上 下
39 / 84
第七章 新緑の少女と猿の妖魔

七の弐.

しおりを挟む
「だけど、そのせいで翠蓮が嫌われて婚期を逃してしまったら……」

 明るく気立ての良い翠蓮は容姿も愛らしい人気者だ。まちの有力者である丹頼の孫娘とあって求婚者は後を絶たない。

 だが、蘭華に肩入れをすれば翠蓮はきっと月門つきもんゆうで孤立してしまう。蘭華は自分のせいで翠蓮が肩身の狭い思いをするのは耐えられない。

「いいですよそんなの」

 そんな心配をする蘭華に翠蓮は手をヒラヒラと振る。

「あんな薄情な男共なんてこっちから願い下げです」

 翠蓮からすれば蘭華に恩がありながら仇で返す者達など眼中にないらしい。

「蘭華さんにお世話になっていいながら礼の一つもできない奴らなんですから」
「それでも一生一人身ってわけにもいかないでしょ?」

 途端に翠蓮の顔が大きく歪む。

路干ろかんみたいな最低男と結婚させられるくらいなら一生独身で構いません」
「路干?」

 その名を聞いて蘭華も眉間に皺を寄せた。

「彼との縁談があるの?」
「あいつ恥知らずにも私に結婚を申し入れてきたんですよ」

 路干は庶民では珍しく強力な神賜術かみのたまもの勇武之達ゆうぶのたつ』を授かった青年だ。これは身体能力を上げ磨けばどんな武器も一流に使い熟せるようになる凡そ戦いに関しては非常に有益な賜術だ。

 それ故に路干が月門で最強であるのは間違いない。だが、それにおごり性格に難があった。

「三年前にあんだけやらかしといて、面の皮が厚いったらありゃしない」
「彼は相変わらずなのね」
「助けてもらった恩も忘れて、神賜術を持たないって理由で蘭華さんを馬鹿にする真正のアホウのままですよ」

 ぷんすかと怒る翠蓮の路干への愚痴は止まらない。

「あいつ、今なら蘭華さんより強いとかほざいてるんですよ。蘭華さんがあんな馬鹿に負けるわけないのに」
「彼の神賜術が強力なのは本当よ」

 神賜術偏重の思想は有力な賜術を持っている者ほど強い。実際、路干は月門では敵無しなのだ。

「それでも絶対に路干なんてお断りです!」
「本当に彼が嫌いなのね」

 無理もないと蘭華も思う。

「蘭華さんだって知ってるでしょ。あいつ自分可愛さに私を妖魔あやかしに売り渡したんですよ!」
「そんな事もあったわね」

 三年前、翠蓮達と初めて出会った時の事を蘭華は思い出していた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

処理中です...