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第五章 剣仙の皇子と魔女の由来

五の陸.

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「診療は終わったんですよね?」

 翠蓮は急に蘭華の左腕にぶら下がるように両腕で抱き付いた。上目遣いで見上げる顔がわずかに赤い。

「それじゃあ一緒に反物たんもの屋へ行きましょうよぉ」
「反物屋に?」

 まちへ来たついでに生活必需品も仕入れておこうとは思ったが、蘭華に反物や衣類を買い込む予定はなかった。

「翠蓮、私はそんな高価な物を買うつもりはないわよ?」
「だけど蘭華さんの深衣スカートボロボロになってるじゃないですかぁ」

 もともと蘭華の衣類は上等な物ではない。だが、翠蓮に指摘されて改めて自分の服を見れば深衣の至る所にほつれや破れが目立つ。かなり痛んでしまっている。

「特に裾の辺りが酷いですよね?」
「あー、これは……」

 全員の視線が一斉に芍薬に集中した。今もよじ登ろうと蘭華の深衣に纏わり付いている。

「芍薬がいつも爪を立てているせいね」
「す、すまん、この姿だと猫の習性に囚われる故……」

 皆の冷たい視線にばつが悪くなったようで、芍薬は耳を横に倒してプイッと顔を背けた。

「早目に修繕するか新しく仕立てないと蘭華さんの着る物がなくなっちゃいますよぉ」
「そうは言っても反物を買う手持ちが……」

 まちに行くついでに米や塩など購入しておこうとは思って金子きんすを幾許か持ってきてはいた。だが、高価な反物まで購入する余裕はない。

「それぐらいなら爺爺おじいちゃんが出してくれるから心配いりませんって」

 翠蓮が自信満々に胸を張った。

 彼女の祖父は丹頼たんらいという民爵最上位の八位公乗こうじょうの実力者である。資産家でもあり、翠蓮は良いとこのお嬢様なのだ。

 実は翠蓮の祖父丹頼は月門の邑で蘭華に親身になってくれる数少ない人物の一人である。彼の援助のお陰で蘭華は何とか暮らせていた。

「なんたって蘭華さんは私の命の恩人なんだもん。爺爺も文句は言わないと思います」
「だけど、さすがに悪いわ」

 何と言っても反物は高価で、衣服は庶民にとって高級品なのだ。

 庶民が着る綿や麻でも仕立て込みで銀三~五両(銀一両=約16g)、反物でも一反銀一両はする。因みに銀一両は百六十銭であり、それだけあれば蘭華一人が二、三週間暮らせてしまう。それほど高額なのだ。

 もちろん刀夜が着ている天絹てんけんの胡服は論外である。通常の絹でも服に仕立てれば銀で五~十斤はするのだから、天絹なら銀五十斤は下らないだろう。銀一斤が銀十六両であるから、蘭華が一生かかっても稼げるものではない。

「蘭華さんは遠慮なんてしなくてもいいんですって」

 なおも翠蓮が食い下がり、蘭華は少々困った顔をした。

「でも、反物みたいに高価な物を頂くわけには……」
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