2 / 4
Episode.クマキチ〈星をみつけた夏〉
しおりを挟む
ぼくには守ってあげたい弟がいる。
弟とは言っても、直系の兄弟ではなくて従兄弟だから今言ったことは正確じゃない。ぼくの父さんの妹の子ども、それがクマキチ。奇遇なことに生まれた日はまったく同じで、羆と白熊で種族は異なるのだけど同じ熊族。首周りの白い襟巻き以外全身茶色のクマキチと、色なしのぼく、悠海。
叔母(クマキチの母)の家はすぐ近所だったので、幼少期から今に至るまでほとんど一緒に過ごしてきた。誕生日会や七五三、クリスマスパーティーにお正月……季節ごとの行事に限らず、何かにつけて二人まとめて育てられてきたこともあって、ほとんど双子扱いだった。
そう、双子。世間から双子兄弟に間違われて15年。シロクマの血を多く引いて、身体の大きかったぼくがぱっと見でも、性格的にも兄ポジションだった。今はもう背が逆転されちゃったけどね。背だけじゃなくて、部を導くようなリーダーシップもクマキチに分があるみたいで、後輩から大人気だったりする。
得意不得意はきれいに分かれていて、例えば、クマキチは勉強についてはからっきしだけど、運動はぼくよりも得意だったりする。毛色を含めて対照的な要素が多いぼくたちはほとんど双子の兄弟としてみんなから認知されてきた。
そんなぼくたちにも、それぞれで決断をしなければならないものがあった。
「オープンスクールどこにする?」
「めんどくさいし一緒のとこにしようぜ」
「オレ、前から行くって決めてたから別に平気だ。作文は聞いてねーけどな」
夢とか自分だけの目標だとか、担任からのありがた~いお話が終わったあと、クラスの話題は夏休み課題のことで持ちきりだった。授業の最終回に各教科担当から課題はもらっていたので、まさかここで担任から追い討ちがあるとは誰も想定していなかった。みんなが騒ぐのももっともだと思う。
夏休み中にオープンスクールへ参加し、感想と自分の進路について1200字以内にまとめること。一学期の終業式は梅雨明けしたばかりのからっと乾いた日だったのに、重たい課題のせいで気分は一気に塞ぎそうになる。
進路……に限らずだけど、何事も早め早めに目標を定めたほうがいいに決まっている。そんなことわかりきってるのに、強制的な機会を与えられるまで考えたくなかった理由は二つ。それも至ってシンプル。先のことを考えるのは気が重くなるから。あと単純に行きたい高校がわからない。ただ、それだけだった。
数あるものの中から、何かひとつだけを選ぶのは精神的にとても疲れることだ。
「今日から受験生の意識を持って一日一日を過ごすこと。いいですね? 夏を乗り切れないような生徒が、秋冬で挽回できる可能性は限りなく低いですよ。休み明けに胸を張れるように、しっかりこの夏で頑張ってください」普段優しいはずの担任は、耳が痛くなる言葉でホームルームを締めくくり、ぼくたち三年生を残酷な夏休みの大海原へと放り出した。
「ねえイブキ。一応聞くけどイブキは?」
終業式は朝だけで終わり、まだ日が高い空の下、ぼくたちはいつものメンツで揃って校門を出た。
「ん? 何のこと?」
「オープンスクール」
「ああ、あれなー。おれは清桜ヶ丘。もう決めてるぜ」
大柄なバーニーズマウンテンドッグは弾んだ声で言った。
「やっぱり……」
さすがイブキ。しっかりしているなあと感心する。
そうだ、クマキチは……クマキチも前言ってたあの高校で決まりかな。
「クマキチも森河原で決めてるんだっけ」
確認のために訊くと、
「おう。一緒に来るか?」
クマキチもイブキ同様に、どこか楽しそうな顔でそう答えるのだった。
わかっていたとは言え、進路を既に決定していることを二人から改めて聞かされると、疎外感が強まる。取り残されたぼくは肩が重くなるのを感じた。
「みんな偉すぎ。決めてないのぼくだけじゃんか。いつどこでそういうの決めるの? っていうか、なんで二人とも楽しみにしてるの? はぁ、無理……」
「落ち着けよユーミ。重く考えずにさ、清桜ヶ丘一緒に行ってみようぜ。行ったら合う合わないぐらいわかるから」
「イブキとだったら心強いし、そうしようかな。マジで」
「おいおいおいユーミ、おれの誘いは無視かよぅ?」
「ついでに行くよ、森河原も」
「ついでって……ヤケになってねえか?」
そうかもしれない。だって……、
「森河原、そんなに難しくないもん。目指すにはもったいなくない?」
「たはーいいよなっ、頭いいやつは! 選びたい放題だもんな~、おれなんかと違ってさ!」
「クマキチこそヤケになってんじゃん。ちゃんと勉強すればいいだけなのに。ね、イブキ」
「うん。ユーミとーりな」
「ぐさぁっ!」
仰々しく胸を押さえて崩れるクマキチ。ちなみにイブキの言った「ユーミとーり」とは、「ユーミの言うとおり」の短縮形だ。いつの間にか造語ができていた。
でも、そうか。ぼくとクマキチとじゃ選択肢の幅が異なるんだ。クマキチの今の成績じゃ、ぼくが簡単に行けてしまう森河原すら合格圏外。選択肢に恵まれたぼくが、行きたい高校が見つからないなんて贅沢は言ってられないっていうか……ん? 待てよ……それって、勉学に精を出してきた方が遠慮する側になってておかしくない!? サボってきた方の自業自得じゃない!?
なんて一瞬騙されそうになったけれど、とりあえずオープンスクールには二、三校行ってみることにしようかな。どうせ課題だし、複数行っても損することってまずないし。
どこでもいいから一度足を運んでみて、そこから考えてみればいいのかもしれない。何かひとつでも行きたい理由を見つけられたら、あるいは高校選びの基準というものを見つけられたらそれでいいかな。勉強自体は続けるのだし、進路を決めるのがすこし遅れているだけで、そこまで焦らなけらばならないのだろうか。ぼくの中ではそんな考えが徐々に大きくなっていった。
「それにしても、まさかのユーミが高校選びで悩むとはなあ。てっきりクマキチが悩むもんだと思ってた」
イブキがそう言うのに、ぼくも同意見で「うんうん」と頷いた。
「どういう意味だよ?」
「数学14点で行ける高校がないよー! ってな!」
イブキが笑って揶揄うのを、
「たしかに。あの先生のテストでその点数は中学校中退だ」
とぼくも笑った。
「アメフト部のキャプテンともあろうお方がだぜ? 引退間際に部活ほっぽって補習って!」
「ほんとほんと」
「そっ……その話はもう勘弁なんだぜ……」
痛いところを突かれたクマキチは丸い耳をペタンと倒して、大きな体を縮こませた。本当に懲りているようだった。
「おれ、夏休みで生まれ変わる。必死に勉強して森河原行きたい。アメフトも続けさせてもらえるんだ……。だからユーミ先生お願いいたします。おれの勉強を見てください」
「ふふふ、センセーだって。ユーミお兄ちゃん」
突然の先生呼びと、ぎこちない敬語。手を合わせて懇願してくる姿が滑稽で、どこかいじらしい。ぼくは思わず顔を綻ばせそうになって「まあ、いいけど」と言った。
どうせ手伝う羽目になるんだ。毎年のことだからわかってる。夏休みの最終日になってシリを叩くのも疲れるから、今年の夏は計画的にいこうかな。
森河原に行きたがってる理由とか、そのあたりの話も根掘り葉掘り聞いたらぼくも何か得られるかもしれないし。
「いよっし! 今日から頼むっ!」
「そのかわり! いやだとか、帰りたいとか言ったらダメだかんね?」
「言わない!」
「それ、なんかの映画で聞いた覚えのあるセリフだな……何だっけ?」
そんなわけで、二つのことが決まった。一つは、清桜ヶ丘、森河原両方のオープンスクールに参加すること。もう一つは、今日からクマキチの先生になること。
うん。なかなか忙しい日々を送ることになりそうだ。その中で、ぼくはきちんと自分のやりたいこと――進むべき道を見つけることができるのだろうか。それと、二人とはもっと踏み込んで語り合ってみるべきだ。なんとなくだけど、ヒントは二人からもらえそうな気がする。
「じゃあなクマ兄弟っ! あっ、そうだクマキチ、お兄ちゃんに“あのこと”聞いとけよー!」
市営団地の前で別れるとき、イブキは「ユーミ後は任せたっ! 昼からおっちゃんとこ手伝い行ってくるから、おれはイチヌケーっ!」と言って逃げるように帰っていった。
「なんのこと?」
首を傾げるぼくと、思い出したようなそうでもないようなポカーンとした表情のクマキチ。
「えっとな、朝ウシザキに聞かれてわからなかったからイブキに聞きにいったんだよ。そしたらイブキのやつ、『おれの口からは言えない。そういうのは兄貴に聞いとけ』って」
「だからなんのこと? 中身は? 何の話?」
相変わらず目的語がなくて話の要点が見えない……。
「……おれもよくわからん……」
「なにそれ。また人の話ちゃんと聞いてなかったな」
「覚えてないわけじゃないんだよ。ただ、おれヘンなこと聞くかもだし……とにかくよくわかんねーんだよ」
「変なことでも勉強でもなんでもいいよ。お腹空いたし暑いし、止まってないで早く帰ろ。お昼もぼくん家でいいよな」
要領を得ない返答にすこし苛立ちを覚えたぼくは、
(ごはん食って涼しい部屋で勉強してたらそのうち思い出すだろ)
そう思って、足速に家を目指すことにした。あの面倒見のいいイブキがぼくに投げた理由を考えながら。そして猛牛・ウシザキの名前が出たことから、あまりいい予感がしないことも薄々察知しながら……。
「ごちそうさまでした!」
母さんに作ってもらったチャーハンをかきこみ、ぼくたちは二階に上がった。
ぼくの部屋は六畳ほどの小さな部屋だけれど、置いているものが少ないから、体の大きなクマキチとイブキが来ても不自由しない。夏場はクーラーがすぐに効くから本当にこれで十分だ。
「ふあーあ、メシ食ったら眠くなるよな……」
ローテーブルを挟んで座った途端、クマキチは大きなあくびを連発する。食後だから眠いのはわかるけど、ペンを持つ前でこれだもん。このままワークを開いても寝られるのがオチな気がする。
それにせっかく夏休みに入ったというのに、最初から勉強勉強ではいくら受験生とはいえどおもしろくないのも事実だ。ここはひとつ、気分転換でゲームでもして脳をあたためてから勉強開始としようかな。
その旨を提案するとクマキチは「やっぱそうだよなっ! ユーミん家来たらまずゲームするのが礼儀だぜ」と、訳のわからないことを言って眠気が吹き飛んだ様子だった。
最近の中学生はみんなスマホを持っていて、各々アプリゲーに興じるのが一般的らしい。同じ部屋にいても見ているのは個々のスマホ画面。そんな図を想像するとどこか寂しい気がする。だけれどぼくらはまだスマホを買ってもらっていないから、据え置き型のテレビゲーム(それも旧世代)を一緒にやる。
最新型のゲーム機はグラフィックがきれいで、ゲームバランスもすごく洗練されているのだけど、当然進化するたびに荒々しさは削られていく。ぼくはその荒々しさ、無骨な部分こそがゲームの醍醐味だと思っていて、今でもこうして旧型のハードを好き好んで遊ぶんだ。
「へへ、また勝った。修行が足らんなあ、弟よ」
「んぬぬぬ……! なんでだッ!」
「スペシャルの使い所が甘いのさ。溜まったらすぐ使うの、隙だらけだよ」
「だーっチクショウ! バレてやがんの!」
運動神経は抜群なのに、ゲームは三流なクマキチ。単純な性格だから動きが読みやすくて対策が簡単だ。
レースゲームも格闘ゲームもぼくの勝率が圧倒的で、クマキチは悔しそうに頭から湯気をのぼらせる。これでも以前に比べたら上達はしているのだから、「やればできる子」のはず。……なんだけどなぁ。
「そろそろ勉強するかー。頭もいい具合に回ってきただろ?」
「はーあ、ユーミはまたそうやって勝ち逃げすんのかよ? 卑怯だぞ」
「あのねえ、クマキチが勝つまでやってたら勉強する時間なくなるよ?」
「んがー!!」
勝たせてあげたい気持ちはあるけど、手を抜くのはぼくのポリシーに反するんだ。ごめんよ。
「この問題はさっきのと考え方が逆で……ほら、さっきの分配法則のところで式を展開したでしょ?」
「数字にエックスやらワイをつけるやつか?」
「ま、まぁ、そう。で、今度のは逆で、共通の数字とか文字を括弧の前に出して括るの。因数分解は展開の逆をするんだよ」
「?おう? そうすると何がどうなるんだ?? なんのためにやってんだっけ??」
クマキチは数学で一番聞いてはいけない、哲学チックなことを訊いてくる。ぼくはうまく答えられなくて、
「今はそんなこと考えなくていいの! とりあえず、今は言われたとおり作業するんだ」
としか言えなかった。こういうとき、数学の先生ならなんて言うんだろう……? 「公式に当てはめなさい」だけなら誰でも言えるし……先生ってのはなかなか大変な仕事なんだろうなと思った。
でも、中学の数学なんて言われたこと(公式とか解法)を忠実に守ってたらひととおりのことはできるんだから、今は辛抱してもらうしかないよな……。
「これでこの問題はできたのか?」
「どれどれ? うん、あってるよ。正解」
「エックスとかワイとか、なんか付いてて解けた感じしない……」
「気持ちはわかる。でも、そういうもんだよ、数学は……」
答えが一通りしかないくせに、答えがハッキリしないこともある数学。なんだか矛盾の塊みたいでぼくも数学は嫌いだ。嫌々やっていても仕方ないから「そういうもの」として諦めているところは、ある……。
明日になる頃にさっきまでの説明が無駄になっていないことを祈りながら、次の単元へと進む。
「ルートって……何だっけ? ヘーホンコン? 同じなのか?」
「……とりあえず簡単にいくよ。4×4は?」
「しし……ジュウロクだ」
「そ。じゃあ、マイナス4×マイナス4は?」
「えーっと……ジュウロク?」
「オッケー正解。ルートってのはね――」
これもついこの間あった期末テストの内容だったんだけどな……。アメフト部を犠牲にしてまで行った補習がなにも意味をなしていなくて、ぼくの方が頭を抱えたくなる。
「ゴードンと掃除……?」
「合同と相似っ! 何聞いてたのほんとにもう!」
こんな調子でクマキチの特訓は二時間ほど続いたのだった……。
「イブキが帰り際に言ってたのって結局何だったの?」
小休憩時間。ベッドに腰掛けたぼくは、床にゴロンと寝転がっているクマキチに訊いてみる。二人とも普段見せないリアクションだったから、ずっと頭にこびりついていた“あのこと”。友だちよりも兄に聞くべきことって世間一般ではどんなものを差すんだろう。恋愛沙汰の相談かな? う~ん、あり得なくはないけど、クマキチに限ってはあり得なさそう。だとしたらなんだろう……?
