魔女の闇夜が白むとき

古芭白あきら

文字の大きさ
上 下
74 / 84
第十一章 常夜の魔女と赤い組紐

十一の肆.

しおりを挟む
「それはまことですか?」

 にわかには信じ難い話である。

「窮奇は役公えんこう緊圏呪きんけんじゅが施されております」

 十二獣の半数は常夜の森に縄張りを持つ強力な妖魔あやかしーー大妖であった。窮奇も前身は四体の最悪の妖魔『四凶』の一柱である。

 森を開拓している日帝と争い、稀代の方士役優えんゆうに調伏されて聖獣と転じた。

「それ以降、国の西方を守護する任を受けております」

 その際、窮奇を緊圏呪ーー使い魔の頸部に施す方呪もしくは方具によって縛っている。

「ですから窮奇が役目を放棄して姿を暗ますとは考えられないのです」
「だが、霊獣も妖魔あやかしに堕ちる例はあると聞いたが?」

 徳のある霊獣も人を殺め血肉を啜って妖魔に身を落とす事例はある。

「まして窮奇はもともと四凶の一。最悪の妖獣であったのだから可能性として考えられないだろうか?」
「いえ、緊圏呪に縛られている以上は妖獣に堕ちても関係ないのです」

 契約主である役優との盟約を破れば窮奇は緊圏呪によって動きを封じられ大きな苦痛を与えられる。

「だから、窮奇が再び妖魔へと堕ちても十二獣としての任からは解放されません」
「ふむ、蘭華の話は良く分かった」

 方術に明るくはないが、それでも術者が使い魔を契約で縛っているのは刀夜も知っている。蘭華の説明に間違いはないと刀夜も頷いた。

「だが、窮奇が失踪しているのは事実であり、聞き込みしたところ被害者は口を揃えて有翼の黒い巨虎に襲われたと証言した」

 窮奇が姿を消し妖虎が暴れるまでの調査内容を刀夜がつぶさに語れば、蘭華は顔を曇らせながらも首肯した。

「窮奇で……間違いなさそうですね」

 蘭華は白姑仙の教えから十二獣の特徴を熟知している。だから、刀夜の話は信憑性が高いと判断した。

「しかし、どうして……」

 刀夜の言葉は真実だと蘭華も思う。が、導士としての常識からどうにも腑に落ちない。

「窮奇には役公の緊圏呪がーー⁉︎」

 だが、首を傾げていた蘭華が不意にハッと口に手を当てた。

「まさか緊圏呪が……」
「蘭華?」

 考え込む蘭華の顔を刀夜が不思議そうに覗き込む。

「何か気になる事でも?」
「あっ、いえ……ここであれこれ考えても全ては憶測に過ぎません」

 蘭華は首を横に振って自分の推測をいったん脇に置いた。

「お話は分かりました。が、そのような重大事を私に教えてもよろしかったのですか?」

 窮奇失踪ともなれば国中が大騒ぎとなる。それなのに蘭華の耳には聞こえてこなかった。恐らく窮奇の件は国家機密として扱われているのだろう。

「確かに窮奇の件は一部の者しか知らされていない事実だが、これから蘭華に仕事を依頼するには打ち明けねばならない」
「刀夜様⁉︎」

 突然、刀夜が両拳を床に付けると蘭華に頭を下げた。

「頭をお上げください!」
「いや、俺はこれから其方そなたに虫の良いお願いをしなければならない」

 昨日、月門つきもんゆうで蘭華が酷く虐げられている現場を刀夜は目撃している。

 蘭華の置かれている状況はかなり異常だ。そして、それらの一端に宮中の陰謀も関わっているのは間違いない。

 蘭華は巻き込まれた被害者だ。そんな彼女に宮中の争い事を解決する助力をしてもらうのは刀夜としては何とも心苦しい。

「蘭華が月門で差別に苦しんでいるのを知っていながら、それでも俺は日輪の国に根付く民草の為に頭を下げてでも蘭華の助けを欲している」
「……刀夜様、窮奇なら頼まれずとも私は調伏するつもりです」

 ハッと刀夜は顔を上げた。刀夜の金青の瞳が強い意志を宿した紅い瞳を捉えた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

【完結】あわよくば好きになって欲しい(短編集)

野村にれ
恋愛
番(つがい)の物語。 ※短編集となります。時代背景や国が違うこともあります。 ※定期的に番(つがい)の話を書きたくなるのですが、 どうしても溺愛ハッピーエンドにはならないことが多いです。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

Anotherfantasia~もうひとつの幻想郷

くみたろう
ファンタジー
彼女の名前は東堂翠。 怒りに震えながら、両手に持つ固めの箱を歪ませるくらいに力を入れて歩く翠。 最高の一日が、たった数分で最悪な1日へと変わった。 その要因は手に持つ箱。 ゲーム、Anotherfantasia 体感出来る幻想郷とキャッチフレーズが付いた完全ダイブ型VRゲームが、彼女の幸せを壊したのだ。 「このゲームがなんぼのもんよ!!!」 怒り狂う翠は帰宅後ゲームを睨みつけて、興味なんか無いゲームを険しい表情で起動した。 「どれくらい面白いのか、試してやろうじゃない。」 ゲームを一切やらない翠が、初めての体感出来る幻想郷へと体を委ねた。 それは、翠の想像を上回った。 「これが………ゲーム………?」 現実離れした世界観。 でも、確かに感じるのは現実だった。 初めて続きの翠に、少しづつ増える仲間たち。 楽しさを見出した翠は、気付いたらトップランカーのクランで外せない大事な仲間になっていた。 【Anotherfantasia……今となっては、楽しくないなんて絶対言えないや】 翠は、柔らかく笑うのだった。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

処理中です...