89 / 94
第68話 侯爵令嬢は伯爵令嬢の窮状を知る
しおりを挟む
傭兵団『爪弾き者の巣』のディッケル、レミー、デイモンの3人は現在、橄欖宮の一室で身を縮めていた。
3人はリリに会うため他の団員たちを隠れ家に残し、リュシリュー邸を訪れたのだが生憎とリリは不在であった。
門前払いを食らうと思っていたのだが、意外にも3人は高そうな家具に囲まれた応接間に通されて度肝を抜かれた。
そして応対に絶世の美女が現れた時には3人とも唖然とし、その正体がリュシリュー侯爵夫人メネイヤと知って今度は魂が抜かれた。
小一時間ほど待たされ、今度は王城へと連行されて今に至るというわけだ。
「な、なあホントに大丈夫なのか?ここ王宮だぞ」
「仕方ねぇだろ。向こうが来いって言うんだから」
「デイモンビビり過ぎ」
「テメェはこの国の王妃の恐ろしさを知らねぇだろ」
「なんでお前が王妃と面識を、ってそういやオーヴェルニ出身だったな。お前も王妃も」
ディッケルに故郷の名を指摘されたデイモンはガクガクブルブルと震え出した。
「あの女に関わっちゃなんねぇ。あ、あれは人の皮を被った化け物だ……」
「お前オーヴェルニで盗賊やってたと言ったな?」
「ああ、10数名の小さな盗賊団の頭だった……俺は忠告したからな!ホントにどーなっても知らないかたな!」
そんな3人を隣の部屋から覗いている者たちがいた。言わずもがなリリたちだ。
「やっぱりコラーディン伯爵に雇われていた傭兵たちですね」
白髪の男は見ていないが残りの2人には手を焼かされたのだ。忘れるはずも、見間違えるはずもない。
「報告では『爪弾き者の巣』と言う腕利きの傭兵団らしいわ」
「あ!あの2人は続編で出てくる攻略対象ですぅ」
ディッケルとレミーを指差すルルにみなの視線が集まった。
「貴女!また話していないことを!」
「しょうがないじゃないですかぁ。まさか続編まで関係するとは思いませんよぉ」
「今は言い争わないの。それでルル、あの2人はどういう人物なの?」
「ええと、金髪碧眼の美少年がレミーで確か冒険者だったはずですぅ。ただ昔、傭兵団に所属していて、レミーの攻略中に隠しキャラとして当時の傭兵団の団長である赤髪の男ディッケルが出てくるのですぅ」
「ふむ、今の状況に当てはまりますね。それで白髪の男は?」
アンナの質問にルルは首を横に振った。
「知りません。と言うのもその傭兵団はゲーム開始時には既に壊滅しているからですぅ。何でも雇い主の貴族に濡れ衣を着せられて、レミーの以外の仲間たちをみんな処刑されちゃって……ディッケルはお尋ね者になりながらも敵討ちに燃える復讐鬼として登場するのですぅ!その恨みの気持ちをヒロインが優しく……」
「攻略の方はいいです。それよりも傭兵団について話しなさい!」
「もう!アンナさんはせっかちですぅ。傭兵団を壊滅させた貴族については詳細はありません。ゲームでは10年前に壊滅したと説明があるだけですねぇ。ゲームはライバル令嬢のネネが15歳の時に開始だから10年後ですね……あ!?」
「ルル!今ではないですか!!!」
「いや、さすがに細部の設定まで全て語るのは無理がありますぅ」
噛み付くアンナにルルは身を守るかのように頭を押さえる。
「2人とも今はそれどころじゃないわ」
「リリちゃんの言う通りよ。恐らく彼らはコラーディン伯爵に潰される運命にあるのね」
リリは頷き、再び3人を見詰めた。
「今その運命の分岐点にあの3人はいるのです。きっとコラーディン伯爵の所で何かが起きたのです。その件で彼らは本来なら壊滅する運命にありました。しかし、私と接点のない3人が私を頼ってきたのは……」
「あ!マリーですねぇ!」
「そうです。ゲーム通りなら私やルルと仲良くはならないマリーが現実では友達になりました。彼女が彼らを私の所へと送り出したのです」