ぼくは肉球に汗が滲むのを感じながらクマキチの返答を待った。
すこし間をあけてからクマキチはよっこいせと身を起こして、
「なあユーミ。ユーミはしこりしてんのか?」
真剣な顔つきでじっとぼくの目を捉えて、たしかにそう訊ねてきた。
(しこり……? しこりする?? シコ……? あ)
ぼくはクマキチの言ってる意味が最初まったく理解できなくて面食らってしまった。テストで初見の問題に出会った時の、脳を小突かれるあの感じ。でもその問題は初見でも何でもないことがわかって、モヤが晴れるあの感じ……。
「やっぱりおれヘンなこと聞いてる?よな?」
「ああ、いや……えっと、それって……」
まるで意味不明だったけれど、イブキがぼくに投げた理由や言葉のイントネーション、ウシザキの介在などから総合的に推測すると、クマキチの言わんとすることが掴めてきた。掴めてきたけど、これ……!? どんな顔してなんて言えばいいっ!? っていうかさ! 今の今まで知らなかったの!?
はあ……ぼくも相当だ。クラスの連中(主にウシザキ周辺の男子)ならこの手の話題が出たときでも、恥ずかしげもなくスパッと答えるのだろうけど。知識の違いこそあれど、クマ兄弟は純粋という点でそっくりだ。
大柄で垂れ耳のバーニーズが「ひひひ」と笑っている顔が浮かぶ……。「おれとやった時のこと、しっかり弟に教えてあげろよな」って……。
ぼくはもう思い切って確認してみることにした。
「お、オナニーのこと……言ってるんだよな……?」
その単語を口にするのがやたらと恥ずかしくて、顔がかーっと熱くなる。ま、まあぼくももう15歳だし、健全な男子だから(?)オナニーは知っているし、当然行為もするけれど、こうして対面で質問されるだけでドギマギしてしまう。
クマキチはしばらく黙ったあと、「思い出した。イブキたちも言ってたな、そんなこと。で、その『しこり』とか『おなにぃ』って結局なんなんだ? 同じモンなのかよぅ?」と、数学の時とは異なって純粋に知りたい!って顔でぼくを見つめてくる。おっとりとした大きめの目は、けがれがなくてきれいだった。
「ユーミも知ってんだろ? おれだけ知らないっぽいんだよ」
う……やっぱりそうだ。困った。あー困った、本当に、非常に、とてつもなく困った。
自分で確認しておいて「やっぱり知らない」とシラを切るのはもはや難しい。説明するにしても、実際に体験してもらわないと理解できないものだしな、あれは……。ぼくが実践して見せびらかすのはもっと違うし……。かと言って、嘘をついて誤った知識を植えるのもどうかと思う。やっぱり……、
(実践……そうだ)
それしか、ないんだよな……。男子なら遅かれ早かれ経験するんだ。だったらその時期が今だとしても、ぼくがこの手で教えてやっても……別にいいんじゃないか?
(それにクマキチが精通を迎えるとこ、ちょっと気になるし)
性的な好奇心も手伝って、ぼくはクマキチにオナニーを教えてあげることに決めた。
「ホントに、知りたい?」
「ああ! 教えてくれ」
「覚悟はいい?」
「? できたぜっ!」
覚悟――自分にも問いただしているみたいだった。クマキチには男として一皮剥ける覚悟を決めてもらう。そうすることで純粋極まりないクマキチをけがしてしまう罪悪感を相殺できるのと同時に、一方のぼくもクマキチに対してある種の責任を負う。そういう覚悟が、互いに必要な気がして。
「鍵?」
「万が一のことも考えとかないと」
「よくわかんねーけど、なんかワクワクするなっ!」
母さんは用事で出かけたけれど、念には念を入れて部屋に鍵をかけておく。鍵を閉めるだけで、今からイケナイ行為に及ぶみたいになって、張り詰めた空気が部屋を満たす。
「今から教えるんだけど、まずはそうだな、ズボン脱いで」
指示を出すとますます顔が熱っぽくなって、心臓がトクトクと音を鳴らしはじめる。
「おうよ」
クマキチはなんの疑いもなくベルトを緩め、制服のズボンを下ろした。
「脱いだぞ? 次はどうすんだ?」
変わり映えのしない、グレー色のボクサーブリーフ姿を恥じる様子もなく曝して。あまりにも素直に、そしてきょとんとした顔でトントン拍子に進めようとしているから、ぼくは逆に呆気に取られた。
「あ、えと……ぱ、パンツも……脱げる……?」
遠慮がちにそう言うと、さすがのクマキチも「んなななっ、パンツもか!?」と目を大きく見開いて慌てふためきだした。無理もないか……?
「フルチンになんねーとダメなのか……?」
「……うん……。チンチンをいじるの……」
“おなにぃ”も“しこり”もシモ系のことだったと気づきはじめたクマキチは、ぼくよりも急激に顔を真っ赤に染めた。おそらく、鍵をかけた理由もわかって、点と点が線になったみたいだ。
やがて緊張感からかガチガチに固まってしまったクマキチを「オナニーってそういうことなんだよ。知りたいんでしょ?」と優しく諭す。
「大丈夫。ウシザキもイブキも、ぼくだってやってる。痛くないし気持ちいいことだから、ね?」
クスリを勧める文句みたいだなと思った。勧められる側としては、未知の概念を自分の中に入れるという点で、また、快感を得られるというので、薬物とオナニーは似たようなものとして受け取るかもしれない。
「おれ……ちょっと、こわい……」
クマキチは案の定怖がってしまい(実はこう見えて怖がりなのだ)、せっかく脱いだズボンを履きなおそうとする。それを目に留めるなりぼくは、
「ま、待ってクマキチ。ぼくも脱ぐから……一緒にやるから」
と自らを犠牲にするようなことまで言って、手解きしてあげようと必死になっているのだった。
雰囲気にあてられてどうかしている。そうとしか思えないのだけど、ぼくはもう自分の気持ちを止められなくなっていて、ついにズボンを脱いでしまった。フェアな奇行(とでも言うのかな?)が功を奏して心開いてくれたのか、クマキチはズボンを上げる手を止めてくれた。
「おいで。怖くないからさ、こっち座りなよ」
ベッドをぽんと叩いて、呆然と立ち尽くしているクマキチを促す。クマキチはパンツ姿のまま、おずおずとだけど、ちゃんとぼくの横に腰掛けてくれた。
「……おれ、どうしたらいい……?」
「任せて。全部ぼくが教えてあげるから、力抜いてリラックスしてて」
「う、うん……」
言葉では言うものの、クマキチは全身ガッチガチで汗もびっしょりだ。どうにか緊張を解いてあげたくて、そっとクマキチに体を寄せた。暑いのにぺたりと体を密着させたまま、よくスキンシップで触っているお腹と首周りのトレードマーク――白の被毛をまさぐって撫でてやる。
(クマキチのにおい……)
撫でると汗くさい、酸っぱい体臭が漂ってきた。独特の汗くささはお世辞にも好きとは言えない。だけど、なぜか今日は違った。鼻がよく知る体臭が鼻腔をつくだけで、クマキチのことが無性に愛おしいと感じてしまった。だからなのか、ぼくはもっと体を寄せて、クマキチのことを全身で感じようとしていたのだった。
「ユーミのチンチン、でかくなってる……」
いつの間にか隆起させてしまっていた股間……。クマキチが気づいてそう呟くから、心を満たしかけていた愛おしさは羞恥に塗り替えられてしまう。
「うん……オナニーするにはボッキさせないとだめなんだ……。クマキチもなるでしょ? 寝起きとか、あと、エ……エッチなこと、考えた時、とか……」
訊くとクマキチは消え入りそうな声で「ん……」と言って、両手でグーを作ってチンチンを覆い隠してしまった。
お風呂に入る時に、プールでの着替え。幼い時より今もずっと、クマキチのすっ裸を見る機会は少なくない。いつもは惜しげもなくころんと小ぶりなものを堂々と曝していて、隠すような真似は絶対しないのに。今はやたらとガードが固くて、なんとしても守るって意志を感じる。俯いて大きな体を縮こませている姿にぐっとキてしまうのだけどこれじゃ先に進めない……。
「あっ、ダメだよ隠しちゃ……。ぼくだって恥ずかしいのに」
クマキチの肩に手をまわし、もう片方の手で力が込められた拳にそっと触れる。
「大丈夫。一緒だから、大丈夫」
耳元でゆっくりそう言うと、クマキチはやっと手をどかした。
見ると、股間部は腹肉で押し潰されそうになりながらも、しっかりと、だけど控えめな盛りあがりをつくっていた。
(かわいい……)
あまりにも無知で純粋なクマキチ。弟の知らなかった一面を目の当たりにし、ぼくは本当にそう思った。普段のふてぶてしい態度とはまるっきり一転したいじらしい姿とのギャップも相まって、今のクマキチはかつてないほどにかわいく、愛おしくぼくの目に映る。
「ヘンな気分……」
興奮してる? 訊くとクマキチは恥ずかしがってしまいそうだから、言葉を飲んで「ぼくも」と頷く。
「チンチン触るね?」
こくりと頷くクマキチ。よおし、同意はとれた。左腕を肩に回したまま、右手でクマキチのソコをパンツ越しに触れる。
「っ……!」
硬い……! それに熱っぽいのが伝わってくる……。
「んっ!」
軽く揉むと抑えきれなくなった声を漏らして、チンチンをひくっひくっとさせる。感度はすごく良好なようで、今まで一度たりともイジったことがないと窺える。
指先で優しく、そして入念にクマキチの秘部を確かめていく。長さ、太さ、形状……さまざまな情報が指先より伝わってきて、早く生地の向こうの実物を見てみたい衝動に駆られてくる。
「ど、どうお? きもちいいだろ?」
「うー……なんか、やばい……」
「ね、クマキチ。そろそろ立って? ぼくも脱ぐから」
「…………」
クマキチは何も言わずに、言うとおりベッドから立ち上がった。直立すると腹と腿のお肉に挟まれていた分がなくなって、クマキチの小ぶりなテントは地面と水平にピンッと張りあがる。さっきので先走りが出たんだろう、すこしだけシミができている。
お互い立ったまま向かい合い、それぞれのボッキした性器に興味津々と見入っていた。
「ゆ、ユーミの……」
「ん?」
「……ユーミのチンチン、やっぱりでかい……おれのより、すごく……」
ぼくの下腹部の膨らみへと熱っぽい視線を注いで、クマキチは羨ましそうに言った。
……顔から火が出そうになりながら、ぼくは咄嗟に「そんなことない」と謙遜してしまった。たぶん、いや……疑いようもなくぼくの方が大きいのだろうけれど、そのことをクマキチの口から言われるのは胸のあたりがむず痒くて仕方なかったんだ。
「パンツ、ぼくがおろしてもいい?」
腰をかがめて、ブリーフのゴム部分へ手をかける。
(初めて見る……クマキチの勃ったチンチン……)
そう思うと鼓動がドコドコと跳ねあがってくる。
そのまま徐々にずり下ろし、むっちり肉づいた鼠蹊部とチンチンの根元が見えたところでズルッと!……そう、一気に下ろしてしまった。ドキドキのあまり力加減を誤って……。
「んぐあっ!?」
かわいらしい声とともに、クマキチのチンチンがぶるるっと元気よく弾けて、目の前に登場した。
ソレは完全に勃った状態でも控えめなサイズだった。極端に短いせいか(目測だけど8センチくらいかな?)、そんなに太くないはずのチンチンは幾分か太く見える。皮は当然のように先まですっぽり被っていて、タケノコみたいな形。キュッと萎んだ包皮の先っちょからは先走りの液がとろ~っと垂れている……。
(これは……なかなかイブキといい勝負をするかもしれないぞ)
大きさといい形状といい、親友バーニーズのソレとそっくり似ている気がする。二人とも体はぼくよりも大きくて立派なのに、そこはまだまだ子どもだ。アンバランスな加減がすごくかわいいものに思えてくる。
「も、もういいだろっ……! ユーミの番だ……」
勇ましく勃ったチンチンを眺めながらそんなことを考えていたら交代の声があがった。自分で言ったことだし、しょうがない……見せてやるかぁ……。
いざ立場を逆にしてみると、思いのほか顔が張ったテントのすぐ前にあって気恥ずかしさが急沸騰するというもの。こう、至近距離で急所に注目される恥ずかしさったら言葉ではいい尽くせないものがあるというか……。
「いくぞ……」
クマキチはぼくのトランクスに手をかける。腰に添えられた手はわずかに震えていて……、
「ぎゃ!?」
べちんっ!
