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‐1336年 日ノ炎月 5日《5月5日》‐
死闘
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込められるだけの力を込め、思いっきり地面を蹴る。
瞬間、爪先から激痛が走り体中を駆け巡った。
加えていつもより踏み込みがきかない。どうやっても爪先から力が抜けていってしまう。まるでぬかるんだ土の上を走っているかのように足が滑るような感覚がある。勢いも速度も普段と比べて数段落ちていた。
シュッ――。
何かが空を裂くような音がした。直後、地面に矢が刺さった。
あと一歩でも踏み込んでいれば、確実に射抜かれていた。
痛みとは別の感覚が走り、ゾワゾワと背筋を撫ぜる。
間一髪、いや不幸中の幸いというべきか。痛みによる枷が今回に限っては良い方に作用してくれた。だからといって感謝する気には到底なれないが。
シュ――。
再び空を切る音がした。
咄嗟に地面を蹴って、その場から飛び上がった。爪先から痛みが走る。不意の反応だったためか、先程までとは比べものにならないくらい鮮明な痛みに、感覚全てが激痛に塗りつぶされ体中を暴れ狂っている。思わず背中が丸くなり視線が下がってしまう。視線の先には地面に刺さった矢があった。
「――!! ――――――!」
甲高い声が聞こえてきた。
少しの時間を置き、お嬢様の声だということに気がついた。
まさか、お嬢様の声すらまともに判断できなくなっているとは。しかし、それでも、そうだとしても、今は、やらなければならないことがある。
そうだ、こんなところで蹲っているわけにはいかない。激痛程度に支配されている場合ではない――!
今、そう、たった今、やらねばならないことだけに集中しろ――、ルイス! 今はただ奴らの手からお嬢様を助け出す事だけを考えていればいい!
歯が折れてしまうのではないか、というほど力を込め思いっきり歯を食いしばりながら痛みに耐えながら、地面を蹴った。
敵を捕捉し、目標に向かって、ただひたすらに地面を蹴り、愚直に前へと突き進む。
一歩、一歩、と足を踏みしめるごとに痛みの感覚が鈍くなっていくように感じた。おかげで視覚や聴覚、嗅覚などその他の感覚が正常に戻っていく。感覚の全てを支配していたといっても差し支えないほどの痛みが鈍くなっていくにつれ頭の中が徐々に晴れていく。おかげで思考をするぐらいの余裕が戻ってきた。
しかし、相変わらずつま先から力が抜けていくような感覚があり思うように前に進むことができない。だからといってすぐに解決方法が思い浮かぶわけもなく、至極単純な方法だが、必死で足を動かすことによって無理矢理にでも敵との距離を詰めていき、想定していたよりも数歩ほど多くはなってしまったが、射程圏内まであと一歩というところまで迫った。
臆することなく一歩、さらに足を踏み込む。すると、頭上に構えられた剣が脳天目掛けて振り下ろされた。
即座に斜め前に向かって地面を蹴り、側面に回り込みながら同時に太刀筋から体を逸らす。
しかし、途中まで真っ直ぐに振り下ろされていたはずの太刀筋が、こちらの動きに合わせて横へとズレた。
一瞬で肺の中の空気全てを吐き出し足を折り曲げ体を丸めながら地面擦れ擦れまで屈んだ。垂れ下がっている耳がフワッと宙に浮く。剣身が何本かの毛を刈り取りながら、浮いた耳の端を掠めていった。剣の切先が地面に触れそうになった瞬間、真反対から引っ張られるかのようにしてビタっと止まった。
剣身に月明かりが反射してキラッと光った。
すぐさま、剣とは逆の方向に重心をズラす。体の内側に向かって片足を伸ばし、地面と平行にかかと下ろしの要領で横なぎに蹴りを繰り出す。目の前に見える足が地面を蹴り、宙に浮く。蹴り出されたかかとは弧を描きながら空を切った。そのまま円を描きつつ足をたたんでいく。完全に足をたたみ終わったところで全力で地面を蹴った。
一瞬、空中で互いの目が合った。
男が下降していく。
常に移動し続けていた景色が止まった。
後ろに回り込むには高さが足りない。
へそに向かって頭を丸めていきながら、踵を突き出すように足を伸ばしていく。そのまま空中で一回転し、敵めがけて踵を振り下ろした。
踵が背中に直撃したのが感じ取れた。ほのかに痛みの感覚が走る。
「カッッ、ハッッッッ――――!!」
男は大量の唾とともに肺の中の空気全てを一気に吐き出したような声を上げ、うつ伏せの状態で地面に突っ伏した。
次だ――。
