アルビノ少女と白き真炎龍《ヴェーラフラモドラコ》〜家の近くの森で絶滅したはずの龍を見つけたので、私このまま旅にでます〜

辺寝栄無

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‐1336年 日ノ炎月 5日《5月5日》‐

初めての家出 2

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 部屋を抜け出し無事森へと続く裏口付近まで到着したが、門のそばには二人の見張りがいた。

 一人は何か気になることでもあるのか、顔をキョロキョロと忙しなく動かしながら、辺りを気にしているようだった。

 対照的にもう一人は、落ち着いてはいる様だが同時にめんどくさがっているようなそぶりもあり心ここにあらずといった感じだ。

 二人は何か喋っている様で、状況を確認すべく、私は茂みに隠れ聞き耳を立てた。

「なぁ、やっぱりさっきの声だけどよぉ。気にならないか?」

「そうか? まぁ俺達には関係ないだろ」

「本当に? 見に行かなくてもいいのかな……」

「は? いい、いい。中の事は中の奴らが解決するさ」

 二人はさっき私が上げた叫び声について話している様だった。

 一瞬だったとはいえ思ったよりも、遠くまで声が響いてしまっていたみたいだ。

「声がなぁ、子供の声っぽかった気がするんだよなぁ」

「おいおい、俺らの仕事はあくまで見張りだぜ。それにだ、俺らが一歩でもこの敷地をまたいでみろ、フレヤ様がだまってないぞ。中の事なんかほっとけ」

「でもよぉ、この家で子供っていったらエレノア様だろ。この前さ、俺に声かけてくれたんだ、エレノア様がよ。見張り頑張ってくださいってよ。嬉しかったぁ~」

 心配しいの見張りは小動物を愛でるかの様な表情になり目を細め顔を綻ばせている。

「お前もあるだろ。エレノア様に声かけられたこと」

「あるけど何だよ。言いたいことがあるならさっさと言え」

「心配じゃあないのかってことだよ」

「全っ然。これっぽっちも心配じゃないね」

「薄情なやつだなぁ。俺ぁ心配だよ」

「あのなぁ、お貴族様が、本気で俺らごときを心配しているとでも思っているのか? 格好だけさ。外面だけ、点数稼ぎに決まってる。しかもだ、それを年端もいかないガキがやってる、むしろ気味が悪いね、俺は」

