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第九章 剣仙の皇子と秩序の壁
九の壱.
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「いったいこれはどう言う事だ?」
戦意は失くしているものの子雲達は抜き身の剣や槍を手にしている。それを見る刀夜の金青の瞳に剣呑な昏い翳が落ちる。
「お前らは俺の言った事が分からなかったのか?」
決して大きな声ではなかった。しかし、刀夜の静かな怒気は逆に恐ろしく圧迫されるような威圧感がある。
「私刑は認められていないと言った筈だが?」
「こ、これは、その……」
刀夜の迫力に気圧され子雲は言葉に詰まった。
「俺達が調査するから軽々な行動はするなとも……」
「い、今のは正当防衛です」
「ふ・ざ・け・な・い・で!」
子雲の言い訳に翠蓮が噛み付く。
「蘭華さんは何もしてないわ!」
「実際に今ここで子供達に妖虎を嗾けていただろう!」
「それは無抵抗の蘭華さんへ一方的に暴言を吐いたり石を投げたりしたから芍薬は怒っただけよ!」
「石?」
不穏な単語に刀夜はちらっと蘭華を一瞥して、額から流れる血に顔をいっそう険しくした。その形相に子雲が真っ青になる。
「そ、それは我らではありません!」
「あんた達の日頃の行いを子供達が真似したんでしょうが!」
「子供?」
次に刀夜は何進の背後で石を持つ子供達へ視線を移す。その眼光に怯えて子供達が震え上がった。
「お、俺だ! 俺がやった」
何進が刀夜の前に進み出る。恐怖に震えながらも勇気を振り絞って仲間を庇い刀夜を睨み付けた。
「な、何だよ、悪い魔女を懲らしめただけだろ」
「彼女が何かしたか?」
刀夜の問う声は淡々としていながら冷えた声はとても怖ろしく、何進は手に嫌な汗を掻き心臓は緊張で早鐘を打った。
「だって……こいつに爵位が無いのは悪いヤツだからってみんなが……」
「なるほど、この邑では爵位を持たぬ者は即ち悪者か」
刀夜は周囲の邑人達を見回す。
「この童が申した事が月門の総意と取って良いか?」
誰もが答えず押し黙ったので、次に刀夜は真っ青になって震える子雲に顔を向けた。
「子雲だったな」
「は、はい」
突然、刀夜から名を呼ばれ子雲は狼狽えながらも前に進み出た。
「お前は蘭華を断罪しようとしたが、それは彼女が無爵位だからか?」
「い、いえ、決してそのような事は……」
刀夜の声は決して大きなものではなかった。だが、そこに含まれる威に飲まれ子雲の顔に冷汗が流れる。
「それでは神賜術を持たないからか?」
「そういうわけでは……」
それらは現実として差別の対象となるのは何も月門の邑に限ったことではない。日輪の国内ならどこでも見られるだろう。
しかし、刀夜の前でその正当性を訴える勇気を子雲は持ち合わせていなかった。
「だが、蘭華を魔女と詰っていたではないか」
「そ、それはあの女が妖虎を……」
「その件なら既に下手人の手掛かりは掴んだ」
申し開きをしようとした子雲の言葉を刀夜はぴしゃりと遮る。
「近日中に方は付くだろう」
「え!?」
「当然、蘭華は犯人ではない」
驚く子雲に向ける刀夜の目は真冬の軒下に垂れた氷柱よりも冷たく鋭い。
「だいたい被害者の証言と蘭華は特徴が違い過ぎるだろう」
「それは……」
「お前は蘭華に何の悪行を見た、何の悪事を聞いた、何の証を以て悪しき者と断じた?」
「……」
全てに子雲は答えることができない。
「無いのだろうな」
その様子に刀夜はため息を漏らした。
戦意は失くしているものの子雲達は抜き身の剣や槍を手にしている。それを見る刀夜の金青の瞳に剣呑な昏い翳が落ちる。
「お前らは俺の言った事が分からなかったのか?」
決して大きな声ではなかった。しかし、刀夜の静かな怒気は逆に恐ろしく圧迫されるような威圧感がある。
「私刑は認められていないと言った筈だが?」
「こ、これは、その……」
刀夜の迫力に気圧され子雲は言葉に詰まった。
「俺達が調査するから軽々な行動はするなとも……」
「い、今のは正当防衛です」
「ふ・ざ・け・な・い・で!」
子雲の言い訳に翠蓮が噛み付く。
「蘭華さんは何もしてないわ!」
「実際に今ここで子供達に妖虎を嗾けていただろう!」
「それは無抵抗の蘭華さんへ一方的に暴言を吐いたり石を投げたりしたから芍薬は怒っただけよ!」
「石?」
不穏な単語に刀夜はちらっと蘭華を一瞥して、額から流れる血に顔をいっそう険しくした。その形相に子雲が真っ青になる。
「そ、それは我らではありません!」
「あんた達の日頃の行いを子供達が真似したんでしょうが!」
「子供?」
次に刀夜は何進の背後で石を持つ子供達へ視線を移す。その眼光に怯えて子供達が震え上がった。
「お、俺だ! 俺がやった」
何進が刀夜の前に進み出る。恐怖に震えながらも勇気を振り絞って仲間を庇い刀夜を睨み付けた。
「な、何だよ、悪い魔女を懲らしめただけだろ」
「彼女が何かしたか?」
刀夜の問う声は淡々としていながら冷えた声はとても怖ろしく、何進は手に嫌な汗を掻き心臓は緊張で早鐘を打った。
「だって……こいつに爵位が無いのは悪いヤツだからってみんなが……」
「なるほど、この邑では爵位を持たぬ者は即ち悪者か」
刀夜は周囲の邑人達を見回す。
「この童が申した事が月門の総意と取って良いか?」
誰もが答えず押し黙ったので、次に刀夜は真っ青になって震える子雲に顔を向けた。
「子雲だったな」
「は、はい」
突然、刀夜から名を呼ばれ子雲は狼狽えながらも前に進み出た。
「お前は蘭華を断罪しようとしたが、それは彼女が無爵位だからか?」
「い、いえ、決してそのような事は……」
刀夜の声は決して大きなものではなかった。だが、そこに含まれる威に飲まれ子雲の顔に冷汗が流れる。
「それでは神賜術を持たないからか?」
「そういうわけでは……」
それらは現実として差別の対象となるのは何も月門の邑に限ったことではない。日輪の国内ならどこでも見られるだろう。
しかし、刀夜の前でその正当性を訴える勇気を子雲は持ち合わせていなかった。
「だが、蘭華を魔女と詰っていたではないか」
「そ、それはあの女が妖虎を……」
「その件なら既に下手人の手掛かりは掴んだ」
申し開きをしようとした子雲の言葉を刀夜はぴしゃりと遮る。
「近日中に方は付くだろう」
「え!?」
「当然、蘭華は犯人ではない」
驚く子雲に向ける刀夜の目は真冬の軒下に垂れた氷柱よりも冷たく鋭い。
「だいたい被害者の証言と蘭華は特徴が違い過ぎるだろう」
「それは……」
「お前は蘭華に何の悪行を見た、何の悪事を聞いた、何の証を以て悪しき者と断じた?」
「……」
全てに子雲は答えることができない。
「無いのだろうな」
その様子に刀夜はため息を漏らした。
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