……勢いよくトランクスをずり下ろしやがった……。チンチンは反動でお腹あたりまで反り返って結構いい音を立てた……。じゃなくって!
「あいてっ!」
「すっ、すっげー……! でっけぇ……!」
痛かったと文句を言おうとしたのに、きらきらとした羨望の眼差しを向けられた途端、その気は失せてしまった。
「そ、そう?」
男のシンボルを褒められるのは小っ恥ずかしいけれど、でも同時に誇らしい感情も沸いてきて、ふしぎな感じだった。まあ、今まで生きてきて自分の息子を誉められる機会なんてなかったし……。
「おれのと変わらないって言ったのに……ユーミの嘘つき……。おれのより倍ほどでかいじゃんかよぅ……」
……これ以上話が大きくならないうちに訂正しておくと、クマキチの言う「倍ほど」はさすがに盛りすぎだし、「でかい」とは言ってもあくまでクマキチ比だ。イブキから“あの相談”を受けた時、ペニスのサイズについてパソコンで調べたことがあるのだけど、ぼくのは平均サイズに届いてなくて悔しい思いをしたって記憶がある……。
「倍はないって。あっても1.5倍くらい?」
たぶん、それくらい。
特に熊族は脂肪が厚いから体躯のわりにブツは小さく、皮っ被りの包茎が一般的って書いてあったけど、12センチほどあったら健闘している方なのかな? 皮は……クマキチ同様にやっぱり被ってるんだけどね……。て、手を使えば一応全部剥けるんだから……!
「ぼくのはもういいからさ……お、オナニー、知りたいんだろ……?」
そうだ。もともとクマキチに指南してあげるだけのはずだったのに、いつの間にか見せ合いっこに発展していて全然先に進めていない。
下半身を丸出しにしたままベッドの上に移動してクマキチを座らせる。
「そ、それじゃもっかい触ってくね?」
「お、おう……」
「さっきはパンツの上から触ったけど、こうして直接……」
「ふ……あっ、あぅ……っ!」
クマキチのチンチンを優しく包むように指で摘み、そっと上下に動かして刺激を与えてやる。皮の上からでも亀頭へ送られる刺激は相当のもののようで、クマキチは目をギュッと閉じ、歯を食いしばって呻く。
「いッ……ぅんっ……待っ、こそばゆい……!」
(汁の量すご……! さっきあんなに垂らしてたのに!)
揉みはじめて間もなく包皮の先からカウパー液がとめどなく溢れ出てきて、控えめなチンチンは一瞬でヌメヌメにコーティングされた。剥く前、出す前からもう既に生ぐさいにおいを発して、しかもぼくの手をベトベトにした生意気なリトル・タケノコ……。
くちゅっくちゅっとやらしい音を立てて、ぬるぬるになったチンチンを先端に向かって撫でるように扱くと、クマキチの声が高く、大きくなる。
(先っちょ、弱点かも?)
「うあっ! だ、だめっ……、そこっ、触んっ! がっ……、だめっ、だってえ……!」
包皮の先端部は特に敏感なようで、柔らかい皮を指でツンとつつくだけでクマキチは涙声になって大きな体をビクビク痙攣させる。腰も逃げそうになってるのだけど、本気で嫌がっているという感じはしない。だってやろうと思えば、部活で培われた腕力でぼくの腕を掴んで阻止することだってできるはずだし。
「ほ、ほんとは嫌じゃないんだろ?」
「んがッ!? そ……んなの……わかんっ、ないよぉ……!」
「ふうん。わかってるくせに」
「はひいっ!?」
荒げた吐息を吐く間も与えず、クマキチのチンチンをいじめ続ける。
慣れない快感のせいなんだろう。クマキチは、やっぱり一応、逃げたそうにジタバタと暴れてベッドを軋ませる。だけど時折、更なる快感を求めにいっているような、訳のわからないわからない動きを見せるから、ぼくもエスカレートしてしまう。
「どうしてほしいのさ?」
口では「いやだいやだ」とこぼしながらも、自ら腰を動かしてぼくの手をまるでオナホのように使ってくるので、手をギュッと握り締め、人差し指で先端の柔らかいトコをイジってやることにした。
「こう? これがいいの? ここ?」
「ひぐうっ、ゆ……ユーミぃ……っ! お、おれ……ヘン……にっ、なるっ……! ゆ、ゆるじ……でぇ……!」
包皮をイジったらイジるだけ透明液をこぼし、高くよがった声になっていく。
(こんなの、反則級にかわいい……)
ぼくに手解きされて、ピュアなクマキチはどんどんけがれ、まだ知らない快楽の沼に引き摺り込まれてゆく。その様がどうしようもなくかわいくて、愛おしくて、ぼくの息子はギンギンに勃ちあがっていた。そっと下を見やると、クマキチみたいにカウパー液が滲み出ていて、先っちょを濡らしまくっている。そうか、ぼく……齢15になる男に、それもずっと側で暮らしてきた弟に欲情してチンチンをひどく滾らせているんだ……。
「きもちいい?」
「あっ、んっ! ひ……ひもちっイイっ! いいっ、からあっ……!」
「なんか出そう?」
「お、っ……シッコ……! うあっ、ままま待っ……オシッコ漏れっ、かも……っ!」
クマキチの限界が近づいてきている。そのままイかせてあげよう。チンチンの皮を剥いて……、
「いっ、いでぇ!」
ラストの仕上げに、ちゅるんと亀頭を剥き出しに…………あれ?
「あ、ごめん……痛かった?」
「いってててー……」
(まさか……)
「ねえクマキチ……」
「んだよぅ……?」
「チンチンの皮、剥いたことない……?」
「んんんぅ……こえーからやったことない……。剥けてねえとだめなのかよぅ……?」
あちゃー……そうきたか……!
クマキチの包茎具合を見たとき、ひょっとして……とは思ったけれど本当に剥けないとは!
「ううん。だめなわけじゃないけど……」
「……?」
「ちょっと、乱暴にやっちゃうかも」
「ら、乱暴って何す――んっああああああっ……!! んやっ、いやだあっ、いやぁああああっ!? 皮触っ、んんっ、のっ、だめっらってえっ! ユーミやめっ……あぐうううううぅ!?」
撫でると一番気持ちいい亀頭。隠れて出てこないんだったら、そう……ぼくの方から迎えに行けばいい。つまりどういうことかというと、指を突っ込んでやるんだ。ぼくもオナニーするときたまにやるけれど、被ったチンチンに指をつっこんで皮と亀頭をこするのは脳が焼ききられてしまうほどに気持ちいい。一瞬で射精にまで導けるこの禁忌技を、クマキチに……!
「あふあっ!!? んな、とこにっ、ゆ、指……入れんっなよ……っ、うひいっ!?」
「だって剥けないんだもん」
いまだなお我慢汁を分泌させてヌメヌメになっている包皮は、ぼくの人差し指をいとも容易く飲み込む。
「こうやってたら皮も広がって剥けるかもよ?」
爪を当てないように気をつけて、皮の内側をこすりつつ亀頭もひと撫で……! 空いてる手で縮んでしまったタマも同時に揉んで両側からせめてやる。
「おわあああああっ!? だめっ、だめだめえええっ! あ……あだま、おかしくっ……ううっ!?」
「どう? 今度こそ出そう?」
「もっ、だめっえ……! がまっん、も……むりぃ……! またシッコ漏れっ、うあっ!あっ!出る出る出るっ!出ちまうううううぅ!!!」
クマキチの全身がブルブルと震え、
ちゅぷんっ――絶頂に合わせて皮から指を抜き、栓を解く。すると、クマキチの身体で大事に溜められてきたそれはついに解放の瞬間を迎える。
「んああああああああああああっ!!」
一際大きな鳴き声とともに、太短いチンチンからは見たこともないくらい大量の精液がびゅくーっ、びゅくーっと射ち放たれる。
「んううううううううっ!!!」
まるでビームのように激しく、雄々しい射精だ! 想定をはるかに超えてきた勢いのよい精通にぼくは圧倒され、咄嗟に身を守れるものを探した。ベッドと部屋だけにとどまらず、自身もにおいと粘度の強烈な白濁液まみれになるのは勘弁で、しかし口で咥えるのはまだ勇気が足らなかったから……。
(あ、あった……!)