 心底呆れているのだろう、気怠げな見張りは深呼吸とも取れる様な大きなため息を吐いた。

「俺はそうは思わないけど……。だって俺達の点数なんて稼いだってしょうがないだろ。エレノア様は誰にでも平等なんだ」

「そうかよ。どう思おうがお前の勝手だが変な気だけは起こすなよ……。ったく、ガキに絆されやがって……」

 ガキ……しかも気味が悪いって――。

「ああ、ダメだ、やっぱり心配だなぁ。お、俺ちょっと見てくる」

「やめとけって。あ、おい! クソあのやろっ、面倒なことしやがって……」

 気怠げな見張りの静止を振り切って、心配しいの見張りは声が聞こえてきた方へと小走りで駆けていった。

 これは、チャンスかもしれない。このまま二人ともいなくなれば難なく裏口から出ることができる。

 少しだけ茂みから身を乗り出してタイミングを伺っていると、敷地内の見回りをしていたのだろうか、暗闇の中からランプの光とともにルイスの姿が見えた。

「見張りご苦労。問題はなさそうか?」

 気だるげな見張りはルイスに声を掛けられたとたん、背筋を正して声のする方を向く。

「あっ、ル、ルイス殿。え、ええ、人影は見えません。そちらも見回りですか」

 だが気持ちの方までは取り繕いきれなかったのか、返答がどもってしまっていた。

「ああ、そんなところだ」

 ルイスは一度言葉を区切り、辺りを一瞥した後、見張りに質問を投げかけた。

「一つ聞きたいのだが、一人か?」

「え!? ええ、一人ですが……」

「この時間は二人番ではなかったか?」

「え、いやあぁ、あのー……」

 気怠げだった見張りの目が右に左に忙しなく泳ぎ回っている。

 あ! という声とともに何か思いついたのか、見張りの目線が一点に定まった。

「叫び声! さっき叫び声が屋敷の方からしたんですがなにかありましたか?」

「それについては調査中だ」

 そう言ってルイスはチラリと私の隠れる茂みの方へと一瞬視線を落とした。

 まずい、今ルイスと目があった気がした。

 気のせいだと自分に言い聞かせて現実からの逃避を図るが、少なくともルイスが私が隠れている茂みの方を見たという事実は変わりようがない。

 バクバクと心臓が音を立て始める。

「それはそうと私の質問にまだ答えてもらってないな。もう一人はどうした」

「え、いやあのーそれは……」

 しばらく言い澱んでいた見張りだったが、今度こそ何も思い浮かばなかったのだろう、ついに観念したのかゆっくりと口を開きしゃべり始めた。

「叫び声が気になると言って……その、敷地の中に……」

 ルイスは険しい表情で見張りを見ている。

「も、もちろん止めました! で、でもあいつ子供の声みたいだって言って! エレノア様だったらどうしようって――」

 よっぽど必死なのか、見張りはやや大袈裟にも見えるような身振り手振りを交えながら話していた。

「どうしても止められなかったのか?」

「え、ええそりゃもう。俺がいくらやめとけって言っても、それでも気になるーって言って。あいつ、よっぽどエレノア様のことが心配だったんだろうなー!」

 ここだ。と思ったのか、見張りは途中、チラチラとルイスの方を見ながら真に迫る様な勢いと剣幕で捲し立て始めた。

「そうか」

 一瞬、見張りの顔が明るくなった。

「――だが仕事を放棄し持ち場を離れるのはよくないな」

 しかし続く言葉を聞き、言い訳が無意味に終わったのを悟ったんだろう、見張りの背中がみるみるうちに丸まっていく。

「それと、私だからよかったものの……。自身よりも上の立場の方の名前は気軽に口にしないほうがいい」

「え、ええ。はい……」

 痛いところを突かれてしまったと思ったのか見張りの先ほどまでの勢いは消え、明らかに語気が弱まっている。

「それにもうそろそろ交代の時間だろう。一人では引き継ぎが出来ないのではないか?」

「え、ええまぁそうですねぇ」

「ここは、私がしばらく見ておこう。その間にもう一人を連れ戻してくるといい」

「いや、それじゃ、お、わたしが敷地に入ってしまいますが……」

「大丈夫だ安心しろ、今の時間なら敷地内には誰もいない。庭に入るだけなら誰にも見つからないだろう」

「それは命令ですか?」

 見張りは親に怒られている子供の様にルイスの機嫌を伺いながら恐る恐る聞き返していた。

「命令ではない。だが自身のミスは自身で埋めなければな」

「そうですか……。――分かりました。行きますよ! ……ったく狼犬人イヌの癖に、旦那様に気に入られてるからって偉そうにしやがって――」

 望んでいた答えではなかったのだろう、見張りはなにかが吹っ切れたかのように悪態を吐きながら、もう一人の見張りが向かったであろう方向へと走って行った。

 見張りがこの場から完全に離れたのを確認したルイスは、周りを見回し近くに誰もいないのを改めて確認し一度スンと鼻を鳴らした。

「お嬢様」

 ――ッ!

「いるのはわかっているのですよ。出てきてください」

 私が隠れている茂みに向かって段々と近づいていくルイス。

 もう観念するしかないか――。

 私は覚悟を決め、茂みから姿を出した。

「今回はまたずいぶんと遅いお出かけですね……。どういった理由か教えていただけますか」

 私は恐る恐るルイスの顔を見上げた。

 暗いせいか表情はよく見えなかった。

「え、えっと……」

 ルイスは片膝をつき私と目線を合わせてきた。

 スカートの裾を掴む手に力が入ってしまう。後ろめたさのあまり顔が段々と下を向いていく。

「しゅ、しゅざ、い……」

「取材ですか?」

「その……、裏の森まで、いき……たくて」

 会話が進むごとに段々と言葉に詰まってしまう。

「一人でですか。しかもこんな遅くに……」

 ルイスの声色が先ほどと比べて低くなった様な気がした。

「――そもそもどうやって屋敷から出たんです」

 俯いている私の視界の中に、ルイスの顔が無理矢理入ってきた。私は思わず、ギュッと目を瞑ってしまった。今の私にルイスの目を見るなんてできるわけがなかった。

 だけどいつまでも目を瞑って黙っている訳にもいかない、早く返事をしないと――。

 だけどいくら待っても言葉が喉に詰まり、なかなか口から出てこない。

「安心してください。怒りはしませんから。話していただけますね?」

 怒らない、本当に? 確かに今の言葉は優しい声音をしていた。でも脱走のことを言ったらどうなってしまうのだろう。怒鳴る様な声で私を叱り付けるだろうか。そもそもルイスは今どんな顔をしているのだろう、もうすでにものすごく怒っているのかもしれない――。

 そう思い始めるとどんどん怖くなってきて、もうまともの前を向くことすら億劫になってくる。

 恐怖心のせいか、それとも罪悪感か、あるいは今になって自分がやった事の重大さに気がついたのかもしれない。心臓のあたりから声の塊の様な物が喉元を通り迫り上がってくる。私は声が漏れないように唇を歯で抑え、必死で口を閉じた。ポタポタと涙が地面に落ちる。視界は涙でぼやけ、しゃっくりに混じって、必死で押さえ込んでいる声が口の端からちょっとずつ漏れ出てしまう。声を押し留めるのに精一杯で唾がうまく飲み込めない。

 ふと背中にそっと手が触れ抱き寄せられる様な感覚がした。

「ああ、泣かないで……、安心してください。ほら怒ってませんから、ね」

 ぽんぽんぽんぽん――。

 一定のリズムで優しく背中を叩かれる。たまにしか聞けない、けど聴き馴染みのある声音が鼓膜を通り頭の中に響く。心の中で、何かが崩れる様な感覚がした。必死で押し留めていた声と言葉口から溢れ出てしまう。

「ごめんなさぁぁぁああぁいぃ!」

 やっとの思いで発した言葉とともに目から大粒の涙が溢れた。

 ルイスはぽんぽんと私の背中を優しく叩きながら囁く様な声でただただ大丈夫、大丈夫と続けていた。
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