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第十一章 常夜の魔女と赤い組紐
十一の肆.
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「それは真ですか?」
俄かには信じ難い話である。
「窮奇は役公の緊圏呪が施されております」
十二獣の半数は常夜の森に縄張りを持つ強力な妖魔ーー大妖であった。窮奇も前身は四体の最悪の妖魔『四凶』の一柱である。
森を開拓している日帝と争い、稀代の方士役優に調伏されて聖獣と転じた。
「それ以降、国の西方を守護する任を受けております」
その際、窮奇を緊圏呪ーー使い魔の頸部に施す方呪もしくは方具によって縛っている。
「ですから窮奇が役目を放棄して姿を暗ますとは考えられないのです」
「だが、霊獣も妖魔に堕ちる例はあると聞いたが?」
徳のある霊獣も人を殺め血肉を啜って妖魔に身を落とす事例はある。
「まして窮奇はもともと四凶の一。最悪の妖獣であったのだから可能性として考えられないだろうか?」
「いえ、緊圏呪に縛られている以上は妖獣に堕ちても関係ないのです」
契約主である役優との盟約を破れば窮奇は緊圏呪によって動きを封じられ大きな苦痛を与えられる。
「だから、窮奇が再び妖魔へと堕ちても十二獣としての任からは解放されません」
「ふむ、蘭華の話は良く分かった」
方術に明るくはないが、それでも術者が使い魔を契約で縛っているのは刀夜も知っている。蘭華の説明に間違いはないと刀夜も頷いた。
「だが、窮奇が失踪しているのは事実であり、聞き込みしたところ被害者は口を揃えて有翼の黒い巨虎に襲われたと証言した」
窮奇が姿を消し妖虎が暴れるまでの調査内容を刀夜がつぶさに語れば、蘭華は顔を曇らせながらも首肯した。
「窮奇で……間違いなさそうですね」
蘭華は白姑仙の教えから十二獣の特徴を熟知している。だから、刀夜の話は信憑性が高いと判断した。
「しかし、どうして……」
刀夜の言葉は真実だと蘭華も思う。が、導士としての常識からどうにも腑に落ちない。
「窮奇には役公の緊圏呪がーー⁉︎」
だが、首を傾げていた蘭華が不意にハッと口に手を当てた。
「まさか緊圏呪が……」
「蘭華?」
考え込む蘭華の顔を刀夜が不思議そうに覗き込む。
「何か気になる事でも?」
「あっ、いえ……ここであれこれ考えても全ては憶測に過ぎません」
蘭華は首を横に振って自分の推測をいったん脇に置いた。
「お話は分かりました。が、そのような重大事を私に教えてもよろしかったのですか?」
窮奇失踪ともなれば国中が大騒ぎとなる。それなのに蘭華の耳には聞こえてこなかった。恐らく窮奇の件は国家機密として扱われているのだろう。
「確かに窮奇の件は一部の者しか知らされていない事実だが、これから蘭華に仕事を依頼するには打ち明けねばならない」
「刀夜様⁉︎」
突然、刀夜が両拳を床に付けると蘭華に頭を下げた。
「頭をお上げください!」
「いや、俺はこれから其方に虫の良いお願いをしなければならない」
昨日、月門の邑で蘭華が酷く虐げられている現場を刀夜は目撃している。
蘭華の置かれている状況はかなり異常だ。そして、それらの一端に宮中の陰謀も関わっているのは間違いない。
蘭華は巻き込まれた被害者だ。そんな彼女に宮中の争い事を解決する助力をしてもらうのは刀夜としては何とも心苦しい。
「蘭華が月門で差別に苦しんでいるのを知っていながら、それでも俺は日輪の国に根付く民草の為に頭を下げてでも蘭華の助けを欲している」
「……刀夜様、窮奇なら頼まれずとも私は調伏するつもりです」