近くにあったクマキチのパンツを、ひたすら精液を撒き散らし続けるソレに被せて上からぎゅむっと握ってやる。
「んッあぁあああああっ!?」
手の中でチンチンは大きな脈動を刻み続け、パンツに染みを塗り広げていく。一回の絶頂で十回は精液を吐き出しただろうか、グレーのボクサーパンツは瞬く間に黒っぽく変色し、ドロっとこしだされたゼリー状の精液が手を汚した。
「はあっ…………はあっ…………」
長かった射精がようやくおさまり、チンチンも萎んでいったので再びクマキチに意識を向けることができた。クマキチは熱い吐息を吐きながら、自分の身に何が起こったのかわからないというふうに目をとろんと蕩けさせていた。
「はっ……はふう……」
大きな舌も出ている力尽き果てた表情に、
(イった後はこんなに垂れ目になるものなのか……)
などと思いながらぼくは、
「気持ちよかった?」
とわかりきったことを訊いてみる。
「う、うん……けど、漏らしちゃった……。あれ、なんで白いの?」
「オシッコじゃないよ、精液って言うの。今みたいにチンチンいじって気持ちよくなったら出てくるんだよ」
「うん……」
「オシッコとは全然性質が違って、ベトベトでにおいもあるんだ」
手にべっとり付いた精液と、立派に白く汚れてしまったパンツを見せて説明を続ける。
「だから早めに拭かないとカピカピに乾いちゃう。それにしてもクマキチ、こんなにいっぱい出るんだね。驚いてパンツ被せちゃった、ごめん」
クマキチは意に介さない顔で「ううん、いい」と言ってくれたけれど、実際このパンツはもう使い物にならないかも。あとでシャワーに入るときにでも替えのパンツを貸してあげないとな。
「で、最後にチンチンをきれいに拭き拭きして――」
「んあっふ!?」
「はい。オナニーはこれでおしまい」
「う、うん……びっくりしたぁ……」
「今度からは自分一人でやるんだよ?」
「うん……わかった」
イってからやたらと「うん」が多くなったクマキチ。いつもより数倍頼りない表情も浮かべていて、ちゃんとわかってくれたのか不安が残るけれど、ぼくは教えるべきことはきちんと教えた。兄としての務めも果たした……つもりだ。
「いつやればいい?」
「いつって、そりゃあ……」
ムラムラして勃起した時だろうか? それとも寝る前とか、時間的なこと?
まあどちらにせよ、やりたい時でいいんだから「クマキチのやりたくなったタイミングでいいよ」と曖昧な答えで濁しておく。
「ふうん。ユーミはしなくていいのか?」
「ぼく? 今?」
「うん」
「……なんで?」
おっとり垂れ目のまま話の主体を突然ぼくに向けてくるので、また気恥ずかしくなってしまった。
「んと、チンチン、まだ大きいから……え、エッチな気分なんかなーって……」
「…………」
視線がぼくの息子の方に向いていることに、そしてギンギン状態だってことにも今更気づいて、クマキチと同じように局部を手で覆い隠してしまうぼく。先端が先走りでグチョグチョだったことにも遅れて気がつく始末……。
「そ、そうなのか?」
「…………」
「? ユーミ?」
「……うん……まあ、そう、かも……」
正直なところを言うと、ぼく、今すごく抜きたい気分……。あんなにかわいく鳴いたクマキチと豪快な射精を見ておいて我慢できるほど忍耐強くもできていない。だから、
「だったら、お、おれも触ってみたい。ユーミのデカチンチン、もっかい見してほしい」
クマキチのおねだり攻撃でちっぽけな羞恥心は簡単に砕かれて、手をどかしてしまうのだった。
「ん……同じようにしていいよ。クマキチにやったみたいに……」
そう言ってぼくはベッドに身を預けて、ビンビンのモノを天井に向けた。
秘部をオープンにすること。それは自分の最も弱点とするところを好き勝手に触らせることへの許可と同義だ。場所も姿勢も違うけれど、ふと、イブキと、似たシチュエーションに発展してしまった時のことが頭によぎった。
やっぱり自分以外の誰かに触られるのは、単に恥ずかしい以上に恐怖も混じっている。心臓が必要以上にきつく収縮しようとする感覚はあの時と同じだ。
「すげーでかい……いいなあ」
クマキチはぼくのチンチンを舐め回すように見つめて、また同じ感想を漏らす。堪らなくなって目を瞑り、(早く触れよ!)なんて心の中で叫んでいたら、先っちょに鼻息をかけられて本当に「やんっ!」と甲高い声で叫ばされてしまった……。
「この透明な液? こっちはにおいしないんだ?」
「! そんなとこ臭わなくていい! は、早く触っ、あひゃうん!!?」
急所を握られたかと思えば軽く皮をめくられ、今度は口で息を、しかも亀頭に吹きかけられるから二度も情けない声が漏れた。
「わ、すげっ! 片手に収まらないや。しかも簡単に剥ける……。痛くないのか?」
「……っ、ないよっ!」
「チンチンの中、こんなふうになってんだな~真っピンクだ」
「んくっ、ふっ……! ぅああああっ!?」
「おおー全部剥けた!」
大きな手で優しく握られたまま包皮を根元の方にずり下げられ、チンチンは完全に剥かれた。敏感な亀頭がすべて剥き出しになって、外気に晒される。包皮による締め付けがなくなり、快感を伴ってチンチンがよりいっそう膨張していくヘンな感覚。人の手だからだろうか、普段のオナニーでは味わえない刺激に早くもおかしくなりそうだった。
「戻るんだよな? これは……」
「んぐっううう!?」
めいっぱいに空気を入れられた風船みたいに膨らんだ亀頭は、しかし突然皮を戻されることになる。
性器をイジる実権が自分以外にあるというのがこれほどまでに恐ろしいとは! 電気的な快楽刺激の送られてくるタイミングがまったく読めない……!
「おれと同じカタチ……へへ、さっきと別の生き物になったみてえだ」
「うっ、く……、っるさい!」
ぼくの過敏な反応を面白がっているのか、やり返しのつもりか、単に好奇心でやっているのか……もはやなんだっていいけど! 勃起したチンチンをおもちゃのように扱ってくるから、全身がむずむずしてしょうがない!
「うあっ!?」
ベタベタと触ってきたり、また皮をゆっくり剥いたり……。予測不能なイジり方をされて、ぼくは一直線に限界へと昇りつめていくのがわかった。下腹部の奥が熱を持ち始めて、ホントいい加減にしてくれないとぼく――
「でかっ……また膨らんで! うお、ヒクヒク動いてる……!」
耳から入ってくる恥ずかしい言葉すらも快感を増幅させる。もう一回ズルッと剥かれたところで、脳に快感が強く激しくほとばしる。
「ちょっ! ん、あッ剥くのっ、だめえッ、もおだめッ……!」
抗えない快感に身を任せ、とうとう果てた。
「はっ出るっ、んあああああっ!!」
理性によるコントロールを振り切ったチンチンはクマキチの手の中で何度も脈動して、ありったけの精を吐き出した。
「っく! あっああっ、んううっ! ……ふっ、はあっ、ふう……」
全部を出し切って空になるまで、射精は長く長く続いた。
「こ、これがセーエキ……。はっ、ユーミ大丈夫か!? こんなに出て死なないか?!」
「……死なないけど、だいじょばない……はあーきもちいい……」
クマキチの過剰な心配が飛びかけていた意識を現実に引き戻す……。
これまでのどのオナニーよりも気持ちよかった。絶頂の時間は過去一番長かっただろうし、出た量も、たぶん……。
(絶頂させられるまで一瞬だったけど)快感が強かった分、イった後の余韻も強烈で、脱力感に襲われ眠り落ちてしまいそうだった。二人して撒き散らした精液の後処理が、ゆらりと漂う思考に割って入ってきて、夢だったらいいな、なんて浅はかなことを思いつつ。
「ユーミの剥いたらいっぱい出たけど……。全部剥くとセーエキ出るものなのか?」
クマキチが変な勘違いをしているのは、ぼくが早漏すぎたから……。
「いや、そうでもない。タイミングと、……まあ、ぼくが弱いだけ」
「ふうん。ユーミも弱いとこあるんだな」
「それ、クマキチが言う? 声いっぱい出して、垂れ目になってたよ?」
「ユーミがいじめてくるんだもん……」
……だいぶに調子に乗ってしまったところは認める……。
「か、かわいかったから、つい……」
「お、おれ!?」
小さく頷くと、クマキチはポッと頬を赤く染めた。一瞬黙って、それから「おれは……そんなんじゃないし」と否定しつつもどこか嬉しそうに耳をピクピクさせる。クマキチの照れ隠しに、ぼくはまたかわいさを感じてバツが悪くなり「それより、お風呂で洗うときにちょっとずつ剥く練習しときなよ?」と話を戻した。結局のところ、照れ隠しには照れ隠しで返してしまうのだった。
「そうだお風呂。汚れちゃったし汗もかいたし、お風呂沸かそう。一緒に入ろ」
「おうっ。もうどこ見られても恥ずかしくねーや!」
「ふふっ、ぼくも。あ、言い忘れてたけど、二人でやったのはナイショだからね? イブキにも!」
「オッケ、任せろっ!」
オナニーを教えてもらって一皮剥けても、まだ態度がデカくて偉そうで、だけどどうしようもなくかわいいかわいいクマキチ。弟の知らない一面は、当面ぼくだけがひとりじめしようかな。同志のイブキにも秘密なのは、クマキチにイブキのことを喋ってないのと同じで!
