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第25話 侯爵令嬢は襲撃される(変態侍女のターン)

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 ルルの前世の記憶にある『しろくろ』にも魔天の名前は出てくる。しかし、リリが語るそれとは設定が若干違っているようだった。

──『八魔天』?ゲームじゃ『七魔天』だったはず。それに『ギベン・デルネラ』なんて魔天の中にいなかった……もしかして転生者!?

 半世紀前から活躍している定型文の提案者にして魔天の1人ギベン・デルネラはルルの予想通り転生者である。定型文以外にも現代科学を応用した魔術を考案し、10年ほど前に開発した『顕微魔術』と彼の医療知識がこの世界の医術方面を大きく飛躍させた。

 現在、ウィルス感染症はまだ無理だが細菌感染症であれば魔術による治療が可能になっており、また解剖の知識が広まり始めており、今後まだまだ多くの傷病が治療できるようになることが予測できる分野でもある。

「これで大丈夫ね」

 御者は一命をとりとめたようで驚愕のルルもほっとしたのも束の間、ルルをさらに驚かす事態がアンナの方で起きていた。
 アンナが襲撃者に囲まれていたのだ。

「ちょ、ちょっとアンナさん!?」
「慌てないで。大丈夫よ」

 そっとリリはルルの手を握る。

「で、でも囲まれて……あっ!リリ様なら魔術であんな連中を」
「落ち着いてルル。乱戦の状態に魔術はかえって危険よ。アンナなら大丈夫」
 すがってきたルルにそう言うとリリはクスクスと笑い出した。

「アンナのこと心配してくれているのね。アンナのこと好きになった?」
「え!?……あっ……うっ……」
 ルルは顔を真っ赤にして誤魔化すようにアンナの方に視線を向けた。それを微笑ましそうに見たのちリリもアンナの観戦をしつつ……

──周囲にまだ何人か隠れていますね
 自分たちの周りに気を配ることも忘れなった。

 一方アンナは短剣を持つ4人の覆面の男たちに囲まれていたが、取り乱す様子もなくいつのも不愛想な顔で構えることなく立っていた。恐ろしいまでの自然体で。

──この4人以外に人が配置されていますね。街中で人がやってこないのはそのせいですか。

 しかし、ここは貴族街に近い。時間をかければ警邏の騎士たちが異常を察知して飛んでくるだろう。

──こいつらには時間が無い。狙いはおそらくリリ様かルル。あるいはその両方か……

 ならば自分をできるだけ早く排除したいはず。とアンナは表面上全く素振りを見せずに4人の挙動を注意深く捉えていた。

 予測どおり、男たちはすぐに行動に移した。

 男たちは視線でアイコンタクトを取ると示し合わせたように左前方と右後方の2人が同時に短剣を振るってきた。

 と、アンナは右足をスッと引いた。たったそれだけだ。体幹の角度が僅かにずれ、相手の襲ってくる方向が変化する。

 アンナは右から短剣を振り下ろしてきた相手の手を素早く掴み、軽く捻りながら2、3歩動いただけの様に見えたが左から襲ってきた男に対して手を捻り上げた男を盾にしていた。ほんの一瞬のできことだ。

「がぁ!」
「くそっ!」

 手を捻り上げられた男はあまりの痛みに呻き短剣を話して離脱した。仲間を盾にされた男の方も舌打ちしていったん引き下がった。

「え?なに今の?」

 ルルには訳がわからない。アンナは特別速く動いたわけではない。むしろゆっくりな動きに見えたし、動いた範囲もほんの僅かだった。なのに一瞬のうちに2人の男の襲撃を防いだのだ。

「私にもよく分からないのだけれど、エルゼ様がおっしゃるにはアンナは足の運びが独特なのだそうよ。エルゼ様もかなり驚いていらっしゃったわ。アンナに尋ねたら『ほほう』って言っていたわね」
「ほほう?」
「侍女服のスカートは長いから足が隠れていっそう動きが分かりずらいのよね」

 リリの言うとおりで、男たちからすれば距離が近い分だけアンナの動きが理解できなかった。けっして速い動きではなかった。なのに何をされたか全く見えない。魔法でも使われたのかと思うほどだ。

──短剣を振りかぶってくるなど落第です。殺しにくるなら4人同時に突いてくるべきです。

 そんな彼らを見ながらアンナには余裕がかなりあった。

──暗殺には慣れていない。傭兵か冒険者崩れですね。チンピラよりマシというレベルですか。つまらない。なんだか面倒くさくなってきました。

 観察していたアンナの雰囲気が変わった。その気配をリリはすぐに感じ取った。

「あ……アンナ、面倒になったのね」
「え?面倒にですか?」
「ええ、たぶん脳筋にかわっちゃったわね」
「はい?脳筋ですか……」
「アンナは凄く優秀なんだけど、戦闘面では繊細な動きするのに性格が大雑把になるのよねぇ」