視線を前に移す。
ギャウギャウと声を上げ続ける龍と、喉元にナイフを突きつけられたお嬢様の姿があった。
瞬間、爪先から激痛が走り体中を駆け巡った。
加えていつもより踏み込みがきかない。どうやっても爪先から力が抜けていってしまう。まるでぬかるんだ土の上を走っているかのように足が滑るような感覚がある。勢いも速度も普段と比べて数段落ちていた。
シュッ――。
何かが空を裂くような音がした。直後、地面に矢が刺さった。
あと一歩でも踏み込んでいれば、確実に射抜かれていた。
痛みとは別の感覚が走り、ゾワゾワと背筋を撫ぜる。
間一髪、いや不幸中の幸いというべきか。痛みによる枷が今回に限っては良い方に作用してくれた。だからといって感謝する気には到底なれないが。
シュ――。
再び空を切る音がした。
咄嗟に地面を蹴って、その場から飛び上がった。爪先から痛みが走る。不意の反応だったためか、先程までとは比べものにならないくらい鮮明な痛みに、感覚全てが激痛に塗りつぶされ体中を暴れ狂っている。思わず背中が丸くなり視線が下がってしまう。視線の先には地面に刺さった矢があった。
「――!! ――――――!」
甲高い声が聞こえてきた。
少しの時間を置き、お嬢様の声だということに気がついた。
まさか、お嬢様の声すらまともに判断できなくなっているとは。しかし、それでも、そうだとしても、今は、やらなければならないことがある。
そうだ、こんなところで蹲っているわけにはいかない。激痛程度に支配されている場合ではない――!
今、そう、たった今、やらねばならないことだけに集中しろ――、ルイス! 今はただ奴らの手からお嬢様を助け出す事だけを考えていればいい!
歯が折れてしまうのではないか、というほど力を込め思いっきり歯を食いしばりながら痛みに耐えながら、地面を蹴った。
敵を捕捉し、目標に向かって、ただひたすらに地面を蹴り、愚直に前へと突き進む。
一歩、一歩、と足を踏みしめるごとに痛みの感覚が鈍くなっていくように感じた。おかげで視覚や聴覚、嗅覚などその他の感覚が正常に戻っていく。感覚の全てを支配していたといっても差し支えないほどの痛みが鈍くなっていくにつれ頭の中が徐々に晴れていく。おかげで思考をするぐらいの余裕が戻ってきた。
しかし、相変わらずつま先から力が抜けていくような感覚があり思うように前に進むことができない。だからといってすぐに解決方法が思い浮かぶわけもなく、至極単純な方法だが、必死で足を動かすことによって無理矢理にでも敵との距離を詰めていき、想定していたよりも数歩ほど多くはなってしまったが、射程圏内まであと一歩というところまで迫った。
臆することなく一歩、さらに足を踏み込む。すると、頭上に構えられた剣が脳天目掛けて振り下ろされた。
即座に斜め前に向かって地面を蹴り、側面に回り込みながら同時に太刀筋から体を逸らす。
しかし、途中まで真っ直ぐに振り下ろされていたはずの太刀筋が、こちらの動きに合わせて横へとズレた。
一瞬で肺の中の空気全てを吐き出し足を折り曲げ体を丸めながら地面擦れ擦れまで屈んだ。垂れ下がっている耳がフワッと宙に浮く。剣身が何本かの毛を刈り取りながら、浮いた耳の端を掠めていった。剣の切先が地面に触れそうになった瞬間、真反対から引っ張られるかのようにしてビタっと止まった。
剣身に月明かりが反射してキラッと光った。
すぐさま、剣とは逆の方向に重心をズラす。体の内側に向かって片足を伸ばし、地面と平行にかかと下ろしの要領で横なぎに蹴りを繰り出す。目の前に見える足が地面を蹴り、宙に浮く。蹴り出されたかかとは弧を描きながら空を切った。そのまま円を描きつつ足をたたんでいく。完全に足をたたみ終わったところで全力で地面を蹴った。
一瞬、空中で互いの目が合った。
男が下降していく。
常に移動し続けていた景色が止まった。
後ろに回り込むには高さが足りない。
へそに向かって頭を丸めていきながら、踵を突き出すように足を伸ばしていく。そのまま空中で一回転し、敵めがけて踵を振り下ろした。
踵が背中に直撃したのが感じ取れた。ほのかに痛みの感覚が走る。
「カッッ、ハッッッッ――――!!」
男は大量の唾とともに肺の中の空気全てを一気に吐き出したような声を上げ、うつ伏せの状態で地面に突っ伏した。
次だ――。
視線を前に移す。
ギャウギャウと声を上げ続ける龍と、喉元にナイフを突きつけられたお嬢様の姿があった。
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