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第6話 侯爵令嬢は男爵一家と団欒する

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 リリは一先ひとまずルルのことは脇に置き、当たり障りのない回答を思案した。

「ですが、お母様。私がそれなりの家と縁を結べればルミエン男爵家にとって、いえお父様、お母様、弟妹にとって良いことだと思うのです」

 貴族令嬢として正しい在り方ではないか?
 高位貴族として育てられたリリはそう思うし、実際リュシリュー家ではそうあった。

「うちは貴族と言っても名ばかりの男爵家。そんなこと気にしなくてもいいの」
「ですが……」

 言い募るリリの唇に人差し指を軽く当てて、母はそれ以上の言動を封じた。

「ルルーシェ」

 父がリリの側まで来ると先程までとは打って変わり、真顔でリリに向き合う。

「父さん甲斐性無しで、お前達に贅沢させてやれないのは本当に済まないと思っている。うちは貧乏だから、お前達には苦労をかけているし我慢をさせてしまっていると思う」
「そんなお父様!私は……私達はここまで立派に育てて頂きました」

 育てられたのはリリではなく身体の元の持ち主のルルがであったが、何故かリリは自分が今まで育てて貰ったかのような錯覚を覚えてしまった。

「だからこそ私は……」

──何だろう?感情移入?胸のあたりが苦しい様な暖かい様な。そして、何か懐かしい。もしかして、この身体の記憶に引きずられている?

「その気持ちはとても嬉しい。父さんはルルがこんなにも思い遣りのある良い子に育ってくれて感謝したい気持ちだ」

 父はリリの頭を撫でる。大きく無骨な手だった。

──そんな。感謝するのは私の方……あっ!?

 何故そんな風に想うのか?
 何故そんな風に感じるのか?

「だから、そんな良い娘に育ってくれただけで十分なんだよ」

 やはり、魂がこの身体の記憶に引きずられてのではないか?リリは訳も分からず泣きたくなった。

「ネーネシア、ノルノラン、ルルーシェ」

 父は子供達を見回すと再びルルと向き合った。

「ルミエン男爵家は多少歴史のある貴族家だ。だが、それはお前達の幸せを代償にしてまで守るべきものではないさ」
「そうよねぇ。こんな財産も地位もない、吹けば飛ぶような男爵家なんて無くなったって誰も困りはしないもの」

 クスクスと笑いながら真面目に話していた父を混ぜっ返す様に母が茶々を入れたが、そこは深刻になり過ぎない様にとの配慮なのではないかと感じた。

 暖かい。
 そう思える団欒のひと時。
 春の陽だまりの様に穏やかで暖かい空気がそこにある。

 家の栄枯よりも娘達の幸せを選択する。一つの貴族家よりも子供達の方が重いのだというそんな在り方に、この父も母も娘を本当に愛しているのだなとリリは実感した。

 リュシリュー家に愛が無かったわけではない。

 しかし、高位貴族であるリュシリュー家は多くの特権を持つ代わりに領民に、国民に、そして国や王族に対する責任を果たす義務がある。また、リュシリュー家程の大貴族となれば、その盛衰は多くの者に影響を与える。時として愛娘を犠牲にしても家を存続させなければならない。だから、嫌であってもリリと王太子の婚約を取り消せなかったのだ。

 一方、下位貴族で領地を持たないルミエン家の存在意義はリュシリュー家とは比べるべくもなく低い。ましてや官吏としても大した地位ではないので、その盛衰に対して意識が軽いのかもしれない。

 だとしても、その軽重はあっても貴族ならば自家に誇りを持ち存続と繁栄を望むものだ。

「お父様、お母様」
──やはり本当のことを伝えるべきでは?

 この純朴な家族を騙している罪悪感にリリは耐えられそうになかった。

「私は……」
「さあさあ、突っ立っていないで、いい加減お座りなさい。食事が冷めてしまうわ」

 意を決して吐露しようとしたリリを母が遮る様にパンパンと手を叩いて促した。機を失ったリリはもう自分のことを話す勇気が出てこなかった。

──だけど今のタイミングは……もしかしてわざと?

「お母さんが朝から頑張って作った朝ご飯よ。温かいうちに食べてね」
「って言ったっていつもと同じじゃん」

 弟のノルノランが茶化すが、母は気にも留めず笑って流す。

 男爵家に嫁いできた母も貴族の娘であろう。料理など元来してこなかったはずであるが、貧しい男爵家では料理人も雇えず家事は結婚してから始めた手習みたいなものだろう。貴族の家庭で母が料理するなど普通ではあり得ない。

