魔女の闇夜が白むとき

古芭白あきら

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第五章 剣仙の皇子と魔女の由来

五の壱.

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「これで傷口は塞がりました」

 蘭華が手をかざ方呪まじないを唱えれば、患者の大怪我も立ち所に癒えていく。

 その鮮やかな手際に刀夜の口から感嘆が漏れた。

「見事な腕だ」
「相変わらず嬢ちゃんの方医術はすげぇぜ」

 方医術とは方術の一つで、医療を主とする魔術である。

「貧血気味で身体も冷えています……脈拍も弱い……」

 しかし、蘭華は患者の診察に専念し彼らの称賛も耳に入らない。患者の状態を確認すると生薬の調合を始めた。

「あれは?」
黄耆おうぎ、桂皮、地黄じおう、芍薬、川芎せんきゅう当帰とうき白朮びゃくじゅつ、人参……ふむ、気血を補い滋養と貧血の改善をする処方だな」

 治療が済むと蘭華はすぐに次の患者の治療を開始する。施療院の中は妖虎に傷付けられた被害者でいっぱいなのだ。

 蘭華は次々と患者を診ていく。それは迅速で的確な処置であり、刀夜は見惚みほれてしまった。

「大したものだ、宮の方士にもこれ程の者がいるかどうか」
「そうだろそうだろ」

 我が事のように自慢気な斉周におやっと刀夜は首を捻った。どうも彼は他の者と違い蘭華に対して偏見が薄い。

「方医術や薬学だけじゃなく、結界術、仙術、およそ五行を操る術をあの若さで極めている導士なんて他にいやしないからな」
「結界師も生業なりわいにしているのか?」
「こんないなかにゃ中央から方士も派遣されんし、導士にも大した奴はいないからな」

 聞けば城郭の結界こそまちの導士の管轄だが、森の結界は蘭華が一人で管理しているらしい。

 それも慈善タダで。

「冗談だろ!?」

 本来なら宮の方士が行うべき国の事業だ。手が回らない地域は地元の導士に委託するのが習いで、委託する場合は国庫より賃金はきちんと支払われる。

「常夜の森の結界は我が国の存亡に関わる国家の大事。それを一導士の奉仕でまかなうなど正気の沙汰ではない!」

 刀夜はくらりと眩暈を覚えた。

「方士院の奴らに苦情もんくを言ってやる!」
「ついでに嬢ちゃんの工資ちんぎんも何とかしてくれんか?」
「当たり前だ」

 方士院の怠慢に刀夜は憤ったが、同時に幾つか疑念も生まれた。

 (あの兄上がこんな見落としをするか?)

 この状況を思慮深く民思いの泰然が放置しているのは不自然だ。派遣された地方官が故意に報せていないとしか思えない。

 (ここの邑令長ゆうれいちょう聆文れいぶんの息が掛かっているのかもしれない)

 中央から送られ邑の行政官として治政を任される令長が、野心家の第二皇子の回し者であるならば合点がいく。

 (後で調査しないと……だが今は蘭華の方だ)

 もう一つ不可思議な事がある。

「だが、そんなに献身的な蘭華をどうしてまちの者達は嫌う?」

 治療を受けた患者の中にまで蘭華への忌避感を露わにしているのは異常だ。

「そりゃあ蘭華が神賜術かみのたまものを授かっていない無爵位者だからさ」
賜術しじゅつを授かっていない!?」

 斉周が告げた想定外の事実に刀夜は驚愕の声を漏らしたのだった。
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