アルビノ少女と白き真炎龍《ヴェーラフラモドラコ》〜家の近くの森で絶滅したはずの龍を見つけたので、私このまま旅にでます〜

辺寝栄無

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‐1336年 日ノ炎月 6日《5月6日》‐

知識と経験、そして実践

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 あ……か、い――。なん、だ、暑い。いや、熱い。体が熱い。熱い、熱い、熱い熱い熱い熱い熱いアツいアツいアツいアツいアツいあついあついあついあついあついあ――――。

「あァァアあぁアぁツぅゥウぅゥうゥゥぅウぅいぃぃィぃいィィィイぃィいイィィィぃぃ――――!!!!!!!!!!」


 ==========


 突然、エスペラの発した聞いたこともない言葉とともに、ヴォルフの体が真っ赤な炎に包まれた。

 ヴォルフは金切声のような叫び声を上げながらそこらじゅうを転げ回り、そのまま体を木にぶつけた。

 しかし、なぜか火は幹や枝、果ては葉っぱにさえ燃え移ることはなく、それどころか焦げ臭さ一つすらしない。

 よく見てみると、不思議なことにヴォルフが転げ回っていたところに生えていた草一つ一つにさえ火は燃え移ってはいなかった。

 ヴォルフが火に包まれたことも、火が燃え移らないことも、何が起こっているのか、何一つとして理解ができない。

 一つだけ、たった一つだけ分かっている? ことがあるとすればそれは、エスペラがよくわからない言葉を発してからこれが起こったということだけ。

 自然と首がエスペラの方を向いた。

 エスペラ、もしかしてこれ、あなたがやったの――?

 そこには、体中の鱗全てが真っ赤に染まった? エスペラ? がいた。

 なんで? エスペラの鱗は真っ白だったはず、なのになんで赤? になっているの? いや、そもそもエスペラ……だよね? だってドラゴンがそんな二匹も三匹もいるわけがないし、そうだよね、エスペラだよね、それは間違いないよね?

 あまりにいろんな出来事が、ありえない事象が、この数瞬で一気に、同時期に、起きたせいでまるで頭の整理がつかない。だから考えたいことはいっぱいあるけれど、頭がそれどころではないと訴えかけている。

 今の私にできることは、ただボーッとして目の前に広がるこの景色を眺めていることだけだった。

 フッと、吊るされていた糸が切れたみたいにしてエスペラが地面に倒れ込んだ。

 そ、そうだった! 木に叩きつけられたんだった! 無事なはずがない。

「エスペラ!!」

 一瞬で頭の中の疑問全てが吹き飛び、気がつくと私は全力でエスペラに駆け寄っていた。

 エスペラの元まで到着するや否や、私は大慌てでエスペラに触れた。

「あつっ――!」

 予想以上にエスペラの体は高温になっていた。不意をつかれ思わず声を上げてしまう。しかし触れないほどではない。そのまま私はエスペラを抱え上げた。

 エスペラは、呼吸するのに精一杯のようで、目を閉じたまま、必死にお腹を膨らませながらどうにかして呼吸を続けているような状態だった。

 呼吸をするたびに、エスペラの体温が下がっていき、鱗の色が元の白色へと戻っていく。

 体温が下がっていっているのには安心してい、い……?

 何もかもが初めてのことで、何一つとして理解ができない。

 徐々にエスペラの呼吸が浅くなっていることに気がついた。

 全然、安心していい状況じゃなかった。どうしよう! どうすれば!!

 私が、あたふたしている間にもエスペラの呼吸はどんどん浅くなっていく。

 一気に思考が焦りだし、頭の中がさまざまな情報でぐちゃぐちゃに散らかりはじめる。

 そ、そうだ、ちゆ!! 治癒魔法!! で、でもどうやって……?!