 そんな普通の貴族ではあり得ない家庭の一幕に、この団欒を壊してしまうのではと言う恐怖からか、リリは真実を言い出せなくなった。

「はい。さあネネちゃん一緒に座りましょう」

 子供用のイスなど無いようだったので、これ幸いとネネを自分の膝の上に乗せきゃっきゃとはしゃぐネネの頭を優しく撫でた。リリもネネもご満悦だ。

「あらあら二人は仲良しさんねぇ」

 揶揄からかう様な言葉にも暖かみのある母の声。
 ただ、目だけは笑っていないようにリリには思えた。

──お母様はやはり……

「ネネ、お姉ちゃんとなかよし!」
「まあまあ、ネネは本当にお姉ちゃん子ねぇ。髪型もお揃いにしているようだけど、初めて見るわね。学園で流行っているのかしら?」
「う~ん。流行というわけでは……今朝思い付いて」
「おっかしな髪型!馬のしっぽみてぇ」

 隣に座っている弟のノルノランがケタケタ笑う。

「ノノ君は先程からちょっと失礼ですね」
「ノノって言うな!せめてノルかノランにしろ」

 乱暴な言葉遣いの割に怒って頬を膨らませる姿は年相応に可愛らしいと思い、リリは何となしに笑った。母もつられてクスクス笑っている。

「いいじゃない。ノノ君って可愛いと思うわよ」

 母の茶々に益々頬を膨らませ真っ赤になるノノにリリだけではなく父、母も大笑いし、その様子に意味を理解していないネネもつられてきゃっきゃと笑い出した。笑われてノノは益々頬を膨らませた。

 取り止めもない平和な会話が食事の間続く。

 食事中に騒ぐなど高位貴族であるリリには有り得ないことであったが、この家族の団欒をただただ楽しいと思った。

 この時間、この空間を壊したくない。

 ああ、この家族は暖かい。冬の日の暖炉の様に、離れ難く穏やかな温もりがあるとリリには感じられた。この家族にはお互いを思いやる愛情に溢れていて、足りないものは沢山あっても欠けているものは少ない。

 こんなにも愛されてルルは何が不満だったのか?

 地位か?貧しさか?

 ルミエン男爵家は確かに爵位が低く、貴族にしては貧しい。

 この食堂などリュシリュー家のものの10分の1の広さもなく、テーブルやイスなども比べるべくもなく貧相だ。リュシリュー家では大きく高価なマホガニー製であったし精緻な細工が随所に施されていた逸品であった。対してルミエン家の食堂にある家具類は見るからに安物の木材で作られた細工もない武骨な作りのものだ。

 今まで付き合いのあった貴族達と比べても見窄らしいだろう。

 食器やカトラリーも庶民で使用するような安物で
 その食事は品数が少なく、質素で貧相で
 その料理は調味料が殆ど使用されてなく、薄く単調で、素朴で単純で

 だけどそれは賑やかで
 だけどそれは眩しくて
 だけどそれは穏やかで
 だけどそれは暖かくて
 だからそれは心を満たす。

 リュシリュー家の苛烈な愛情とはまた違った、ゆりかごの中の安心感の様な愛情にリリはほだされているのを自覚した。

 ルルーシェはこの家族にこんなにも愛されて、ルルーシェは家族を確かに愛している。
 それ程のものを持っていてルルーシェはいったい何を望むのか?

 考えれば考えるほどリリは霧視のような目眩のような感覚に襲われた。
 この感覚は衝動か、情動か……

 ルルーシェを思えば心にはなんとも言えないシコリのようなものが生まれた。
 このしこりは怒りか、羨望か、嫉妬か……

「お姉ちゃん?」

 そんなリリの心の機微に気付いたのか、心配そうにリリを膝の上からネネが見上げていた。この家族はこんな小さな子供まで他者を慮っている。

 リリは優しくネネの頭を撫でた。

「何でもないですよ」

──ああ、ここは直接的な思い遣りに溢れている。

 リュシリュー家にある沢山のものがここには無かったが、ルミエン家にはあそこに無かったもので溢れ返っていた。

 リリはリリは男爵家の団欒でも困らない。むしろ何だか胸のあたりが暖かかった……


~~~~~後書きコント~~~~~


アンナ「いけません!リリ様がルミエン家にNTRさねとられてしまう気配が!!」
ルル「私の家族はそんなことしませんよぉ」
アンナ「だまらっしゃい!貴女の母親なんて中身入れ替わっているのに気づいているようなのに、リリ様をほだそうとしているじゃありませんか!」
ルル「お母さんはほんわかしてるけど結構するどいのよねぇ」
アンナ「まあ、男どもよりも女の方が勘がいいんでしょう。当家の奥様も侮れません」
ルル「リリ様のお母さんかぁ。中身チェンジしてるのばれないようにしないと」
アンナ「どうせ気を付けても速攻でバレますよ。貴女ポンコツじゃないですか」
ルル「ひどい!やっぱりアンナさんが一番悪役令嬢っぽいですぅ!」
アンナ「なにぉ!ルルのくせに生意気だ!」
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