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龍王と魔物
95話目
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────ここはどこだ。確か私はスフィア破壊の為にルネデド家を襲撃した。
そしてあの魔導師白雪姫との戦いで死んだのではなかったのか?
一先ず状況確認のために身体を動かそうとして、やけに身体が重いことに気付いた。それに身体の可動域が著しく狭いしなんなら力も弱い。全身の腱をズタズタにしたとしてもここまでにはならないだろう。何が起きてるのかと確認しようとすると突然視界に小さな赤い龍が割り込んできた。
この気配、見てくれは異なるがあの時の龍か!
【目が覚めた?良かったよ。うん、いやまあ貴女にとっては一概に良かったとも言えないけどね。】
「なんの、話だ」
声が直接頭に響く。しかし開口一番私を気遣うなんて見かけに反してまるで中身が人間みたいだ。
それに発した私の声は奇妙な感じがした。口から発声しているのではなく、言うならば腹の底から音が発したような。
看過できない違和感。私の身体に何が起きている?
何故かは分からないが赤龍はなんだか心底気の毒そうな顔色を浮かべている気がする。彼は指をそっと立てかけられている立見鏡を指差した。そこに私の今の姿が写っていた。
驚愕して息が一瞬だけ止まった。
【いいですか、落ち着いて聞いてください。
貴女はあの夜から1週間寝ていました。そして人形になっています】
「なによなんなのよこれはあああぁぁぁ!!!」
【落ち着いて!いや気持ちはわかるよ!?
うんうん牛さんの人形って酷いよね!せめてゴルバニアファミリーの人形なら】
「あの、女ァ……!」
【もしもーし。大丈夫、じゃないみたいですね】
鏡には露店に売ってそうな安いフェルト人形が映っていた。まさかこんなバカなことがありえるのか!?魂を抜き取って全く別の人形に魂を吹き込むなど。
ガチャリとドアの扉が開かれ、件の人物が入ってくる。
「あら おはよう サキ。時間が大分かかったけど上手く馴染んだみたいで良かったわ」
白雪姫。魔導教会序列2位にして、あの魔導師と魔女による"千年戦争"を止めた立役者。
私の恨みがましい視線など意にも介さず涼しげな表情でこいつは笑った。
「私に何をした」
今にも沸騰しそうな感情を納めて冷静に努める。
感情に身を任せるなど三下のすることだからだ
「見ての通り、呪いで貴女の肉体を一度分解して、そこから貴方の魂の情報をコピーして再構成しました。初めてやるから機能しない可能性も少しはあったから流石は私ね」
「こん、の~~!!」
無理だった。なぜか自制が効かずに激昂して思わず飛びかかる
「ふざけるな!元に戻せ この! この! この!」
殴る。蹴る。しかし何度も繰り返したがまるでダメージを負う様子はない。私の以前の力は完全に失われてしまっているようだった
「えいっ!」
「グワァ!」
白雪姫の無情なデコピンで私の身体が先程までいた椅子まで跳ね飛ばされた。どこまで非力になってるんだ。これでは赤子以下ではないか
「聖騎士の聖気は肉体依存。つまり肉体が別に再構成されるとその力は失われるのですね。これは貴重な情報です。今後も貴女みたいな元聖騎士を相手にする可能性も十分にありますからね」
「くそっ……言っておくが何をされても情報を吐くつもりはないぞ」
その言葉を聞いて、彼女は心底嬉しそうに目を輝かせた。虫の脚をもいで殺す無邪気な子供のように
「本当に?何をしても良いんですか……?