そこでルルははっとリリの顔を見た。
「それじゃマリーは?」
「ゲームでは彼らに着せられる罪が分かりません。コラーディン邸で何が起きたのか……何かとても嫌な予感がします」
リリの険しい顔にルルは不安そうに両手を祈るように胸元で握った。
「すぐに3人から話を聞きましょう」
「お待ちください!直接会うのは危険です。あの者はかなりの手練れと聞いております」
制止するアンナにリリはにっこりと笑った。
「大丈夫。だって私にはアンナがついているでしょう?」
「うっ!その言い方は反則です」
「ふふふ。信じているわ。私の頼れる専属侍女を」
「リリ様のご命令とあらば」
恭しく礼をする信頼する侍女に頷くとリリは隣の部屋へと向かった。
リリ、ルル、アンナ、エルゼの4人は近衛の騎士たちと共に入室すると傭兵3人の顔が強ばった。特に白髪の男デイモンはエルゼの姿を視認すると幽鬼のように真っ青になった。
「ず、ずいぶんと物々しいんだな」
その中でディッケルはまだ肝が据わっているようで去勢を張ったが、それに近衛の騎士たちが熱りたった。
「貴様!王妃殿下に何という口の利き方!」
「不敬な!」
それに対してうんざりした表情を浮かべたのはエルゼだった。
「貴方たちうるさいわよ。だから連れてきたくなかったのよ」
実はエルゼは邪魔だからと近衛の騎士たちを置いていこうとした。
「王妃殿下!」
「ご無体な!」
「我々にも職務が!」
「だって貴方たち私やアンナちゃんより弱いじゃない」
ばっさり切り捨てられ騎士たちは血涙を流してうずくまった。哀れ……
「待たせて申し訳ないわね。この騎士たちは気にしないで。お飾りだから」
「「「ぐは!!!」」」
追い討ちをかけられた騎士たちはもはや再起不能。彼らのその姿にディッケルは思わず同情した。
──この女が噂に名高い武闘派王妃エルゼリベーテ・シュバルティナ・ドゥ・オーヴェルニか。噂以上だな……
戯けた振る舞いに全く隙が無いのをディッケルは感じて、エルゼがかなりの手練れであると彼は看破していた。
──それに後ろの侍女……見逃すところだった。強さを看破させないほど己を擬態できる強さ。俺はこいつに勝てるか?
アンナの存在にディッケルは背筋が凍る思いがした。
──そしてもう1人……
リリの存在にディッケルは顔を顰めた。
──髪と瞳の色が違うが間違いない……昨夜の嬢ちゃんだ。何だここは?王宮じゃなくて伏魔殿じゃねぇのか?
この3人を前にしてディッケルは逃走は不可能だと判断し、却って腹が据わった。
「お話はこのエルゼリベーテ・シュバルティナ・ドゥ・オーヴェルニが伺いましょう」
覚悟を決めたディッケルはともかく、レミーとデイモンはエルゼの圧力に負けてへたり込み、ソファーから立ち上がれない。デイモンなどそのまま気絶しそうだった。
「まずはお話を伺う前に……」
「何ですかい?」
太々しいディッケルの態度にエルゼは面白そうに笑った。
「私のことはエルゼちゃんと呼んでね♪」
「エルゼ様!」
「だぁって~エルゼリベーテって可愛くないんだもん」
リリに嗜められ頬を膨らませるエルゼにディッケルたちの思考は停止した。
「貴方たち『エルゼちゃん』などと呼んだら間違いなく国王陛下が飛んできて極刑にされるから気をつけなさい」
──いつの間に!
アンナに背後から忠告されて、ディッケルは驚愕した。決して気を抜いてはいなかった。むしろいつも以上に警戒していた。なのに簡単に背後を取られたのだ。さしものディッケルも体が震えた。
「さて、じゃあ要件を聞きましょうか」
にこにこ顔で圧を掛けてくるエルゼと氷の無表情で冷気を与えてくるアンナに挟まれた3人は、まるで拷問官に尋問されている気分を味わった。
──拷問官の方がマシだ!
