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第十一章 常夜の魔女と赤い組紐

十一の弐.

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「役目や仕事と言うのは不粋じゃが、妾らは好きでその役を買っておる」

 蘭華の落ち込む気持ちを察したかのように牡丹は朗らかに宣言した。

「そうだぞ蘭華、我らは緊圏呪きんけんじゅではなく絆で結ばれているのだからな」

 牡丹に追随して芍薬が良いこと言った感を出してふんぞりかえる。その後、下裳スカートに爪を立ててよじ登ろうとする姿に蘭華は笑った。

 蘭華は彼らと本来の使い魔としての契約をしていない。たとえ緊圏呪で縛っていても神獣である芍薬はもちろんだが、強力な霊獣である牡丹もまた嫌になればいつでも蘭華との絆を断ち切れる。

「妾らはずっと蘭華の傍から離れぬ」

 それは契約など関係なく蘭華と共に生きてくれると宣言しているのだ。

 言葉は言霊。ましてや牡丹は強力な霊獣であり、その言葉は自分自身さえ縛る力がある。彼女が口にした誓いはそれだけに重い。

 彼らの気持ちが蘭華にはとても嬉しい。

「私が他国へ行くと言ったら……一緒に来てくれる?」
「もし、蘭華がこの国を出たいと言うのなら妾らは着いて行くのみじゃ」
「おうよ、こんな薄情な連中のいる所なぞ何時だって出ていってやる」
「僕、いつも蘭華と一緒~」

 もともと常夜の森に移り住んだ時、蘭華はこの三人だけが友だった。

 その彼らがずっと傍にいてくれるのなら何も寂しい事はない……筈だった……

「それが蘭華が本当に望む事ならじゃ」

 そんな蘭華の迷いを牡丹は鋭く察した。

「蘭華はどうしたいのじゃ?」

 日輪の国は爵位や神賜術かみのたまものに対する差別意識は他国より根深い。この国を出れば蘭華への風当たりは弱くはなるだろう。

「本当に此処ここから出て行きたいかの?」

 問われて蘭華の脳裏に浮かぶは、月門の邑での記憶と経験。翠蓮や朱明との優しい記憶もあれば子雲や利成、玉玲などまち人から受けた苦い体験も少なくない。

 だけど、育んだ想い出は吸いも甘いも

 彼らとの想い出と訣別して国を出るか、お互いを傷つけながらもこの地にしがみつくのか、どうすれば良い……蘭華の胸は騒めいた。

「私は……」

 自分の心に眠る答えを導き出せず悩んでいると、百合の耳がピクピクと動いた。

「蘭華~、誰か来たみたい~」
「また?」

 訝しみ蘭華の眉間に皺が寄る。
 どうにも此処のところ来訪者が多いようだ。

「ん~、多分昨日来たヤツだと思う~」
「刀夜様が?」

 蘭華の声が自然と僅かに弾む。

 ――刀夜が来た。

 そう思っただけで蘭華の胸が大きく揺らぐ。

 蘭華の心がざわめくが、決して先程までの胸が苦しくなるようなものではなかった。むしろ、傷つき引き裂けそうだった蘭華の胸が何故か温かく癒されていく。

 昏く沈んでいた気持ちが嘘のように軽くなり、じっとできずに蘭華はそわそわとし始めた。乱れてもいない髪を手櫛てぐしいたり、破れた深衣を手で軽く掃いたり……少しでも身形みなりを整えようとした。

 そんな蘭華の浮ついた姿に呆れとも安堵ともつかぬ何とも言えぬ溜め息が牡丹の口から漏れる。

わらわらが慰めるより効果覿面てきめんじゃな」
「えっ、何?」

 そわそわする蘭華の耳には牡丹の言葉が意味となって届いていなかったようだ。

「蘭華にも春かのぉ」

 そんな蘭華に少し呆れ気味の声だったが、牡丹は確かに安堵していた。

「この国を出るのはずっと先の事になりそうじゃな」
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