魔女の闇夜が白むとき

古芭白あきら

文字の大きさ
上 下
47 / 84
第八章 常夜の魔女と差別の壁

八の弐.

しおりを挟む
「このッ!……」
「もう、およしなさい」

 反論しようとする翠蓮を止めた。門番の男達と同じである。人はいったん信じたいものを真実と思い込んだら弁明しても無駄だ。

「行きましょう翠蓮」
「だけど!」
「私達が幾ら言葉を連ねても意味はないわ」

 これは呪いと同じ。己の呪詛ことばで己に掛けた呪いは己の言祝ぎことばでしか解呪はできない。それが人の業なのだ。

「玉玲さん、失礼しました」
「さっさとどっか他のまちへ行っておくれ!」

 玉玲の罵倒に何も答えず静かに蘭華は頭を下げてきびすを返した。

 店から出た蘭華の胸の内は荒涼に一人佇む寂しさに似て、そこにただ冷たい風が吹き込んで来る。

 (この苦しみ、この痛み、この哀しみは何だろう)

 だが、涙は不思議と零れない。ただ、胸に穴がぽっかりと空いたような虚しさだけ。

「蘭華、元気ない~」
「どうかしたのか?」

 様子のおかしな蘭華を百合と芍薬が心配そうに覗き込む。曖昧に微笑む蘭華を牡丹はじっと見詰めていたが、慰めるように顔を擦り寄せた。

「必要な物は揃ったし帰ろうかの?」
「そうね牡丹……ありがとう」

 何も買わずに店から出てきた自分に何も尋ねず、そっと寄り添ってくれる牡丹の心遣いに蘭華は感謝した。

「蘭華さん、ごめんなさい」

 しょんぼりと眦を下げる翠蓮の瞳が濡れて光る。それは翠蓮の蘭華に対する思い遣りで、心に生まれた空虚が僅かに埋まる。彼女の蘭華への想いが何より嬉しい。だから自然と笑顔が溢れた。

「翠蓮の責任ではないわ」
「蘭華さぁん!」

 涙を溜めた翠蓮が胸に飛び込んで、蘭華は優しく頭を撫でる。翠蓮には感謝しかない。まだ自分が笑えるのだと教えてくれたのは翠蓮だから。

「ありがとう翠蓮」
「何もしてません……私、蘭華さんの為に何も……」

 翠蓮はやるせない。

 蘭華に救われてから恩返しをしようとずっと思っていたのに。翠蓮がどれだけ奔走してもまち人の蘭華へ向けられる偏見はなくならない。

「それは違うわ。翠蓮が私の傍にいてくれて私は本当に救われているの」
「蘭華さんは優し過ぎます」

 柔らかく抱き止めてくれる蘭華に身を預けて翠蓮は潤んだ瞳で見上げた。

「私、蘭華さんがいれば何処だって……だからこんなまちから私と一緒に……」

 そして、一世一代の告白をしようとして――

大姐おねえちゃん!」

 ――少女の明るく元気な声に遮られた。
しおりを挟む

処理中です...