コラーディンでの出来事を説明しながらディッケルは寿命が縮む思いとはどういう事かを悟ったという。
「成る程……マリアヴェル・コラーディンが捕えられてリリちゃんの人質に使われそうなのね。ねぇ、ゲルハルト・コラーディンってバカなの?自分の娘が人質になるはずないでしょう」
「俺たちに言われてもなぁ」
「そうね……しかし馬鹿の発想は怖いわ。普通誰もが笑って馬鹿にしそうな策なのに、今回に限っては有効なのよねぇ」
目に怒りの感情が灯るリリと心配で泣くそうなルルを見てエルゼは溜息をついた。
「リリちゃん分かっているわよね?」
「当然です……マリーは助けます」
「いや違うんだけど……」
リリの静かな怒気にエルゼは頭を抱えたくなった。先ほどとは違い、魔術を使用していないはずなのに、周囲の温度が下がっているように感じる。
「私は冷静ですよ?」
「ホントにぃ?」
「ええ、きちんと叩き潰してさしあげます!」
リリのいつも穏やかで優し気な笑顔が、全てを凍りつかせる様な氷の微笑みになり、この部屋の者はみな背筋が凍りついた。
「……と言いたいところですが、マリーはとっても良い子なのです」
絶対零度を思わせるリリの冷たい微笑みが、一瞬でいつもの春のような温かな笑みに変わる。
「マリーはきっと自分を虐げる父親であっても助けたいと願うお人好し。私はそんな友人を助けたいし、その願いも叶えてあげたいのです」
だから……
と、リリはエルゼに耳打ちするとエルゼは頷いた。
「私は構わないけど……コラーディン伯爵にはルルちゃんも酷い目に合されているのよ?リリちゃんは本当にそれでいいの?」
「ルルの事はもう大丈夫です。それに最初からそのつもりでしたし」
コンコン!コンコン!
リリとエルゼが打ち合わせを終えたタイミングで再びノックして入って来たのは、やはりエルゼの専属侍女であった。
「度々申し訳ありません。リュシリュー家からお手紙が届いております」
アンナに手渡された手紙をリリは受け取るとすぐさま中身を確認した。
「どうやらコラーディン伯爵から脅迫状のようですね……」
「……ホントに馬鹿ですか?せっかく娘を人質にして周囲の目を欺いているのに証拠を残すような真似をするとは」
アンナは呆れ果て、その場の者たちも全員絶句である。
「……指定の日時は今日ですね。場所は王都の城壁外のようですが、これは好都合かもしれません」
「そうね。屋敷から人が出払う今がチャンスね」
エルゼはにやりと笑ってディッケルたちを見据えた。
「ねぇ貴方たち……なかなか優秀で、色々な特技を持っているそうね」
「あ、ああ……どうせもう知っているんだろ?俺たちの団には異能者が多数いる」
「その能力を貸してもらえるかしら?」
「もともとマリーの嬢ちゃんを助けるために力を借りに来たんだ。嬢ちゃんを助けるためなら力は惜しまないぜ」
「……傭兵団の癖にずいぶんとお人好しなのねぇ」
「嬢ちゃんには借りがいっぱいあるからな。きちんと返すのが俺たちの主義だ」
それを聞いたエルゼは笑い出した。
「気に入ったわ。貴方たち、この件が終わったら私の元にきなさい。悪いようにはしないわ」
「エルゼ様、勧誘は終わってからにしてください。あまり時間がありません」
「そうね」
エルゼは勧誘を諦めるとディッケルたちに幾つかの指示を与えた。
「分かった。その程度なら団員たちを使えば問題はないはずだ。だが、嬢ちゃんの救出には俺たち3人は同行させてもらいたい」
「分かりました。コラーディン伯爵は私とルルだけを招いていますが、魔術で何とかできるでしょう」
「あ!あの消える魔術ね」
リリは『隠形』を上手く使用すれば、ある程度の人数を隠して連れて行けると踏んだ。しかし、これが思わぬ事態を招いた。
「では私も行くわね♪」
「「「え!?」」」
「あの魔術があれば私がついて行っても大丈夫でしょ?」