ところで貴女意識を保ったまま臓器を取り出された経験ありますか?いえ。確認です。ただのね。"脱穀 綿詰" あの呪いの特徴は、相手を苦しめるのに特化しているそうなんですよ。具体的に言うと人形に詰まった綿が人間で言う腑に相当するので綿を掻き出したら想像を絶する痛みを伴います」
「心配しないで下さい。それでは死にません。この呪いは痛みの再現性に特化している。だから綿を詰め直したら何度でも同じことが出来ます。腕を引きちぎっても縫い直せば同様です。それこそ人形が形を保っている間は永遠に。
……人って死なない激痛にどれくらい耐えられるものなんでしょうか。ね?サキ ハザマ。
もう一度聞きますけど、何をしてもいいんですか?」
怖気が走った。これは冗談じゃない。脅しではない。本当にやる。こいつは。拷問とすら思ってない。ただ実験材料として情報を集めようとしているだけだ
「あれ?返事はどうしました。
ねえ、私の言ってること、分 か る よ ね ?」
「……ヒィ!」
【おいやめろ!そんな非人道的なことは我が許さんぞ。胸糞悪い】
止めに入った赤龍を前にこいつは手を上げ冗談っぽく嗤った
「冗談ですよ。私は魔導師であって魔女じゃありません。そんな悪趣味なこと、本人の同意なくやるわけがありません」
「……」
「脅しが過ぎましたね。
同意があってもしませんよ。拷問紛いのことは別の人がやればいい。私は魔導師よ。ただ人形の呪いが解けるまでの間は私が管理する。これは本当よ」
「殺す気もない。情報を聞き出す気もない。なら、なにが目的だ。」
雪姫はスッと3枚の券を見せた。そこには『特別温泉スパ貸し切り券』と書かれていた。
「灰土から貰ったの。彼あれでも王族だから。」
「……んん?」
「お風呂行きましょうか」
ーーー◇△○×ーーー
魔導師たちの本拠地ビブリテーカーは巨大な浮遊島であり、人口は数百万人。だがその実、住んでいる人の大部分はそもそも魔導師ですらないそうな。
また魔導師たちにより先鋭的な魔導具が多く溢れているが故に大衆娯楽も充実している。インフラの整備状況から鑑みても少なくとも中世ヨーロッパのそれではない。
王族やら貴族ですら御用達の様々な老舗が立ち並び軒を連ねているその中の一角には温泉街も含まれており、灰土から渡された特別温泉スパ貸し切り券は、魔法薬学の権威たる上級魔導師ベロニカが創り上げた極上の温泉施設『百花繚乱』を体験できるといったものだった
10階ぐらいはありそうな建物。フロアごとに様々なお風呂を体験できるといったものだった。電気や音波、果ては血まで様々であるが、今回はその中でも最上階の白湯が目的であった。1日毎に入場制限がある位には人気であり、予約しても一月待つなんてザラ。そんな白湯の効能は、美肌になる。巨乳になる。肌のシミが消える。新陳代謝が良くなる。胸が大きくなる。自律神経を整えて不眠とストレスが解消される。古い角質が除去される。軽い怪我の回復。髪ツヤが出て枝毛が無くなる。若返る。バストアップといった様々な魔法効果があるらしい。魔法薬学すごいな!?
