アルビノ少女と白き真炎龍《ヴェーラフラモドラコ》〜家の近くの森で絶滅したはずの龍を見つけたので、私このまま旅にでます〜

辺寝栄無

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‐1336年 日ノ炎月 5日《5月5日》‐

洞にて、 1

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 エスペラのまぶたが大きく見開いた。

 驚いて、いる……? エスペラという響きに聞き覚えでもあった? いや、生まれたばかりで聞き覚えも何もないか。じゃあなんで驚いているんだろう? 声にびっくりしたとか? いや、今初めてしゃべったわけでもないし……――。

 疑問について考えを巡らせようとした瞬間、エスペラが私の胸をめがけて飛びかかってきた。

 びっくりして思わず腰が引け、一瞬体がこわばってしまう。

 考え事をしていたこともあってか完全に無防備のところを、いきなり体全体で飛びかかられ、エスペラに押し倒される形で、私は後ろに倒れ込んでしまった。

 勢いそのままに、エスペラは私の首に自身の首を絡ませてきた。

 さっきまでの警戒心は一体どこへいったのか。

 今まで怖がってばかりいたのに、なんでいきなりこんな積極的に……。

 ツルツルとした乾いた鱗とは違う、ぬるっとした湿り気を帯びたなにかに、頬の上を這った。

 感覚のあった方に目線を送ると、細長い薄ピンク色の何かが見えた。

 し、た? 舐められている?

 体全体に寒気が走る。体が硬い。

 うそ、だってこれは蛇の捕食行動じゃ……――。

 どうしよう、無理やりにでも振り解いて離れた方が……。いや大丈夫、食べられたりするもんか! 間違いなく私とエスペラは心で通じ合っていたはず……だ。

 そ、そう! これはきっと愛情表現に違いない! 犬が主人の顔を舐めるみたいなもので。そう! けっしてこれは蛇が行う捕食行動ではなく。あくまで愛情表現……! だからまずは落ち着こう……――。

 心がざわざわする。心臓の鼓動が体中に響いている。

 少しでも早く落ち着かないと、そう思い、目をつむった。

 時間をかけてゆっくりと、一度、深呼吸をする。

 吐く息とともに、頭の中を覆っていたもやもやが少しずつ晴れていくように感じた。

 心のざわざわが少しずつ収まっていく。

 頭の中が晴れてくると、別の可能性がフッと浮かんできた。

 そうだ、蛇が行う捕食行動は、まず獲物に嚙みついて捕らえた後に巻き付くのだった。エスペラの行動は蛇のそれとは違う、噛みついていない! 舐められはしたけど……。首に巻き付いてきてから、あとに続く動きまでがあまりにも蛇のようだったから、勝手に同じなのだと決めつけてしまっていた。けど、そもそも蛇とドラゴンは違う生き物だ。気が動転しすぎていた。それにちょっと前まで似たような行動をされていたし。そうだ! それで距離が縮まって、名前を考えて、呼んだんだった。

 考え込んでいる私の頬に、不意にペロッと舐められる感覚がした。

 感覚がした方を見ると、首を傾げて不思議そうにこちらを見ているエスペラの姿があった。

 どうしたの? とでも言いたげなその姿は、こちらを心配してくれているようにも見えた。

 瞬間、心の中わずかに燻っていたざわざわが一気に霧散した。

 自然と、手がエスペラに向かって伸びた。

 私も、エスペラが頬ずりしてくれたみたいに、寄り添うようにして首をたおす。

 いつの間にかもう、体の硬直は消えていた。

「お嬢様から離れろ!!!!」

 エスペラに手が触れた瞬間、後ろから声がした。

 体の芯に響くような、鼓膜を叩き、頭を揺らすほどの大声が洞中に響いた。

 肌がビリビリとしびれているような感覚が残っている。

 とても大きな声だ、頭がぼーっとする。一体誰が何のために、それもこんな狭い場所で――。……おじょう、さ、ま?

 少し引っかかるところもあった私は、声の聞こえた方を向いた。視線の先には誰かが屈んでいるような姿が見えた。

 うーん、顔までは、見え……ない。

 眉間にしわを寄せて目を凝らしてよく見てみると、薄らぼんやりとだが顔が見えてきた。

 ル、イス? ルイスだ!

 そっか、迎えに来てくれたのか。申し訳ないけど、今の今まで完全に忘れてしまっていた……。

 まぁ、黙っていればバレることはないだろう。いや、そんなことよりもまずはエスペラについて話さないと。

 声をかけようとした瞬間、ルイスの口元がキラリと光った。ルイスの口角が今まで見たことないぐらいに吊り上がっているのが見えた。口の端から、大きく鋭い立派な犬歯が飛び出している。ルイスの顔は過去に見たことのないくらいに恐ろしい表情をしていた。

 私が一人で勝手にこんなところまで来たことを怒っている? 確かに木の近くまで移動したのは私の意思だけれども。そもそも気がついたらいつの間にか、よくわからない場所にいた訳であって、全部が全部私の意志な訳ではない……。だから大丈夫、なはず。

 それにここまで移動したのも、あの場所にただ、ぼうーっと立ったままでルイスを待つのは危ないと思ったからだし。だからそこまで怒鳴られる筋合いはない、と思う……。一人の時は動くなとは言われていたけれど……。

 頭の中で言い訳を考えているとルイスの方から、息を吐く音ともにグルルルルと喉を鳴らすような音がした。

 怒ってはいる……けど、私に怒っているわけじゃな、い……? 

 そう考えて改めて、ルイスを見てみると威嚇をしている時の犬と似たような体制をとっているように見えた。

 なんで??

 ふと、両手に振動を感じた。視線を手に移すと原因が分かった。エスペラがぶるぶると小刻みに震えている。

 いきなり大きな声がしてびっくりしているのだろうか。たしかに、ルイスの声は相当大きな声だった、驚くのも無理はない。

 手のひらから伝わってくる振動は収まるどころか、むしろどんどん大きくなっていく。

 ……いや、これは驚いているんじゃなくて怖がっている? なにを? ルイスを?

 エスペラは仕切りにキョロキョロと首を動かし始めた。合わせて体の震えもどんどん大きくなっていく。

 このまま放っておくと大変なことになる気がする。もしかしたらパニックを起こすかもすかもしれない……。まずは落ち着かせないと! うーん、どうしたものか……。

「お嬢さま! 今すぐに――」

 ……ん? ルイスはいまなんて言っていた? 助ける?

 目の前のルイスの体勢がより低くなった。

 エスペラの体は震えたままだ。それに呼吸の仕方もおかしい……。頭が上下振れ、喉をひくつかせながらコハっコハっ、と咳がまざったような変な呼吸をしている。

 ルイスの手が少し後ろに下がった。

 殺され――。

 守らなきゃ。

 ルイスが消えた。く――。

 反射的に目が閉じた。同時に、エスペラをぎゅっと抱え込むように体の内側に抱き寄せた。
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