「いやいや王妃殿下が行ってはいけないでしょう!」
「そう言うアンナちゃんも行くんでしょ?」
「私はリリ様の専属侍女兼護衛ですから当たり前です!」
「ならば我ら近衛も同行いたしましょう!」
「え!?貴方たち邪魔だからいらないわ」
「「「なんですと!!!」」」
「だって貴方たち私はもちろんのことリリちゃんやアンナちゃんより弱いじゃない」
「うわ~ん!」
「俺たちは弱くない、俺たちは弱くない、俺たちは弱くない……」
「この人たちがおかしいんだ……」
そんなエルゼと近衛騎士たちの様子にリリは溜息をついた。
──エルゼ様とアンナがいるのよねぇ……
これから起きる阿鼻叫喚の地獄絵図を想像してリリは少しだけ相手に同情した……
リリは友達を見捨てない。だけどコラーディンたちが少し可哀想になってきました……
~~~~~後書きコント~~~~~
ルル「やっぱりエルゼ様は武闘派と呼ばれているんですねぇ」
アンナ「まあ、オーヴェルニでは相当暴れていたようですから」
エルゼ「失礼しちゃうわ!私いつもにこにこ笑って穏やかなのに」
ルル「あの白髪のデイモンさんはエルゼ様をかなり怖がっていましたよ」
アンナ「オーヴェルニで盗賊をしていたと言っていました。おそらく王妃殿下に潰されたのでしょう」
ルル「そうなんですか?」
エルゼ「え?さあ?エルゼちゃん分かんな~い」
ルル「可愛い子ぶっても誤魔化せませんよ」
アンナ「ご自分のお歳をお考えください」
エルゼ「私はまだ若いわよ!(怒)」
ルル「それで結局どうなんですかぁ?」
エルゼ「ホントに分かんないの。だってオーヴェルニで潰した盗賊団って20はくだらないもの」
ルル&アンナ「じゅうぶん武闘派じゃないですか」
3人はリリに会うため他の団員たちを隠れ家に残し、リュシリュー邸を訪れたのだが生憎とリリは不在であった。
門前払いを食らうと思っていたのだが、意外にも3人は高そうな家具に囲まれた応接間に通されて度肝を抜かれた。
そして応対に絶世の美女が現れた時には3人とも唖然とし、その正体がリュシリュー侯爵夫人メネイヤと知って今度は魂が抜かれた。
小一時間ほど待たされ、今度は王城へと連行されて今に至るというわけだ。
「な、なあホントに大丈夫なのか?ここ王宮だぞ」
「仕方ねぇだろ。向こうが来いって言うんだから」
「デイモンビビり過ぎ」
「テメェはこの国の王妃の恐ろしさを知らねぇだろ」
「なんでお前が王妃と面識を、ってそういやオーヴェルニ出身だったな。お前も王妃も」
ディッケルに故郷の名を指摘されたデイモンはガクガクブルブルと震え出した。
「あの女に関わっちゃなんねぇ。あ、あれは人の皮を被った化け物だ……」
「お前オーヴェルニで盗賊やってたと言ったな?」
「ああ、10数名の小さな盗賊団の頭だった……俺は忠告したからな!ホントにどーなっても知らないかたな!」
そんな3人を隣の部屋から覗いている者たちがいた。言わずもがなリリたちだ。
「やっぱりコラーディン伯爵に雇われていた傭兵たちですね」
白髪の男は見ていないが残りの2人には手を焼かされたのだ。忘れるはずも、見間違えるはずもない。
「報告では『爪弾き者の巣』と言う腕利きの傭兵団らしいわ」
「あ!あの2人は続編で出てくる攻略対象ですぅ」
ディッケルとレミーを指差すルルにみなの視線が集まった。
「貴女!また話していないことを!」
「しょうがないじゃないですかぁ。まさか続編まで関係するとは思いませんよぉ」
「今は言い争わないの。それでルル、あの2人はどういう人物なの?」
「ええと、金髪碧眼の美少年がレミーで確か冒険者だったはずですぅ。ただ昔、傭兵団に所属していて、レミーの攻略中に隠しキャラとして当時の傭兵団の団長である赤髪の男ディッケルが出てくるのですぅ」
「ふむ、今の状況に当てはまりますね。それで白髪の男は?」
アンナの質問にルルは首を横に振った。