そんな夢のような場所を今回姫たちだけ時間限定であるが特別に貸し切らせてもらったらしいのだ。
そんなわけで我と姫とサキで浴場に入る。どうやら混浴らしいので目は潰しておく。これが男性側のマナーというのは言うまでもないことだ。家族と好きな人以外の裸を見るなんて世間は赦しちゃくれませんよ
「偉大なる龍王様。目大丈夫ですか」
【我女性とお風呂入るときはいつもこんなんだから】
「修行僧か何かなのお前」
目が見えなくても感じ取れるし特に支障はないだろう。ハーブみたいな匂いが充満している。だが鼻につくわけでなく親しみやすく嗅いでるだけで身体が暖かくなって神経が安らぐ感じがした
「おいなんか湯が濁ってんぞ」
「白湯ですからね。あ、入る前にきちんと綺麗にしましょうね」
「アーカーシャ、彼女手が届かないみたいだからしっかり洗ってあげてね」
こうして誰かの身体を洗うのは久しぶりだ。小さい頃は良く妹の身体をこうして洗ってあげたものだ。懐かしい。
丁寧に優しく手洗いでやってあげる。
【痒いところはごぜーませんか。お客様】
「ひゃんっ!お、お前どこ触ってんだよ!このスケベ」
「どこ?えーっと、分からんが多分胴体か?」
大体気配と感覚と空気の揺れで察知してるだけだからな。実質手探り状態と変わらない。何か不手際があったのだろうか
「がっつり胸触ってんだよ!このハレンチドラゴン!」
【はい?こんな凹凸もない寸胴ボディで何言ってるんだお前。それに種族違うんだが?我龍ぞ?】
「それは分かってるけどなんだかすごいやるせない。女としての矜持っていうのかな?」
【あんまり言いたくないけど、貧乳が囀るな……貧乳はステータス?ぶち転がされてのか オラァ!】
「お前貧乳に親でも殺されたの?」
そうこうして3人で仲良く白湯に浸かる。
正直龍である我に温泉効果云々はよく分からなかった。だか2人とも満足気なので気にしたらダメだろう。
天井は吹き抜けなのだろうか。なんだか風を感じる
【あれ?】
風切り音がする。遠くから凄い勢いで何かが飛んで来る。視界は封じられているが何だこの速さ。少なくとも音速より速い。こっちに一直線で向かって来ている。敵意はないようだが……
数秒後何かが勢い良く着水したようだ。白湯が半分くらい吹き飛んで頭から滝行のように被る羽目になった。
お前これダイビングなら1発で失格だぞ。
「ひめちゃんお久~。
黄穂ちゃんがきたぞ~」
「」
珍しく姫が絶句していた。多分白目剥いてるんじゃないのこれ。
「こいつはなんだ」
サキの問いかけに現れた人物が軽快に口を開いた
「サキちゃ~ん。初めまして
私は"黄"を冠する魔導師で序列5位の黄穂鈴なのだぞ~」
「なんで私のことを……」
「……彼女は魔導教会の情報司令部局長ですからね。大陸中のありとあらゆる情報を目を飛ばして得ているんですよ、後全魔導師で最速なのでこうして必要なら現場まで直接確認しに来ます」
「ふっふっふ、情報はやっぱ脚でとらなきゃだよね~。だからそんな褒めないでくれたまえ」
「褒めてませんよ。殺しますよ」
姫が取り繕いもせずに露骨に人に嫌な態度を出すって、相当この人のこと嫌いなんだな
「なに怒ってんのさ~。言っておくけど、姫ちゃんの使い魔のアーカーシャの餓鬼討伐とかそっちの軍国バルドラ暗殺事件未遂とか今まで上手く情報操作してたの私だぞ~!
同期のよしみとはいえ感謝してほしいんだぞ?」
「……そうでしたか、で、わざわざ顔を見せに来たのはどうしてですか」
怒りの矛先を何とか抑えて姫は僅かに嘆息していた
「今回のスフィア破壊の騒動の件がある程度纏まってるけど先に聞いとく~?
そっちのサキちゃんにとっては嬉しくないかもだけどね」
「……」
「破壊されたスフィアの数は70余、全体の10%ほどだね。実行犯は12名で、その内5名は死亡を確認
子の面を付けたネズ
午の面を付けたセキトウ
未の面を付けたプリソス
戌の面を付けたヘシルアン
亥の面を付けたリマントス」
そこで一旦黄穂さんは言葉を区切った
「サキちゃんがこうして事実上の戦闘不能で実行犯は半分だ。正直さ~どう思うよ」
その言葉に姫は不思議そうに小首を傾げた
「どう、とは」
「獣亡之戦の引き起こしを望む奴らだぜ~、すげぇヤバい組織だと思うだろうよ。
でもよ~。蓋を開けるとなんか違うんよな。
どいつもこいつもそれなりの実力はあるよ~。でもさ、正直この程度かよって感じしない?」
挑発じみた言い方をする黄穂さん。これわざと煽ってない?
