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‐1336年 日ノ炎月 6日《5月6日》‐
違和感
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「ハッ、ハッ、ハァッ、フッ、フゥッ、ハァ、ハァ、ハァ――――」
そこかしこから木の根が飛び出し、およそ整備と呼ばれる行為をいっさい施されたことなどないであろう荒れた道を私とエスペラは駆けていく。
突如、すぐ後ろから誰かが迫って来ているかのような感覚に襲われた。
咄嗟に後ろを振り向き確認する。
視線の先には、まだ走るということ自体に慣れず、ドタドタとおぼつかないながらも必死で森を駆けるエスペラだけがいた。
よかった、まだ誰も来ていない――。ん? けどおかしい、なんで誰もいないんだろう? だって本当は誰かに追われていないといけないはずなのに……。あ、いや、違う。まださき――、そう、まださき、……さきの、こ、……と――?
ふと、自分で自分の思考に違和感を覚える。
ん? ――――ん? ん? なんで追われていないといけないって思ったんだっけ? それに……、それにまだ先のことって……。だって、それじゃまるで、これから起きることがわかっているよう……な……――? んーー? いや、でも、きっとそうなる気、が……する。だって、じゃないとこの妙な自信の説明がつかないし、いやここまでくると確信って言っちゃっていいような……いや、でもなんで……私、こんなに自信満々なんだ――――?
疑問と確信、互いが互いを追い回し、永遠に頭の中で追いかけっこを続けているせいでいつまで経っても考えがまとまらず答えが出せない。考え事でいっぱいいっぱいの頭の中に、突如「危ない!」という声が響く。
瞬間、自然と頭が下を向いた。そこには地面から飛び出した木の根っこがあった。まるで前もってわかっていたことかのように、無意識で足が地面を蹴り、軽くジャンプをし、気がつくと私は軽々と根を飛び越えていた。
まさかこんな咄嗟に反応できるとは……。我ながら驚きを隠せない。
しかし、感心したのも束の間、突如全身に急激な疲労感が襲いかかった。
足が地面についた瞬間、膝から力が抜けた。カクッと、まるで細い枯れ枝のように、必要以上に膝が曲がってしまい、地面に手がついた。
「ハァ――。ハァ――。ハァ――。ハァ――。ハァ――――」
周りの音が聞こえずらい。耳に分厚い膜が張っているみたいだ。なのに鼓動の音だけはやけにはっきりと聞こえてくる。
エスペラが、心配そうな顔で私の顔をのぞいている。
大丈夫――大丈夫、大丈夫――、大丈夫――。
頭の中で何度もそう呟く、しかし声がでない。
ガクッと頭の位置が下がった。一呼吸つき、唯一体を支えていた腕の力も抜けてしまったのだと気がついた。
瞬間、体の軸が左にズレた。
あ、倒れ――――。
首を倒れる方向とは逆に倒し、体の軸を右にズラしてバランスをとろうとした。だが、予想していたよりも軸が右に大きくズレてしまい、そのまま地面に倒れ込んでしまう。
ああ、これじゃあただ倒れる方向を逆にしただけじゃないか。しょうがない、とりあえず今はこのまま横になって体力を回復させよう。
目を瞑り、余計なことは考えず、ただひたすら呼吸だけを続ける。
しばらくそうしていると、激しい運動により火照った体にひんやりとした土が当たって意外と気持ちがいいことに気がつけるぐらいには余裕が出てきた。
一瞬、強めの風が吹き、ふわっと髪の毛が浮いた。
エスペラが騒いでいる。肩に何かが触れた。きっとエスペラだ。
そうだね、早く逃げないと……。
少し呼吸も落ち着き、私は再び目を開いた。
目の前にはヴォルフがいた。
「いきなり逃げ出すとは――。これは……、追加のお仕置きも考えねば、な――」
そう言って、ヴォルフは私の腕を掴んだ。
今の今まで全身を包んでいた熱が一瞬で消え去った。腕を掴まれている場所から、力を吸い取られるような感覚に襲われる。まるで自分の体じゃないみたいに全身がへたりこむ。
少しは回復したはずなのに、なんで……、なんで……、なんで……なんで……なんで……なんで……――――――。
「まぁ、まずは途中だった仕置きの続きからだ――」
ヴォルフは自身が小屋でつけた私の腕の傷に向かって、徐々に人差し指の爪の先を近づける。
全力で腕を振りまわし、今すぐにでもヴォルフの腕を振り解きたいのになぜか体は微動だにしない。
私がただ黙ってじっとしている間にも、ヴォルフの爪の先は傷口に向かってどんどん近づいてくる
なんでもいい、なんでもいいから抵抗しないと……――――。
どんなことでもいい。とにかく行動を起こそうとして、あらゆる言葉を頭の中で叫んだ。
「い……、ゃ……――」
しかし、やっと、どうにかして、必死の思いで絞り出したその声は、今まで発した言葉の中でも一番か細いく弱々しかった。
そこかしこから木の根が飛び出し、およそ整備と呼ばれる行為をいっさい施されたことなどないであろう荒れた道を私とエスペラは駆けていく。
突如、すぐ後ろから誰かが迫って来ているかのような感覚に襲われた。
咄嗟に後ろを振り向き確認する。
視線の先には、まだ走るということ自体に慣れず、ドタドタとおぼつかないながらも必死で森を駆けるエスペラだけがいた。
よかった、まだ誰も来ていない――。ん? けどおかしい、なんで誰もいないんだろう? だって本当は誰かに追われていないといけないはずなのに……。あ、いや、違う。まださき――、そう、まださき、……さきの、こ、……と――?