 緊迫感と焦りで、エスペラのように私の呼吸もみるみるうちに浅くなっていく。

 口の端から何かが垂れた。よだれだった。唾を飲み込むことすら忘れていたみたいだった。私は一度、ゴクっと音を立てて口の中に溜まった唾を一気に飲み込んだ。

 一瞬、呼吸が止まってとても息が苦しくなった。

 たまらず、一気に空気を吸い込んだ。そして一気に吐き出す。苦しさが取れるまで何度か続けた。すると、少しだけ頭の中が晴れてきた。

 そうだまずは落ち着こう、まずはそれからだ。

 私は、目を瞑って自分の心臓の音に耳を澄まし、呼吸をする。

 ドクッドクッ、と心臓が脈打つ音がしている。呼吸を続けるたびに音の感覚がゆったりとしていき、音の大きさが収まっていく。

 ある程度落ち着きを取り戻して、私は目を開いた。

 よしっ……――。

 エスペラの胸にそっと手を触れる。

 私は、昔、体調を見てもらっていたトリスティア先生の言葉を思い出していた。


 ==========


「なに? 自身にだけじゃなくて他人への治癒魔法も覚えたいだって?! エレノア、君、それ本気で言っているのかい?」

「はい、先生――!」

「――……。自分への治癒とは違う。他人への治癒は、才能の世界だ。一生使えず終わる人がほとんどだよ。それでもって言うのかい?」

「はい。それでもです!」

「……そうかい。じゃあ、何事もまずは基本から覚えていかないとね。……まずは、――」


 ==========


 まずは、対象の体の構造を頭の中に思い浮かべる。

 大丈夫、新・龍種解体書のおかげでドラゴンの体の構造は頭の中に入ってる。だから、大丈夫。

 私は、目を閉じて息を吸い、頭の中に新・龍種解体書のドラゴンの解剖図が書かれたページを思い浮かべた。

 次に、治癒を施す対象を自身の一部だと認識する。

 ここは何よりも互いが、個ではなく、同一の個体であると思い込むことが何よりも大事……――。

 そして今度は、互いが触れている部分から、対象の体内に向かって自身の魔力を少しずつ流し込む。それと同時に対象の魔力の流れを感じ取るのを忘れてはならない。

 なぜなら、互いの魔力を繋ぎ、同一化させるためだから。ですよね、先生。

 私は、エスペラの胸に触れている右手からごくごく少量の魔力を放出し、エスペラの心臓に向かって魔力を流し込んだ。

 魔力がエスペラの鱗の表面を伝って鱗の表面全体に霧散していく感覚がした。

 これじゃ、だめだ……! もっと、もっと奥に魔力を突き刺すような感覚で……――。

 私は、細い針を思い浮かべ、刺すようなイメージでエスペラに魔力を流し込む。

 しばらくして、魔力が鱗の表面を這うような感覚はなくなり、エスペラの体の奥の方に送り込まれていくような感覚がして、そして送られた魔力がエスペラの身体を廻り、返ってくるような感覚へと変わった。

 よし、うまくいった……――。

 最後は、流し込む魔力を増やしていき、互いの魔力を完全に同一化させる。

 ここは、決して焦って一気に流してはならない。なぜなら、本来は違う個体の魔力を自身の体に取り込んでいるわけだから。だから一気にやっては互いの魔力が身体に馴染む前に拒否反応を起こしてしまう…、だからそれだけは絶対にやってはならない……。

 最悪、お互い死んでしまうかもしれないよ――。

 私は、ゆっくり、ゆっくりとトリスティア先生の言葉を思い出しながら、徐々に流し込む魔力の量を増やしていった。

 流し込む魔力を増やしていくにつれて、流れ込んでくる魔力の量が増えてくる。

 廻った……、繋がった――。

 ここまでくればあとは、干渉魔法を行うだけでいい。なに、いつもやっているようにすればいいだけだけさ。簡単なことだろ? なにせもう自分の体なんだからね……――。

 そう、先生の言っていたように、いつものように、干渉魔法を行うのと同じ要領で、自身に流れる魔力を操るのと同じように魔力を操る。

 息苦しい時の解決法、まずは胸を持ち上げるようなイメージで肺を膨らませて空気を取り込む。次に、胸引っ込ませ、お腹を下げていくようなイメージで息を吐かせる。そして、それと同時に心臓の動きも補助していく。そうすれば自然と息苦しさはなくなっていく。

 私は、私の体を廻る魔力の流れを操り、私の体の動きの補助をしていく。

 すると、必死に浅く早い呼吸を続けるだけだったエスペラもう一人の私の呼吸が、段々と深く長くなっていった。

 やがて、ある程度落ち着いてきたのか、エスペラは浅すぎず、かと言って深すぎもしない、一定の間隔で呼吸を行いはじめた。

 少しして、エスペラの目が開いた。

 安堵のためか、思わず深いため息が溢れ出た。

 突如後ろから、パキッと、細い枝が折れるような音が聞した。

 後ろを振り向くとそこには、全身を覆っていた体毛が火に焼かれ、その奥の皮膚すら焼け爛れてしまい、見るも無惨な姿になった四つん這いのヴォルフがいた。

 ツーンと鼻の奥をつき刺すような、焦げ臭さの中に生っぽくて酸っぱい、攻撃的な臭いが鼻腔を通り抜ける。

 クッと力が入り、顔全体が真ん中へと寄った。

 ヴォォォォオォォォオォ、ヴォウォォォオォ――――。

 突如、ヴォルフが遠吠え、にしては低い、腹の奥底に響くような声を上げ、私たちに向かって飛びかかってきた。

 ヴォルフの爪が見える――。それが徐々に近づいてくる――。

 永遠にも感じる一瞬だった。

 ヴォルフの爪の先が目の前にまで迫ったその瞬間、視界の端から何かが横切った。

 ヴォルフの腕に剣が突き刺さった。ヴォルフの動きが止まった。

 動きを止まったヴォルフの胸を何かが貫いた。

 目の前には右手でヴォルフの胸を貫く、ルイスの姿があった。
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