「少なくとも元とはいえ3席クラスの聖騎士だったサキと同程度の強さが複数名いると仮定したら脅威なのでは?」
「私としては機関クラスを期待してたんだよ」
【機関?】
「……此方とは異なる世界から渡って来た者たちは渡航者と云われ、途轍もない力を持ち、また様々な知識や文化を与えてくれました。しかしその中には私利私欲で世界を混乱に陥れる者たちもいたんです。そんな者たちが集まって出来た組織が機関の始まりです」
「冗談みたいな話ですが、700年前には僅か20名足らずの渡航者たちによって3つの大陸が支配されて世界征服されかけたんですよ。
まあ最終的には支配した全ての勢力を使って、皇国に戦争を仕掛けた結果返り討ちにあいましたけど」
皇国って国はどうやら単独でそれ以外の全ての国を合わせたのより強いらしい。なにその超大国。怖い。その気になれば皇帝陛下のお気持ち一つで世界滅ぼせることになるんだけど、もしかして機動兵器所持してない?
「ふん。私は私の目的があって協力してただけだ。轡をならべただけで思い入れも何もない。だがあいつらを見くびるのは勝手だが、精々足元を掬われないようにな。個の強さという観点で評価するなら恐らく私が1番だろうよ。」
「だが残った6人はどいつもこいつも色んな意味でぶっ飛んでいる。申の面を付けたショジョウという奴は特にな」
嫌なフラグ立てるな。
「面白そうなことといえばさ、そういえば、最近バルディア大山脈の魔物たちが揃って妙な事をしてるみたいなんだよ~。ひめちゃん彼処に住んでたよね。何か知ってない?」
「……」
姫が我の方を向いた気がしたので、顔を逸らす。目を合わせたら負けだ。失明してるけど。
そして失念していた。そろそろあっちの方にも顔を出したほうがいいのかもしれない。アヤメが上手く取りまとめていても冒険者の件も片付いていないのだしみんな不安だろう。明日にでも姫に相談しよう。
そんな呑気なことを考えていた。
翌日、我はこの世界でありふれた小さな悲劇を目の当たりにすることになり、結局相談は出来なかったのだけれど。
そしてあの魔導師白雪姫との戦いで死んだのではなかったのか?
一先ず状況確認のために身体を動かそうとして、やけに身体が重いことに気付いた。それに身体の可動域が著しく狭いしなんなら力も弱い。全身の腱をズタズタにしたとしてもここまでにはならないだろう。何が起きてるのかと確認しようとすると突然視界に小さな赤い龍が割り込んできた。
この気配、見てくれは異なるがあの時の龍か!
【目が覚めた?良かったよ。うん、いやまあ貴女にとっては一概に良かったとも言えないけどね。】
「なんの、話だ」
声が直接頭に響く。しかし開口一番私を気遣うなんて見かけに反してまるで中身が人間みたいだ。
それに発した私の声は奇妙な感じがした。口から発声しているのではなく、言うならば腹の底から音が発したような。
看過できない違和感。私の身体に何が起きている?
何故かは分からないが赤龍はなんだか心底気の毒そうな顔色を浮かべている気がする。彼は指をそっと立てかけられている立見鏡を指差した。そこに私の今の姿が写っていた。
驚愕して息が一瞬だけ止まった。
【いいですか、落ち着いて聞いてください。
貴女はあの夜から1週間寝ていました。そして人形になっています】
「なによなんなのよこれはあああぁぁぁ!!!」
【落ち着いて!いや気持ちはわかるよ!?
