アルビノ少女と白き真炎龍《ヴェーラフラモドラコ》〜家の近くの森で絶滅したはずの龍を見つけたので、私このまま旅にでます〜

辺寝栄無

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‐1336年 日ノ炎月 5日《5月5日》‐

ママに出会えた日

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 翼だ! それに尻尾もある!?    

 やっぱりドラゴンなんだよね。ものすごく変な見た目をしているけどドラゴンで間違いないんだよね。   

 それはそうだよね。だって、ママはぼくがからここにきてくれたんだもん。   

 ママはもちろんドラゴンだしママはママで間違いないんだよね。   

 だからもう大丈夫なんだよね……。安心してもいいんだよね……。   

 期待、というにはあまりに切実すぎる。むしろ、願いに近かった。ママであって欲しいと、願えば願うほど、感情が前のめりになる。感情に引かれるかのように自然と首が前に出てしまう。   

 気がつくと目の前には指があり鼻先が触れる寸前だった。できることならば、そのまま感情に従って触れたかった。少し、ほんの少しだけちょこんと指先を鼻でつつくだけだ。

 しかしすんでのところで理性が、いや、これもまた別の感情なんだろう。ついさっきとは真逆の感情が波のように押し寄せ、首の動きをピタリと止めてしまう。   

 怖い。   

 そうなのだ、そもそも目の前のドラゴンドラゴンであったとしても、それがそのままママであるということにはならないのだ。   

 一度浮かんだ疑問は徐々にその質量を増やしていく。   

 気持ちのままいっちゃってもいいの?   

 わからない。   

 触ってしまってもいいの?   

 わからない。   

 何かされない?   

 わからない。   

 危なくはない?   

 わからない。   

 ママは本当にママ?   

