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第九章 剣仙の皇子と秩序の壁
九の伍.
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「大姐!」
全てが終わり朱明が飛び込んで来た。
「朱朱ちゃん」
蘭華のお腹にぐりぐり顔を押し付ける朱明の栗色の髪を蘭華は優しく撫でた。
「なんでみんな大姐をイジメるの?」
朱明が涙を溜めた目で蘭華を見上げた。
「それは……」
蘭華は言葉に詰まる。
神賜術至上主義と二十等爵による身分制度。これらは歪であっても建国より五百年以上この国を支えてきた。
その秩序について説いた蘭華であったが、それを幼い朱明にどう説明したものか。
個人の善性と社会の秩序は必ずしも一致しない。個の正義は時として秩序を乱し、秩序は往々にして個を踏み躙る。
集団の秩序を守る価値観は時として個の正義を否定し、個は己の正義を律する為には大きな力と勇気を必要とする。
純真な少女に曲がった事を教えたくはない。だけど、正しい事を貫くのと幸せである事は違うのだ。神賜術と爵位が重視される月門で朱明はこれから生きていかねばならない。
蘭華は迷う。
朱明の幸福を願うのなら人道を説くのは果たして正しい事なのかと……
だから蘭華は優しく撫でて朱明を慰める事しかできない。
「朱明!」
黙って慰め合う二人に横から女性の声が掛かる。かと思ったら突如現れた女性が朱明の腕を取って蘭華から引っ手繰るように奪った。
「媽媽!」
その乱暴な人物が自分の母と知り、朱明は目を丸くして驚く。
「その女に近づいては駄目といつも言っているでしょう!」
「で、でも大姐は……」
「いいから来なさい!」
朱明の母は激しく怒鳴りつける。
「もし、幼い子供相手に乱暴は……」
腕を引かれ苦痛に顔を歪める朱明を憐れみ蘭華が諌めたが、朱明の母は逆に蘭華をキッと睨んだ。
「魔女と一緒にいて朱明に変な噂が立ったらどうしてくれるの!」
神経質な金切り声で叫ぶ朱明の母に蘭華の目が悲しく翳る。
「もう二度と私の娘に近づかないで!」
「大姐!」
朱明の母は娘を抱き上げた。そのまま無理矢理連れて行かれる朱明が必死に手を蘭華へ伸ばす。
「朱朱ちゃん……」
蘭華も手を上げて伸ばそうとして、途中で逆の手でその手を包む。
「――!?」
目を大きく見開き朱明の顔が「どうして?」と蘭華に訴える。その悲しげな表情に蘭華の心が揺らぐ。だが、蘭華は顔を伏せた。
朱明は蘭華が手を取ってくれると信じていた。だけど期待は裏切られ、蘭華は何も応えてくれない。
くりくりした愛らしい目に涙が溜まり、朱明の顔が絶望と悲しみに曇る。母に抱っこさた朱明の「大姐! 大姐!」と泣き叫ぶ声が遠のいていく。
「朱朱ちゃん……」
その悲壮な叫びがいつまでも耳の中で鳴り響いているように蘭華には感じた。
全てが終わり朱明が飛び込んで来た。
「朱朱ちゃん」
蘭華のお腹にぐりぐり顔を押し付ける朱明の栗色の髪を蘭華は優しく撫でた。
「なんでみんな大姐をイジメるの?」
朱明が涙を溜めた目で蘭華を見上げた。
「それは……」
蘭華は言葉に詰まる。
神賜術至上主義と二十等爵による身分制度。これらは歪であっても建国より五百年以上この国を支えてきた。
その秩序について説いた蘭華であったが、それを幼い朱明にどう説明したものか。
個人の善性と社会の秩序は必ずしも一致しない。個の正義は時として秩序を乱し、秩序は往々にして個を踏み躙る。
集団の秩序を守る価値観は時として個の正義を否定し、個は己の正義を律する為には大きな力と勇気を必要とする。
純真な少女に曲がった事を教えたくはない。だけど、正しい事を貫くのと幸せである事は違うのだ。神賜術と爵位が重視される月門で朱明はこれから生きていかねばならない。
蘭華は迷う。
朱明の幸福を願うのなら人道を説くのは果たして正しい事なのかと……
だから蘭華は優しく撫でて朱明を慰める事しかできない。
「朱明!」
黙って慰め合う二人に横から女性の声が掛かる。かと思ったら突如現れた女性が朱明の腕を取って蘭華から引っ手繰るように奪った。
「媽媽!」
その乱暴な人物が自分の母と知り、朱明は目を丸くして驚く。
「その女に近づいては駄目といつも言っているでしょう!」
「で、でも大姐は……」
「いいから来なさい!」
朱明の母は激しく怒鳴りつける。
「もし、幼い子供相手に乱暴は……」
腕を引かれ苦痛に顔を歪める朱明を憐れみ蘭華が諌めたが、朱明の母は逆に蘭華をキッと睨んだ。
「魔女と一緒にいて朱明に変な噂が立ったらどうしてくれるの!」
神経質な金切り声で叫ぶ朱明の母に蘭華の目が悲しく翳る。
「もう二度と私の娘に近づかないで!」
「大姐!」
朱明の母は娘を抱き上げた。そのまま無理矢理連れて行かれる朱明が必死に手を蘭華へ伸ばす。
「朱朱ちゃん……」
蘭華も手を上げて伸ばそうとして、途中で逆の手でその手を包む。
「――!?」
目を大きく見開き朱明の顔が「どうして?」と蘭華に訴える。その悲しげな表情に蘭華の心が揺らぐ。だが、蘭華は顔を伏せた。
朱明は蘭華が手を取ってくれると信じていた。だけど期待は裏切られ、蘭華は何も応えてくれない。
くりくりした愛らしい目に涙が溜まり、朱明の顔が絶望と悲しみに曇る。母に抱っこさた朱明の「大姐! 大姐!」と泣き叫ぶ声が遠のいていく。
「朱朱ちゃん……」
その悲壮な叫びがいつまでも耳の中で鳴り響いているように蘭華には感じた。
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