ハッと刀夜は顔を上げた。刀夜の金青の瞳が強い意志を宿した紅い瞳を捉えた。
俄かには信じ難い話である。
「窮奇は役公の緊圏呪が施されております」
十二獣の半数は常夜の森に縄張りを持つ強力な妖魔ーー大妖であった。窮奇も前身は四体の最悪の妖魔『四凶』の一柱である。
森を開拓している日帝と争い、稀代の方士役優に調伏されて聖獣と転じた。
「それ以降、国の西方を守護する任を受けております」
その際、窮奇を緊圏呪ーー使い魔の頸部に施す方呪もしくは方具によって縛っている。
「ですから窮奇が役目を放棄して姿を暗ますとは考えられないのです」
「だが、霊獣も妖魔に堕ちる例はあると聞いたが?」
徳のある霊獣も人を殺め血肉を啜って妖魔に身を落とす事例はある。
「まして窮奇はもともと四凶の一。最悪の妖獣であったのだから可能性として考えられないだろうか?」
「いえ、緊圏呪に縛られている以上は妖獣に堕ちても関係ないのです」
契約主である役優との盟約を破れば窮奇は緊圏呪によって動きを封じられ大きな苦痛を与えられる。
「だから、窮奇が再び妖魔へと堕ちても十二獣としての任からは解放されません」
「ふむ、蘭華の話は良く分かった」
方術に明るくはないが、それでも術者が使い魔を契約で縛っているのは刀夜も知っている。蘭華の説明に間違いはないと刀夜も頷いた。
「だが、窮奇が失踪しているのは事実であり、聞き込みしたところ被害者は口を揃えて有翼の黒い巨虎に襲われたと証言した」
窮奇が姿を消し妖虎が暴れるまでの調査内容を刀夜がつぶさに語れば、蘭華は顔を曇らせながらも首肯した。
「窮奇で……間違いなさそうですね」
蘭華は白姑仙の教えから十二獣の特徴を熟知している。だから、刀夜の話は信憑性が高いと判断した。
「しかし、どうして……」
刀夜の言葉は真実だと蘭華も思う。が、導士としての常識からどうにも腑に落ちない。
「窮奇には役公の緊圏呪がーー⁉︎」
だが、首を傾げていた蘭華が不意にハッと口に手を当てた。
「まさか緊圏呪が……」
「蘭華?」
考え込む蘭華の顔を刀夜が不思議そうに覗き込む。
「何か気になる事でも?」
「あっ、いえ……ここであれこれ考えても全ては憶測に過ぎません」
蘭華は首を横に振って自分の推測をいったん脇に置いた。
「お話は分かりました。が、そのような重大事を私に教えてもよろしかったのですか?」
窮奇失踪ともなれば国中が大騒ぎとなる。それなのに蘭華の耳には聞こえてこなかった。恐らく窮奇の件は国家機密として扱われているのだろう。
「確かに窮奇の件は一部の者しか知らされていない事実だが、これから蘭華に仕事を依頼するには打ち明けねばならない」
「刀夜様⁉︎」
突然、刀夜が両拳を床に付けると蘭華に頭を下げた。
「頭をお上げください!」
「いや、俺はこれから其方に虫の良いお願いをしなければならない」
昨日、月門の邑で蘭華が酷く虐げられている現場を刀夜は目撃している。
蘭華の置かれている状況はかなり異常だ。そして、それらの一端に宮中の陰謀も関わっているのは間違いない。
蘭華は巻き込まれた被害者だ。そんな彼女に宮中の争い事を解決する助力をしてもらうのは刀夜としては何とも心苦しい。
「蘭華が月門で差別に苦しんでいるのを知っていながら、それでも俺は日輪の国に根付く民草の為に頭を下げてでも蘭華の助けを欲している」
「……刀夜様、窮奇なら頼まれずとも私は調伏するつもりです」
ハッと刀夜は顔を上げた。刀夜の金青の瞳が強い意志を宿した紅い瞳を捉えた。
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