受験する高校を決めてから、一日一日の重みがぐっと増したように感じている。ふしぎなもので、あれだけ自身の進路について消極的だったのに、オープンスクールに行ってからはことがとんとん拍子に進んでいった。
森河原も清桜ヶ丘も、両方とてもいい高校だった。校風と町の居心地の良さだけで高校生になることへの楽しみをもたらしてくれた。甲乙つけ難かったけれど迷いはなくて、最初から決めていたみたいにぼくは森河原を志望した。クマキチの情熱が伝染して行きたい気持ちを助長させたのかもしれないけれど、でも自分の中にも確かに星は眠っていて、きっとそれが見つかっただけなのだ。
森河原のランクは高くはない。本番で名前を書き忘れない限り余裕で合格できると思う。だけど意識の持ち方が進学先を決める前とはまるで大違いだ。
目標の偉大さ。そのことを知ったのは、三人集まって作文課題をやっつける会を開いたときのことだった。
「踏ん切りついたって感じだな?」
「うん。見つかったよ」
周囲が暗い時ほど明かりが頼りになる。だけど実は周りが明るいときに明かりは必要ないかと言われるとそうではないのだと。むしろ、色々なものが見えている時こそ、強く光る星が見えてないと惑わされて迷子になりやすい。だから自分だけの目標を持ち、やりたいことをしっかり核として自分の中に持っておいてほしい――担任が終業式にしてくれた逆説的な話は、星が見つかってから意味がわかってくる。
「ユーミならそうするんじゃないかって思ってたけどな、おれは」
イブキがそう言って選択を肯定してくれることが嬉しい。同じ高校を目指すことでクマキチが俄然やる気を出してくれることと、その先、クマキチを連れていってやることこそがぼくの“星”だ。
揺るぎない目標は勉学に対する姿勢を変えてくれる。自分が理解できていることでも、いざそれを人に教えるのは思いのほか難しい。先生をやる中で何度も未熟さを痛感した。だからこの夏で教え方を勉強すると決めた。
「おれも森河原にしようかな~っと」
出し抜けにイブキが本気のトーンで言うからぼくは驚いて「え!?」と頓狂な声をあげてしまった。一方のクマキチは「おーっ!?」と期待混じりに言った。
「てへへ、ウソウソ。おまえら仲良いの見てたらちょっとアリかも?って思っただけ」
「あーびっくりしたあ」
「なんだよぅ」
「……この三人で同じとこ行けたら楽しいだろうけどなっ」
イブキが明るく取り繕ってそう言ったとき、さっきのは割と本心から言っていたんだなと瞬時に理解できた。でもそうできない理由がイブキにはある。
「クマキチ、絶対に合格しろよな!」
「おうっ!」
「今の気持ちを作文にぶつけろ!」
……ほんとうに心やさしいやつだ。大柄なバーニーズは時々やさしい弱さを見せ、ぼくの気持ちをぎゅーっと締め付ける。大きな体の中で、おそらくぼくらではわかってやれない数多くの脆いものを抱えているんだろう。それらが表に出てくるとき、もっともっとイブキの良き理解者でありたいと、そっと心に願う。
イブキのエールに応えるためにも、そしてぼく自身のためにも。クマキチをなんとしてでも森河原へ連れていってやらねばならない。
使命じみた気持ちに炎が灯されて、ぼくは「やってやろう」と強気になっていった。
弟とは言っても、直系の兄弟ではなくて従兄弟だから今言ったことは正確じゃない。ぼくの父さんの妹の子ども、それがクマキチ。奇遇なことに生まれた日はまったく同じで、羆と白熊で種族は異なるのだけど同じ熊族。首周りの白い襟巻き以外全身茶色のクマキチと、色なしのぼく、悠海。
叔母(クマキチの母)の家はすぐ近所だったので、幼少期から今に至るまでほとんど一緒に過ごしてきた。誕生日会や七五三、クリスマスパーティーにお正月……季節ごとの行事に限らず、何かにつけて二人まとめて育てられてきたこともあって、ほとんど双子扱いだった。
そう、双子。世間から双子兄弟に間違われて15年。シロクマの血を多く引いて、身体の大きかったぼくがぱっと見でも、性格的にも兄ポジションだった。今はもう背が逆転されちゃったけどね。背だけじゃなくて、部を導くようなリーダーシップもクマキチに分があるみたいで、後輩から大人気だったりする。
得意不得意はきれいに分かれていて、例えば、クマキチは勉強についてはからっきしだけど、運動はぼくよりも得意だったりする。毛色を含めて対照的な要素が多いぼくたちはほとんど双子の兄弟としてみんなから認知されてきた。
そんなぼくたちにも、それぞれで決断をしなければならないものがあった。
「オープンスクールどこにする?」
「めんどくさいし一緒のとこにしようぜ」
「オレ、前から行くって決めてたから別に平気だ。作文は聞いてねーけどな」
夢とか自分だけの目標だとか、担任からのありがた~いお話が終わったあと、クラスの話題は夏休み課題のことで持ちきりだった。授業の最終回に各教科担当から課題はもらっていたので、まさかここで担任から追い討ちがあるとは誰も想定していなかった。みんなが騒ぐのももっともだと思う。
夏休み中にオープンスクールへ参加し、感想と自分の進路について1200字以内にまとめること。一学期の終業式は梅雨明けしたばかりのからっと乾いた日だったのに、重たい課題のせいで気分は一気に塞ぎそうになる。
進路……に限らずだけど、何事も早め早めに目標を定めたほうがいいに決まっている。そんなことわかりきってるのに、強制的な機会を与えられるまで考えたくなかった理由は二つ。それも至ってシンプル。先のことを考えるのは気が重くなるから。あと単純に行きたい高校がわからない。ただ、それだけだった。
数あるものの中から、何かひとつだけを選ぶのは精神的にとても疲れることだ。
「今日から受験生の意識を持って一日一日を過ごすこと。いいですね? 夏を乗り切れないような生徒が、秋冬で挽回できる可能性は限りなく低いですよ。休み明けに胸を張れるように、しっかりこの夏で頑張ってください」普段優しいはずの担任は、耳が痛くなる言葉でホームルームを締めくくり、ぼくたち三年生を残酷な夏休みの大海原へと放り出した。
「ねえイブキ。一応聞くけどイブキは?」
終業式は朝だけで終わり、まだ日が高い空の下、ぼくたちはいつものメンツで揃って校門を出た。
「ん? 何のこと?」
「オープンスクール」
「ああ、あれなー。おれは清桜ヶ丘。もう決めてるぜ」
大柄なバーニーズマウンテンドッグは弾んだ声で言った。
「やっぱり……」
さすがイブキ。しっかりしているなあと感心する。
そうだ、クマキチは……クマキチも前言ってたあの高校で決まりかな。
「クマキチも森河原で決めてるんだっけ」
確認のために訊くと、
「おう。一緒に来るか?」
クマキチもイブキ同様に、どこか楽しそうな顔でそう答えるのだった。
わかっていたとは言え、進路を既に決定していることを二人から改めて聞かされると、疎外感が強まる。取り残されたぼくは肩が重くなるのを感じた。
「みんな偉すぎ。決めてないのぼくだけじゃんか。いつどこでそういうの決めるの? っていうか、なんで二人とも楽しみにしてるの? はぁ、無理……」
「落ち着けよユーミ。重く考えずにさ、清桜ヶ丘一緒に行ってみようぜ。行ったら合う合わないぐらいわかるから」
「イブキとだったら心強いし、そうしようかな。マジで」
「おいおいおいユーミ、おれの誘いは無視かよぅ?」
「ついでに行くよ、森河原も」
「ついでって……ヤケになってねえか?」
そうかもしれない。だって……、
「森河原、そんなに難しくないもん。目指すにはもったいなくない?」
「たはーいいよなっ、頭いいやつは! 選びたい放題だもんな~、おれなんかと違ってさ!」
「クマキチこそヤケになってんじゃん。ちゃんと勉強すればいいだけなのに。ね、イブキ」
「うん。ユーミとーりな」
「ぐさぁっ!」
仰々しく胸を押さえて崩れるクマキチ。ちなみにイブキの言った「ユーミとーり」とは、「ユーミの言うとおり」の短縮形だ。いつの間にか造語ができていた。
でも、そうか。ぼくとクマキチとじゃ選択肢の幅が異なるんだ。クマキチの今の成績じゃ、ぼくが簡単に行けてしまう森河原すら合格圏外。選択肢に恵まれたぼくが、行きたい高校が見つからないなんて贅沢は言ってられないっていうか……ん? 待てよ……それって、勉学に精を出してきた方が遠慮する側になってておかしくない!? サボってきた方の自業自得じゃない!?
なんて一瞬騙されそうになったけれど、とりあえずオープンスクールには二、三校行ってみることにしようかな。どうせ課題だし、複数行っても損することってまずないし。
どこでもいいから一度足を運んでみて、そこから考えてみればいいのかもしれない。何かひとつでも行きたい理由を見つけられたら、あるいは高校選びの基準というものを見つけられたらそれでいいかな。勉強自体は続けるのだし、進路を決めるのがすこし遅れているだけで、そこまで焦らなけらばならないのだろうか。ぼくの中ではそんな考えが徐々に大きくなっていった。
「それにしても、まさかのユーミが高校選びで悩むとはなあ。てっきりクマキチが悩むもんだと思ってた」
イブキがそう言うのに、ぼくも同意見で「うんうん」と頷いた。
「どういう意味だよ?」
「数学14点で行ける高校がないよー! ってな!」
イブキが笑って揶揄うのを、
「たしかに。あの先生のテストでその点数は中学校中退だ」
とぼくも笑った。
「アメフト部のキャプテンともあろうお方がだぜ? 引退間際に部活ほっぽって補習って!」
「ほんとほんと」
「そっ……その話はもう勘弁なんだぜ……」
痛いところを突かれたクマキチは丸い耳をペタンと倒して、大きな体を縮こませた。本当に懲りているようだった。
「おれ、夏休みで生まれ変わる。必死に勉強して森河原行きたい。アメフトも続けさせてもらえるんだ……。だからユーミ先生お願いいたします。おれの勉強を見てください」
「ふふふ、センセーだって。ユーミお兄ちゃん」
突然の先生呼びと、ぎこちない敬語。手を合わせて懇願してくる姿が滑稽で、どこかいじらしい。ぼくは思わず顔を綻ばせそうになって「まあ、いいけど」と言った。
どうせ手伝う羽目になるんだ。毎年のことだからわかってる。夏休みの最終日になってシリを叩くのも疲れるから、今年の夏は計画的にいこうかな。
森河原に行きたがってる理由とか、そのあたりの話も根掘り葉掘り聞いたらぼくも何か得られるかもしれないし。
「いよっし! 今日から頼むっ!」
「そのかわり! いやだとか、帰りたいとか言ったらダメだかんね?」
「言わない!」
「それ、なんかの映画で聞いた覚えのあるセリフだな……何だっけ?」
そんなわけで、二つのことが決まった。一つは、清桜ヶ丘、森河原両方のオープンスクールに参加すること。もう一つは、今日からクマキチの先生になること。
うん。なかなか忙しい日々を送ることになりそうだ。その中で、ぼくはきちんと自分のやりたいこと――進むべき道を見つけることができるのだろうか。それと、二人とはもっと踏み込んで語り合ってみるべきだ。なんとなくだけど、ヒントは二人からもらえそうな気がする。
「じゃあなクマ兄弟っ! あっ、そうだクマキチ、お兄ちゃんに“あのこと”聞いとけよー!」
市営団地の前で別れるとき、イブキは「ユーミ後は任せたっ! 昼からおっちゃんとこ手伝い行ってくるから、おれはイチヌケーっ!」と言って逃げるように帰っていった。
「なんのこと?」
首を傾げるぼくと、思い出したようなそうでもないようなポカーンとした表情のクマキチ。
「えっとな、朝ウシザキに聞かれてわからなかったからイブキに聞きにいったんだよ。そしたらイブキのやつ、『おれの口からは言えない。そういうのは兄貴に聞いとけ』って」
「だからなんのこと? 中身は? 何の話?」
相変わらず目的語がなくて話の要点が見えない……。
「……おれもよくわからん……」
「なにそれ。また人の話ちゃんと聞いてなかったな」
「覚えてないわけじゃないんだよ。ただ、おれヘンなこと聞くかもだし……とにかくよくわかんねーんだよ」
「変なことでも勉強でもなんでもいいよ。お腹空いたし暑いし、止まってないで早く帰ろ。お昼もぼくん家でいいよな」
要領を得ない返答にすこし苛立ちを覚えたぼくは、
(ごはん食って涼しい部屋で勉強してたらそのうち思い出すだろ)
そう思って、足速に家を目指すことにした。あの面倒見のいいイブキがぼくに投げた理由を考えながら。そして猛牛・ウシザキの名前が出たことから、あまりいい予感がしないことも薄々察知しながら……。
「ごちそうさまでした!」
母さんに作ってもらったチャーハンをかきこみ、ぼくたちは二階に上がった。
ぼくの部屋は六畳ほどの小さな部屋だけれど、置いているものが少ないから、体の大きなクマキチとイブキが来ても不自由しない。夏場はクーラーがすぐに効くから本当にこれで十分だ。
「ふあーあ、メシ食ったら眠くなるよな……」
ローテーブルを挟んで座った途端、クマキチは大きなあくびを連発する。食後だから眠いのはわかるけど、ペンを持つ前でこれだもん。このままワークを開いても寝られるのがオチな気がする。
それにせっかく夏休みに入ったというのに、最初から勉強勉強ではいくら受験生とはいえどおもしろくないのも事実だ。ここはひとつ、気分転換でゲームでもして脳をあたためてから勉強開始としようかな。
その旨を提案するとクマキチは「やっぱそうだよなっ! ユーミん家来たらまずゲームするのが礼儀だぜ」と、訳のわからないことを言って眠気が吹き飛んだ様子だった。
最近の中学生はみんなスマホを持っていて、各々アプリゲーに興じるのが一般的らしい。同じ部屋にいても見ているのは個々のスマホ画面。そんな図を想像するとどこか寂しい気がする。だけれどぼくらはまだスマホを買ってもらっていないから、据え置き型のテレビゲーム(それも旧世代)を一緒にやる。
最新型のゲーム機はグラフィックがきれいで、ゲームバランスもすごく洗練されているのだけど、当然進化するたびに荒々しさは削られていく。ぼくはその荒々しさ、無骨な部分こそがゲームの醍醐味だと思っていて、今でもこうして旧型のハードを好き好んで遊ぶんだ。
「へへ、また勝った。修行が足らんなあ、弟よ」
「んぬぬぬ……! なんでだッ!」
「スペシャルの使い所が甘いのさ。溜まったらすぐ使うの、隙だらけだよ」
「だーっチクショウ! バレてやがんの!」
運動神経は抜群なのに、ゲームは三流なクマキチ。単純な性格だから動きが読みやすくて対策が簡単だ。
レースゲームも格闘ゲームもぼくの勝率が圧倒的で、クマキチは悔しそうに頭から湯気をのぼらせる。これでも以前に比べたら上達はしているのだから、「やればできる子」のはず。……なんだけどなぁ。
「そろそろ勉強するかー。頭もいい具合に回ってきただろ?」
「はーあ、ユーミはまたそうやって勝ち逃げすんのかよ? 卑怯だぞ」
「あのねえ、クマキチが勝つまでやってたら勉強する時間なくなるよ?」
「んがー!!」
勝たせてあげたい気持ちはあるけど、手を抜くのはぼくのポリシーに反するんだ。ごめんよ。
「この問題はさっきのと考え方が逆で……ほら、さっきの分配法則のところで式を展開したでしょ?」
「数字にエックスやらワイをつけるやつか?」
「ま、まぁ、そう。で、今度のは逆で、共通の数字とか文字を括弧の前に出して括るの。因数分解は展開の逆をするんだよ」
「?おう? そうすると何がどうなるんだ?? なんのためにやってんだっけ??」
クマキチは数学で一番聞いてはいけない、哲学チックなことを訊いてくる。ぼくはうまく答えられなくて、
「今はそんなこと考えなくていいの! とりあえず、今は言われたとおり作業するんだ」
としか言えなかった。こういうとき、数学の先生ならなんて言うんだろう……? 「公式に当てはめなさい」だけなら誰でも言えるし……先生ってのはなかなか大変な仕事なんだろうなと思った。
でも、中学の数学なんて言われたこと(公式とか解法)を忠実に守ってたらひととおりのことはできるんだから、今は辛抱してもらうしかないよな……。
「これでこの問題はできたのか?」
「どれどれ? うん、あってるよ。正解」
「エックスとかワイとか、なんか付いてて解けた感じしない……」
「気持ちはわかる。でも、そういうもんだよ、数学は……」
答えが一通りしかないくせに、答えがハッキリしないこともある数学。なんだか矛盾の塊みたいでぼくも数学は嫌いだ。嫌々やっていても仕方ないから「そういうもの」として諦めているところは、ある……。
明日になる頃にさっきまでの説明が無駄になっていないことを祈りながら、次の単元へと進む。
「ルートって……何だっけ? ヘーホンコン? 同じなのか?」
「……とりあえず簡単にいくよ。4×4は?」
「しし……ジュウロクだ」
「そ。じゃあ、マイナス4×マイナス4は?」
「えーっと……ジュウロク?」
「オッケー正解。ルートってのはね――」
これもついこの間あった期末テストの内容だったんだけどな……。アメフト部を犠牲にしてまで行った補習がなにも意味をなしていなくて、ぼくの方が頭を抱えたくなる。
「ゴードンと掃除……?」
「合同と相似っ! 何聞いてたのほんとにもう!」
こんな調子でクマキチの特訓は二時間ほど続いたのだった……。
「イブキが帰り際に言ってたのって結局何だったの?」
小休憩時間。ベッドに腰掛けたぼくは、床にゴロンと寝転がっているクマキチに訊いてみる。二人とも普段見せないリアクションだったから、ずっと頭にこびりついていた“あのこと”。友だちよりも兄に聞くべきことって世間一般ではどんなものを差すんだろう。恋愛沙汰の相談かな? う~ん、あり得なくはないけど、クマキチに限ってはあり得なさそう。だとしたらなんだろう……?
