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第53話 侯爵令嬢は独断専行する

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「ここがベルクルド商会ですか」

 リリは目の前の大きな建物を観察した。

 現在は日も沈み、数少ない街灯のみの闇夜の世界。リリの前には4階建の大きな商会。1階は商業スペースのようだが、上階には居住空間もあるように見受けられる。

 家族の団欒の夕食時はつい甘えてしまったセシリアを直視できなくて、リリは食事が済むと素早く部屋へと引き返した。恥かしがるリリの後ろ姿を微笑ましそうにセシリアは見送った。

 これが却ってリリが部屋に籠ったことに違和感を感じさせず、勘の良いセシリアに気づかれずに窓から脱走することを容易にさせてくれた。

 まあ、そんな感じの行動であるので、当然アンナやエルゼには黙ってやってきている。もっとも、あの2人のことだから、伝えていなくとも察知されていそうだが。

 リリは『隠形』の魔術を発動した。これで周囲からリリは知覚できないが、リリも他の魔術を行使できない。何かしら魔術を使用する時には『隠形』を解除する必要がある。その為、発見された時ように、アンナ発案の『擬態』を既に行使していた。

 その『擬態』を行使したリリは黒髪に赤い瞳になっている。この暗闇の中ではよっぽどのことでもなければ正体は露見しないだろう。

 さて、と商会の勝手口の前に立ったリリはルル考案『錠前開けピッキング』の魔道具を取り出した。魔術にも『開錠』があるが、貴族や商人の家となると魔術対策は取られているものだ。下手に魔術で開けようとすると防犯魔術が作動しないとも限らない。

 アンナの目を盗んでルルに尋ねたところ、錠前に直接魔術を行使するのではなくピッキングの魔道具を作ったらよいとアドバイスを受けた。

 再び三角眼鏡を装着したルルは錠前の構造説明をしだした。トップピンとボトムピンがうまく外筒と内筒に別れれば内筒シリンダーが回って開錠できる。トップピンが開錠位置に押し上げられたかは応力で感知できる。魔道具でボトムピンを押し上げ、圧力を感知できればピッキングは楽勝と曰った。

 何故ルルはそんな知識を持っているのか?
 こいつ前世で泥棒してたんじゃなかろうかとリリは少し心配になった。

──ん?

 魔道具を差し込もうとしたが、既に鍵は開いていた。

──あからさまですね。

 何となくアンナの影がちらつく。

──アンナはやはり今回の首謀者を既に把握しているわね。

 アンナは間違いなく知っていて隠している。

 いったい何を企んでいるのか。少し気にはなったが、考えても仕方がないとベルクルド商会探索に意識を戻した。

 リリは建物内に忍び込んでから誰にも咎められることなく探索できている。『隠形』はうまく作動しているようだ。まったくもって恐ろしい魔術だ。

──この『錠前開けピッキング』の魔道具と『隠形』の魔術で私は世紀の大泥棒か伝説の暗殺者になれそうですね。

 スムーズに探索できるお陰で1階はすぐに済んだ。もっとも収穫は無かったが。通常の商業スペースだ。怪しいものを置くはずもない。

──やはり2階より上ですか。

 リリは階段を登る。軋んでいる筈のステップからは、『隠形』のお陰で全く音が出ない。本当にバレる心配がない。

 まず開けた部屋は豪華な調度で設られた部屋で、おそらく応接間であろうと判断し、すぐに探索を切り上げた。その隣の部屋に入れば、成金趣味の執務室といった風で、ベルクルドが普段使用している部屋だろうとあたりをつけた。

 中に侵入したリリは『隠形』を解除すると、魔術構文を編み始めた。魔術が起動すると床一面に足跡が浮かび上がる。人の痕跡を辿る探索用の魔術である。

 部屋中を動き回っているのは秘書かそれに準じる家人のものだろう。扉から窓側一番奥の立派な机が、おそらくベルクルドのもの。扉から真っ直ぐその机へ向かう足跡がベルクルドのものであろう。