「知りません。と言うのもその傭兵団はゲーム開始時には既に壊滅しているからですぅ。何でも雇い主の貴族に濡れ衣を着せられて、レミーの以外の仲間たちをみんな処刑されちゃって……ディッケルはお尋ね者になりながらも敵討ちに燃える復讐鬼として登場するのですぅ!その恨みの気持ちをヒロインが優しく……」
「攻略の方はいいです。それよりも傭兵団について話しなさい!」
「もう!アンナさんはせっかちですぅ。傭兵団を壊滅させた貴族については詳細はありません。ゲームでは10年前に壊滅したと説明があるだけですねぇ。ゲームはライバル令嬢のネネが15歳の時に開始だから10年後ですね……あ!?」
「ルル!今ではないですか!!!」
「いや、さすがに細部の設定まで全て語るのは無理がありますぅ」
噛み付くアンナにルルは身を守るかのように頭を押さえる。
「2人とも今はそれどころじゃないわ」
「リリちゃんの言う通りよ。恐らく彼らはコラーディン伯爵に潰される運命にあるのね」
リリは頷き、再び3人を見詰めた。
「今その運命の分岐点にあの3人はいるのです。きっとコラーディン伯爵の所で何かが起きたのです。その件で彼らは本来なら壊滅する運命にありました。しかし、私と接点のない3人が私を頼ってきたのは……」
「あ!マリーですねぇ!」
「そうです。ゲーム通りなら私やルルと仲良くはならないマリーが現実では友達になりました。彼女が彼らを私の所へと送り出したのです」
そこでルルははっとリリの顔を見た。
「それじゃマリーは?」
「ゲームでは彼らに着せられる罪が分かりません。コラーディン邸で何が起きたのか……何かとても嫌な予感がします」
リリの険しい顔にルルは不安そうに両手を祈るように胸元で握った。
「すぐに3人から話を聞きましょう」
「お待ちください!直接会うのは危険です。あの者はかなりの手練れと聞いております」
制止するアンナにリリはにっこりと笑った。
「大丈夫。だって私にはアンナがついているでしょう?」
「うっ!その言い方は反則です」
「ふふふ。信じているわ。私の頼れる専属侍女を」
「リリ様のご命令とあらば」
恭しく礼をする信頼する侍女に頷くとリリは隣の部屋へと向かった。
リリ、ルル、アンナ、エルゼの4人は近衛の騎士たちと共に入室すると傭兵3人の顔が強ばった。特に白髪の男デイモンはエルゼの姿を視認すると幽鬼のように真っ青になった。
「ず、ずいぶんと物々しいんだな」
その中でディッケルはまだ肝が据わっているようで去勢を張ったが、それに近衛の騎士たちが熱りたった。
「貴様!王妃殿下に何という口の利き方!」
「不敬な!」
それに対してうんざりした表情を浮かべたのはエルゼだった。
「貴方たちうるさいわよ。だから連れてきたくなかったのよ」
実はエルゼは邪魔だからと近衛の騎士たちを置いていこうとした。
「王妃殿下!」
「ご無体な!」
「我々にも職務が!」
「だって貴方たち私やアンナちゃんより弱いじゃない」
ばっさり切り捨てられ騎士たちは血涙を流してうずくまった。哀れ……
「待たせて申し訳ないわね。この騎士たちは気にしないで。お飾りだから」
「「「ぐは!!!」」」
追い討ちをかけられた騎士たちはもはや再起不能。彼らのその姿にディッケルは思わず同情した。
──この女が噂に名高い武闘派王妃エルゼリベーテ・シュバルティナ・ドゥ・オーヴェルニか。噂以上だな……
戯けた振る舞いに全く隙が無いのをディッケルは感じて、エルゼがかなりの手練れであると彼は看破していた。
──それに後ろの侍女……見逃すところだった。強さを看破させないほど己を擬態できる強さ。俺はこいつに勝てるか?
アンナの存在にディッケルは背筋が凍る思いがした。
──そしてもう1人……
リリの存在にディッケルは顔を顰めた。
──髪と瞳の色が違うが間違いない……昨夜の嬢ちゃんだ。何だここは?王宮じゃなくて伏魔殿じゃねぇのか?
