上 下
45 / 84
第七章 新緑の少女と猿の妖魔

七の捌.

しおりを挟む
「いつの間に!?」
「ふふふ、禹歩うほです」

 気がつけば隣に導士らしき少女が立っていた。もう翠蓮は驚きっぱなしだ。

「特殊な歩法で方術の基礎にして秘奥です」

 禹歩とは五帝が一の禹により伝えられた方術における歩法である。竜蛇である禹は治水の神であるが、呪術的意味合いの歩法を用いて様々な艱難辛苦かんなんしんくを退けた事でも有名である。

 もっとも、説明を受けても方術に疎い翠蓮にはちんぷんかんぷんだ。

「もし玃猿が心を読めるなら私の行動は全て阻止できていた筈ではありませんか?」

 もし、玃猿の読心術が本物なら蘭華の方術や禹歩は通用しなかっただろう。

「でもさっき路干の剣をかわしてたわ」

 だが、それなら路干の剣が玃猿に通用しなかったのは何故だろう?

「玃猿は優れた観察力と直感力で動きを読んでいます。それはまるで心が読めるみたいに」
「それじゃあ、お姉さんの行動を読めなかったのは?」
「方術は動きを読んでも術は防げませんし、禹歩は相手の目を惑わせる効果もあるのです」
「凄い凄い!」

 翠蓮は尊敬の眼差しで少女を見上げた。

 今も玃猿は必死に襲い掛かっているが、翠蓮は全く目に入っていない。少女に対する翠蓮の胸の高鳴りが恐怖心を綺麗さっぱり消し飛ばしたのだ。

「そろそろ終わりにしましょう」
「亀ノヨウニ閉ジコモッテ何ガデキル!」

 咆える玃猿にも少女は動じず左右の指を二本立てると、それで宙に何か描くように腕を振っていく。

「二の門神は神荼しんじょ鬱塁うつりつ、桃木に立ち百鬼を除し悪鬼を祓う!」
「グッ、コレハ!?」
「二神はあしで縄をう!」

 足元から急に葦が生えたかと思うと玃猿は動きを封じられた。

「聖なる葦索いさくは悪業を縛る!」
「コンナ草ゴトキデ!」

 玃猿は暴れたが葦を裂く事ができない。

「門神の使いは白き虎!」
「ヤ、ヤメロォ!」

 玃猿の周囲に白い霧が生じて虎の姿を形成していく。

「二神の虎は悪鬼羅刹を喰らう!」
「ギャァァァ!!」

 霧の虎が口の部分を大きく開けて玃猿に襲い掛かった。そして、瞬く間に喰らい尽くしたのだった。

「こちらも終わったようじゃの」

 玃猿が霧に呑まれ消失すると時を同じくして赤い竜馬が現れた。その後ろからは路干を咥えた白い虎がのっそりと続く。

「ひっ!」

 虎は無造作に翠蓮の近くに寄って、ぺっと路干を放り出した。ごろりと転がった路干は起き上がってこなかったが目立った外傷は見当たらない。気を失っているだけのようで翠蓮はほっと胸を撫で下ろした。

「だから玃猿如きに蘭華が遅れを取る訳がないと言っただろう」
「さっきまで心配してオロオロしておったくせに」
「なっ、出鱈目を言うな牡丹!」

 赤い竜馬と白い虎の掛け合いに少女はクスッと笑い彼らの首筋を撫でた。

「二人ともありがとう」
容易たやすい事だ」
「蜪犬如き妾らの敵ではない」

 (こんな強そうな霊獣達を使役しているんだ)

 使役している霊獣や妖魔あやかしの格は導士の力量を現す。自分と差して歳の変わらない少女が一流の導士である証左に翠蓮は驚嘆した。

(凄い、素敵、格好良い!)

 翠蓮はこの少女に夢中になっていた。

「もう大丈夫よ」

 少女の紅い瞳が自分に向けられ翠蓮は興奮した。

「助けて頂きありがとうございます! 私、翠蓮っていいます!」
「えっ?」

 突然の自己紹介に少女は戸惑い目をぱちくりとさせた。

「そ、そう? 私は蘭華よ」
「蘭華さん……とっても素敵なお名前ですね!」
「あ、ありがとう」

 翠蓮は蘭華の手を握って紅い瞳をじっと見詰めた。その翠の瞳は潤み、頬は上気して赤い。

(本当に綺麗……)

 この蘭華との初めての出会いが翠蓮の初恋だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

迷子のあやかし案内人 〜京都先斗町の猫神様〜

紫音@キャラ文芸大賞参加中!
キャラ文芸
【キャラ文芸大賞に参加中です。投票よろしくお願いします!】 やさしい神様とおいしいごはん。ほっこりご当地ファンタジー。 *あらすじ*  人には見えない『あやかし』の姿が見える女子高生・桜はある日、道端で泣いているあやかしの子どもを見つける。 「”ねこがみさま”のところへ行きたいんだ……」  どうやら迷子らしい。桜は道案内を引き受けたものの、”猫神様”の居場所はわからない。  迷いに迷った末に彼女たちが辿り着いたのは、京都先斗町の奥にある不思議なお店(?)だった。  そこにいたのは、美しい青年の姿をした猫又の神様。  彼は現世(うつしよ)に迷い込んだあやかしを幽世(かくりよ)へ送り帰す案内人である。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

処理中です...