 わからない。   

 頭に浮かぶのは疑問ばかりで答えが浮かぶことはない。   

 あれもこれも全部わからない。   

 なにもかも、全てがわからない。わからないことが怖い。   

 答えが欲しい。心と体、全てを委ねられるほどの答えが。   

 ねぇ、おねがいママ、僕に声をかけて……。ママの声で僕を包み込んで。そうすれば僕はママの胸に飛び込めるのに……。   

 願いとは裏腹に、突如として浮かび上がった警戒心は限界のギリギリにまで膨れ上がった。   

 心に体が支配されピクリとも動けないでいでいると、下から音がした。   

 恐る恐る、器用に目玉だけを動かし目線を下に移す。   

 そこには天に晒すかのようにひっくり返えされた手のひらがあった。   

 その形は少しだけ弧を描いており何かを受け入れるような形をしていた。   

 これは――。   

 ママが僕を待ってくれている。   

 ふと、そう思った。けど。   

 けど、今の僕にはできないよ、ママ……。わからないんだ。ママがママなのか。僕にはわからない。怖いんだ。怖くて動けないんだよ、ママ。   

 ママ、ごめんなさい。今の僕にはできそうもない、ん……だ……。   

「大丈夫」   

 ふと声が聞こえ、鼓膜を震わせた。   

「安心して」   

 目の前には音の波が広がっている。   

「大丈夫だよ」   

 波の色は透き通るほど綺麗な青色をしていた。   

「怖くないよ」   

 音の波が鼓膜を通り抜け身体中をめぐる。音が心を包みこむ。   

 身体中をキツく縛っていた鎖のようなものから放たれる感覚がした。   

 スッと首の力が抜ける。弧を描く手に向かって頭が下へと落ちた。   

 細く華奢で柔らかい、優しい暖かさを持った手のひらに顎が触れた。不意に触れてしまったにもかかわらず、なぜだかわからないが抵抗しようという気は起こらなかった。   

 顎の形に似合わせて手のひらと指が丸められ、顎だけでなく顔の下半分全体が包み込まれる感覚がした。   

 もはや掴まれているにもかかわらず不思議と怖くはなかった。むしろ全てを委ねてもいい、そんな安心感すらあった。
   
 スリスリと鱗を擦られるような感覚がした。   

 指の動きに合わせて警戒心が溶かされていくように感じた。体全体の力が抜けいていく。   

 実際に触れられることがこんなにも心地がいいなんて知らなかった。   

 今までは声でしか聞けなかった。   

 その声すらも最後に聞いたのは、気が遠くなるほどむかしのことだった。   

 それが、今日になって突然また声が聞こえてきた。   

 嬉しくなって思わずしまった。   

 早く会いたい、その一心で、長い間包まれていた殻をがんばって破って外へ出た。   

 けど外で待っていたのはママかどうかもよくわからない、いやそれどころかドラゴンかすらもあやしい不思議な生き物だった。   

 怖かった――。   

 でもその声は、むかし聞いたものと似ていた。   

 だから逃げなかった。いや逃げられなかった。   

 でも少し違うところもあった。   

 だから近づけなかった。全てを委ねることができなかった。   

 でもこの声は……。間違いない――。   

 心の体重が徐々に手のひらの上に預けられていく。   

 鱗を擦る指の数が増え、動きが早くなった。   

 少しだけくすぐったくも感じたが、それ以上の心地よさに思わず首が前へと伸びてしまう。   

 ママが少しだけ前のめりになっている。お互いの距離が縮まっていることに気がついた。   

 さっきまでなら近づいてきた分だけ後ろに下がっていた。けど今は違う。もう逃げる気などさらさらなかった。 
  
 そのままじっとしていると、顎下を撫でていた手が首の方まで伸びてきた。   

 最初は少し遠慮がちに、そう深くはないところを優しい手つきで撫でてくれていた。   

 特に抵抗することなく撫でられるがままでいたら、首を撫でている手が下の方へとまわった。数本の指がくすぐるようにして鱗を擦り始めた。   

 ふわっと訪れた、浮遊感にも似た心地よさに思わず首が上擦って頭が上を向いてしまう。   

 鱗を擦っていた一本の指がなぞるように鱗と鱗の間の溝を沿る。こそばゆさでフッと頬の力が抜けてしまった。
   
「フ、フア、ファラ、ファララ」   

 あまりのこそばゆさに我慢仕切れず、頬が釣り上がったことによってできた隙間から息と声が漏れてしまう。   

「フフッ」   

 ふと笑い声がして、とても穏やかな音の波が目の前を流れた。その波と声はとても馴染みのある形と音をしていた。
   
 もう一度聞きたい。そう思った。   

 どうすればまた聞けるだろう。笑い声はふと、もれるようにして出てしまったような気がする。そうさっきの自分のように……。   

 くすぐられている感覚すら忘れてしまうほど思考に耽った。   

 そうか、くすぐればいいんだ。そうすればさっきの僕みたいに、思わず声を出してしまうに違いない。でもどうやってくすぐればいいんだろう。   

 そうだ、これなら。でもこれは……――。   

 口の奥にぐっと力を入れ、ほんの少しの勇気と共に、ちょっぴりだけ舌を外に出した。   

 あとほんの、ほんの少しだけでいいんだ。ほんの少し、もう少しだけ伸ばせば、それでいいんだ。   

 ちょこん――。   

 勇気を出した甲斐あってか、一瞬だけではあったが舌の先が腕に触れることができた。けれども特別になにか反応はないように思えた。   

 そっか、これじゃあ足りないんだ。   

 いや、そもそもあれぐらいじゃくすぐるどころか、気づかれてすらいないのかもしれない。だって反応がないのだから。もっと思いっきりにいかなくちゃダメなんだ。   

 思いっきり、一気に……。そう、腕に巻きつけるぐらいの勢いじゃないと、でもそれは……まだちょっとだけ怖い――。
   
 感覚も忘れるほど考え込んでいると声が聞こえた気がした。   

「どうしたの、大丈夫?」   

 首を撫でていた手の動きが止まった。   

「もしかして本当は嫌だった?」   

 首から手が離れてしまった。   

 あっ……。ママ待って――。   

「ごめんね、まだ早かったね。」   

 薄暗いくすんだ青色の波が目の前を流れていった。   

 ちがう、ちがうよママ。ママは悪くないんだ。僕が、僕が悪いんだ。だから、だからまた――。  

 離れていく手の方に自然と舌が伸びていく。舌の先が指先に触れた。   

 舌はどんどん距離を伸ばしていき、気がつくと手のひら舐めていた。   

 いやじゃない。いやじゃないんだ。だからママ、また僕に触ってよ。   

 首を伸ばし、手のひらに頬ずりをした。   

「えっ!?」   

 徐々に後ろに下がっていた腕の動きが止まった。   

 声の波の勢いが少しだけ増した。だけど荒れているわけではない。   

 流れ方が変わったような、波の色もくすみがなくなり、また明るく澄んだ色に戻っているようだった。 
  
 ママ――。   

 指に舌を絡ませる。   

 いかないで。   

 一歩、いや二歩。前に足を踏み出す。  

 僕もう怖くないよ。だから。   

 腕に巻き付くように首を絡める。   

 そばにいて。   

「嫌じゃなかったの……?」   

 いやじゃない。いやじゃないよ!   

 首全体を伸び縮みさせて腕全体に頬ずりした。   

「怖くないの?」  

 ママはママだってわかったんだ。だからもう怖くないよ。
   
 一度、腕から首を解き、顔に向かって思いっきり首を伸ばした。そのまま舌も伸ばして頬を舐めた。   

 ママは目をパチクリさせていて、とても驚いているようだった。   

 少しするとママの口からも舌が顔を出した。   

 ママの顔がだんだん近づいてきて今度はママが僕の頬を舐めてきた。   

 僕からだっただろうか、ママからだったかもしれない。いやどちらが先かは重要じゃない。   

 気がつけば僕とママは互いの頬をこすり合わせていた。   

 僕とママは互いに様々な方法でスキンシップを交わし、僕がほんの少しの警戒心も抱かなくなった頃、ママは僕の頭に手を置き口を開いた。   

「ねぇ、一緒に来てくれる?」   

 ママは、僕の頭を撫でていた手を離し、自身の膝の上に手を置いた。   

「私たち同じ場所で一緒に暮らすの、家族になるのよ。まぁ二人きりというわけじゃないけれど」   
 僕はママの手の甲に頬を擦り付けた。   

 ママは手のひらを返し、指で僕の顎下をくすぐった。  
 
「そういえばまだ名前、決めてなかったね」   

 僕の名前、ママにおおむかし、たった一度だけ呼ばれた、僕の名前……。   

 そういえばなんだっけ?   

「実はもう決まっているの」   

 たしか……――。   

「『エスペラ』」 
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