ぼくは肉球に汗が滲むのを感じながらクマキチの返答を待った。
すこし間をあけてからクマキチはよっこいせと身を起こして、
「なあユーミ。ユーミはしこりしてんのか?」
真剣な顔つきでじっとぼくの目を捉えて、たしかにそう訊ねてきた。
(しこり……? しこりする?? シコ……? あ)
ぼくはクマキチの言ってる意味が最初まったく理解できなくて面食らってしまった。テストで初見の問題に出会った時の、脳を小突かれるあの感じ。でもその問題は初見でも何でもないことがわかって、モヤが晴れるあの感じ……。
「やっぱりおれヘンなこと聞いてる?よな?」
「ああ、いや……えっと、それって……」
まるで意味不明だったけれど、イブキがぼくに投げた理由や言葉のイントネーション、ウシザキの介在などから総合的に推測すると、クマキチの言わんとすることが掴めてきた。掴めてきたけど、これ……!? どんな顔してなんて言えばいいっ!? っていうかさ! 今の今まで知らなかったの!?
はあ……ぼくも相当だ。クラスの連中(主にウシザキ周辺の男子)ならこの手の話題が出たときでも、恥ずかしげもなくスパッと答えるのだろうけど。知識の違いこそあれど、クマ兄弟は純粋という点でそっくりだ。
大柄で垂れ耳のバーニーズが「ひひひ」と笑っている顔が浮かぶ……。「おれとやった時のこと、しっかり弟に教えてあげろよな」って……。
ぼくはもう思い切って確認してみることにした。
「お、オナニーのこと……言ってるんだよな……?」
その単語を口にするのがやたらと恥ずかしくて、顔がかーっと熱くなる。ま、まあぼくももう15歳だし、健全な男子だから(?)オナニーは知っているし、当然行為もするけれど、こうして対面で質問されるだけでドギマギしてしまう。
クマキチはしばらく黙ったあと、「思い出した。イブキたちも言ってたな、そんなこと。で、その『しこり』とか『おなにぃ』って結局なんなんだ? 同じモンなのかよぅ?」と、数学の時とは異なって純粋に知りたい!って顔でぼくを見つめてくる。おっとりとした大きめの目は、けがれがなくてきれいだった。
「ユーミも知ってんだろ? おれだけ知らないっぽいんだよ」
う……やっぱりそうだ。困った。あー困った、本当に、非常に、とてつもなく困った。
自分で確認しておいて「やっぱり知らない」とシラを切るのはもはや難しい。説明するにしても、実際に体験してもらわないと理解できないものだしな、あれは……。ぼくが実践して見せびらかすのはもっと違うし……。かと言って、嘘をついて誤った知識を植えるのもどうかと思う。やっぱり……、
(実践……そうだ)
それしか、ないんだよな……。男子なら遅かれ早かれ経験するんだ。だったらその時期が今だとしても、ぼくがこの手で教えてやっても……別にいいんじゃないか?
(それにクマキチが精通を迎えるとこ、ちょっと気になるし)
性的な好奇心も手伝って、ぼくはクマキチにオナニーを教えてあげることに決めた。
「ホントに、知りたい?」
「ああ! 教えてくれ」
「覚悟はいい?」
「? できたぜっ!」
覚悟――自分にも問いただしているみたいだった。クマキチには男として一皮剥ける覚悟を決めてもらう。そうすることで純粋極まりないクマキチをけがしてしまう罪悪感を相殺できるのと同時に、一方のぼくもクマキチに対してある種の責任を負う。そういう覚悟が、互いに必要な気がして。
「鍵?」
「万が一のことも考えとかないと」
「よくわかんねーけど、なんかワクワクするなっ!」
母さんは用事で出かけたけれど、念には念を入れて部屋に鍵をかけておく。鍵を閉めるだけで、今からイケナイ行為に及ぶみたいになって、張り詰めた空気が部屋を満たす。
「今から教えるんだけど、まずはそうだな、ズボン脱いで」
指示を出すとますます顔が熱っぽくなって、心臓がトクトクと音を鳴らしはじめる。
「おうよ」
クマキチはなんの疑いもなくベルトを緩め、制服のズボンを下ろした。
「脱いだぞ? 次はどうすんだ?」
変わり映えのしない、グレー色のボクサーブリーフ姿を恥じる様子もなく曝して。あまりにも素直に、そしてきょとんとした顔でトントン拍子に進めようとしているから、ぼくは逆に呆気に取られた。
「あ、えと……ぱ、パンツも……脱げる……?」
遠慮がちにそう言うと、さすがのクマキチも「んなななっ、パンツもか!?」と目を大きく見開いて慌てふためきだした。無理もないか……?
「フルチンになんねーとダメなのか……?」
「……うん……。チンチンをいじるの……」
“おなにぃ”も“しこり”もシモ系のことだったと気づきはじめたクマキチは、ぼくよりも急激に顔を真っ赤に染めた。おそらく、鍵をかけた理由もわかって、点と点が線になったみたいだ。
やがて緊張感からかガチガチに固まってしまったクマキチを「オナニーってそういうことなんだよ。知りたいんでしょ?」と優しく諭す。
「大丈夫。ウシザキもイブキも、ぼくだってやってる。痛くないし気持ちいいことだから、ね?」
クスリを勧める文句みたいだなと思った。勧められる側としては、未知の概念を自分の中に入れるという点で、また、快感を得られるというので、薬物とオナニーは似たようなものとして受け取るかもしれない。
「おれ……ちょっと、こわい……」
クマキチは案の定怖がってしまい(実はこう見えて怖がりなのだ)、せっかく脱いだズボンを履きなおそうとする。それを目に留めるなりぼくは、
「ま、待ってクマキチ。ぼくも脱ぐから……一緒にやるから」
と自らを犠牲にするようなことまで言って、手解きしてあげようと必死になっているのだった。
雰囲気にあてられてどうかしている。そうとしか思えないのだけど、ぼくはもう自分の気持ちを止められなくなっていて、ついにズボンを脱いでしまった。フェアな奇行(とでも言うのかな?)が功を奏して心開いてくれたのか、クマキチはズボンを上げる手を止めてくれた。
「おいで。怖くないからさ、こっち座りなよ」
ベッドをぽんと叩いて、呆然と立ち尽くしているクマキチを促す。クマキチはパンツ姿のまま、おずおずとだけど、ちゃんとぼくの横に腰掛けてくれた。
「……おれ、どうしたらいい……?」
「任せて。全部ぼくが教えてあげるから、力抜いてリラックスしてて」
「う、うん……」
言葉では言うものの、クマキチは全身ガッチガチで汗もびっしょりだ。どうにか緊張を解いてあげたくて、そっとクマキチに体を寄せた。暑いのにぺたりと体を密着させたまま、よくスキンシップで触っているお腹と首周りのトレードマーク――白の被毛をまさぐって撫でてやる。
(クマキチのにおい……)
撫でると汗くさい、酸っぱい体臭が漂ってきた。独特の汗くささはお世辞にも好きとは言えない。だけど、なぜか今日は違った。鼻がよく知る体臭が鼻腔をつくだけで、クマキチのことが無性に愛おしいと感じてしまった。だからなのか、ぼくはもっと体を寄せて、クマキチのことを全身で感じようとしていたのだった。
「ユーミのチンチン、でかくなってる……」
いつの間にか隆起させてしまっていた股間……。クマキチが気づいてそう呟くから、心を満たしかけていた愛おしさは羞恥に塗り替えられてしまう。
「うん……オナニーするにはボッキさせないとだめなんだ……。クマキチもなるでしょ? 寝起きとか、あと、エ……エッチなこと、考えた時、とか……」
訊くとクマキチは消え入りそうな声で「ん……」と言って、両手でグーを作ってチンチンを覆い隠してしまった。
お風呂に入る時に、プールでの着替え。幼い時より今もずっと、クマキチのすっ裸を見る機会は少なくない。いつもは惜しげもなくころんと小ぶりなものを堂々と曝していて、隠すような真似は絶対しないのに。今はやたらとガードが固くて、なんとしても守るって意志を感じる。俯いて大きな体を縮こませている姿にぐっとキてしまうのだけどこれじゃ先に進めない……。
「あっ、ダメだよ隠しちゃ……。ぼくだって恥ずかしいのに」
クマキチの肩に手をまわし、もう片方の手で力が込められた拳にそっと触れる。
「大丈夫。一緒だから、大丈夫」
耳元でゆっくりそう言うと、クマキチはやっと手をどかした。
見ると、股間部は腹肉で押し潰されそうになりながらも、しっかりと、だけど控えめな盛りあがりをつくっていた。
(かわいい……)
あまりにも無知で純粋なクマキチ。弟の知らなかった一面を目の当たりにし、ぼくは本当にそう思った。普段のふてぶてしい態度とはまるっきり一転したいじらしい姿とのギャップも相まって、今のクマキチはかつてないほどにかわいく、愛おしくぼくの目に映る。
「ヘンな気分……」
興奮してる? 訊くとクマキチは恥ずかしがってしまいそうだから、言葉を飲んで「ぼくも」と頷く。
「チンチン触るね?」
こくりと頷くクマキチ。よおし、同意はとれた。左腕を肩に回したまま、右手でクマキチのソコをパンツ越しに触れる。
「っ……!」
硬い……! それに熱っぽいのが伝わってくる……。
「んっ!」
軽く揉むと抑えきれなくなった声を漏らして、チンチンをひくっひくっとさせる。感度はすごく良好なようで、今まで一度たりともイジったことがないと窺える。
指先で優しく、そして入念にクマキチの秘部を確かめていく。長さ、太さ、形状……さまざまな情報が指先より伝わってきて、早く生地の向こうの実物を見てみたい衝動に駆られてくる。
「ど、どうお? きもちいいだろ?」
「うー……なんか、やばい……」
「ね、クマキチ。そろそろ立って? ぼくも脱ぐから」
「…………」
クマキチは何も言わずに、言うとおりベッドから立ち上がった。直立すると腹と腿のお肉に挟まれていた分がなくなって、クマキチの小ぶりなテントは地面と水平にピンッと張りあがる。さっきので先走りが出たんだろう、すこしだけシミができている。
お互い立ったまま向かい合い、それぞれのボッキした性器に興味津々と見入っていた。
「ゆ、ユーミの……」
「ん?」
「……ユーミのチンチン、やっぱりでかい……おれのより、すごく……」
ぼくの下腹部の膨らみへと熱っぽい視線を注いで、クマキチは羨ましそうに言った。
……顔から火が出そうになりながら、ぼくは咄嗟に「そんなことない」と謙遜してしまった。たぶん、いや……疑いようもなくぼくの方が大きいのだろうけれど、そのことをクマキチの口から言われるのは胸のあたりがむず痒くて仕方なかったんだ。
「パンツ、ぼくがおろしてもいい?」
腰をかがめて、ブリーフのゴム部分へ手をかける。
(初めて見る……クマキチの勃ったチンチン……)
そう思うと鼓動がドコドコと跳ねあがってくる。
そのまま徐々にずり下ろし、むっちり肉づいた鼠蹊部とチンチンの根元が見えたところでズルッと!……そう、一気に下ろしてしまった。ドキドキのあまり力加減を誤って……。
「んぐあっ!?」
かわいらしい声とともに、クマキチのチンチンがぶるるっと元気よく弾けて、目の前に登場した。
ソレは完全に勃った状態でも控えめなサイズだった。極端に短いせいか(目測だけど8センチくらいかな?)、そんなに太くないはずのチンチンは幾分か太く見える。皮は当然のように先まですっぽり被っていて、タケノコみたいな形。キュッと萎んだ包皮の先っちょからは先走りの液がとろ~っと垂れている……。
(これは……なかなかイブキといい勝負をするかもしれないぞ)
大きさといい形状といい、親友バーニーズのソレとそっくり似ている気がする。二人とも体はぼくよりも大きくて立派なのに、そこはまだまだ子どもだ。アンバランスな加減がすごくかわいいものに思えてくる。
「も、もういいだろっ……! ユーミの番だ……」
勇ましく勃ったチンチンを眺めながらそんなことを考えていたら交代の声があがった。自分で言ったことだし、しょうがない……見せてやるかぁ……。
いざ立場を逆にしてみると、思いのほか顔が張ったテントのすぐ前にあって気恥ずかしさが急沸騰するというもの。こう、至近距離で急所に注目される恥ずかしさったら言葉ではいい尽くせないものがあるというか……。
「いくぞ……」
クマキチはぼくのトランクスに手をかける。腰に添えられた手はわずかに震えていて……、
「ぎゃ!?」
べちんっ!
