アルビノ少女と白き真炎龍《ヴェーラフラモドラコ》〜家の近くの森で絶滅したはずの龍を見つけたので、私このまま旅にでます〜

辺寝栄無

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‐1336年 日ノ炎月 5日《5月5日》‐

エスペラを追って

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 エスペラを探して森の中を走っていると、徐々に呼吸をする感覚が短くなっていき、足が重く感じ初めた。

 明らかに疲れが溜まってきている。でも、急がないと……――。

 悩んだ末、間をとって少し走る速度を緩めることにした。
 
 そ、そろそろ到着してもいい……と思うけど――。

 あたりを見渡すが、あるのは、木、木、木。どこまでも代わり映えのない景色が広がっているのみだった。

 まだ煙は上がっているかと思い上を見上げてみるが、もうすでに収まってしまっており、風に揺れる枝葉から星空がのぞくのみだった。

 認めたくはないが、完全に迷ってしまった。ということなんだろう。

 他に何か道がわかる方法がないかと頭を悩ませてみるものの、なんにも思い浮かばない。

 途方に暮れ、何をすればいいかもわからず、一度足を止めて意味もなくキョロキョロとあたりを見回している。するとエスペラの鳴き声が聞こえてきた。

 さっきより声が近い! よかった、見当違いの場所に向かってるわけじゃなかったんだ。

「ぉ……ぃ……! ぉ……ぇ……!」

 エスペラの鳴き声とは別に、今度は人の声がした。

 一瞬ルイスかもと思ったが、聞こえてきた方向が違う。人の声がした方向はエスペラの鳴き声がしたのと同じ方向だ。

「アッチィッ!!」

 今度ははっきりと聞こえた。

 熱い……――。ということは火だ! エスペラだ! けどエスペラだけいるわけじゃない。急がなくちゃ!

 疲労、期待、そして不安。さまざまな感情が織り混ざり、騒ぐ心を必死で抑えながらも、私は声がした方へ走っていく。

 歩を進めるごとに何か、焼け焦げたような臭いが鼻腔を突き刺す。

「キャウ! ァウ! ギャゥ!」

 エスペラの声だ! 間違いない。けど随分激しい……、なにか叫んでいるようだ、もしかして襲われている? それで火を起こしたのかも。相当な危険に晒されているのかもしれない。急がないと!

「クソが、手間取らせやがって」

「また火を吐かれたら面倒だ。縛っておけ」

 また人の声だ。熱いって聞こえた時と比べて張り上げているような感じはしない。だけどはっきりと聞こえた。ということは……、確実に近づいている。けど会話の内容が穏やかじゃない。それに会話しているってことは一人じゃないってことだ! 急がなくちゃ、急がなくちゃ、急がなくちゃ――。

 目の前のにあったはず木々が次々と後ろに下がっていく。

 自分がこんなにも走れるなんて知らなかった。ここまで激しく体を動かしたことがなかったから知らなかったけど、私は意外と動けるのかもしれない。いや、今はこんなことを考えている場合じゃない。とにかく急がないと。

