紡子さんはいつも本の中にいる

第８話 紡ぐ物語③「悩める黒鳥の物語・前編」

「最悪だわ」

　物語の主たる舞台『白鳥の湖』の畔ほとりで私は膝を抱えて蹲うずくまっていた。

「物語のラストで死んでしまうコニールになるなんて……」

　私の異能アビリティは物語が終わらない限り現実の世界には戻れない。果たして物語の中で死んだら現実の世界での私は無事かしら？

「たぶん無事ではすまないわよね」

　前に物語の中で怪我をした時は現実に戻っても怪我が残っていたもの。きっと物語の中での死は現実のものとなってしまう。

「ストーリーもかなり進んでいるし……」

　私が転移したのは、ちょうどロッドバロンにコデットの呪いを解く方法を享受してもらったシーン。

　既に賽は投げられた後であり、物語はコニール私の死へ向けて確実に動いている。

「もう少ししたらジークとコデットが出会い恋に落ちるシーンが始まるのよね？」

　私の目の前の湖面を美しい白鳥たちが流れていく。あれがヒロインのコデットとその侍女たち。

　夕陽に湖面が赤く染め上げられている。

　もうまくなくしたらジークがやって来る。そして、彼はコデットを弓で射ようとして逃げられる。ジークは諦めきれず白鳥を追い、その先で廃墟の聖堂で人間の姿に戻ったコデットと運命の邂逅を果たすのよね。

「いっそコデットの恋を邪魔する？」

　ここでの出会いを邪魔すればコニールの死を回避できるはず……いいえ、それでは命が助かっても物語が完結しないわ。

　完結しなければ現実に戻れないのか？――それは試したことがない。

　だって、もし試しに物語を改変して現実世界に戻れなくなったらどうするの？

　今までの経験ではラストシーンで異能は解除されているのは間違いない。だからコデットとジークが結ばれるのはマストだ。

　その上でコニールが助かる道を探さないと。

「物語自体は原典と同じ進行なのよね」

　一度この物語を振り返って精査してみましょう……