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龍王と狐の来訪者

54話目

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アナムの攻撃を喰らい終えた龍王アーカーシャが腕を捻るとまるでカーテンのように闇の帷が落ちてきて、第五層一帯を視覚的に覆い隠した。
雪姫がより一層向かう足を早めると、頭上から悲鳴が聞こえてくる


「花?」


「せせせ先輩!?漸く見つけ」


「ひゃあああぁぁああ!」


雪姫にとって見慣れた赤い獣のコートを装った現最年少上級魔導師の赤空花だ。重そうな棺桶を背負いながら何者からの攻撃を慌ただしく宙を飛び回りながら避けて、目の前に落ちてくる。雪姫は目を魔力強化して棺桶の中身を確認すると武王 項遠が収められていた。しかも片腕を無くしていて重症で治療を行なっているらしい


「せんぱぁぁい!なんか変なの、変なのが自分追っかけてきてる!」


「変なもの?」


「黒いの!なんか変なドロドロで黒い人っぽいやつ!」


雪姫の知る赤空花はせせっかしい人物だ。本人の気質なのかライカンの血のせいなのか常日頃から変に落ち着きがなく無駄に慌てることも多いがこの動揺ぶりは尋常ではない


本人も欠点を自覚しているので、だからこそあらゆる敵や状況に対してパターン化して対処する『次世代汎用型万能魔導具 玉手箱』を制作しているのだが、項遠の治療に玉手箱を使っている以上、使用出来なかったのは仕方ないとして、そもそも彼女の純粋な運動能力と身体能力は魔導師全体でもずば抜けている。そんな彼女が例え魔導具が使用出来ないにしても逃げの一手を取らざるを得ない相手に対して焦燥感が僅かに募る


「雪姫殿、なんじゃ此奴は。随分とやかましいのお。ちったあ落ち着かんかい!」


「赤空花。私と同じ上級魔導師の子です」


「ひぃっ先輩ーー!?この狐の人なんか全身血まみれなんですけど!!?そっちこそ大丈夫なんですか!!」


花に言われて雪姫も玉藻の方へ顔を向け驚く。全身から血を噴き出しているが玉藻はまるで問題ないと言いたげに手を振る


「玉藻様、あなた魔力が……」


「なーに、ちょっと無理しただけじゃよ。それで肉体が崩壊しかかっておるだけじゃ。大した事はない」


悠長に歓談している暇なぞなかった。遅れて赤空花の背後に4体の黒い人の形をした禍々しい魔力を身に纏った敵が降ってきたからだ


「雪姫殿!」


「……はい!」


雪姫と玉藻は一瞬のアイコンタクトで行動に移る。雪姫は冷気で、玉藻は尾を出現させ強烈な一撃を叩き込み相手を吹き飛ばしてみせたが、顔色はどこか険しかった


「先程アナムが出現していたから覚悟はしておったが、油断するな、雪姫殿」


「此奴らは呪具に呪胎転変という禁術を用いて、魂を全て喰われた奴らの行き着いた末路。"愚九"と呼ばれる亡者じゃ」


「な、なんで先輩たちの攻撃まともに食らってるのに平然と立ち上がってるの、まさか不死身!?」


「言うたろう、亡者じゃからのう。そもそも生きてはおらぬ。足を止めるなら内部にある核を完全に破壊するしか手はないが、些か以上に火力不足か」


何度も立ち上がってくる愚九をその都度、攻撃してみせるがまるで効いてる様子は無く、2人は苦戦を強いられる


最上位魔獣ゾディアックとやり合った時に似ていますね。魔力を散らす力場のようなものを身体から発生させているから、そもそも魔力に類するものが通じ辛い」


「そんなのどうすれば」


「いや、タネが分かればやりようはあるじゃろ。こういう風にのう」


氷の壁を幾つも出現させ愚九の道を阻むが、紙細工でも壊す様に壁を易々と粉砕される。そんな中で玉藻が辺りの建物を破壊して瓦礫で攻撃をして漸く1体だけ足が止まる。それを見て雪姫も全員の足止めではなく、1人に集中して切り替える事にする


「外側の攻撃には強くても、内側からの破壊なら防げないでしょ」


「アイスニードル。付加────誘爆」


研ぎ澄ました氷の針を相手の身体に刺すように打ち込み、内部で魔力爆発を引き起こす技だ。実際にはこの技は愚九に対してかなり有効であったが、しかしそんな攻撃を食らってダメージを負って尚も愚九は立っていた


「内部による攻撃で仕留められると思ったんですが、想定以下のダメージ。内部の魔力爆発を力付くで抑え込みましたか。勘が良い、獣並みですね」


玉藻も苦虫を潰したかのように面の奥から苦々しく声を漏らした


「物理攻撃もこうも硬くては難儀じゃな。オリハルコンやアダマンタイト製の武器があればなんとかなりそうなのじゃが、わしも雪姫殿も対処するのは一体ずつが限度じゃな、多対一じゃと最悪足元を掬われかねん」


「赤空殿を入れてこちらは3人。彼方は4体。困ったのう」


「自分を頭数に入れないで!?あんなん素手で勝てるわけないよね?先輩からも何か言ってくださいよ!」


「あと1人都合よく現れてくれたりは」


「先輩!?冗談はやめて!!」


「4人目なら、ここに、います」


3人の声にどこからともなく、全身包帯グルグル巻きの男が現れる


「清正!主は1番重症なんじゃから、無理をするでない」


そう言われようとミイラ男もとい清正は2本の小太刀を引き抜きながら戦う意思を見せた


「みんな頑張ってるのに1人だけ寝てなんていられないでしょう」


「これで4対4なんとかなると信じたいですね」


苦しい笑みを浮かべる雪姫に花は慌てて自慢の有能魔導具玉手箱に答えを求めた


「頭数は同じでも、戦力差が違いすぎるでしょ!!
玉!現状打開の為の有力な手を検索して!」


《たった一つだけあります》


流石高性能魔導具。待っていましたと言わんばかりの答え。皆に一筋の光明が差す


「そ、それはなに!?」


《強い援軍による戦力比の逆転》


「こんのポンコツがぁぁ!」


ダメだった。もうどうしよもなくダメダメだった


「仕方がないのう、わしがもう一度あの姿で……」


「いえ、きっとまだ手はあるはずです」



愚九たちがどんどんと迫って、手を伸ばしてくる


ザシュ!と何かを切断する音と共に突然愚九の手が宙を舞う。遅れて酷く不快そうに、花の背後から声が突然聞こえた。何よりも驚愕したのは花だ。彼女ライカンの探知能力は人間のそれより遥かに高い。それをまるで悟らせずに当たり前のようにかい潜り背後をとられたのは彼女自身初めての経験である


「我らがいないことを良いことに、随分と好き勝手してくれた様だなっ……!」


ハラワタが煮えくりかえってると言わんばかりに激情を吐き出すもその表情は分からない。理由は目の前の人物は鹿の頭蓋を被り、ポッカリと目元は空洞のように黒く塗り潰されていたからだ
身体全体を紫の外套で覆い隠し手にはオリハルコン製の巨大な鎌を握りしめている


異様な姿はまるで人を根源的に恐怖させる死そのものを形造ったかのようであった。その生物としての本能的な恐怖を花は感じ取ったのか、思わずパクパクと口が動く。赤空花は目の前の人物を知らないが、軍国で名を馳せているある人物の名前を口にして、それは奇しくも正解であった


「ししし死神 華琳」



軍事大国バルドラ王族親衛隊第一官"死神"華琳が立っていた
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