ふと、自分で自分の思考に違和感を覚える。
ん? ――――ん? ん? なんで追われていないといけないって思ったんだっけ? それに……、それにまだ先のことって……。だって、それじゃまるで、これから起きることがわかっているよう……な……――? んーー? いや、でも、きっとそうなる気、が……する。だって、じゃないとこの妙な自信の説明がつかないし、いやここまでくると確信って言っちゃっていいような……いや、でもなんで……私、こんなに自信満々なんだ――――?
疑問と確信、互いが互いを追い回し、永遠に頭の中で追いかけっこを続けているせいでいつまで経っても考えがまとまらず答えが出せない。考え事でいっぱいいっぱいの頭の中に、突如「危ない!」という声が響く。
瞬間、自然と頭が下を向いた。そこには地面から飛び出した木の根っこがあった。まるで前もってわかっていたことかのように、無意識で足が地面を蹴り、軽くジャンプをし、気がつくと私は軽々と根を飛び越えていた。
まさかこんな咄嗟に反応できるとは……。我ながら驚きを隠せない。
しかし、感心したのも束の間、突如全身に急激な疲労感が襲いかかった。
足が地面についた瞬間、膝から力が抜けた。カクッと、まるで細い枯れ枝のように、必要以上に膝が曲がってしまい、地面に手がついた。
「ハァ――。ハァ――。ハァ――。ハァ――。ハァ――――」
周りの音が聞こえずらい。耳に分厚い膜が張っているみたいだ。なのに鼓動の音だけはやけにはっきりと聞こえてくる。
エスペラが、心配そうな顔で私の顔をのぞいている。
大丈夫――大丈夫、大丈夫――、大丈夫――。
頭の中で何度もそう呟く、しかし声がでない。
ガクッと頭の位置が下がった。一呼吸つき、唯一体を支えていた腕の力も抜けてしまったのだと気がついた。
瞬間、体の軸が左にズレた。
あ、倒れ――――。
首を倒れる方向とは逆に倒し、体の軸を右にズラしてバランスをとろうとした。だが、予想していたよりも軸が右に大きくズレてしまい、そのまま地面に倒れ込んでしまう。
ああ、これじゃあただ倒れる方向を逆にしただけじゃないか。しょうがない、とりあえず今はこのまま横になって体力を回復させよう。
目を瞑り、余計なことは考えず、ただひたすら呼吸だけを続ける。
しばらくそうしていると、激しい運動により火照った体にひんやりとした土が当たって意外と気持ちがいいことに気がつけるぐらいには余裕が出てきた。
一瞬、強めの風が吹き、ふわっと髪の毛が浮いた。
エスペラが騒いでいる。肩に何かが触れた。きっとエスペラだ。
そうだね、早く逃げないと……。
少し呼吸も落ち着き、私は再び目を開いた。
目の前にはヴォルフがいた。
「いきなり逃げ出すとは――。これは……、追加のお仕置きも考えねば、な――」
そう言って、ヴォルフは私の腕を掴んだ。
今の今まで全身を包んでいた熱が一瞬で消え去った。腕を掴まれている場所から、力を吸い取られるような感覚に襲われる。まるで自分の体じゃないみたいに全身がへたりこむ。
少しは回復したはずなのに、なんで……、なんで……、なんで……なんで……なんで……なんで……――――――。
「まぁ、まずは途中だった仕置きの続きからだ――」
ヴォルフは自身が小屋でつけた私の腕の傷に向かって、徐々に人差し指の爪の先を近づける。
全力で腕を振りまわし、今すぐにでもヴォルフの腕を振り解きたいのになぜか体は微動だにしない。
私がただ黙ってじっとしている間にも、ヴォルフの爪の先は傷口に向かってどんどん近づいてくる
なんでもいい、なんでもいいから抵抗しないと……――――。
どんなことでもいい。とにかく行動を起こそうとして、あらゆる言葉を頭の中で叫んだ。
「い……、ゃ……――」
しかし、やっと、どうにかして、必死の思いで絞り出したその声は、今まで発した言葉の中でも一番か細いく弱々しかった。
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