……勢いよくトランクスをずり下ろしやがった……。チンチンは反動でお腹あたりまで反り返って結構いい音を立てた……。じゃなくって!
「あいてっ!」
「すっ、すっげー……! でっけぇ……!」
痛かったと文句を言おうとしたのに、きらきらとした羨望の眼差しを向けられた途端、その気は失せてしまった。
「そ、そう?」
男のシンボルを褒められるのは小っ恥ずかしいけれど、でも同時に誇らしい感情も沸いてきて、ふしぎな感じだった。まあ、今まで生きてきて自分の息子を誉められる機会なんてなかったし……。
「おれのと変わらないって言ったのに……ユーミの嘘つき……。おれのより倍ほどでかいじゃんかよぅ……」
……これ以上話が大きくならないうちに訂正しておくと、クマキチの言う「倍ほど」はさすがに盛りすぎだし、「でかい」とは言ってもあくまでクマキチ比だ。イブキから“あの相談”を受けた時、ペニスのサイズについてパソコンで調べたことがあるのだけど、ぼくのは平均サイズに届いてなくて悔しい思いをしたって記憶がある……。
「倍はないって。あっても1.5倍くらい?」
たぶん、それくらい。
特に熊族は脂肪が厚いから体躯のわりにブツは小さく、皮っ被りの包茎が一般的って書いてあったけど、12センチほどあったら健闘している方なのかな? 皮は……クマキチ同様にやっぱり被ってるんだけどね……。て、手を使えば一応全部剥けるんだから……!
「ぼくのはもういいからさ……お、オナニー、知りたいんだろ……?」
そうだ。もともとクマキチに指南してあげるだけのはずだったのに、いつの間にか見せ合いっこに発展していて全然先に進めていない。
下半身を丸出しにしたままベッドの上に移動してクマキチを座らせる。
「そ、それじゃもっかい触ってくね?」
「お、おう……」
「さっきはパンツの上から触ったけど、こうして直接……」
「ふ……あっ、あぅ……っ!」
クマキチのチンチンを優しく包むように指で摘み、そっと上下に動かして刺激を与えてやる。皮の上からでも亀頭へ送られる刺激は相当のもののようで、クマキチは目をギュッと閉じ、歯を食いしばって呻く。
「いッ……ぅんっ……待っ、こそばゆい……!」
(汁の量すご……! さっきあんなに垂らしてたのに!)
揉みはじめて間もなく包皮の先からカウパー液がとめどなく溢れ出てきて、控えめなチンチンは一瞬でヌメヌメにコーティングされた。剥く前、出す前からもう既に生ぐさいにおいを発して、しかもぼくの手をベトベトにした生意気なリトル・タケノコ……。
くちゅっくちゅっとやらしい音を立てて、ぬるぬるになったチンチンを先端に向かって撫でるように扱くと、クマキチの声が高く、大きくなる。
(先っちょ、弱点かも?)
「うあっ! だ、だめっ……、そこっ、触んっ! がっ……、だめっ、だってえ……!」
包皮の先端部は特に敏感なようで、柔らかい皮を指でツンとつつくだけでクマキチは涙声になって大きな体をビクビク痙攣させる。腰も逃げそうになってるのだけど、本気で嫌がっているという感じはしない。だってやろうと思えば、部活で培われた腕力でぼくの腕を掴んで阻止することだってできるはずだし。
「ほ、ほんとは嫌じゃないんだろ?」
「んがッ!? そ……んなの……わかんっ、ないよぉ……!」
「ふうん。わかってるくせに」
「はひいっ!?」
荒げた吐息を吐く間も与えず、クマキチのチンチンをいじめ続ける。
慣れない快感のせいなんだろう。クマキチは、やっぱり一応、逃げたそうにジタバタと暴れてベッドを軋ませる。だけど時折、更なる快感を求めにいっているような、訳のわからないわからない動きを見せるから、ぼくもエスカレートしてしまう。
「どうしてほしいのさ?」
口では「いやだいやだ」とこぼしながらも、自ら腰を動かしてぼくの手をまるでオナホのように使ってくるので、手をギュッと握り締め、人差し指で先端の柔らかいトコをイジってやることにした。
「こう? これがいいの? ここ?」
「ひぐうっ、ゆ……ユーミぃ……っ! お、おれ……ヘン……にっ、なるっ……! ゆ、ゆるじ……でぇ……!」
包皮をイジったらイジるだけ透明液をこぼし、高くよがった声になっていく。
(こんなの、反則級にかわいい……)
ぼくに手解きされて、ピュアなクマキチはどんどんけがれ、まだ知らない快楽の沼に引き摺り込まれてゆく。その様がどうしようもなくかわいくて、愛おしくて、ぼくの息子はギンギンに勃ちあがっていた。そっと下を見やると、クマキチみたいにカウパー液が滲み出ていて、先っちょを濡らしまくっている。そうか、ぼく……齢15になる男に、それもずっと側で暮らしてきた弟に欲情してチンチンをひどく滾らせているんだ……。
「きもちいい?」
「あっ、んっ! ひ……ひもちっイイっ! いいっ、からあっ……!」
「なんか出そう?」
「お、っ……シッコ……! うあっ、ままま待っ……オシッコ漏れっ、かも……っ!」
クマキチの限界が近づいてきている。そのままイかせてあげよう。チンチンの皮を剥いて……、
「いっ、いでぇ!」
ラストの仕上げに、ちゅるんと亀頭を剥き出しに…………あれ?
「あ、ごめん……痛かった?」
「いってててー……」
(まさか……)
「ねえクマキチ……」
「んだよぅ……?」
「チンチンの皮、剥いたことない……?」
「んんんぅ……こえーからやったことない……。剥けてねえとだめなのかよぅ……?」
あちゃー……そうきたか……!
クマキチの包茎具合を見たとき、ひょっとして……とは思ったけれど本当に剥けないとは!
「ううん。だめなわけじゃないけど……」
「……?」
「ちょっと、乱暴にやっちゃうかも」
「ら、乱暴って何す――んっああああああっ……!! んやっ、いやだあっ、いやぁああああっ!? 皮触っ、んんっ、のっ、だめっらってえっ! ユーミやめっ……あぐうううううぅ!?」
撫でると一番気持ちいい亀頭。隠れて出てこないんだったら、そう……ぼくの方から迎えに行けばいい。つまりどういうことかというと、指を突っ込んでやるんだ。ぼくもオナニーするときたまにやるけれど、被ったチンチンに指をつっこんで皮と亀頭をこするのは脳が焼ききられてしまうほどに気持ちいい。一瞬で射精にまで導けるこの禁忌技を、クマキチに……!
「あふあっ!!? んな、とこにっ、ゆ、指……入れんっなよ……っ、うひいっ!?」
「だって剥けないんだもん」
いまだなお我慢汁を分泌させてヌメヌメになっている包皮は、ぼくの人差し指をいとも容易く飲み込む。
「こうやってたら皮も広がって剥けるかもよ?」
爪を当てないように気をつけて、皮の内側をこすりつつ亀頭もひと撫で……! 空いてる手で縮んでしまったタマも同時に揉んで両側からせめてやる。
「おわあああああっ!? だめっ、だめだめえええっ! あ……あだま、おかしくっ……ううっ!?」
「どう? 今度こそ出そう?」
「もっ、だめっえ……! がまっん、も……むりぃ……! またシッコ漏れっ、うあっ!あっ!出る出る出るっ!出ちまうううううぅ!!!」
クマキチの全身がブルブルと震え、
ちゅぷんっ――絶頂に合わせて皮から指を抜き、栓を解く。すると、クマキチの身体で大事に溜められてきたそれはついに解放の瞬間を迎える。
「んああああああああああああっ!!」
一際大きな鳴き声とともに、太短いチンチンからは見たこともないくらい大量の精液がびゅくーっ、びゅくーっと射ち放たれる。
「んううううううううっ!!!」
まるでビームのように激しく、雄々しい射精だ! 想定をはるかに超えてきた勢いのよい精通にぼくは圧倒され、咄嗟に身を守れるものを探した。ベッドと部屋だけにとどまらず、自身もにおいと粘度の強烈な白濁液まみれになるのは勘弁で、しかし口で咥えるのはまだ勇気が足らなかったから……。
(あ、あった……!)