 私はより早く足を動かすことだけに努めて、ただひたすらに走った。

 鼻を刺す焦げ臭さがどんどん強くなっていく。木とは違う形の何かが見えた。

 人だ! 二人いる。うち一人は脇に何か抱えているみたいだ。あれは……。

「エスペラ!!」

 私の声に反応して、二つの顔がこっちを向いた。

 脇に抱えられたエスペラと目が合う。エスペラは縄で口を縛られていた。

「エスペラ?!」

 口を縛られたエスペラは、ムーッ、ムーッと声にならない鳴き声をあげている。

「大丈夫! 待ってて!」

「おい――」

「エスペラを放しなさいよ!!」

 相手が何か話そうとしていたが、私は構わず叫んだ。エスペラをいじめる奴なんかに礼儀なんていらない。

「ア??」

 エスペラを抱えていない方の男の顔が歪んだ。チッ、と舌を打つ音がした。

「おい、オレが喋ってる途中だろうがよ。ガキが……、大人の言葉をさえぎッてンじゃねェよ。礼儀のなってねぇガキだな」

 そう言いながら男はゆっくりと、こちらにむかって近づいてきた。ずいぶん短気だ。

「待て、」

 エスペラを抱えている男が、短気な男を呼び止める。

「なンだよ」

「こっちに来い」

「ァ?」

「落ち着け。いいからこっちに来い」

 そう言って後ろの男は、腰に掛けた袋をゆらし、チャリチャリと音を鳴らした。

 短気な男は、腰に手を当て天を仰ぎ、大きく息を吐いた。

「わァったよ」

 短気な男はそう言って、気怠そうにして来た道を戻っていく。

「で、なんだよ?」

 エスペラを抱えている男が、短気な男に顔を近づける。

 どうやらエスペラを抱えている男が、短気な男に何か伝えているようだ。しかし小声で話しているのか内容が全く聞こえてこない。

 急に短気な男がこちらをジロジロと見てきた。私はそれをキッと睨み返す。男は、何度か小刻みに顔を上下に揺らし、私から視線を外した。

「お嬢ちゃん、こんな時間にこんなところで何してるんだ?」

 今度は、エスペラを抱えた男が話しかけてきた。

「エスペラを放して!」

「おいガキ、大人の話は黙って聞けって習わなかったのか? エ?」

 短気な男が体を前に乗り出して口を挟んできた。エスペラを抱えた男がそれを制する。

「お嬢ちゃん、放してってなにをだ。もしかしてこいつのことか?」

「そうよ! いますぐエスペラを放しなさい!! じゃないと――」

「じゃないと? なぁ、どうなるんだよ。ガキが、ア?」

 短気な男が凄んでくる。

「おい、いい加減に落ち着け。話が進まん」

 エスペラを抱えた男が、短気な男を諌める。

「お嬢ちゃん、そっちにも言いたいことはあるんだろうが、こっちもいくつか聞きたいことがあるんだ。だからまずは話そうじゃないか。こいつを放すのはそれからだ」

 男は、脇に抱えるエスペラをクイっと動かし答えた。

「イヤ! まずは、そっちがエスペラを放しなさいよ!」

 短気な男が、鋭い目つきでこちらを睨んできた。

 エスペラを抱えている男は、わざとらしく大きく息を吐いた。

「おい、嬢ちゃん。それは調子に乗りすぎだと思うが……。どうだ? 一回、今の自分の立場をよく考えてみたら――」

 男に抱えられているエスペラが激しく体を揺らし始めた。相変わらずムームーと苦しそうに鳴いている。

 早く、早く助けないと……――。

「考えるって何をよ! いいからエスペラを放しなさい!」

「そうか、わからないか――。」

 エスペラを抱えている男は、腰に手を当て下を向いた。

「まぁ、俺は優しいからな、一つヒントをやろう。嬢ちゃん、今の君の立場についてだ」

 エスペラを抱えた男は、腰から短剣を抜き出しエスペラの首元に当てた。

「どうだ? お話、少しはする気になったか。お嬢ちゃん」

「やめてっ! 何するの! エスペラが怪我しちゃうじゃない!!」

「それについては問題ない。俺たちもこいつ、お嬢ちゃんの言うエスペラを、たった今傷つける気はない。まぁ、それもお嬢ちゃん次第だが……。どうだ、少しは話す気になってくれたかな?」

 男は脇に抱えたエスペラの頭をグッと掴みながら答えた。

 力強く口を掴まれているせいか、それとも恐怖のせいか、エスペラはさっきまでとは打って変わって声すら出せずにいる。

「や、やめて! 放して!!」

「なら、お嬢ちゃんが俺たちとお話するだけでいい。そうすれば放してやる。わかったか、お嬢ちゃん」

「わ、わかった、話す! お話します」

「それはよかった。じゃあ今から仲良くお話ししようじゃないか。なぁ、お嬢ちゃん」

 私はコクコクと頷いた。

「じゃあ、まずはお互いのことをよく知らないとな。俺からいくつか質問をしよう。おっと、そうだった。これだけは言っておかないとな。お嬢ちゃん、嘘はつくなよ。じゃないと――」

