アルビノ少女と白き真炎龍《ヴェーラフラモドラコ》〜家の近くの森で絶滅したはずの龍を見つけたので、私このまま旅にでます〜

辺寝栄無

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‐1336年 日ノ炎月 6日《5月6日》‐

主人としての命令

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「ね、ねぇルイス、殺さ、ない、よね……」

 エレノアは不安そうな表情を浮かべながら、恐る恐るルイスの顔を覗いた。

「こ、殺せ!」

 シャルルが叫んだ。しかし、内容に反して、その声に覚悟や信念といったものは込められてはいなかった。それはそうだろう。この先、自らに残された道は、死、それしかない。それを理解し半ばヤケクソに口から吐いた言葉だ。そんな言葉に力が含まれてあろうはずもない。

「殺るなら殺れよ! どうせ生かしちゃくれねェンだろうが! さっさと殺せ!」

 シャルルがそう吐き捨てた後、首を掴んでいるルイスの手が動いた。

 ブルッと、シャルルの体が震えた。

 ルイスは、首を掴む手の指の一本をシャルルの首筋に引っ掻け、なぞった。

「ヒッ」と、声を上げるシャルル。

 爪が肌を裂いた。隙間から血が滲じんだ。首筋に出来た引っ掻き傷をなぞるようにして血が垂れていく。

 しかし、傷が深くないせいか、血の量はさほど多くは流れていない。

 指の動きが止まった。徐々に時間をかけ、爪が傷口を広げながら肉の中に沈んでいく。

 か細い、蚊の鳴くような、この上なく情けない声をシャルルは叫んだ。決して声量は大きくはない、だがその様子は、まるで悲鳴でも上げているかのように見えた。

「ね、ねぇルイス! 殺さないよね! 私やだよ! そんな……、そんなルイス、私見たくない!」

 先ほどまでの食ってかかった態度は今や、見る影もなく、シャルルは時間が経つほどに、見るからにどんどんと怯えを増長させていく。ルイスに強く首を絞められているわけでもない。にもかかわらずやけに呼吸が浅い。体は一切動いてはいない。目玉のみがキョロキョロと同じ場所を行き来し続け、無駄な俊敏さを見せていた。

「ほ、ほら! こんなに怖がって、きっともうルイスの前では変なことしないはずだから、ね! もうやめよう!」

 そう言ってエレノアは、両手でルイスの足を掴んだ。

「お嬢様、危ないですから、離れて待っていてください――」

「ルイス!」

 突如、大声を上げるエレノア。

「やめてって言っているのになんで! 私がやめてって言っているのよ! 今すぐその手を離して!」

 一度、言葉を切り、ルイスの足から手を放し、エレノアはその場から立ち上がって再び口を開いた。

「殺すことはないじゃない! さっきは、あの狼犬人リカイナントの人は仕方なかったかもしれないけど、でも! 今は、今は違うじゃない!」

 大声を出し続け、少し息が荒れてきたエレノアは、軽く呼吸を整え、落ち着いた様子で続く言葉を発していく。

「たしかに、たくさんひどいことされたし、怖い目にもいっぱいあわされたわ。私だって、シャルルのことは大っ嫌い――」

「なら――!」

 エレノアの言葉の途中、遮るようにしてルイスの声が響いた。しかし、そのルイスの声に被せるようにして、再びエレノアの声が重なる。

「でも――!」

 声を上げた後、一度、深呼吸を行い、呼吸を落ち着かせ、エレノアは改めて続く言葉を発していく。

「――でも、殺すのは違うじゃない。それに、あの狼犬人リカイナントの人の時とは違って、今は別に、すぐにでも殺されそうって訳じゃない。そう、今はまだ、お互い話せるのよ、ルイス」

 そう言ってエレノアは、ルイスの目を真っ直ぐと見据える。

「お嬢様、失礼を重々承知の上で、改めて、私の方からはっきりと、言わせていただきます――」

 ルイスは、チラリと、視線をシャルルに向けた。

「殺されていたかもしれないんですよ、この男に、お嬢様は……――。」

 目を瞑り、一度、ルイスから視線を外すエレノア。

「ねぇルイス。私はね、話し合いで解決できるならするべきだと思うの。それにね、ルイス」

 エレノアの、最後の呼びかけに反応し、ルイスは再び、エレノアと顔を合わせた。

「私見たくない。ルイスが何度も人を殺すとこ。いろいろ言ってきたけどね、ルイス。何よりも私が見たくないの、ルイスのそんな姿……――。」

 しばしの沈黙があった後、まず、ルイスが口を開いた。

「お嬢様、それは命令でしょうか」

「命令じゃない、お願いよ。」

 その言葉を聞いたルイスは、エレノアから視線を外し、シャルルを真っ直ぐ見据え、再び手に力を入れた。シャルルの首から流れる血の勢いが増した。

 大きく息を吐いた後、エレノアは、何か、一つ覚悟を決めたかのような面持ちでゆっくりと口を開いた。

「命令よ――。」

 ルイスの動きが止まった。

「エレノア=アルバニア=フォーサイスの名において、その従者、ルイスに下します。今すぐシャルルを放しなさい。」

「畏まりました」

 言葉とともに、ルイスは即座に、シャルルの首が自身の手から離した。
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