うんうん牛さんの人形って酷いよね!せめてゴルバニアファミリーの人形なら】
「あの、女ァ……!」
【もしもーし。大丈夫、じゃないみたいですね】
鏡には露店に売ってそうな安いフェルト人形が映っていた。まさかこんなバカなことがありえるのか!?魂を抜き取って全く別の人形に魂を吹き込むなど。
ガチャリとドアの扉が開かれ、件の人物が入ってくる。
「あら おはよう サキ。時間が大分かかったけど上手く馴染んだみたいで良かったわ」
白雪姫。魔導教会序列2位にして、あの魔導師と魔女による"千年戦争"を止めた立役者。
私の恨みがましい視線など意にも介さず涼しげな表情でこいつは笑った。
「私に何をした」
今にも沸騰しそうな感情を納めて冷静に努める。
感情に身を任せるなど三下のすることだからだ
「見ての通り、呪いで貴女の肉体を一度分解して、そこから貴方の魂の情報をコピーして再構成しました。初めてやるから機能しない可能性も少しはあったから流石は私ね」
「こん、の~~!!」
無理だった。なぜか自制が効かずに激昂して思わず飛びかかる
「ふざけるな!元に戻せ この! この! この!」
殴る。蹴る。しかし何度も繰り返したがまるでダメージを負う様子はない。私の以前の力は完全に失われてしまっているようだった
「えいっ!」
「グワァ!」
白雪姫の無情なデコピンで私の身体が先程までいた椅子まで跳ね飛ばされた。どこまで非力になってるんだ。これでは赤子以下ではないか
「聖騎士の聖気は肉体依存。つまり肉体が別に再構成されるとその力は失われるのですね。これは貴重な情報です。今後も貴女みたいな元聖騎士を相手にする可能性も十分にありますからね」
「くそっ……言っておくが何をされても情報を吐くつもりはないぞ」
その言葉を聞いて、彼女は心底嬉しそうに目を輝かせた。虫の脚をもいで殺す無邪気な子供のように
「本当に?何をしても良いんですか……?
ところで貴女意識を保ったまま臓器を取り出された経験ありますか?いえ。確認です。ただのね。"脱穀 綿詰" あの呪いの特徴は、相手を苦しめるのに特化しているそうなんですよ。具体的に言うと人形に詰まった綿が人間で言う腑に相当するので綿を掻き出したら想像を絶する痛みを伴います」
「心配しないで下さい。それでは死にません。この呪いは痛みの再現性に特化している。だから綿を詰め直したら何度でも同じことが出来ます。腕を引きちぎっても縫い直せば同様です。それこそ人形が形を保っている間は永遠に。
……人って死なない激痛にどれくらい耐えられるものなんでしょうか。ね?サキ ハザマ。
もう一度聞きますけど、何をしてもいいんですか?」
怖気が走った。これは冗談じゃない。脅しではない。本当にやる。こいつは。拷問とすら思ってない。ただ実験材料として情報を集めようとしているだけだ
「あれ?返事はどうしました。
ねえ、私の言ってること、分 か る よ ね ?」
「……ヒィ!」
【おいやめろ!そんな非人道的なことは我が許さんぞ。胸糞悪い】
止めに入った赤龍を前にこいつは手を上げ冗談っぽく嗤った
「冗談ですよ。私は魔導師であって魔女じゃありません。そんな悪趣味なこと、本人の同意なくやるわけがありません」
「……」
「脅しが過ぎましたね。
同意があってもしませんよ。拷問紛いのことは別の人がやればいい。私は魔導師よ。ただ人形の呪いが解けるまでの間は私が管理する。これは本当よ」
「殺す気もない。情報を聞き出す気もない。なら、なにが目的だ。」
雪姫はスッと3枚の券を見せた。そこには『特別温泉スパ貸し切り券』と書かれていた。
「灰土から貰ったの。彼あれでも王族だから。」
「……んん?」
「お風呂行きましょうか」
ーーー◇△○×ーーー
魔導師たちの本拠地ビブリテーカーは巨大な浮遊島であり、人口は数百万人。だがその実、住んでいる人の大部分はそもそも魔導師ですらないそうな。
また魔導師たちにより先鋭的な魔導具が多く溢れているが故に大衆娯楽も充実している。インフラの整備状況から鑑みても少なくとも中世ヨーロッパのそれではない。
王族やら貴族ですら御用達の様々な老舗が立ち並び軒を連ねているその中の一角には温泉街も含まれており、灰土から渡された特別温泉スパ貸し切り券は、魔法薬学の権威たる上級魔導師ベロニカが創り上げた極上の温泉施設『百花繚乱』を体験できるといったものだった
10階ぐらいはありそうな建物。フロアごとに様々なお風呂を体験できるといったものだった。電気や音波、果ては血まで様々であるが、今回はその中でも最上階の白湯が目的であった。1日毎に入場制限がある位には人気であり、予約しても一月待つなんてザラ。そんな白湯の効能は、美肌になる。巨乳になる。肌のシミが消える。新陳代謝が良くなる。胸が大きくなる。自律神経を整えて不眠とストレスが解消される。古い角質が除去される。軽い怪我の回復。髪ツヤが出て枝毛が無くなる。若返る。バストアップといった様々な魔法効果があるらしい。魔法薬学すごいな!?
