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第八章 常夜の魔女と差別の壁

八の伍.

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「ガオォォォ、グルルルゥゥゥ……」

 小さな白い猫が突然巨大な虎に変じて咆哮を轟かせた。

 あまりの事に周囲の人々が度肝を抜かれるたのも無理ないだろう。この白い巨虎こそが芍薬の本来の姿である。

 ――白虎びゃっこ

 それは西方を守護し神格を得た白い虎。
 霊獣どころか四瑞の一柱で神獣である。

 芍薬はその巨体でもって蘭華の周囲をゆっくり巡り、威嚇するように邑人まちびと達へ睨みを効かした。

「いつもいつも蘭華を虐げよって」

 芍薬が怒りに咆える。

「我の堪忍袋も限界ぞ」
「駄目よ芍薬!」

 これには蘭華も慌てた。

「こいつらは何の罪も無い蘭華に酷い行いばかりするではないか!」
「それでもよ!」

 蘭華はまち人と諍いを起こしたいわけではない。また、それ以上に芍薬が人を傷付け霊格を損なうのを畏れたのだ。

 だから彼らを傷付けたくない蘭華は必死に憤る芍薬を止めた。

「何でだよ!」

 蘭華の眼前に浮遊して百合が涙目で訴えた。

「こんな奴ら許せないよ」
「百合……」

 うーっと怒りで唸る百合に蘭華の瞳が困惑と悲しみの色で染まる。

「お願い、百合達に人と争って欲しくないの」

 確かにいわれ無き中傷に晒されるのは悲しい事だ。それでも蘭華は彼らと争いたくはない。

 人は弱い。

 人が分かり合うのは難しく、どんなに善良な人々でも偏見からは逃れられない。だから、弱き人は蘭華のように力を持つ者を畏怖し敬遠する。

「それに、貴方達が堕ちてしまったら私は一人ぼっちになってしまうわ」

 霊獣が善人の血を浴びると妖魔あやかしに転じる事がある。

 百合達が自分の為に怒ってくれるのは嬉しい。だが万が一、彼らが人を害する妖魔となれば蘭華は導士として調伏せねばならない。上手く悪業から解脱げだつさせて霊獣に戻せれば良いが、討伐してしまう可能性もある。

「蘭華ぁ~」
「ごめんね百合」

 蘭華の自分達への想いを知り、蘭華の苦しむ気持ちを察し、百合は泣いて蘭華の胸に飛び込んだ。その真っ白な体を蘭華は優しく撫でる。

「蘭華は奴らの無体に耐えろと言うか!」
「御師様との約束でしょう」
「蘭華の師など我は知らぬ」

 だが、芍薬の怒りは収まらない。蘭華が諌めても毛を逆立てまち人を威嚇し続ける。

「駄目、芍薬伏せ!」
「うにゃ!」

 蘭華が鋭く命じると怖ろしい巨虎に似合わぬ可愛らしい悲鳴を上げ、芍薬はその場で伏せをした。

「ぬぅ、何をする蘭華」
粗忽そこつ者め、蘭華の立場を悪くしてどうするのじゃ」

 滑稽な姿を晒す同胞はらからに呆れた目を向け牡丹は溜め息を漏らす。

「わ、我はただ……」
「馬鹿者、見てみよ」

 尚も言い張ろうとする芍薬に牡丹が顎で示した先はヒソヒソと話すまち人達。

「虎だ、虎の化け物だ!」
「やっぱり妖魔あやかし使いじゃないか」
「では、犯人はやはり……」

 彼らは芍薬を畏れながらも蘭華へ白い眼を向けるのだった。
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