上 下
59 / 84
第九章 剣仙の皇子と秩序の壁

九の伍.

しおりを挟む
大姐おねえちゃん!」

 全てが終わり朱明が飛び込んで来た。

「朱朱ちゃん」

 蘭華のお腹にぐりぐり顔を押し付ける朱明の栗色の髪を蘭華は優しく撫でた。

「なんでみんな大姐をイジメるの?」

 朱明が涙を溜めた目で蘭華を見上げた。

「それは……」

 蘭華は言葉に詰まる。

 神賜術かみのたまもの至上主義と二十等爵による身分制度。これらは歪であっても建国より五百年以上この国を支えてきた。

 その秩序について説いた蘭華であったが、それを幼い朱明にどう説明したものか。

 個人の善性と社会の秩序は必ずしも一致しない。個の正義は時として秩序を乱し、秩序は往々にして個を踏み躙る。

 集団の秩序を守る価値観は時として個の正義を否定し、個は己の正義を律する為には大きな力と勇気を必要とする。

 純真な少女に曲がった事を教えたくはない。だけど、正しい事を貫くのと幸せである事は違うのだ。神賜術かみのたまものと爵位が重視される月門で朱明はこれから生きていかねばならない。

 蘭華は迷う。

 朱明の幸福を願うのなら人道を説くのは果たして正しい事なのかと……

 だから蘭華は優しく撫でて朱明を慰める事しかできない。

「朱明!」

 黙って慰め合う二人に横から女性の声が掛かる。かと思ったら突如現れた女性が朱明の腕を取って蘭華から引っ手繰るように奪った。

媽媽おかあさん!」

 その乱暴な人物が自分の母と知り、朱明は目を丸くして驚く。

「その女に近づいては駄目といつも言っているでしょう!」
「で、でも大姐おねえちゃんは……」
「いいから来なさい!」

 朱明の母は激しく怒鳴りつける。

「もし、幼い子供相手に乱暴は……」

 腕を引かれ苦痛に顔を歪める朱明を憐れみ蘭華が諌めたが、朱明の母は逆に蘭華をキッと睨んだ。

「魔女と一緒にいて朱明に変な噂が立ったらどうしてくれるの!」

 神経質な金切り声で叫ぶ朱明の母に蘭華の目が悲しく翳る。

「もう二度と私の娘に近づかないで!」
大姐おねえちゃん!」

 朱明の母は娘を抱き上げた。そのまま無理矢理連れて行かれる朱明が必死に手を蘭華へ伸ばす。

「朱朱ちゃん……」

 蘭華も手を上げて伸ばそうとして、途中で逆の手でその手を包む。

「――!?」

 目を大きく見開き朱明の顔が「どうして?」と蘭華に訴える。その悲しげな表情に蘭華の心が揺らぐ。だが、蘭華は顔を伏せた。

 朱明は蘭華が手を取ってくれると信じていた。だけど期待は裏切られ、蘭華は何も応えてくれない。

 くりくりした愛らしい目に涙が溜まり、朱明の顔が絶望と悲しみに曇る。母に抱っこさた朱明の「大姐! 大姐!」と泣き叫ぶ声が遠のいていく。

「朱朱ちゃん……」

 その悲壮な叫びがいつまでも耳の中で鳴り響いているように蘭華には感じた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

迷子のあやかし案内人 〜京都先斗町の猫神様〜

紫音@キャラ文芸大賞参加中!
キャラ文芸
【キャラ文芸大賞に参加中です。投票よろしくお願いします!】 やさしい神様とおいしいごはん。ほっこりご当地ファンタジー。 *あらすじ*  人には見えない『あやかし』の姿が見える女子高生・桜はある日、道端で泣いているあやかしの子どもを見つける。 「”ねこがみさま”のところへ行きたいんだ……」  どうやら迷子らしい。桜は道案内を引き受けたものの、”猫神様”の居場所はわからない。  迷いに迷った末に彼女たちが辿り着いたのは、京都先斗町の奥にある不思議なお店(?)だった。  そこにいたのは、美しい青年の姿をした猫又の神様。  彼は現世(うつしよ)に迷い込んだあやかしを幽世(かくりよ)へ送り帰す案内人である。

処理中です...