近くにあったクマキチのパンツを、ひたすら精液を撒き散らし続けるソレに被せて上からぎゅむっと握ってやる。
「んッあぁあああああっ!?」
手の中でチンチンは大きな脈動を刻み続け、パンツに染みを塗り広げていく。一回の絶頂で十回は精液を吐き出しただろうか、グレーのボクサーパンツは瞬く間に黒っぽく変色し、ドロっとこしだされたゼリー状の精液が手を汚した。
「はあっ…………はあっ…………」
長かった射精がようやくおさまり、チンチンも萎んでいったので再びクマキチに意識を向けることができた。クマキチは熱い吐息を吐きながら、自分の身に何が起こったのかわからないというふうに目をとろんと蕩けさせていた。
「はっ……はふう……」
大きな舌も出ている力尽き果てた表情に、
(イった後はこんなに垂れ目になるものなのか……)
などと思いながらぼくは、
「気持ちよかった?」
とわかりきったことを訊いてみる。
「う、うん……けど、漏らしちゃった……。あれ、なんで白いの?」
「オシッコじゃないよ、精液って言うの。今みたいにチンチンいじって気持ちよくなったら出てくるんだよ」
「うん……」
「オシッコとは全然性質が違って、ベトベトでにおいもあるんだ」
手にべっとり付いた精液と、立派に白く汚れてしまったパンツを見せて説明を続ける。
「だから早めに拭かないとカピカピに乾いちゃう。それにしてもクマキチ、こんなにいっぱい出るんだね。驚いてパンツ被せちゃった、ごめん」
クマキチは意に介さない顔で「ううん、いい」と言ってくれたけれど、実際このパンツはもう使い物にならないかも。あとでシャワーに入るときにでも替えのパンツを貸してあげないとな。
「で、最後にチンチンをきれいに拭き拭きして――」
「んあっふ!?」
「はい。オナニーはこれでおしまい」
「う、うん……びっくりしたぁ……」
「今度からは自分一人でやるんだよ?」
「うん……わかった」
イってからやたらと「うん」が多くなったクマキチ。いつもより数倍頼りない表情も浮かべていて、ちゃんとわかってくれたのか不安が残るけれど、ぼくは教えるべきことはきちんと教えた。兄としての務めも果たした……つもりだ。
「いつやればいい?」
「いつって、そりゃあ……」
ムラムラして勃起した時だろうか? それとも寝る前とか、時間的なこと?
まあどちらにせよ、やりたい時でいいんだから「クマキチのやりたくなったタイミングでいいよ」と曖昧な答えで濁しておく。
「ふうん。ユーミはしなくていいのか?」
「ぼく? 今?」
「うん」
「……なんで?」
おっとり垂れ目のまま話の主体を突然ぼくに向けてくるので、また気恥ずかしくなってしまった。
「んと、チンチン、まだ大きいから……え、エッチな気分なんかなーって……」
「…………」
視線がぼくの息子の方に向いていることに、そしてギンギン状態だってことにも今更気づいて、クマキチと同じように局部を手で覆い隠してしまうぼく。先端が先走りでグチョグチョだったことにも遅れて気がつく始末……。
「そ、そうなのか?」
「…………」
「? ユーミ?」
「……うん……まあ、そう、かも……」
正直なところを言うと、ぼく、今すごく抜きたい気分……。あんなにかわいく鳴いたクマキチと豪快な射精を見ておいて我慢できるほど忍耐強くもできていない。だから、
「だったら、お、おれも触ってみたい。ユーミのデカチンチン、もっかい見してほしい」
クマキチのおねだり攻撃でちっぽけな羞恥心は簡単に砕かれて、手をどかしてしまうのだった。
「ん……同じようにしていいよ。クマキチにやったみたいに……」
そう言ってぼくはベッドに身を預けて、ビンビンのモノを天井に向けた。
秘部をオープンにすること。それは自分の最も弱点とするところを好き勝手に触らせることへの許可と同義だ。場所も姿勢も違うけれど、ふと、イブキと、似たシチュエーションに発展してしまった時のことが頭によぎった。
やっぱり自分以外の誰かに触られるのは、単に恥ずかしい以上に恐怖も混じっている。心臓が必要以上にきつく収縮しようとする感覚はあの時と同じだ。
「すげーでかい……いいなあ」
クマキチはぼくのチンチンを舐め回すように見つめて、また同じ感想を漏らす。堪らなくなって目を瞑り、(早く触れよ!)なんて心の中で叫んでいたら、先っちょに鼻息をかけられて本当に「やんっ!」と甲高い声で叫ばされてしまった……。
「この透明な液? こっちはにおいしないんだ?」
「! そんなとこ臭わなくていい! は、早く触っ、あひゃうん!!?」
急所を握られたかと思えば軽く皮をめくられ、今度は口で息を、しかも亀頭に吹きかけられるから二度も情けない声が漏れた。
「わ、すげっ! 片手に収まらないや。しかも簡単に剥ける……。痛くないのか?」
「……っ、ないよっ!」
「チンチンの中、こんなふうになってんだな~真っピンクだ」
「んくっ、ふっ……! ぅああああっ!?」
「おおー全部剥けた!」
大きな手で優しく握られたまま包皮を根元の方にずり下げられ、チンチンは完全に剥かれた。敏感な亀頭がすべて剥き出しになって、外気に晒される。包皮による締め付けがなくなり、快感を伴ってチンチンがよりいっそう膨張していくヘンな感覚。人の手だからだろうか、普段のオナニーでは味わえない刺激に早くもおかしくなりそうだった。
「戻るんだよな? これは……」
「んぐっううう!?」
めいっぱいに空気を入れられた風船みたいに膨らんだ亀頭は、しかし突然皮を戻されることになる。
性器をイジる実権が自分以外にあるというのがこれほどまでに恐ろしいとは! 電気的な快楽刺激の送られてくるタイミングがまったく読めない……!
「おれと同じカタチ……へへ、さっきと別の生き物になったみてえだ」
「うっ、く……、っるさい!」
ぼくの過敏な反応を面白がっているのか、やり返しのつもりか、単に好奇心でやっているのか……もはやなんだっていいけど! 勃起したチンチンをおもちゃのように扱ってくるから、全身がむずむずしてしょうがない!
「うあっ!?」
ベタベタと触ってきたり、また皮をゆっくり剥いたり……。予測不能なイジり方をされて、ぼくは一直線に限界へと昇りつめていくのがわかった。下腹部の奥が熱を持ち始めて、ホントいい加減にしてくれないとぼく――
「でかっ……また膨らんで! うお、ヒクヒク動いてる……!」
耳から入ってくる恥ずかしい言葉すらも快感を増幅させる。もう一回ズルッと剥かれたところで、脳に快感が強く激しくほとばしる。
「ちょっ! ん、あッ剥くのっ、だめえッ、もおだめッ……!」
抗えない快感に身を任せ、とうとう果てた。
「はっ出るっ、んあああああっ!!」
理性によるコントロールを振り切ったチンチンはクマキチの手の中で何度も脈動して、ありったけの精を吐き出した。
「っく! あっああっ、んううっ! ……ふっ、はあっ、ふう……」
全部を出し切って空になるまで、射精は長く長く続いた。
「こ、これがセーエキ……。はっ、ユーミ大丈夫か!? こんなに出て死なないか?!」
「……死なないけど、だいじょばない……はあーきもちいい……」
クマキチの過剰な心配が飛びかけていた意識を現実に引き戻す……。
これまでのどのオナニーよりも気持ちよかった。絶頂の時間は過去一番長かっただろうし、出た量も、たぶん……。
(絶頂させられるまで一瞬だったけど)快感が強かった分、イった後の余韻も強烈で、脱力感に襲われ眠り落ちてしまいそうだった。二人して撒き散らした精液の後処理が、ゆらりと漂う思考に割って入ってきて、夢だったらいいな、なんて浅はかなことを思いつつ。
「ユーミの剥いたらいっぱい出たけど……。全部剥くとセーエキ出るものなのか?」
クマキチが変な勘違いをしているのは、ぼくが早漏すぎたから……。
「いや、そうでもない。タイミングと、……まあ、ぼくが弱いだけ」
「ふうん。ユーミも弱いとこあるんだな」
「それ、クマキチが言う? 声いっぱい出して、垂れ目になってたよ?」
「ユーミがいじめてくるんだもん……」
……だいぶに調子に乗ってしまったところは認める……。
「か、かわいかったから、つい……」
「お、おれ!?」
小さく頷くと、クマキチはポッと頬を赤く染めた。一瞬黙って、それから「おれは……そんなんじゃないし」と否定しつつもどこか嬉しそうに耳をピクピクさせる。クマキチの照れ隠しに、ぼくはまたかわいさを感じてバツが悪くなり「それより、お風呂で洗うときにちょっとずつ剥く練習しときなよ?」と話を戻した。結局のところ、照れ隠しには照れ隠しで返してしまうのだった。
「そうだお風呂。汚れちゃったし汗もかいたし、お風呂沸かそう。一緒に入ろ」
「おうっ。もうどこ見られても恥ずかしくねーや!」
「ふふっ、ぼくも。あ、言い忘れてたけど、二人でやったのはナイショだからね? イブキにも!」
「オッケ、任せろっ!」
オナニーを教えてもらって一皮剥けても、まだ態度がデカくて偉そうで、だけどどうしようもなくかわいいかわいいクマキチ。弟の知らない一面は、当面ぼくだけがひとりじめしようかな。同志のイブキにも秘密なのは、クマキチにイブキのことを喋ってないのと同じで!
受験する高校を決めてから、一日一日の重みがぐっと増したように感じている。ふしぎなもので、あれだけ自身の進路について消極的だったのに、オープンスクールに行ってからはことがとんとん拍子に進んでいった。
森河原も清桜ヶ丘も、両方とてもいい高校だった。校風と町の居心地の良さだけで高校生になることへの楽しみをもたらしてくれた。甲乙つけ難かったけれど迷いはなくて、最初から決めていたみたいにぼくは森河原を志望した。クマキチの情熱が伝染して行きたい気持ちを助長させたのかもしれないけれど、でも自分の中にも確かに星は眠っていて、きっとそれが見つかっただけなのだ。
森河原のランクは高くはない。本番で名前を書き忘れない限り余裕で合格できると思う。だけど意識の持ち方が進学先を決める前とはまるで大違いだ。
目標の偉大さ。そのことを知ったのは、三人集まって作文課題をやっつける会を開いたときのことだった。
「踏ん切りついたって感じだな?」
「うん。見つかったよ」
周囲が暗い時ほど明かりが頼りになる。だけど実は周りが明るいときに明かりは必要ないかと言われるとそうではないのだと。むしろ、色々なものが見えている時こそ、強く光る星が見えてないと惑わされて迷子になりやすい。だから自分だけの目標を持ち、やりたいことをしっかり核として自分の中に持っておいてほしい――担任が終業式にしてくれた逆説的な話は、星が見つかってから意味がわかってくる。
「ユーミならそうするんじゃないかって思ってたけどな、おれは」
イブキがそう言って選択を肯定してくれることが嬉しい。同じ高校を目指すことでクマキチが俄然やる気を出してくれることと、その先、クマキチを連れていってやることこそがぼくの“星”だ。
揺るぎない目標は勉学に対する姿勢を変えてくれる。自分が理解できていることでも、いざそれを人に教えるのは思いのほか難しい。先生をやる中で何度も未熟さを痛感した。だからこの夏で教え方を勉強すると決めた。
「おれも森河原にしようかな~っと」
出し抜けにイブキが本気のトーンで言うからぼくは驚いて「え!?」と頓狂な声をあげてしまった。一方のクマキチは「おーっ!?」と期待混じりに言った。
「てへへ、ウソウソ。おまえら仲良いの見てたらちょっとアリかも?って思っただけ」
「あーびっくりしたあ」
「なんだよぅ」
「……この三人で同じとこ行けたら楽しいだろうけどなっ」
イブキが明るく取り繕ってそう言ったとき、さっきのは割と本心から言っていたんだなと瞬時に理解できた。でもそうできない理由がイブキにはある。
「クマキチ、絶対に合格しろよな!」
「おうっ!」
「今の気持ちを作文にぶつけろ!」
……ほんとうに心やさしいやつだ。大柄なバーニーズは時々やさしい弱さを見せ、ぼくの気持ちをぎゅーっと締め付ける。大きな体の中で、おそらくぼくらではわかってやれない数多くの脆いものを抱えているんだろう。それらが表に出てくるとき、もっともっとイブキの良き理解者でありたいと、そっと心に願う。
イブキのエールに応えるためにも、そしてぼく自身のためにも。クマキチをなんとしてでも森河原へ連れていってやらねばならない。
使命じみた気持ちに炎が灯されて、ぼくは「やってやろう」と強気になっていった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説







どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる