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第3話 綴る世界②「静寂の世界」
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僕にはお気に入りの場所がある。
『語部市立中央図書館』
異能無しを突きつけられる世界が嫌で、だからと言って引き篭もって一人の世界も作れない。
誰かと繋がっていたい、だけど自分が異能無しだって現実から逃避はしたい。
そんな僕が行き着いた場所がこの図書館だった。
もともと大学受験の勉強に通っていた図書館。そこは僕にとってとても居心地の良い場所だった。
人は居るけど誰も言葉を発さず静かな空間。
パラパラとページを捲る音、勉強でカリカリとシャーペンで立てる音、カタリと椅子を引く音、時折行き来する緩やかな足音、微かな息づかい……
そんな人の存在を感じられるけれど誰も他人に干渉しない空間。
シーーーン
この周囲に人が居る静穏の世界は僕を安らいだ気分にさせてくれる。
だから、大学に入って一人暮らしを始めてから、この語部市中央図書館へ通うようになったのも必然だった。
この三年で僕もすっかりこの図書館の常連だ。
同じように通う来館者は意外にも多く、しかし顔は見知ってもお互い相手のプライベートとプライバシーに干渉しないのが図書館でのルール。
あっちにもこっちにも見知った顔がありながら、話しかけることはしない。たまに目が合ったりすれ違ったりする時に会釈をする程度。
この距離感が堪らなくいい。
図書館こそ僕にとって至高の空間、この世界こそ僕が居るべき場所。
だけど、その素晴らしき世界に変化が訪れた。
三ヶ月ほど前、顔馴染みになっていた司書さんが退職されたのだ。妊娠されたのを機に出産と子育てに専念したいのだとか。
そして、彼女の後に着任した新たな司書さんが――
「書院紡子さん……」
僕の席から顔を上げれば視界に入るのはカウンターで目を下に落とす女性の顔。
野暮ったい眼鏡に化粧っけの少ない顔、黒髪を簡単に纏め上げただけの髪型、オシャレとは程遠い。
そして、いつも無表情で対応も無愛想。前の司書さんが人当たりの良い女性だっただけに、書院紡子さんの評判はすこぶる悪い。
だけど、僕は書院さんがこっそり仕事中に読書してるところを偶然目撃してしまった。
その時の書院さんは日頃の無表情が嘘のように百面相になっていたのだ。ニマニマしたり、泣きそうになったり、難しい顔をしたりとホントにコロコロと表情を変える。
それがとても可愛いくて……いつの間にかこの図書館に通う楽しみの一つになっていた。
今も僕はついつい彼女を観察して――
「えっ!?」
書院さんの目からキラリと光る雫が落ちた、と思ったら僕の視界がグニャリと歪んだ。
「違う!」
僕の目じゃなく絵の具を落とした水面に彩られるマーブル模様のように周囲の空間が捻じ曲がっていっている。
あまりの気分の悪さにギュッと目を閉じ、だけど目の奥でグルグルと暗闇が回っているようで気持ち悪い。
しだいに気持ち悪さも治って、恐る恐る目を開けたんだけど……
「――ッ!?」
目に飛び込んできた光景に僕は目を見開いた。
「ここ……は?」
まず目に入ったのは天蓋つきのベッド。キョロキョロと見回せば西洋風のアンティークな家具で整えられた部屋。
まるで中世ヨーロッパの貴族の部屋みたいだった。
「図書館……じゃないよなぁ」
どう見たってここは語部市中央図書館ではない。
「何かイベントやるって言ってたっ――け!?」
僕はベットや机など一つ一つに触れて確認していき、全身を写す大きな姿見の前で固まった。
「えっ? 何? どうして?」
僕の服装がパーカー、ジーパンからウェストコートに刺繍の入ったパンツスタイル、まるで貴族みたいに変わっていた。
「ちょっ、いつの間に?」
気がつけば貴族の住むような部屋にいて、知らぬ間に貴族の格好をしている。これって明らかに異常事態だよね。
「これ、どうすりゃ良いの?」