 そう言って男は、脇に抱えたエスペラの頬の短剣の腹でペシペシと叩いた。

 エスペラの尻尾が小刻みに震えている。

「わ、わかった! わかりました……。だから、エスペラをいじめないで!」

「そうか、安心したよ。じゃあ、俺もお嬢ちゃんを信用して、もうエスペラをいじめるのはもうやめよう」

 男は短剣を腰にしまい、エスペラの頭を掴んでいた手を放した。

「約束は守らないと、な。お嬢ちゃん」

 私は何度も首を縦に振った。

「そんなに怖がることはない。何も今すぐにエスペラを殺すってわけでもないんだからな。だからお嬢ちゃんは安心して俺の質問に本心から答えてくれればいい。信用しているぞ。だから俺のことも信用しろ。――わかったか?」

 私は大きく首を縦に振った。

「お嬢ちゃん、俺は今お嬢ちゃんと楽しくお話をしているんだよな? そうだろ? けどどうだ、喋っているのは俺だけじゃないか。これじゃまるで俺がお嬢ちゃんをいじめているみたいだ。俺たちは今、楽しくお話をしているんだ。そうだろ?」

「……はい」

「そうか、そうだよな。お嬢ちゃんと楽しく話していると思っていたのが俺だけじゃなくて安心したよ。だから言葉遣いには気をつけろ。俺たちは楽しく喋っているんだからな」

 そう言って男はにこりと笑った。

「そう……、です、わね」

「じゃあまず一つ目の質問だ。フォーサイス家の人間で間違いないな」

「ええ、そうよ」

「名前は、エレノア=アルバニア=フォーサイス」

「ええ」

 横を見ると、短気な男の口角が一瞬、大きく釣り上がって見えた。

「こんなところになんで一人でいる」

「何でって、それは……」

 どう説明したらいいのだろう。

 私は言葉に詰まってしまった。

「どうした、言えないのか?」

 そう言って男は腰に手をかける。

「ち、違う! 違うの!! 言えないわけじゃないの、ただ説明が難しくて……」

「そうか」

 男は腰掛けた手を離して答えた。

「じゃあ、質問を変えよう。ここまでは一人で来たのか?」

「最初は、ルイスと一緒に、あ、ルイスっていうのは執事で――」

「余計な説明はいらない、質問したことだけに答えてればいい」

 エスペラを抱えている男は、急に私の言葉を遮って喋り出した。一瞬、険しい表情を浮かべていたような気がした。

「で、でもおしゃべりってこういう――」

「俺は、余計な話は嫌いなんだ。お互い楽しい気分で話したい、だろ?」

 男は有無を言わせぬような、圧力で言う。

「え、ええ……――」

 迫力に気圧され思わず肯定してしまう。もちろん納得はいっていない。

「で、最初は執事と一緒にいて……、どうした?」

「一回はぐれて、それでエスペラを見つけて、そこにルイスが来て、エスペラが逃げちゃって、だからエスペラを探しに行って……」

「また逸れたのか?」

「ち、違うわ! はぐれたんじゃなくて、私から離れたの!」

「喧嘩でもしたか?」

「喧嘩じゃない! ルイスがひどい事するから私から離れたの!!」

「そうかそうか。じゃあ今は一人なんだな?」

「一人じゃない! エスペラと一緒よ! けど、あなたたちが……」

「なるほど、そうかそうか。それは、お嬢ちゃんには悪いことをしたな」

 そう言って男はエスペラの口を縛っていた縄を解いた。

 口が自由になったエスペラはキャワキャワと騒ぎ出した。

「放してくれるの!?」

「約束だからな。だけどお嬢ちゃんに最後に一つだけ聞きたいことがある」

「それに答えたらエスペラを放してくれるの!?」

「もちろんだ」

「なに? 最後になによ!?」

「そんなに焦るな。簡単だ、すぐ終わる」

「早く言って!」

「家には帰らなくていいのか?」

「いい、あんなところ、もうどうでもいい。あんなところ、帰ったってもう……」

「そうかそうか」

 そう言って男はエスペラを放した。

 ものすごい勢いでエスペラがこちらに向かって駆け寄ってきた。

 私の胸目掛けてエスペラが飛び込んできた。私はエスペラを思いっきり抱きしめた。エスペラは小刻みに震えていた。

 私とエスペラが感動の再会に、まるで水をさすかのようにして男は再び話しかけてきた。

「なぁ、お嬢ちゃん。家には帰りたくないんだろ。よかったら俺たちがいい場所を教えてやろう」
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