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第一章 常夜の魔女と森の家

一の漆.

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「蘭華はそんな馬鹿な真似はせん!」
「なっ! 猫が喋った!?」

 芍薬が口を開くと驚いた夏琴が瞬時に抜剣した。巨体に似合わぬ素早い行動である。だが、刀夜がすぐに手を上げて夏琴を止めた。

「剣を納めろ夏琴」
「で、ですが、情報通りの化け猫ですぞ!」
「虎と鳥はいないだろう?」
「その羽兎を鳥と見誤ったのでは?」

 尚も食い下がる夏琴に刀夜は苦笑を隠し切れない。

「その猫も羽兎も妖魔あやかしではなく霊獣だ」
「う、は、はい……」

 余程の事が無い限り霊獣は人を襲わない。夏琴もそれを知るだけに大人しく引き下がった。

「重ね重ね済まない」
「そ、そんな、頭をお上げ下さい」

 逡巡なく頭を下げる刀夜に却って蘭華は恐縮した。

「芍薬も軽率でしたし」
「うみゅ~」

 メッと叱られれ芍薬は頭を抱えて蘭華の膝の上で申し訳なさそうに丸くなった。

「いや、蘭華を疑って此処ここへ来たのは確かだ」
「それは調査の為ですから仕方ありません」

 事件を調べる以上は取るに足りない噂であろうと裏取りは必要である。理解を示す蘭華に目を細め刀夜はほぅっと感心した。

「だが、蘭華の使い魔は妖魔あやかしではなく霊獣だ。これで蘭華の疑いは晴れた」
「よろしいのですか?」

 あっさり引き下がった刀夜に蘭華は目をぱちくりさせた。もっと執拗な詮議を受けると蘭華は覚悟していたのだ。

「もともと確認だけのつもりで、俺は蘭華を疑ってはいなかったのだ。不愉快な思いをさせて済まなかった」
「いえ、ご理解頂けて幸いです」
「お前も悪かったな」

 刀夜は芍薬の頭を一撫でする。しかし、芍薬は嫌そうに刀夜の手を肉球でパシッとはたいた。

「みゅ、我に気安く触るでない」
「こら、芍薬!」

 慌てて蘭華は叱ったが、刀夜は良い良いと愉しげにに笑った。

「霊獣に人の身分など何の意味もないだろう」
「恐れ入ります」

 芍薬の無礼にも嫌な顔一つ見せない刀夜は本当に好漢である。人々から迫害を受け『常夜の森』に住む蘭華には刀夜が眩しかった。

「それにしても仲が良いのだな……蘭華の使い魔か?」

 なおも蘭華を守ろうと周囲を固める百合と芍薬に刀夜は興味を示した。

「いえ、彼らは私の友にございます」
「友?」

 蘭華の意外な回答に一瞬、刀夜は呆気に取られた。その場に、しばし微妙な沈黙が流れる。
 
「ふっ、そうか友か……良い友だな」

 だが、すぐに蘭華の答えをいたく気に入ったらしく刀夜は爽やかに笑った。

「それでは俺達はお暇させてもらおう」

 刀夜はすくっと立ち上がり、木戸で立つ夏琴を連れて颯爽と引き上げていった。

「春の清風のように爽やかで、陽の光のように明朗な方だったわね」

 その二人を外に出て彼らの背中が見えなくなるまで蘭華は見送ったのだった。
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