途方に暮れて思考停止状態だよ。
ガチャ――
突然、扉が開いて数人の男女が入ってきた。
『語部市立中央図書館』
異能無しを突きつけられる世界が嫌で、だからと言って引き篭もって一人の世界も作れない。
誰かと繋がっていたい、だけど自分が異能無しだって現実から逃避はしたい。
そんな僕が行き着いた場所がこの図書館だった。
もともと大学受験の勉強に通っていた図書館。そこは僕にとってとても居心地の良い場所だった。
人は居るけど誰も言葉を発さず静かな空間。
パラパラとページを捲る音、勉強でカリカリとシャーペンで立てる音、カタリと椅子を引く音、時折行き来する緩やかな足音、微かな息づかい……
そんな人の存在を感じられるけれど誰も他人に干渉しない空間。
シーーーン
この周囲に人が居る静穏の世界は僕を安らいだ気分にさせてくれる。
だから、大学に入って一人暮らしを始めてから、この語部市中央図書館へ通うようになったのも必然だった。
この三年で僕もすっかりこの図書館の常連だ。
同じように通う来館者は意外にも多く、しかし顔は見知ってもお互い相手のプライベートとプライバシーに干渉しないのが図書館でのルール。
あっちにもこっちにも見知った顔がありながら、話しかけることはしない。たまに目が合ったりすれ違ったりする時に会釈をする程度。
この距離感が堪らなくいい。
図書館こそ僕にとって至高の空間、この世界こそ僕が居るべき場所。
だけど、その素晴らしき世界に変化が訪れた。
三ヶ月ほど前、顔馴染みになっていた司書さんが退職されたのだ。妊娠されたのを機に出産と子育てに専念したいのだとか。
そして、彼女の後に着任した新たな司書さんが――
「書院紡子さん……」
僕の席から顔を上げれば視界に入るのはカウンターで目を下に落とす女性の顔。
野暮ったい眼鏡に化粧っけの少ない顔、黒髪を簡単に纏め上げただけの髪型、オシャレとは程遠い。
そして、いつも無表情で対応も無愛想。前の司書さんが人当たりの良い女性だっただけに、書院紡子さんの評判はすこぶる悪い。
だけど、僕は書院さんがこっそり仕事中に読書してるところを偶然目撃してしまった。
その時の書院さんは日頃の無表情が嘘のように百面相になっていたのだ。ニマニマしたり、泣きそうになったり、難しい顔をしたりとホントにコロコロと表情を変える。
それがとても可愛いくて……いつの間にかこの図書館に通う楽しみの一つになっていた。
今も僕はついつい彼女を観察して――
「えっ!?」
書院さんの目からキラリと光る雫が落ちた、と思ったら僕の視界がグニャリと歪んだ。
「違う!」
僕の目じゃなく絵の具を落とした水面に彩られるマーブル模様のように周囲の空間が捻じ曲がっていっている。
あまりの気分の悪さにギュッと目を閉じ、だけど目の奥でグルグルと暗闇が回っているようで気持ち悪い。
しだいに気持ち悪さも治って、恐る恐る目を開けたんだけど……
「――ッ!?」
目に飛び込んできた光景に僕は目を見開いた。
「ここ……は?」
まず目に入ったのは天蓋つきのベッド。キョロキョロと見回せば西洋風のアンティークな家具で整えられた部屋。
まるで中世ヨーロッパの貴族の部屋みたいだった。
「図書館……じゃないよなぁ」
どう見たってここは語部市中央図書館ではない。
「何かイベントやるって言ってたっ――け!?」
僕はベットや机など一つ一つに触れて確認していき、全身を写す大きな姿見の前で固まった。
「えっ? 何? どうして?」
僕の服装がパーカー、ジーパンからウェストコートに刺繍の入ったパンツスタイル、まるで貴族みたいに変わっていた。
「ちょっ、いつの間に?」
気がつけば貴族の住むような部屋にいて、知らぬ間に貴族の格好をしている。これって明らかに異常事態だよね。
「これ、どうすりゃ良いの?」
途方に暮れて思考停止状態だよ。
ガチャ――
突然、扉が開いて数人の男女が入ってきた。
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