 リリとルルが見守る視線の先のアンナの両手の指ぬきグローブに魔術言語が浮かんだ。おびただしい数の魔術言語だ。

 何か仕掛けてくる!
 男たちも警戒した。が、それは無意味だった。

「ぐぁ!」
「な!ぶふぉ!」

 2人の男たちが沈んだ……


────[襲撃者A]────
 警戒していた。
 間違いなくこの無表情な侍女を見ていた。そのはずだった。
 だが、気がついたら侍女が仲間の前にいた。いや目では追えていたはずなのだ。
 あの女の上半身はまったくブレることなく長いスカートで足が隠れているせいか、まるで幽霊がすっと動いてきたかのような感じだ。
 いきなり仲間が間合いを詰められたのだ。体が反応しうごかなかった。
 理由は分からない。
 そしてその侍女の一撃。あり得ない。
 2人の仲間がそれぞれ左右の拳の一撃で沈んだ。
 それ程強い打撃には見えなかった。
 軽く腕を出したようにしか見えなかった。
 じっさいに2人とも吹き飛んだりせず殴られたその場で泡を吹いて倒れたのだ。
 おかしい!防御結界は機能していないのか?
 大型魔獣の一撃だって余裕で防ぐ結界をはる魔道具だったはず。
 なんだこれは!意味が分からない。
 この時、俺は悟った。こいつに関わってはいけなかったと。
 こいつは人じゃない!
 こいつは人の形をした……人ではない何かだ!!
 化け物?
 そんな生やさしいものではない。
 ダメだ!ダメだ!ダメだ!!
 こいつに触れてはいけなかった!
 貴族の令嬢を攫うだけの簡単な仕事?
 いつもか弱い侍女しか側にいないから楽勝?
 ふざけるな!こいつはそんな生やさしい奴じゃない!
 こんな依頼受けるべきじゃなかった!!
 俺が未知の恐怖におののいた瞬間、隣にいた最後の仲間も倒れ伏し、
 そして俺も……ドンッ!!!
──────────―(ブラックアウト)


「な、なんですかあれ!相手まったく動けなかったですよ!?」
「意識を外されたのね。アンナに聞いただけで私もよく分からないのだけれど、人間どんなに意識していても反応できない瞬間があるんですって、特に身構えている体が固まっているときは顕著だって言っていたわね」
「よく分かりませんが……で、あの一撃はなんなんです?」
「あの一撃はね魔道具の手袋によるもの。アンナ専用脳筋仕様になっているの。防御不能の絶対物理の打撃を出すのよ。どんな防御結界も一撃で粉砕しちゃうの」
「なんですかそれ!?反則じゃないですか!!」
「でも膨大な魔術言語を必要とするから魔力消費量が半端ないのよ。しかもほとんど一瞬しか効果がないの。欠陥品って言われていてね。あの魔道具まともに使えるのはアンナだけなの」
「リリ様やエルゼ様でも無理なんですか?」
「私では使い熟せる程の体術がないし、エルゼ様では魔力保持容量が足りないの」
「も、もしかしてアンナさん最強?」
「まあ、私なら魔術で遠距離攻撃するわね。アンナは自分の内包魔力を全て物理に変えちゃう脳筋さんなのよ」

 アンナは周囲の気配を探って残りの襲撃者が逃げたのを察知するとリリの元に戻ってきた。

「脳筋は言い過ぎですリリ様。相手の意識を外す歩法、機を読み魔術のタイミングを測る目、そして打撃の力を100%相手に叩き込む技あってです。殴った相手はその場で倒れましたでしょう?」
「なんか軽く殴ったように見えました」
「打撃力が全て乗りましたからね。我ながら素晴らしい一撃でした。相手が後ろではなく僅かに前に倒れるのがポイントです」

 なんだかいつもよりアンナが生き生きしているなとルルは思った。自分の技について語る声はいつもより抑揚があるし、それに無表情のアンナの顔が少し上気しているような気がした。
 だからルルは断定した。

──間違いない。アンナさんは真正の脳筋です!


 リリは突然の強襲でも困らない。頼もしい侍女が傍にいるから……


~~~~~後書きコント~~~~~


ルル「うわぁアンナさん強いですねぇ!」
アンナ「それ程のことはありますよ」
ルル「いや普通4人に囲まれたら達人でも対処できないはずですが」
アンナ「相手が雑魚すぎなんですよ」
ルル「だけどせっかく格好良く戦い始めたんだから最後まで持続してくださいよ」
アンナ「いやぁなんだか面倒くさくなりまして」
ルル「はぁ……(意外と大雑把な人だな)」
アンナ「できれば血肉湧き踊るような強者と闘いたいものです」
ルル「はぁ……(ホントに脳筋なんだな)」
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