そんな夢のような場所を今回姫たちだけ時間限定であるが特別に貸し切らせてもらったらしいのだ。
そんなわけで我と姫とサキで浴場に入る。どうやら混浴らしいので目は潰しておく。これが男性側のマナーというのは言うまでもないことだ。家族と好きな人以外の裸を見るなんて世間は赦しちゃくれませんよ
「偉大なる龍王様。目大丈夫ですか」
【我女性とお風呂入るときはいつもこんなんだから】
「修行僧か何かなのお前」
目が見えなくても感じ取れるし特に支障はないだろう。ハーブみたいな匂いが充満している。だが鼻につくわけでなく親しみやすく嗅いでるだけで身体が暖かくなって神経が安らぐ感じがした
「おいなんか湯が濁ってんぞ」
「白湯ですからね。あ、入る前にきちんと綺麗にしましょうね」
「アーカーシャ、彼女手が届かないみたいだからしっかり洗ってあげてね」
こうして誰かの身体を洗うのは久しぶりだ。小さい頃は良く妹の身体をこうして洗ってあげたものだ。懐かしい。
丁寧に優しく手洗いでやってあげる。
【痒いところはごぜーませんか。お客様】
「ひゃんっ!お、お前どこ触ってんだよ!このスケベ」
「どこ?えーっと、分からんが多分胴体か?」
大体気配と感覚と空気の揺れで察知してるだけだからな。実質手探り状態と変わらない。何か不手際があったのだろうか
「がっつり胸触ってんだよ!このハレンチドラゴン!」
【はい?こんな凹凸もない寸胴ボディで何言ってるんだお前。それに種族違うんだが?我龍ぞ?】
「それは分かってるけどなんだかすごいやるせない。女としての矜持っていうのかな?」
【あんまり言いたくないけど、貧乳が囀るな……貧乳はステータス?ぶち転がされてのか オラァ!】
「お前貧乳に親でも殺されたの?」
そうこうして3人で仲良く白湯に浸かる。
正直龍である我に温泉効果云々はよく分からなかった。だか2人とも満足気なので気にしたらダメだろう。
天井は吹き抜けなのだろうか。なんだか風を感じる
【あれ?】
風切り音がする。遠くから凄い勢いで何かが飛んで来る。視界は封じられているが何だこの速さ。少なくとも音速より速い。こっちに一直線で向かって来ている。敵意はないようだが……
数秒後何かが勢い良く着水したようだ。白湯が半分くらい吹き飛んで頭から滝行のように被る羽目になった。
お前これダイビングなら1発で失格だぞ。
「ひめちゃんお久~。
黄穂ちゃんがきたぞ~」
「」
珍しく姫が絶句していた。多分白目剥いてるんじゃないのこれ。
「こいつはなんだ」
サキの問いかけに現れた人物が軽快に口を開いた
「サキちゃ~ん。初めまして
私は"黄"を冠する魔導師で序列5位の黄穂鈴なのだぞ~」
「なんで私のことを……」
「……彼女は魔導教会の情報司令部局長ですからね。大陸中のありとあらゆる情報を目を飛ばして得ているんですよ、後全魔導師で最速なのでこうして必要なら現場まで直接確認しに来ます」
「ふっふっふ、情報はやっぱ脚でとらなきゃだよね~。だからそんな褒めないでくれたまえ」
「褒めてませんよ。殺しますよ」
姫が取り繕いもせずに露骨に人に嫌な態度を出すって、相当この人のこと嫌いなんだな
「なに怒ってんのさ~。言っておくけど、姫ちゃんの使い魔のアーカーシャの餓鬼討伐とかそっちの軍国バルドラ暗殺事件未遂とか今まで上手く情報操作してたの私だぞ~!
