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‐1336年 日ノ炎月 6日《5月6日》‐
逃げた先で、/秘めた想い、吐露――。
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なりふり構わず、一切の出し惜しみもなく、全速力で森の中を駆けていく。
前からシャルルの声がした。
「おせェぞ! もっと急げ!!」
「わっ……、わかってるっ、わ、よ!!」
「わかッてねェ!! もっと必死で足ィ回せ!!!!」
「わ、はぁっ……てっ、ふぅっ……――」
シャルルに抱えられたエスペラが、ギャウギャウ! と声を上げて騒ぎ始めた。
「クソッ、こんな時に、騒ぎ出してんじゃねェクソが! 少しは、大人しくッ、しろッっ、てンだッ……――!」
エスペラに悪態をつきながらもシャルルは全速力で森の中を駆けていく。
「じゃあ、はなせばっ、いい、じゃ、ないっ!!」
「うるせェ――!! テメェらの、ためでも、あンだぞ! それにッ――! オメェはッ、黙ってッ、足ィっ、だけ、動かしてろッ!」
息も絶え絶えながら、シャルルの悪態は止まらない。
言い返してやりたかったけど、呼吸を繰り返すので精一杯でうまく口から声が出せない。素直にシャルルの言葉に従いたくはなかったが、結果として、シャルルの言うとおりただ黙ってひたすら走るほかなくなってしまっていた。
何か気が付いたのか、シャルルは後ろを振り向いた。
「ちくしょう――!!」
突如、シャルルは声を張り上げ、投げやりに叫んだ。シャルルの顔がうなだれるように真下を向く。
程なくしてシャルルの足が止まった。
絞めていた脇を開くシャルル。シャルルから解放されたエスペラがこっちに向かって駆け寄ってきた。
「おい! ガキ!!」
怒鳴りつけるような声でシャルルが私を呼びつけた。
「そいつ、連れてっ……。――今すぐっ、逃げろ。」
予想だにしていなかった言葉がシャルルの口から聞こえた。
切羽詰まった状況にも関わらず、全く理解が追いつかないせいか、思わずその場に呆けてしまう。
「オイッ! 逃げろッつッてンだろッッ!!」
「――え……、な、え――?」
「行けよッ! 時間ねェンだよ!」
「で、でも……、だって――。」
「いいから行けッ!!」
困惑し、ただ足を止めていることしか出来ない私に対して、シャルルの口から放たれる言葉に変化はなかった。しかし、それでも、少しでも腑に落ちたかった私は、その場から離れることができない。
「だっても、でもも、クソもねェ! このままじゃ全員死ぬンだよ!」
ずっと大声で叫び続けていたせいか、激しく肩を上下させるシャルル。数度、呼吸を繰り返したのち、シャルルは大きく息を吸った。
「いいから黙ッて走れよッッ!!!!」
シャルルの今日一番の怒号が森中に響き渡った。
私は、即座にエスペラを抱えて後ろに振り向き、前に向かって走り出した。
=============
クソがッ、なんでオレがこんなことしなきゃならねェ。なんでこうなった。
なンでいつもうまくいかねェ……。なンでなんだ。
これからだったんだ。これから、これからやっとうまくいくッて時に限ってよぉ。なンでうまくいかねェんだよ。
……生まれてからいつも、こんなんばっかだ。
貴族っつッてもよぉ、持ってる領地は戦地の近く。しかも、戦には負け、いまやカルカヌスなんてとこ、どこにも存在しやしねぇ……。
挙句、どさくさに紛れて反乱を起こされて、使ってたはずの犬に使われる始末。これじゃあよ、再興なんて、夢のまた夢だ。
我ながらマジで救えねェ……。
――いや、それはシモンも同じか……。
オレの人生、全くもって幸福とは言えねぇ……けど、けどよ。お前がいたおかげで、最悪じゃあなかったぜ。
オメェの言うこと聞いてりゃあよ、たまにゃいい思いもできたし、何より今の今まで生きてこれたのは他でもねぇ、シモン、お前のおかげだと俺ぁ思ってるよ。
シモン、お前がいたおかげでよぉ、オレぁ、死なずにすんだんだ……。
シモン、オメェがよ、ここにいりゃあよ、もうちっとマシな状況だったんだろうなぁ。
なのによぉ、なンで残っちまったんだよ。
オメェがいねェとよ、俺ァ、なンもできねェンだよ!
ッ――! クソがよォオ!!
なンで残ッたンだ一人でよォオ!!!!
勝手に、てめぇ一人で……――。クソぉ……、くそがよぉ……。
オレ一人でよぉ! 犬二匹相手にどうしろッてンだよ……!
――クソが、マジで、意味ねぇことしちまったぜ。
なぁシモン、オメェが馬鹿一人野放しにすッから……。オレぁいま、こンなンなッちまったじゃねぇかよ。
クソがよぉ、オレだッてわかッてンだよ! こンなン嫌がらせにもなりゃしねェッてなァア!!
