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第八章 常夜の魔女と差別の壁

八の陸.

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「ほら見ろ、みんなを脅してるじゃないか」

 そんな状況に鬼の首を取ったような態度で何進かしんが勢いづいた。

「だらしねぇ大人に代わって俺が成敗してやる」
「さすが何進!」
「やっちまえ!」
「何進の神賜術かみのたまもの矛槍之達むそうのたつってんだ」
「すっげぇ強いんだぞ」
「ふふん、こんな魔女一捻りだぜ」

 子分達からおだてられ何進は益々勢い付いた。だが、その何進と蘭華の前に小さな影が飛び込んできた。

大姐おねえちゃんをイジメちゃダメ!」

 朱明だ。小さな身体で目一杯その手を広げて蘭華をかばおうとしている。自分より大きな男の子達を前に怖いだろうに、それでも大きな目に涙を溜めて何進を睨む。

「お、俺は悪い魔女を……」
大姐おねえちゃんは良い人だもん!」
「うぐ……」

 気のある女の子から激しく反駁はんばくを食らって何進はたじたじだ。朱明を悪い魔女から颯爽と救って感謝される想像を膨らませていただけに尚更である。

「大姐はエラいんだから!」
「な、何だよ、俺だって簪裊しんじょうだエラいんだぞ」

 何進かしん神賜術かみのたまものは上位のものと目され二十等爵の三位となっていた。これは月門では路干ろかん以来の快挙である。だから、何進は自分の爵位が自慢だった。

「そんなの関係ない!」
「えっ、そんな……」

 ところが朱明からばっさり一刀両断にされ動揺した。今まで爵位を誇り、周囲から尊重されてきた彼に取って初めての経験である。
  
「何進はいっつもイジワルばっかり!」
「あっ、いや、俺は……」
「でも大姐おねえちゃんはすっごく優しいの。みんなの怪我をあっという間に治しちゃうし、あたしだって苦いおくすりを飲めるようにしてくれたの!」

 朱明の大きな目からぼろぼろ涙が溢れ出す。

「大姐にイジワルな何進なんて大キライ!」

 耐え切れず蘭華の腰に抱き付くと、声を上げて朱明は泣きだした。

「朱朱ちゃん……」

 顔を埋めて泣く朱明の頭を蘭華は優しく撫でる。小さくとも温かい光を与えてくれる朱明が蘭華には何より愛おしい。

「俺は……偉いって……凄いって……みんなが……」

 逆に何進は頭を金槌で殴られたような衝撃を受けていた。

 みなから褒めそやされてきた神賜術かみのたまものと爵位。それらが何進にとってキラキラした宝物だった。

 だけど、好きな女の子に全否定されて価値観が揺らぎ、それらが途端に見窄みすぼらしく思えてしまった。

 大人達は賜術や爵位こそもっとも尊いと言っていたのに……

 急速に蘭華への敵意が萎んでしまい何進かしんは呆然とした。だが、彼の子分達は違った。

「何だお前、魔女の味方か!」
「何進に逆らうとはふてぇヤツ」
「一緒にやっちまえ!」

 あろう事か、彼らは石を拾うと蘭華達へ向けて投擲したのだ。蘭華の命で伏せていた芍薬は動けず、荒事を好まない牡丹は判断に迷い、守る力の無い百合は何もできなかった。

「朱朱ちゃん!?」

 蘭華は咄嗟とっさに朱明を抱き締め、飛んでくる石から守った。
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