同期のよしみとはいえ感謝してほしいんだぞ?」
「……そうでしたか、で、わざわざ顔を見せに来たのはどうしてですか」
怒りの矛先を何とか抑えて姫は僅かに嘆息していた
「今回のスフィア破壊の騒動の件がある程度纏まってるけど先に聞いとく~?
そっちのサキちゃんにとっては嬉しくないかもだけどね」
「……」
「破壊されたスフィアの数は70余、全体の10%ほどだね。実行犯は12名で、その内5名は死亡を確認
子の面を付けたネズ
午の面を付けたセキトウ
未の面を付けたプリソス
戌の面を付けたヘシルアン
亥の面を付けたリマントス」
そこで一旦黄穂さんは言葉を区切った
「サキちゃんがこうして事実上の戦闘不能で実行犯は半分だ。正直さ~どう思うよ」
その言葉に姫は不思議そうに小首を傾げた
「どう、とは」
「獣亡之戦の引き起こしを望む奴らだぜ~、すげぇヤバい組織だと思うだろうよ。
でもよ~。蓋を開けるとなんか違うんよな。
どいつもこいつもそれなりの実力はあるよ~。でもさ、正直この程度かよって感じしない?」
挑発じみた言い方をする黄穂さん。これわざと煽ってない?
「少なくとも元とはいえ3席クラスの聖騎士だったサキと同程度の強さが複数名いると仮定したら脅威なのでは?」
「私としては機関クラスを期待してたんだよ」
【機関?】
「……此方とは異なる世界から渡って来た者たちは渡航者と云われ、途轍もない力を持ち、また様々な知識や文化を与えてくれました。しかしその中には私利私欲で世界を混乱に陥れる者たちもいたんです。そんな者たちが集まって出来た組織が機関の始まりです」
「冗談みたいな話ですが、700年前には僅か20名足らずの渡航者たちによって3つの大陸が支配されて世界征服されかけたんですよ。
まあ最終的には支配した全ての勢力を使って、皇国に戦争を仕掛けた結果返り討ちにあいましたけど」
皇国って国はどうやら単独でそれ以外の全ての国を合わせたのより強いらしい。なにその超大国。怖い。その気になれば皇帝陛下のお気持ち一つで世界滅ぼせることになるんだけど、もしかして機動兵器所持してない?
「ふん。私は私の目的があって協力してただけだ。轡をならべただけで思い入れも何もない。だがあいつらを見くびるのは勝手だが、精々足元を掬われないようにな。個の強さという観点で評価するなら恐らく私が1番だろうよ。」
「だが残った6人はどいつもこいつも色んな意味でぶっ飛んでいる。申の面を付けたショジョウという奴は特にな」
嫌なフラグ立てるな。
「面白そうなことといえばさ、そういえば、最近バルディア大山脈の魔物たちが揃って妙な事をしてるみたいなんだよ~。ひめちゃん彼処に住んでたよね。何か知ってない?」
「……」
姫が我の方を向いた気がしたので、顔を逸らす。目を合わせたら負けだ。失明してるけど。
そして失念していた。そろそろあっちの方にも顔を出したほうがいいのかもしれない。アヤメが上手く取りまとめていても冒険者の件も片付いていないのだしみんな不安だろう。明日にでも姫に相談しよう。
そんな呑気なことを考えていた。
翌日、我はこの世界でありふれた小さな悲劇を目の当たりにすることになり、結局相談は出来なかったのだけれど。
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どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
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