……シモン、オメェが後ろにいりゃあよぉ。犬如き、何匹こようがどッてことねぇのによぉ……。
オレぁどうすりゃあいい、シモン。いつもみてぇにどうすりゃいいか教えてくれよ。
オレぁよぉ、一人じゃあなんも出来やしねェンだよ。
だからよぉ、また二人で――――。
前からシャルルの声がした。
「おせェぞ! もっと急げ!!」
「わっ……、わかってるっ、わ、よ!!」
「わかッてねェ!! もっと必死で足ィ回せ!!!!」
「わ、はぁっ……てっ、ふぅっ……――」
シャルルに抱えられたエスペラが、ギャウギャウ! と声を上げて騒ぎ始めた。
「クソッ、こんな時に、騒ぎ出してんじゃねェクソが! 少しは、大人しくッ、しろッっ、てンだッ……――!」
エスペラに悪態をつきながらもシャルルは全速力で森の中を駆けていく。
「じゃあ、はなせばっ、いい、じゃ、ないっ!!」
「うるせェ――!! テメェらの、ためでも、あンだぞ! それにッ――! オメェはッ、黙ってッ、足ィっ、だけ、動かしてろッ!」
息も絶え絶えながら、シャルルの悪態は止まらない。
言い返してやりたかったけど、呼吸を繰り返すので精一杯でうまく口から声が出せない。素直にシャルルの言葉に従いたくはなかったが、結果として、シャルルの言うとおりただ黙ってひたすら走るほかなくなってしまっていた。
何か気が付いたのか、シャルルは後ろを振り向いた。
「ちくしょう――!!」
突如、シャルルは声を張り上げ、投げやりに叫んだ。シャルルの顔がうなだれるように真下を向く。
程なくしてシャルルの足が止まった。
絞めていた脇を開くシャルル。シャルルから解放されたエスペラがこっちに向かって駆け寄ってきた。
「おい! ガキ!!」
怒鳴りつけるような声でシャルルが私を呼びつけた。
「そいつ、連れてっ……。――今すぐっ、逃げろ。」
予想だにしていなかった言葉がシャルルの口から聞こえた。
切羽詰まった状況にも関わらず、全く理解が追いつかないせいか、思わずその場に呆けてしまう。
「オイッ! 逃げろッつッてンだろッッ!!」
「――え……、な、え――?」
「行けよッ! 時間ねェンだよ!」
「で、でも……、だって――。」
「いいから行けッ!!」
困惑し、ただ足を止めていることしか出来ない私に対して、シャルルの口から放たれる言葉に変化はなかった。しかし、それでも、少しでも腑に落ちたかった私は、その場から離れることができない。
「だっても、でもも、クソもねェ! このままじゃ全員死ぬンだよ!」
ずっと大声で叫び続けていたせいか、激しく肩を上下させるシャルル。数度、呼吸を繰り返したのち、シャルルは大きく息を吸った。
「いいから黙ッて走れよッッ!!!!」
シャルルの今日一番の怒号が森中に響き渡った。
私は、即座にエスペラを抱えて後ろに振り向き、前に向かって走り出した。
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クソがッ、なんでオレがこんなことしなきゃならねェ。なんでこうなった。
なンでいつもうまくいかねェ……。なンでなんだ。
これからだったんだ。これから、これからやっとうまくいくッて時に限ってよぉ。なンでうまくいかねェんだよ。
……生まれてからいつも、こんなんばっかだ。
貴族っつッてもよぉ、持ってる領地は戦地の近く。しかも、戦には負け、いまやカルカヌスなんてとこ、どこにも存在しやしねぇ……。
挙句、どさくさに紛れて反乱を起こされて、使ってたはずの犬に使われる始末。これじゃあよ、再興なんて、夢のまた夢だ。
我ながらマジで救えねェ……。
――いや、それはシモンも同じか……。
オレの人生、全くもって幸福とは言えねぇ……けど、けどよ。お前がいたおかげで、最悪じゃあなかったぜ。
オメェの言うこと聞いてりゃあよ、たまにゃいい思いもできたし、何より今の今まで生きてこれたのは他でもねぇ、シモン、お前のおかげだと俺ぁ思ってるよ。
シモン、お前がいたおかげでよぉ、オレぁ、死なずにすんだんだ……。
シモン、オメェがよ、ここにいりゃあよ、もうちっとマシな状況だったんだろうなぁ。
なのによぉ、なンで残っちまったんだよ。
オメェがいねェとよ、俺ァ、なンもできねェンだよ!
ッ――! クソがよォオ!!
なンで残ッたンだ一人でよォオ!!!!
勝手に、てめぇ一人で……――。クソぉ……、くそがよぉ……。
オレ一人でよぉ! 犬二匹相手にどうしろッてンだよ……!
――クソが、マジで、意味ねぇことしちまったぜ。
なぁシモン、オメェが馬鹿一人野放しにすッから……。オレぁいま、こンなンなッちまったじゃねぇかよ。
クソがよぉ、オレだッてわかッてンだよ! こンなン嫌がらせにもなりゃしねェッてなァア!!
……シモン、オメェが後ろにいりゃあよぉ。犬如き、何匹こようがどッてことねぇのによぉ……。
オレぁどうすりゃあいい、シモン。いつもみてぇにどうすりゃいいか教えてくれよ。
オレぁよぉ、一人じゃあなんも出来やしねェンだよ。
だからよぉ、また二人で――――。
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