獣だった。

「かなりの難敵だが……」

 並の方士、導士では歯が立たない。

 通常なら軍隊か方士院を動員すべき対象である。それを三人で調伏しようなど常識で考えるなら無謀な依頼としか言いようがない。

「ふんっ、十二獣如き何を恐れる」

 蘭華の膝の上でクワッと大きな欠伸をすると、芍薬はお尻を上げて前脚を突っ張ってグッと伸びをした。

「窮奇如き我がひと捻りにしてくれる」

 四神の一柱である芍薬にとって窮奇は敵ではない。だが、蘭華は困ったように眉を下げて芍薬の頭を撫でた。

「芍薬、彼を討伐しては駄目よ」

 外憂から常夜の森に逃げ込んだ経緯から、一般的に日輪十二神は国外からの侵略に対する国防の要だと認識されている。

 だが、十二獣とは単に外敵から国を守る為だけにあるわけではない。

「常夜の森から国を護る為に役公が彼らを各方位に配置したの」
「蘭華は十二獣の真の役目を知っているのだな」
「はい、御師様より伺っております」

 白姑仙から建国の真実を具に教えられた蘭華は今を生きる皇族、貴族よりも裏の事情に明るい。

 役優えんゆうが極秘に仕込んでいた数々の方術も白姑仙から学んでおり、自覚はないが蘭華は建国の裏側について刀夜よりも詳しかった。

「常夜の森はどんなに木を伐採し切り拓こうとも傷口を塞ぐが如く木々が全てを覆い尽くしてしまうの」

「そうだ、森は生きていて、放っておけば直ぐに侵蝕してくる」

 どんなに結界を張って拓いた地を護っても、しばらくすれば森が木々を伸ばして飲み込んでしまうのだ。

「だから、役優は日輪八方之守にちりんはっぽうのもりを国の八方に配して森の侵蝕を防ぎ、宮中四方之守くちゅうしほうのもりを常陽の四方に配して方陣と成した」
「はい、つまり役公は十二獣を使っての巨大な結界を常夜の森に張られたのです」

「もし窮奇がいなくなれば西方は森に沈んでしまう。下手をすれば連鎖的に国が森に飲み込まれるかもしれないの」

「だから、もし窮奇を調伏できず倒すなら、代わりの十二獣を配置しないといけないわ」
「ふんっ、面倒な」

 面白くなさそうに芍薬は鼻を鳴らす。
 そんな芍薬の態度に蘭華は苦笑した。

「討伐するだけなら刀夜様は私のところへは来なかったわ」
「この青瓢箪が窮奇を倒せると?」

 胡乱気な目の芍薬だが、刀夜は細身でも筋肉で引き締まっているので貧弱ではない。

「刀夜様はとてもお強いわ」

 蘭華には確信があった。

 (刀夜様は剣仙の皇子なんだから)

 国家機密に通じていて常夜の森さえ恐れず踏み入る実力と胆力の持ち主。それで刀夜の名を持つ貴人となれば世事に疎い蘭華でも刀夜の正体に思い至る。

 (千剣の仙という強力な神賜術かみのたまものを持つ国一番の武人にして日輪の国の第五皇子……)

 初めて好感を持ち気安かった男性が一気に遠い存在となり、蘭華の胸に冷たい風が吹き込んだ。
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