 基本的に本棚周辺はそのベルクルド以外の者の足跡、おそらく秘書に相当する家人の者が殆どであったが、机から真っ直ぐ本棚に向かうベルクルドと思しき足跡が一つ。

 迷い無くその場所にのみ向かう様子から、明らかに何かあると推測できる。

──少しあからさまですね。

 あまりに都合が良すぎる。

 誰の思惑なのか気になるところではあるが、しかし今は先にすべきことがある。リリは迷わずその本棚を調査することに決め、その辺りの本を下から順に調べていく。

「あら?」

 ルルの身長でちょうど目線の高さの棚の本を手に取って違和感を覚えた。カバーが少し草臥れているのに中の紙は新品同様の状態。

「何度も取り出した跡……でも読むのが目的ではなかったということね」

 そのあたりの本を数冊取り出して奥を調べるために魔術で光源を生み出す。

──色が僅かに違う……

 本に隠れていた部分の壁の色が他とは違うことにリリは気がつき、その壁に魔術を行使すれば指紋が浮かび上がり、触れた部分が丸分かりになる。

 鉛筆削って吹きかけても同じことが出来ますよとルルが言っていたのを思い出してリリは遠い目をした。

 ルルはいったい何を目指していたのか……

 壁はスライドし更に奥があり、そこから小さな金庫が姿を現した。金庫を開ける魔術もある。当然ルルの知識だ。あの娘は本当に何をしたいのか。

 だがリリは魔術を使う必要はないという予感があった。金庫のレバーハンドルに手を掛ければ、やはりかちゃりと回った。とっくに鍵が外されていた。

──やっぱり……本当にあからさま過ぎます。

 金庫の中身は帳簿らしき帳面が数冊。こんな隠し金庫の中にある帳面などまともなものであるはずもない。

 開いてみれば、けっこう怪しげな使途不明金。

──内容を転写してアンナに調査してもらいましょう。

 もっとも、アンナはとっくに証拠を押さえていそうだ。が、まあリリが持っていくという形式がアンナには必要なのだろう。

「ざっと見た目には魂魄転移に関するものはなさそうですが……」

 裏帳簿を写し取ったリリは、その中を確認してみたが、どうにもリリが望んでいる内容ではなさそうであった。

「まあ、お金の流れから辿たどれる手がかりもあるでしょう……ん?」

 ぱらぱらと帳簿をめくっていたリリの耳に馬の嘶きが聞こえてきた。

──なんでしょうか?

 窓から外を覗けば正面玄関に馬車が停留していた。

 光を屈折できるならとルルに教えてもらった『望遠テレスコープ』で確認したが、車体には紋章が見て取れない。恐らく貴族のお忍び用の馬車だろう。

 馬車の周囲には護衛と思しき男たちの姿が見える。一般人にしては物々しすぎる。だがその男たちは騎士には見えない。リリの見立てでは傭兵のようだ。

 貴族のお忍び、それもあまり褒められた内容のものではなさそうだ。

 と、観察していたリリの方に1人視線を向けた護衛がいた。まだ若い、12、3歳くらいの幼い金髪の少年だった。

 このならず者の集団には似つかわしくない細身の美少年にいぶかしんで、リリはつい眺めていると、その少年がリリの方へ視線を向け一瞬目が合った。

──見つかった!?

 慌てて窓から離れたリリはありえないと思った。リリは身を隠しながら、『望遠』でこっそり覗いていたのだ。それに気がつける者がいるなど。

──まさかこの闇夜で……

 通常ではあり得ない事態にリリは慌てて窓から離れて息を潜めた……


 リリはどんな状況でも困らない。だけど怪しげな知識を持つルルの将来が心配です……


~~~~~後書きコント~~~~~


ルル「私の教えたことでリリ様はこんな魔術を作っちゃったんですねぇ」
アンナ「貴女はなんてものをリリ様に教授しているんですか!」
ルル「いやぁまさかこんな使用法をするとは思わなくって」
アンナ「ピッキングやら指紋採集やらいったい他に何に使用すると?」
ルル「え?鍵を忘れた時の対策や指紋捜査に使うんじゃないんですかぁ?」
アンナ「それはどうかと思いますが……貴女は盗聴魔術もリリ様に教えていましたよね?」
ルル「次話で使用するやつですねぇ。それは地底の水音を捉えて井戸を掘ったり、災害時の人命救助に使えるじゃないですかぁ」
アンナ「その発想は無かった……ですが普通どれももっと犯罪チックな使用方法を連想するでしょう!」
ルル「そーですかぁ?アンナさんの心が荒んでいるだけじゃないですかぁ?」
アンナ「失礼な!貴女こそもっと健全な魔術の考案に貢献しなさい」
ルル「それじゃどんな魔術ならいいんですかぁ?」
アンナ「そうですね。リリ様の衣装の下を覗く透視魔術とか、リリ様に淫らな感情を抱かせる精神魔術とか、リリ様の肉体からだまさぐれるようにする拘束魔術とか……」
ルル「それのどこが健全ですかぁ!」
アンナ「健全な全人類の夢です!」
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