この3人を前にしてディッケルは逃走は不可能だと判断し、却って腹が据わった。
「お話はこのエルゼリベーテ・シュバルティナ・ドゥ・オーヴェルニが伺いましょう」
覚悟を決めたディッケルはともかく、レミーとデイモンはエルゼの圧力に負けてへたり込み、ソファーから立ち上がれない。デイモンなどそのまま気絶しそうだった。
「まずはお話を伺う前に……」
「何ですかい?」
太々しいディッケルの態度にエルゼは面白そうに笑った。
「私のことはエルゼちゃんと呼んでね♪」
「エルゼ様!」
「だぁって~エルゼリベーテって可愛くないんだもん」
リリに嗜められ頬を膨らませるエルゼにディッケルたちの思考は停止した。
「貴方たち『エルゼちゃん』などと呼んだら間違いなく国王陛下が飛んできて極刑にされるから気をつけなさい」
──いつの間に!
アンナに背後から忠告されて、ディッケルは驚愕した。決して気を抜いてはいなかった。むしろいつも以上に警戒していた。なのに簡単に背後を取られたのだ。さしものディッケルも体が震えた。
「さて、じゃあ要件を聞きましょうか」
にこにこ顔で圧を掛けてくるエルゼと氷の無表情で冷気を与えてくるアンナに挟まれた3人は、まるで拷問官に尋問されている気分を味わった。
──拷問官の方がマシだ!
コラーディンでの出来事を説明しながらディッケルは寿命が縮む思いとはどういう事かを悟ったという。
「成る程……マリアヴェル・コラーディンが捕えられてリリちゃんの人質に使われそうなのね。ねぇ、ゲルハルト・コラーディンってバカなの?自分の娘が人質になるはずないでしょう」
「俺たちに言われてもなぁ」
「そうね……しかし馬鹿の発想は怖いわ。普通誰もが笑って馬鹿にしそうな策なのに、今回に限っては有効なのよねぇ」
目に怒りの感情が灯るリリと心配で泣くそうなルルを見てエルゼは溜息をついた。
「リリちゃん分かっているわよね?」
「当然です……マリーは助けます」
「いや違うんだけど……」
リリの静かな怒気にエルゼは頭を抱えたくなった。先ほどとは違い、魔術を使用していないはずなのに、周囲の温度が下がっているように感じる。
「私は冷静ですよ?」
「ホントにぃ?」
「ええ、きちんと叩き潰してさしあげます!」
リリのいつも穏やかで優し気な笑顔が、全てを凍りつかせる様な氷の微笑みになり、この部屋の者はみな背筋が凍りついた。
「……と言いたいところですが、マリーはとっても良い子なのです」
絶対零度を思わせるリリの冷たい微笑みが、一瞬でいつもの春のような温かな笑みに変わる。
「マリーはきっと自分を虐げる父親であっても助けたいと願うお人好し。私はそんな友人を助けたいし、その願いも叶えてあげたいのです」
だから……
と、リリはエルゼに耳打ちするとエルゼは頷いた。
「私は構わないけど……コラーディン伯爵にはルルちゃんも酷い目に合されているのよ?リリちゃんは本当にそれでいいの?」
「ルルの事はもう大丈夫です。それに最初からそのつもりでしたし」
コンコン!コンコン!
