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第四章 常夜の魔女と新緑の少女
四の壱.
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「気に入らんな」
遠巻きにヒソヒソと話す邑人達に刀夜は不愉快そうに眉を僅かに寄せた。
蘭華を連れて月門の邑《ゆう》へと入ってから刀夜達は敵意ある視線に晒されていた。
(いや、俺達へではなく彼女へのか)
刀夜は肩越しに背後へちらりと視線を送る。すぐ後ろを自分より頭一つ小さな黒髪の娘が霊獣達を連れてい歩いていた。
(やはり美しい)
襤褸を纏っていても知性と気品の隠せぬ凛とした花。
(それに、瞳の色……見間違いではなかったか)
常夜の森では昏く色がはっきりと判別できなかったが、陽の下に晒された蘭華の瞳は疑いようのない紅。
(であれば蘭華は候家の姫となるが……)
日輪の国では伯家以上の家柄は代々受け継がれる瞳の色がある。
この国で紅い瞳を持つのは公家の下に位置する候家の紅陽家、紅月家、紅星家の三家のみ。因みに、この三家を合わせて紅三家と呼ぶ。他に翠眼の翠三家、碧眼の碧三家があり、合わせて九候家と呼ばれる。
だが、候家の姑娘なら刀夜は全て既知であるのに蘭華の名は初めて聞いた。
(庶子だろうか?)
隠し子の可能性はある。
妻に内緒で手を付けた女を孕ませ、止むを得ず屋敷から追い出した不埒な話は枚挙に暇が無い。
(それにしては蘭華は貧し過ぎるが……)
家を追い出すとしても路銀は困らぬよう渡すものだ。でなければ手だけ出して金も出せぬ情け無い家との誹りは免れない。
これは貴族の尊厳に関わるだけに、庶子への援助は正室も良い顔はしないが止めはしない。
だが、蘭華の纏う深衣は継ぎ接ぎだらけの襤褸だ。行き交う邑娘でももっと上等なものを着ている。
(ここに蘭華の秘密がありそうだ)
ふと、刀夜の金青の瞳が蘭華の紅い瞳と絡んだ。
その途端、蘭華は顔を赤らめ俯き視線を外した。
刀夜は軽く笑って視線を戻す。蘭華は直ぐに顔を上げて刀夜の広い背中を追いながら両手で首元の衿を合わせた。
上等な天絹を纏う美青年から熱い視線を受けて、見窄らしい自分の姿が恥ずかしくなったのだ。
(いつもなら気にもしないのに……変だわ私……)
どんなに襤褸を着ても己に恥じる事はない。
貧しさを笑われようと蔑まれようと、心の貧しさこそ恥じるべきと胸を張って毅然と振る舞ってきた。蘭華はそんな気高く気丈な娘である。
(こんな姿を刀夜様に見られるのが凄く嫌……涙が出そう……胸が苦しい……どうして?)
蘭華は自分の中にある夭い姑娘としての羞恥心の正体が分からず戸惑うのだった。
遠巻きにヒソヒソと話す邑人達に刀夜は不愉快そうに眉を僅かに寄せた。
蘭華を連れて月門の邑《ゆう》へと入ってから刀夜達は敵意ある視線に晒されていた。
(いや、俺達へではなく彼女へのか)
刀夜は肩越しに背後へちらりと視線を送る。すぐ後ろを自分より頭一つ小さな黒髪の娘が霊獣達を連れてい歩いていた。
(やはり美しい)
襤褸を纏っていても知性と気品の隠せぬ凛とした花。
(それに、瞳の色……見間違いではなかったか)
常夜の森では昏く色がはっきりと判別できなかったが、陽の下に晒された蘭華の瞳は疑いようのない紅。
(であれば蘭華は候家の姫となるが……)
日輪の国では伯家以上の家柄は代々受け継がれる瞳の色がある。
この国で紅い瞳を持つのは公家の下に位置する候家の紅陽家、紅月家、紅星家の三家のみ。因みに、この三家を合わせて紅三家と呼ぶ。他に翠眼の翠三家、碧眼の碧三家があり、合わせて九候家と呼ばれる。
だが、候家の姑娘なら刀夜は全て既知であるのに蘭華の名は初めて聞いた。
(庶子だろうか?)
隠し子の可能性はある。
妻に内緒で手を付けた女を孕ませ、止むを得ず屋敷から追い出した不埒な話は枚挙に暇が無い。
(それにしては蘭華は貧し過ぎるが……)
家を追い出すとしても路銀は困らぬよう渡すものだ。でなければ手だけ出して金も出せぬ情け無い家との誹りは免れない。
これは貴族の尊厳に関わるだけに、庶子への援助は正室も良い顔はしないが止めはしない。
だが、蘭華の纏う深衣は継ぎ接ぎだらけの襤褸だ。行き交う邑娘でももっと上等なものを着ている。
(ここに蘭華の秘密がありそうだ)
ふと、刀夜の金青の瞳が蘭華の紅い瞳と絡んだ。
その途端、蘭華は顔を赤らめ俯き視線を外した。
刀夜は軽く笑って視線を戻す。蘭華は直ぐに顔を上げて刀夜の広い背中を追いながら両手で首元の衿を合わせた。
上等な天絹を纏う美青年から熱い視線を受けて、見窄らしい自分の姿が恥ずかしくなったのだ。
(いつもなら気にもしないのに……変だわ私……)
どんなに襤褸を着ても己に恥じる事はない。
貧しさを笑われようと蔑まれようと、心の貧しさこそ恥じるべきと胸を張って毅然と振る舞ってきた。蘭華はそんな気高く気丈な娘である。
(こんな姿を刀夜様に見られるのが凄く嫌……涙が出そう……胸が苦しい……どうして?)
蘭華は自分の中にある夭い姑娘としての羞恥心の正体が分からず戸惑うのだった。
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