魔女の闇夜が白むとき

古芭白あきら

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第二章 剣仙の皇子と妖虎の真相

二の肆.

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「実はな、『常夜の魔女』についても尋ねてみたのだ」

 もともと月門の邑には近郊の森に住む妖魔あやかしを従えた魔女がいると良からぬ噂があった。ただの蘭華への誹謗中傷であったが、常陽では窮奇らしき妖魔を操りまち人に危害を加えている犯人と目されていた。

 それも泰然に尋ねてみたのだが――『常夜の森で暮らす姑娘むすめなど存在しよう筈も無い。根も葉も無い噂であろう』と笑われて一蹴された。

 だが、その答えで泰然が魔女について把握しているのだと察した。容貌まで伝わっていない魔女を泰然は姑娘と知っていたのだ。

 泰然は何かを隠していると刀夜は感じたが、その場は引き下がり独自に調査を始めたのが月門つきもんへ向かう迄の経緯である。

「兄上は蘭華について知られたくないご様子だ」
「あの姑娘むすめには何やら秘密がありそうですな」
「ああ、どうにも蘭華には謎が多い」

 あんなわかい姑娘が常夜の森で生活しているのは異常だ。刀夜も夏琴も腕試しで常夜の森に入った経験はあるが、あそこで暮らすなど到底できない。

「それに、この道……気づいたか?」
「道?……で、ございますか?」

 夏琴は自分の足元を見て首を捻った。自分達の前も後ろも道なき道の森の中。

「森に入ってから妖魔あやかしが襲ってこないだろ?」
「言われてみれば」

 常夜の森に入って数刻以上も経つのに一度として妖魔に襲われないのは異様だ。

 だが、妖魔がいないわけではない。

「そこかしこに隠れてはいるようですが……」

 周囲を見回せば木々や草叢、見通せぬ闇の奥で妖魔達がギラつく瞳で自分達を窺っている気配が伝わってくる。

「俺達はいま蘭華の使い魔が行き来している霊気の道の上にいる」

 刀夜にははっきりと白猫の芍薬が残した霊気が視えていた。この霊気を辿れたからこそ蘭華の破屋まで迷わず真っ直ぐ進めたのだ。

「相当な霊格だ……これでは妖魔も怯えて近づけまい」
「そんなに強い霊獣なのですか?」

 使い魔の力は術者の能力の高さに直結する。だとすれば蘭華の導士としての実力も相応に高いということだ。

「蘭華には不審な点が多い……だが、彼女は誠実で清らかな姑娘むすめだ」
「貧しい暮らしぶりながら人品卑しくなく、佇まいも凛としておりましたな」
「ああ、とても美しい姑娘だった」

 常夜の森の闇にも溶け込まぬきらめくような黒い髪、貴族の姑娘れいじょうよりも白い肌、そして何より……

「蘭華の瞳……」

 昏くはっきりしなかったが、刀夜には『あか』に見えた。

「瞳?」
「いや、何でもない。きっと見間違いだろう」

 刀夜は首を振った。

 あかい瞳は特別な意味を持つ。

 こんな森の中で貧しい暮らしをしている者が『紅眼』の持ち主である筈がないのだから。
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