リリとエルゼが打ち合わせを終えたタイミングで再びノックして入って来たのは、やはりエルゼの専属侍女であった。
「度々申し訳ありません。リュシリュー家からお手紙が届いております」
アンナに手渡された手紙をリリは受け取るとすぐさま中身を確認した。
「どうやらコラーディン伯爵から脅迫状のようですね……」
「……ホントに馬鹿ですか?せっかく娘を人質にして周囲の目を欺いているのに証拠を残すような真似をするとは」
アンナは呆れ果て、その場の者たちも全員絶句である。
「……指定の日時は今日ですね。場所は王都の城壁外のようですが、これは好都合かもしれません」
「そうね。屋敷から人が出払う今がチャンスね」
エルゼはにやりと笑ってディッケルたちを見据えた。
「ねぇ貴方たち……なかなか優秀で、色々な特技を持っているそうね」
「あ、ああ……どうせもう知っているんだろ?俺たちの団には異能者が多数いる」
「その能力を貸してもらえるかしら?」
「もともとマリーの嬢ちゃんを助けるために力を借りに来たんだ。嬢ちゃんを助けるためなら力は惜しまないぜ」
「……傭兵団の癖にずいぶんとお人好しなのねぇ」
「嬢ちゃんには借りがいっぱいあるからな。きちんと返すのが俺たちの主義だ」
それを聞いたエルゼは笑い出した。
「気に入ったわ。貴方たち、この件が終わったら私の元にきなさい。悪いようにはしないわ」
「エルゼ様、勧誘は終わってからにしてください。あまり時間がありません」
「そうね」
エルゼは勧誘を諦めるとディッケルたちに幾つかの指示を与えた。
「分かった。その程度なら団員たちを使えば問題はないはずだ。だが、嬢ちゃんの救出には俺たち3人は同行させてもらいたい」
「分かりました。コラーディン伯爵は私とルルだけを招いていますが、魔術で何とかできるでしょう」
「あ!あの消える魔術ね」
リリは『隠形』を上手く使用すれば、ある程度の人数を隠して連れて行けると踏んだ。しかし、これが思わぬ事態を招いた。
「では私も行くわね♪」
「「「え!?」」」
「あの魔術があれば私がついて行っても大丈夫でしょ?」
「いやいや王妃殿下が行ってはいけないでしょう!」
「そう言うアンナちゃんも行くんでしょ?」
「私はリリ様の専属侍女兼護衛ですから当たり前です!」
「ならば我ら近衛も同行いたしましょう!」
「え!?貴方たち邪魔だからいらないわ」
「「「なんですと!!!」」」
「だって貴方たち私はもちろんのことリリちゃんやアンナちゃんより弱いじゃない」
「うわ~ん!」
「俺たちは弱くない、俺たちは弱くない、俺たちは弱くない……」
「この人たちがおかしいんだ……」
そんなエルゼと近衛騎士たちの様子にリリは溜息をついた。
──エルゼ様とアンナがいるのよねぇ……
これから起きる阿鼻叫喚の地獄絵図を想像してリリは少しだけ相手に同情した……
リリは友達を見捨てない。だけどコラーディンたちが少し可哀想になってきました……
~~~~~後書きコント~~~~~
ルル「やっぱりエルゼ様は武闘派と呼ばれているんですねぇ」
アンナ「まあ、オーヴェルニでは相当暴れていたようですから」
エルゼ「失礼しちゃうわ!私いつもにこにこ笑って穏やかなのに」
ルル「あの白髪のデイモンさんはエルゼ様をかなり怖がっていましたよ」
アンナ「オーヴェルニで盗賊をしていたと言っていました。おそらく王妃殿下に潰されたのでしょう」
ルル「そうなんですか?」
エルゼ「え?さあ?エルゼちゃん分かんな~い」
ルル「可愛い子ぶっても誤魔化せませんよ」
アンナ「ご自分のお歳をお考えください」
エルゼ「私はまだ若いわよ!(怒)」
ルル「それで結局どうなんですかぁ?」
エルゼ「ホントに分かんないの。だってオーヴェルニで潰した盗賊団って20はくだらないもの」
ルル&アンナ「じゅうぶん武闘派じゃないですか」
0
お気に入りに追加
159
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。
【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。
悪役令嬢は所詮悪役令嬢
白雪の雫
ファンタジー
「アネット=アンダーソン!貴女の私に対する仕打ちは到底許されるものではありません!殿下、どうかあの平民の女に頭を下げるように言って下さいませ!」
魔力に秀でているという理由で聖女に選ばれてしまったアネットは、平民であるにも関わらず公爵令嬢にして王太子殿下の婚約者である自分を階段から突き落とそうとしただの、冬の池に突き落として凍死させようとしただの、魔物を操って殺そうとしただの──・・・。
リリスが言っている事は全て彼女達による自作自演だ。というより、ゲームの中でリリスがヒロインであるアネットに対して行っていた所業である。
愛しいリリスに縋られたものだから男としての株を上げたい王太子は、アネットが無実だと分かった上で彼女を断罪しようとするのだが、そこに父親である国王と教皇、そして聖女の夫がやって来る──・・・。
悪役令嬢がいい子ちゃん、ヒロインが脳内お花畑のビッチヒドインで『ざまぁ』されるのが多いので、逆にしたらどうなるのか?という思い付きで浮かんだ話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる