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第十一章 常夜の魔女と赤い組紐

十一の壱.

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「……」

 蘭華は破屋あばらやの窓辺に腰を掛け、じっと森を眺め物思いにふけていた。

 蘭華の視線の先は変わらぬ常夜やみ

 目を凝らせば黒い森が辛うじて見える。数多の妖魔あやかしが潜んでいるに違いない。

 幹のこぶが人面にも見える不気味な大木の陰に、かさかさと揺れ動く鬱蒼うっそうと生い茂る草藪くさむらの中に、そして全てを飲み込みそうな深い闇の奥に……

 湿り気を帯びた生暖かい風が吹き抜け、時折聞こえる鳥獣の鳴き声がおどろおどろしい。常人なら数刻と待たず恐怖に気が狂いそうだ。

 そんな森でわか姑娘むすめが見せる静かな横顔。それは現実離れしていて神秘的な美しさをたたえていた。

(私は翠蓮や朱朱ちゃんを傷つけてしまったの?)

 だが、その美貌に浮かぶのは後悔からくる憂愁ゆうしゅう

(私が傷つくのは構わない……でも……)

 月門の邑で負った深い心の傷が産んだ哀しき美しさ。

(私の存在が周囲の人達を傷付けるのなら……それならいっそのこと……)

 全てを捨てて国を出れば――

 その考えに至ると蘭華の胸がざわついた。

 恩師白姑仙の言い付けでこの森に住んでから早三年。

 黟夜えいや山で白姑仙とその弟子達としか人と交わってこなかった蘭華が良くも悪くも多くの人々と関わるようになった。

 差別を受けていた蘭華である。その交流には苦い思い出が多いが、心の温まる喜びもたくさんあった。

 翠蓮や斉周、丹頼との出会いは優しい記憶おもいでで彩られている。ほんの短い時間で別れこそ悲しくはあったが、朱明と共有した時間も蘭華の胸にぽかぽかと温もりを与えてくれた。

 みんなみんな大事な想い出で、蘭華は彼らと離れ難い。

(だけど……)

『人が人と関わる上で他者を傷付けずにはいられない。もし、他人を傷付けずに済ますなら人との交わりを断つしかない』

 ――刀夜の言葉が脳裏をよぎる。

(きっと、私は此処ここに居るべきではないのね……)

 その結論に達すれば、蘭華は幾万の針で胸を刺されたような痛みを覚えた。

 ほろり……

 紅い瞳から一粒の涙が零れ、蘭華の白い頬を濡らす。

 沈思する蘭華が産み落とす静止の世界は、哀しくも一枚の幽玄な絵画を思わせる。

「蘭華元気ない~?」
「百合……」

 そんな幻想的な静寂を暢気な声が破る。

 パタパタと飛んで来た百合がぽふんと蘭華の頭の上に乗った。

「我がいつだって蘭華の傍についているぞ」
「芍薬……」

 足元に寄って来た芍薬が懲りずに蘭華の下裳スカートに纏わりつく。

「もう、二人とも……ふふっ」

 途端に蘭華の周りがわいわいと騒がしくなった。
 愛らしい彼らの戯れに、蘭華の顔が微かに綻ぶ。

「やっと笑ったの」

 窓の外からぬっと竜の頭が侵入してきた。

「牡丹!?」
「たまには粗忽者どもも役に立つものよ」

 牡丹は突き出した頭を蘭華に擦り寄せる。

「昨日、まちから帰ってからずっと塞ぎ込んでおったろう」
「ごめんね心配かけて」

 蘭華はしなだれるように牡丹の顔に身を預けた。

わらわらに心配を掛けるのを気に病む必要はない。妾らは蘭華の心配をしたいからしておるのじゃ」
「それが僕達の役目~」

 役目……

 術者は緊圏呪と呼ばれる呪法あるいは呪具を用いて使い魔と契約する。だから使い魔は契約者に縛られ、通常なら主の命に逆らえない。

 牡丹達が蘭華を気に掛けるのも使い魔だからなのか?

 蘭華の胸が再びつきりと痛んだ。
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